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12. 混戦の乱入者

前話のあらすじ


帝都で動き出す少女たち。

一方の追跡部隊は神宮司一行に近付くが、そこに魔王の影が――?

   12



「智也! くそぉ、なんなんだよこれは!」


 神宮司智也とともに異界に侵入した青年のひとりが、息を荒らげながら毒づいた。


 一行は混乱のさなかにあった。


 どうにか攻略した第一の異界の先。

 第二の異界は、かつて彼らも遠征隊の一員として横断した樹海に似ていた。


 しかし、危険性はその比ではなかった。


 まず視界が悪いために奇襲を受ける頻度が高く、気の休まる暇がない。


 わらわらと寄ってくる『守護の巨人』は並のモンスターより強く、数が多い。

 そのうえ、各所に散りばめられた罠の存在が嫌らしい。


 うしろから追跡部隊が猛然と追い付きつつあるのは、中嶋小次郎を先頭に隔絶した能力者によって道を切り開いているのもあるが、それ以上に、真島孝弘の『霧の仮宿』により奇襲と罠を無効化していることが大きい。


 対して神宮司智也一行は、あまり慎重とは言い難いウォーリアが大半を占めている。


 進むうちに、彼らは傷を負って疲弊しつつあった。


 なにより痛かったのは、神宮司智也が異界突入前に消耗していたことだった。


 本来の彼は仲間を大事にし、戦いにおいては正面に立って味方を励まし、よく気が付いて慎重に事を進められる人間だった。


 探索隊にいる頃は、隔絶したカリスマ性を持つ中嶋小次郎がいたために、幹部のひとりに留まっていたものの、その性質はリーダーとしての適性を持っていたといえる。


 しかし、いまの彼はドラゴンに身を変えたまま、まともな自意識の大半を失い、心身ともに消耗していた。


 大神官ゲルト=キューゲラーの執念が為せる業と言っていいだろう。


 それでも、どうにか第三の異界に続く『扉』である砦が見えるところまで辿り着けたのは、目的をひとつにした彼らの結束力の表れだった。


 ――みんなで元の世界に戻る。

 ――これ以上、誰ひとり欠けることなく帰るのだ。


 異界に侵入して『世界の礎石』を狙うこの集団は、数こそ多くはないものの、神宮司智也の思想に共感した面々によって構成されている。


 共通点は『失った者』であることだ。


 彼らは全員、コロニーに大事な者を残してきてしまった。


 取り返しの付かない失敗をしてしまった。

 その事実を知らされたとき、大半が自暴自棄になるか、うずくまるかしてしまった。


 そこに声をかけて回ったのが、神宮司智也だった。


 ――みんなで元の世界に戻ろう。

 ――そのためになら、なんだってしてやろう。

 ――おれたちみたいな想いをするやつらが、これ以上増えないようにする。力を貸してくれ。


 この世界にあるすべてのものに、彼は価値を認めていない。

 恋人を奪ったこの世界を恨んでいるからだ。


 だが、人間は一面だけで構成されているものではない。


 この世界に価値を認めていない一方で、仲間を想う言葉は、どれも本心からのものだった。


 だからこそ、同じ境遇の者たちも応えたのだ。


「智也! お前は先に行け!」


 頭から流れてきた血を拭いながら、青年は叫んだ。


 大規模な罠に引っ掛かり、地面が割れて大量の『守護の巨人』が飛び出してきたのは数分前のこと。

 一行は分断されていた。


 巨人の大群を挟んで、神宮司智也と三人の仲間たちが異界の扉側。

 青年を含んだ残りの三人は、逆側だった。


「すぐに追い付く!」

「だが……!」

「みんなで、あの世界に戻るんだろう! 行けぇ!」


 神宮司智也を追わせないように、青年はあえて巨人たちに攻撃を仕掛けた。


 体力と魔力の温存も考えて、これまではやり過ごすことも多かったのだが、今度ばかりは全力だ。

 他のふたりもそれに続いた。


 神宮司智也は歯噛みして、竜の牙を軋ませたものの、尻尾を翻して異界の奥へと向かった。


「お前たちはこっちだ……!」


 その背中を追わせないように、青年は暴れ回った。


 しかし、数は力だ。


 周りはすべて敵。

 いくら人並み外れた力を持っているとはいえ、正面から戦うには敵の数が多過ぎた。


 せめて連携が取れていればよかったのだが、彼らは別にそうした訓練を受けたわけでもない。

 個別に戦うしかなく、四方八方から押し寄せる巨人たちの攻撃を捌ききれるはずもなかった。


 それでも、わずかな時間、踏みこたえて戦った。

 これがたとえば、かつての偽勇者騒動を引き起こした転移者たちだったら、とっくに総崩れになって、数の暴力に踏み潰されていただろう。


「よし! もう十分だ! おれたちも逃げるぞ!」


 数分持ちこたえて、仲間たちが追い付かれることはないだろうと判断した青年は、撤退を決断した。


 ただ、少しタイミングが遅かった。


 その時点で彼らは疲弊し過ぎていたのだ。


「ぐぁ!?」


 正面にいた巨人に一撃を加えて離脱しようとした青年は、隙を突いて飛び出してきた別の巨人に押し倒されてしまった。


 そのまま、巨人は太い腕で殴りつけようとくる。

 逃げられない。


「うわぁああああ!?」


 青年は悲鳴をあげて――その目の前で、巨人の体が斜めに切り裂かれるのを見た。


「……え?」


 呆然と目を見開く前で、切断された巨人の体がずれて崩れる。


 その向こうに立っていたのは、この場に残った『四人目の人物』だった。


「無事か」


 顔に仮面をかぶった男だった。

 奇っ怪な剣を片手に下げている。


 あの剣が、巨人の硬い体を豆腐のように切り裂いたのだった。


「た、助かった……」

「いや」


 返ってくる言葉は短い。


 青年は苦笑を漏らした。


 この仮面の男だけは、厳密には仲間ではない。


 あくまでも協力者。

 素性を隠したままでいるために、そのような扱いになっている。


 とはいえ、一行のなかでの彼の役割は、他の仲間となんら変わるものではなかった。


「ふんっ!」


 仮面の男の動きは、ウォーリアほど速くも強くもない。


 だが、あの剣が強い。強過ぎる。


 触れたものをなんでも切り裂く魔法道具――と聞かされている。


 かつて探索隊では『絶対切断』の二つ名を持つ人物がよく似た能力を持っていた。

 能力の相性から白兵戦最強の座は『韋駄天』に譲りこそしたものの、対モンスターでの戦闘能力では決して引けを取るものではなかった。


 相手の防御を無効化するということには、あまりにも大きなアドバンテージがある。


 まともに当たりさえすれば確実に敵に大きなダメージを与えられるのもそうだが、攻撃の際に力を込めたり勢いを付けたりする必要がなくなり、隙がなくなることは大きい。

 本来であれば、鍛錬を重ねることでそうした隙を小さくしていくのだが、その必要すらない。


 仮面の男の持つ剣も同じだ。


 硬質な『守護の巨人』の体は、通常の剣では斬ることが難しく、ウォーリアでさえ重量武器を思い切り振りかぶって全力で打ち付けなければ有効打を与えづらいが、あの剣は熱したナイフでバターを切るように滑らかに切断してしまう。


 彼が協力してくれていなければ、ここまで来るのも、もっと手こずっていたに違いなかった。


 青年を助けにくる前は、他のふたりの手助けをしていたらしく、彼らはすでに巨人から離脱を果たしつつあった。


 いま支援を受けている青年の周りも、仮面の男が剣を振るたびに余裕ができていく。


「これなら……!」


 逃げられる――と、続けようとした。


 実際、相手がこの異界の防衛機構だけであったのなら、どうにかなっただろう。


 しかし、青年は次の瞬間、言いかけた言葉を切って振り返った。


 視界の悪い森のなか、戦いの騒乱の向こうから、なにかが近付いてくる気配を感じ取ったからだ。


「な、に……っ!?」


 目にしたものに、絶句する。


 木々の向こうから飛び出してきたのは、モンスターの大群だった。


 それも『守護の巨人』ではない、様々な種類のモンスターからなる『軍勢』だった。


 恐るべきは、その数と密度だ。

 もはや群れというよりは、川の氾濫に近い。


 青年は咄嗟に剣を振ったが、なんの意味もなかった。


 ここまでの数となると、準備に時間がかかる第五階梯魔法や、特別な広範囲攻撃による爆撃でなければ対処などできようはずもない。


 なにもできずに、青年も、他のふたりの仲間も、仮面の男も、それどころか『守護の巨人』さえも呑み込まれた。


 それを見届けたのは、狼の背に乗った細面の少年だった。


 口元に酷薄な微笑が浮かんだ。


「……ようやく見付けました」


 千を超えるモンスターを従える『魔軍の王』工藤陸が、追跡部隊に先んじて神宮司智也一行に追いついたのだった。


   ***


「あ、ぐ……」


 悪運の強いことに、青年は生きていた。


 モンスターの牙や爪に何度肉を抉られたかわからない。

 抵抗らしい抵抗ができたのは最初の一瞬だけで、あとはもうわけがわからないまま翻弄されて、気付けば地面に転がっていた。


 他の仲間たちがどうなったのかはわからない。

 自分のことだけで手いっぱいだった。


 周りにはモンスターの群れ。

 仲間の姿はどこにも見えない。


「おや。生きていたのですね」


 狼に乗って近付いてくる少年の姿を見て、青年はよろよろと立ち上がった。

 震える手で剣を握った。


「お前は……?」

「まだ戦う気概があるのですね」


 感情の薄い視線が、青年に向けられた。


「なるほど、これが『天からの声』が言っていた神宮司智也の率いる『失った者』たちですか。以前に『偽勇者』騒動の際に会った者たちとは、少しは違うようですね」

「……なにを。というか、『天からの声』だと」


 青年は戸惑いを露わにした。


 その単語に心当たりがなかったからではない。

 その逆だった。


 神宮司智也一行は『失った者』同士で集まって、元の世界へ全員で戻るために命を懸けると誓った集団である。


 当然だが、彼らも最初からお互いの境遇を知っていたわけではない。


 それでは、世界中に散らばっていた同じ境遇にある者たちが、どうやった同じ境遇にあることを知り、集まることができたのか。


 その答えは、ある者の協力にあった。



 ――可哀想なお仲間を助けてあげなよ、神宮司くん。

 ――それが、きみのことを最期まで呼びながら無残に死んでいったあの子の願いだろ?



 神宮司智也は『天からの声』から情報を得ていた。

 その情報をもとに、彼は仲間たちに接触したのだ。


 直接やりとりをしていたのは彼だけだが、青年も『天からの声』の存在だけは聞かされていた。


「『天からの声』が、魔王として知られるぼくに、あなたたちの情報を流していたのが不思議ですか?」


 青年の表情を読み取って、工藤陸は少しだけ笑みを薄れさせた。


「ああ。不思議なのでしょうね。きっと、あなたたちにしてみれば、あれは欠かすことのできない協力者なのでしょう。これまで活動をしてこれたのは『天からの声』からの数々の情報提供があればこそ。実際、一度たりともその信頼が裏切られることはなかった。違いますか?」


 見透かすように言えるのにはわけがある。

 これは、チリア砦のときと同じなのだ。


 あのとき、十文字達也の協力者だった坂上剛太は、両者を結びつけた『天からの声』を信頼していた。

 それは、彼が賢いとはお世辞にも言えない人間だったからではあるが、表面上は『天からの声』が真摯であり続けたからというのもあった。


 しかし、その裏では工藤陸と繋がっており、坂上剛太には彼が『モンスター使い』だという大嘘を吐いていた。


 ここにいる青年をはじめ『失った者』たちも同じだった。

 有益な情報提供者である『天からの声』を信用していた。


 リーダーである神宮司智也だけはそう簡単に信じたわけではなかったが、『世界の礎石』にまつわる真実を教えられたことで、ついにその言葉は本当なのだと判断した。


 あるいは、そうせざるをえなかったのか。

 なぜなら、世界中を飛び回って文献を当たっても、それ以外に元の世界に戻る方法の手掛かりは、ひとつたりとも見付からなかったからだ。


 弱みを突き、最悪の場面で裏切るために信頼を重ねる。

 まともに耳を傾けた時点で、破滅の毒は回っている。


「『天からの声』というよりは『唆す蛇』……相変わらずのようですね」

「なあ、おい」


 ひとりごちる魔王に、意を決した様子で青年が話し掛けたのは、そのときだった。


「お前……工藤陸か?」


 自分の置かれている状況を見て、相手の正体に思い当たったのだろう。


 なにやら必死な様子で問い掛けた。


「これだけのモンスターを操る能力。『魔軍の王』ってやつだろう。違うか?」

「ええ。そうですが、なにか?」

「やっぱりか!」


 青年は砂漠でオアシスでも見付けたかのように、希望に満ちた笑みを浮かべた。


「知ってるぞ。お前は世界を滅ぼしたいんだってな。だからこの場にきたんだろ。だったら、おれたちは協力し合えるはずだ。目的は違っても、やることは同じなんだから」


 世界を滅ぼさんとする魔王と、この世界を滅ぼしてでも元の世界に戻ろうとする者たち。

 利害関係が一致するのなら、戦う必要なんてない。


 ここにきて、神宮司智也一行は魔王という鬼札を手に入れる可能性を得たことになる。


「……確かに、ぼくはここに目的とするものがあると予感してきました」


 静かに工藤陸は頷くと、青年は笑みを浮かべたのだった。


◆もう一回、更新します。

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