13. 魔王の意図
(注意)本日2回目の投稿です。(2/2)
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先程よりも速度を少し上げて進む追跡部隊のなかで、ベルタは苦い思いを噛み締めていた。
周りにいる転移者たちの表情はやや硬い。
その原因は、ベルタの主である工藤陸と、神宮司智也一行が接触したことにあった。
これまで両者は別々に『世界の礎石』を目指していた。
しかし、もしも接触した彼らが手を組むことになれば、さすがにこの追跡隊の戦力であったとしても、優位に戦闘を進められるかどうかはわからない。
そう考えて、彼らは緊張感を高めているのだった。
もっとも、少し違った反応をしている者もいた。
ベルタが双頭の一方で背中の真島孝弘の様子を見てみると、強張った顔をしているのが確認できた。
なにを考えているのかはすぐにわかった。
もともと、真島孝弘は工藤陸を説得するつもりでいた。
何度となく共闘してきた彼らがこれまで築いてきた関係性と、お互いに向ける感情を考えれば、それは決して分の悪い賭けではないはずだった。
しかし、神宮司智也一行と手を組んでしまっていた場合、単独を相手にするときと同様に説得がうまくいくとは限らない。
それで考え込んでいるのだろう。
その視線が自分のほうに向いて、ベルタはわずかに走るテンポを乱した。
「ちょっといいか、ベルタ」
「……なんだ?」
「お前の意見を聞かせてほしい」
告げられた言葉は、真摯なものだった。
「工藤はどういうつもりなんだと思う?」
「それは……」
言いよどんだのは、ここで意見を求められるとは思っていなかったからだった。
「……いいのか? わたしの意見など聞いて」
「お前は魔王の配下だから、あえてこっちの都合の悪い方向に誘導するかもしれないって?」
頷きを返すと、真島孝弘は強張った顔を少しだけ緩めた。
温かい微笑みだった。
「お前はいい加減なことは言わないよ。工藤のためにも、おれたちのためにもな。それくらいわかってる」
言った少年は、ふと目を丸くした。
「どうした?」
「……いや」
少し返事が遅れてしまったことに気付き、ベルタは短く言葉を返した。
実際、たいしたことではなかった。
ただ、ごく自然に仲間として扱われていることを意識してしまっただけだ。
いまの自分は、素直にその事実を認めることができた。
だからだろうか、自然と思い出されることがあった。
――安心したわ。あなたには魔王の手下なんて向いてないと思っていたから。
それは、ずっと自分のことを出来損ないだと思ってきたベルタに、飯野優奈がかけた言葉だった。
――工藤陸はあなたの主として相応しくなかったもの。
――真島は嫌なやつだけど、仲間をなにより大事にするやつだから。あなたには、相応しい場所だって思うわ。あいつのところでなら、あなたはきっと幸せに暮らせるでしょう。
どちらが、どちらに相応しくないのか。
それは考え方次第でしかない。
あのとき、自分はそう気付いた。
絶対的なものなどないのだ。
だから、王に自分の在り方を選んでほしいと願った。
ほんの少しでもいい。
それこそが、ひょっとすると、救いに繋がるのではないかと。
そして、そう期待させる出来事もあったのだ。
――本気で行きなさい、ベルタ。
――ここからは、姿を偽ることなく全力を出しなさい。
エドガールとの戦いのなかで、主と交わした会話だった。
あのとき、彼は確かに、忌避していた自分の本当の姿を認めてくれた。
なにかが変わるのではないかと思えた。
……けれど、現実はどうだろうか。
いまは少し自信がなくなっている。
実際、自分は遠ざけられたままで、ここにいる。
あのときに感じた予兆のようなものは、もはや遠い。
やはり王は自分の気持ちなどわかってくれないのかもしれない。
儚い期待だったのではないか。
いまここで感じているような温かなものが、主との間で生まれるのではないか、なんて。
なぜならば、彼は世界を滅ぼさんとする魔王なのだから。
もっとも、それが必ずしも世界を滅ぼさんとする神宮司一行と利害の一致を見るかといえば、それはまた別の話だが。
「王がどのようなつもりか、と訊いたな」
ベルタは溜め息をつき、真島孝弘の質問に答えた。
「わたしが思うに、王は――」
***
「……確かに、ぼくはここに目的とするものがあると予感してきました」
得られた答えに、青年は笑みを浮かべた。
希望は繋がったのだ。
「おお! だったら……!」
「ですが」
と、続けられた言葉が、勢い込んだ青年をとめた。
「ぼくは確かに世界を滅ぼす魔王としてここにありますが、それはあなたの言うようなものとは違います」
「……え?」
青年の表情が凍り付いた。
差し込んだ希望に影が差した。
どうしようもない絶望の影が。
工藤陸は冷ややかな笑みを浮かべて告げたのだ。
「冷静に考えてみてください。世界なんて、壊せるわけがないでしょう?」
「……んなっ!?」
青年が目を剥いた。
「な、なに言ってるんだ! 実際、ここは……!」
「いえ。わかりますよ。この世界は思いのほか脆くて、壊そうと思えば壊せるんですよね。そこは疑っていません」
ぱくぱくと口を開く青年に、少年は笑って認めてみせた。
「でも、それはいまになってはの話でしょう? ぼくが言っているのは、これまでの話です。普通、思わないでしょう。この世界を物理的に壊すことができるなんて」
「……」
「だったら、ぼくの目的が、あなたの言うような『世界を滅ぼす』とは違うのは当然じゃありませんか」
少なくとも、魔王として歩み続けてきた時間、工藤陸はこの世界が滅ぼせるという事実を知らなかった。
その目的が『物理的にこの世界を滅ぼすこと』であるはずがないのだ。
よって、神宮司一行との利害は一致しない。
鬼札となりえた存在は、ただ致命的なだけの存在でしかなかった。
「あ……ああ……」
自分の死を察して蒼白になった青年が、よろよろと後退った。
しかし、逃げ切れるはずなどない。
周囲はモンスターだらけなのだ。
殺される。殺される。殺されてしまう。
「ひっ……ぁあ」
追い詰められた青年の精神が弾ける。
その寸前、血走った目がふとあるものを見付けた。
「……ハハッ!」
次の瞬間、青年は弾けるように哄笑していた。
跳躍する。
その手から、剣が投擲されて工藤陸を狙った。
「悪足掻きを!」
叫んだドーラが、両手を変化させた影絵の剣で叩き落す。
これで青年は武器を失ったことになる。
だが、それでいい。
わずかに稼いだ時間で、青年は地面からあるものを拾い上げていた。
それは、奇怪な刃を持つ大剣だった。
「これさえあれば……!」
すべてを切断する魔法の剣。
仮面の男が使っていたものだった。
先程、工藤陸にモンスターをけしかけられたときに、取り落としたのだろう。
白兵戦においては最強クラスのこの魔法道具を失った持ち主は無事では済まなかっただろうが、お陰で青年には生存の目ができた。
純粋な戦闘能力であれば、ウォーリアとして平均的な力を持つ青年は、仮面の男より上である。
当然、同じ武器を使ったときの結果だって変わってくる。
これならいける。
確信とともに、青年は剣の柄を握り締めた。
そこに襲い掛かったのは、狂獣だった。
「グルゥォオオオオ!」
「死んでたまるか!」
雄叫びをあげる獣に対して、青年は魔力を流し込んだ剣を振りかぶる。
最強クラスの獣の体は、刃を逸らす剛毛に覆われている。
頑強極まりない筋肉の鎧は、生半可な剣など弾き返してしまうだろう。
だが、この剣ならそんなものは問題にもならない。
絶対の窮地からの逆転に、鼻血を吹きそうな興奮を覚えながらも、青年は自分で考えられる最高の攻撃を繰り出してみせた。
この剣であれば、一撃に威力は要らない。
振りかぶって力を込めることよりも、攻撃の繋がりを意識するべきだ。
「グルゥォオオ!」
涎を撒き散らしながら、理性ない獣が飛び込んでくる。
なにも知らないケダモノに、哀れみさえ覚えながら青年は口角を吊り上げた。
振り下ろされる拳に合わせて、剣を振り上げる。
まずは前腕を落として、切り返した剣で首を落とす。
前衛をあっさりと倒されれば、どうしたって隙はできる。
その間に、工藤陸を斬り捨ててやるのだ。
「馬鹿め!」
繰り出された振り上げの一撃は、最低限の威力しか込められていない。
普通なら簡単に弾かれてしまうはずだが、この一振りに限ってはそんなことはない。
奇怪で凶悪な刃が、屈強極まりない獣の腕を斬り飛ばした。
そんな光景を、青年は幻視した。
「え?」
そのときには、あっさりと刃は弾かれていた。
なにが起きたのか、青年は最期の瞬間までわからなかったに違いない。
狂獣の拳は、軽い一撃を弾いてなお減速することなく、青年の頭蓋を叩き潰していた。
悲鳴すらあげられない。
命を失った体が、背後に倒れた。
これで終わりだった。
万が一のときのため、警護に残っていたドーラがふっと息を吐いた。
「他愛ない」
転移者四名を相手取るということで抵抗に備えていただけに、拍子抜けしてしまったのだ。
しかし、彼女はすぐに眉を顰めることになった。
勝者であるはずの主の痩せた顔から、戦意が抜けることはなかったからだ。
「……気を付けなさい。まだ終わっていません」
「え?」
次の瞬間、周囲を覆い尽くしていたモンスターの一角で異変が起きた。
「散りなさい!」
「な……っ!?」
工藤が即座に命令を下し、ドーラが絶句する。
ほんの刹那の凶行だった。
木の上から飛び降りてきた人影が、剣を振った。
そう思った瞬間には、その周囲にいたモンスターが細切れにされていた。
その剣筋は達人の流麗さからは程遠く、ただ剣を振り回しただけにしか見えなかったのに、なんの抵抗もないかのようにモンスターの肉体を骨まで切り裂いたのだ。
「……」
現れたのは仮面の男だった。
目のところに開いた穴の下から、油断のない視線が工藤陸の姿を映し出していた。
異常な状況だった。
なぜならば、仮面の男が手に下げていたのは、魔法道具でもなんでもないただの剣なのだ。
それなのに、男の剣撃は恐るべき被害を生み出していた。
なにより、先程までとは男から感じられる魔力量が桁違いだった。
間違いなくチート持ちだった。それも最上位クラスの。
「……ひょっとしたらとは思っていました」
ぽつりと、工藤陸がつぶやいた。
その口調には驚きはあっても戸惑いはなかった。
相手の正体を看破していたからだ。
「こんなところで姿を隠していたんですね」
少年の口許に、引き裂かれたような笑みが浮かんだ。
「『絶対切断』日比谷浩二……!」
***
探索隊の『絶対切断』日比谷浩二。
あのコロニーに残ったふたりの二つ名持ちのうちのひとりであり、コロニー崩壊の混乱のなかで行方不明となった人物である。
その能力こそが証拠である以上、今更、隠す意味はない。
男の仮面が外された。
どこか気難しげな印象の青年の顔が現れた。
これは戦闘中という状況とは関係なく、探索隊でもとっつきづらい人物として認識されていた。
その目は、相対する少年の姿をじっと見詰めている。
そうするのも当然だったかもしれない。
工藤陸の様子は、尋常なものではなかったからだ。
「お、王?」
それは、ドーラがうろたえるほどの激情の表れ。
穏やかで冷たい微笑の仮面が砕け散る。
その裏にずっと隠されていた憤怒が、露わになっていた。
数少ない例外を除けば、工藤陸は己の怒りや憎しみといった感情をうまく押さえつけてきた。
けれど、これは違う。
世界を恨む魔王の怒りですらない。
探し求めていた仇をやっと見付けた『復讐者の笑み』だった。
「……やりなさい!」
命令が下され、魔軍が牙を剥いた。
◆さらに更新します。






