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96話 貴方は……生きて!

 深いもやの中にいるジェイクは我が目を疑った。目の前にいるのは、とどめを刺したはずのギースだったからだ。

 辺りに火炎弾が降り注ぐ。

「やめるんだ! ギース! やめてくれ!」

「ははは! 知るかよ! こんな楽しい事!」

「きゃっ!」

 火炎弾が間近に着弾し、身を丸くするヘレナ。

「大丈夫か!? ヘレナ!」

「ええ……何とか」

「良かった」

 フィアンセであるヘレナの無事を確認したジェイクは安堵の表情を浮かべる。

「ギース! さっきから一体…」

「……」

 無言でジェイクに火炎弾を放つギース。

「!!」

 ジェイクが火炎弾を認識した時、すでに回避は不可能な状況だった。無意識に防御の構えをとり、衝撃に備えた。が、ギースの火炎弾の威力に吹っ飛ばされてしまった。

「ぐわあー!」

 ジェイクの全身に激痛が走る。しばらくは立ち上がれそうにない。

「……」

 ギースが近づいてくる。

「もうやめて!」

 ヘレナはギースの前に立ち塞がり、懇願した。


「ヘレナ。どいてくれ。これは俺とジェイクの問題だ」

 ゾッとするほどの冷たい表情のギース。

「どかない! 何でこんな事するの? 私たち仲良かったじゃない?」

「ああ、そうだ。俺は今でもお前が好きだよ。ヘレナ」

 顔を強張らせるヘレナ。

「ごめんなさい。その気持ちは嬉しいけど……」

「だよな? だったら黙っててくれないか」

 強引にジェイクの前に向かおうとするギース。

「嫌よ。こんな事して何になるの? 私たち、もうあの頃には戻れないの?」

「戻れる方法はある」

「それじゃ……」

「お前が俺の女になるんだったら、あの頃に戻れるさ」

「!!」

「ギース…!」

「それは……」

「どうだ?」

「それは、できない……」

 それを聞いたギースは大袈裟にため息をついた。

「だったら……黙ってろ!」

 ギースはヘレナに平手打ちをする。パン!と言う音が響く。地面にうずくまるヘレナのその目には涙が浮かんでいた。


「やめろギース! そんな事をするなんて見損なったぞ!」

「はい出た〜。お前、やっぱり本心では俺を見下してたんだな?」

「何故そうなる? そんなのは言いがかりだ!」

「今お前が言った!」

「それが言いがかりだと言うんだ!」

 ギースは心底不愉快だと言う顔でジェイクの前に立つ。そして真っ直ぐな眼差しを向けるジェイクの顔面を殴りつけた。

 胸ぐらを掴み、追撃の拳を振り上げるギース。ジェイクはその拳を受け止める。

「ギース…!」

「良いから黙ってろ。俺の言う事を聞け」

 ヘレナに火炎弾を向けるギース。牽制目的の様だが、直撃すれば大怪我は免れないものだった。

「ヘレナ!!」

「黙れ」

「……」


 ギースが拳を握る。それは、一方的な暴力だった。


「はあ。はあ。はあ。」

「もう……やめて……」

「……」

「どうだ! 俺の力思い知ったか!」

 ギースの拳は血みどろだった。


「もうやめて! お願い!」

 ジェイクの元に駆け寄るヘレナ。

「俺は……大丈夫だ。それより、君は、早くここから逃げてくれ」

「貴方だけ置いていくなんてできない」

「わがままを言うな。な? 俺なら大丈夫だ。」



 遠目に見ていたギースは嫉妬に駆られていた。

「あー! お前らは!! どこまでも馬鹿にしやがって!!」

 ただならぬ気配を察したジェイクはよろよろと立ち上がる。

「俺の後ろに隠れるんだ、ヘレナ」

「いえ。もう貴方が傷つく姿は見てられないわ。私に任せて」

 ヘレナの魔力が風のマナをいざなう。風がざわめき、大気が揺れる。

 ヘレナは今一度、シルフィードを召喚しようとしている。

「何をする気だ? まさか!」

 ヘレナの意図に気付き、召喚の詠唱を止めようとギースが割って入る。だが、風のマナが障壁となって近づけないギース。

「くそ!」

 ギースは召喚を止めようと躍起になっていた。

「こうなったら仕方ない」

 炎を纏うギースの剣。

「少し痛い思いをしてもらう」

 ギースはもはや手段を選んでなどいられなかった。炎属性は風属性に強い。ギースの炎の剣は、ヘレナの腹部に深々と突き刺さった。

「ああっ!」

 ヘレナの魔力が急速に弱まる。

「お前がいけないんだぞ! ヘレナ! 生意気な事をするからだ!」

「ヘレナー!」

 ヘレナの元に着くジェイク。

「ヘレナ。どうしてこんな無茶を」

「ごめんね。失敗しちゃった」

「もういい。喋るな。傷口が広がる」

「もっと……貴方と生きたかった」

「よせ! 縁起でもない。お前は必ず俺が守ってみせる」

「ふふ。嬉しい」

 はにかむヘレナ。



 辺りに異常な熱量を感じる。

「何!?」

「もうこうなったら全てどうでもいい! お前らまとめて消えちまえ!」

 ギースは巨大な炎を携えている。その構えは、幼い頃二人で特訓していた炎熱線の魔法の構えだった。直撃すれば只では済まない。



「……」

 ヘレナは自分のペンダントをジェイクの首にかけた。

「これは……一体何をするんだ?」

「おまじない」

「おまじない?」

 その問いにヘレナは答えなかった。弱まっていた魔力が再び力強さを増す。

「いでよ! シルフィード!!」

 一気にヘレナの魔力が解放される。異界の門を開け、再びシルフィードが姿を現す。



「シルフィード! お願い!」

 シルフィードはヘレナの意を汲み取った。どうやらシルフィードの力で空へ逃げる考えの様だ。ヘレナはジェイクの目を真っ直ぐに見つめた。



「貴方は……生きて!」



「させるかー!」

 シルフィードがジェイクを連れて行くのとほぼ同時にギースの炎熱線が照射される。

「ヘレナー!!」

 ジェイクは懸命に左手を伸ばした。ヘレナは最後の瞬間まで笑っていた。

 無情にもギースの炎熱線は、ヘレナの命とジェイクの左腕を奪った。

 ジェイクは声なき声をあげた。


「降りてこい! 逃げるなー!!」

 ギースの怒号はジェイクには届いていなかった。シルフィードはジェイクを連れ、高く高く飛び上がっていた。






「ヘレナ……」

 優しい風が吹く。二人で散歩していた時に吹いていた風だ。うっすら目を開くジェイク。どうやら眠っていた様だ。

(夢か……)


 段々と意識がはっきりとしてくる。起きあがろうとするものの、思うように体が動かなかった。

「っつう」

 声に反応し、足元で何かが動く気配がした。

「あ、目が覚めましたか?」

 声の主の方に向くと、フィリーが座っていた。寝ぼけ眼の様子から、フィリーも眠っていたのだろう。

「フィリー、か。何でこんなところに? そもそもここは一体どこなんだ?」

「ここですか? ここはオーズィエルの町ですよ」

「オーズィエルの町?」

「はい。ジェイクさんはもう七日間眠っていたんですよ。目が覚めて良かったです」

「そんなに……」

「ちょっと待ってくださいね。お兄ちゃん呼んできます!」

「待ってくれ。まだ聞きたい事が…」

 フィリーはジェイクの話を聞かずに飛び出してしまっていた。

(まあ、いいか)

 窓の外は明るかった。まだ朝なのだろうか。懐かしい風を感じながら、ジェイクは再び瞼を閉じた。


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