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10. 手掛かりを求めて

1/30 に、正式に更新しました。

1/28 に、完成前に誤って投稿されています(更新時間変更が反映されてなかった)。





   10



「さてと」


 加藤真菜が声をあげたのは、真島孝弘を見送ったあと、部屋に戻ってきてすぐのことだった。


 アケルの使節団や同盟騎士団、竜淵の里の居残り組、鐘木幹彦や島津結衣は帝都に来ていないため、部屋にいるのは、ローズ、ガーベラのほかには、飯野優奈だけだ。


 真っ先に反応したのは、ローズだった。


「どうかしましたか、真菜」


 彼女は丁度、ガーベラの腰に魔法の道具袋を取り付けて、壊さないように気を付けるように云々と言い聞かせていたところだった。


 かがめていた腰を上げて疑問の視線を向けてくる彼女に、加藤真菜は答える。


「そろそろ動こうかと思いまして」

「動く……ですか?」


 ローズは怪訝そうに首を傾げた。


「ご主人様たちが帰還するまでの間、まとまっていようという話ではありませんでしたか」

「もちろん、そこは変わりません」


 この状況で自分たちに危険が迫る可能性は低いものと判断していたものの、あえて隙を作るつもりはなかった。


「全員で動きたいと思います。このままただ先輩たちが待っているよりは、できることをすべきですから。ただ、みなさんにはついてきてもらえるよう、お願いをしないとですけど」

「なるほど。わたしはかまいませんよ」

「……ええ、わたしも。護衛だもの」


 ローズに続けて答えたのは飯野優奈だった。


 彼女は足の怪我を押して、護衛を続けていた。


 真面目な性格の表れとも取れるが、それとは別に、いまの彼女にはなにかをしなければいけないという焦燥感のようなものも感じられた。


 もっとも、その申し出自体はありがたいものだ。

 最大の武器である機動力を失ったとしても、いまだ飯野優奈の戦闘能力はウォーリア相当を維持している。


 探索隊の白兵戦最強は伊達ではなかった。


「うむ、妾もかまわんぞ」


 最後に承諾したガーベラが、口元をにんまりと笑みにした。


「それで、加藤殿はまたなにを企んでおるのだ」

「人聞きが悪いことを。わたしのことをどんな目で見ているんですか」


 思わずじとっとした目になりつつ、質問には答える。


「ハリスンのところを訪ねてみようと思うんです。訊きたいことがありまして」

「ハリスン……?」


 聞いていた三人が、揃って驚いた顔になった。


「意外な名前が出ましたね。しかし、現状は面会謝絶なのでは?」


 ローズはこくりと首を傾げた。

 世界存亡の危機という緊急事態だけに、先程までは追跡部隊の準備を指揮するために表に出てきていたが、本来であれば彼は死にかけである。


 面会などできる状態ではないはずと言われれば、その通りだが……。


「わたしがハリスンの体調に気を配る理由が?」


 そう言って、加藤真菜は微笑みを浮かべてみせた。


 ガーベラが思わず表情を引き攣らせるくらいに、綺麗な微笑みだった。


「とはいっても、もちろん、用もなく訪ねようというわけではありませんよ。尋ねたいことがあるんです。先輩たちが出発してから少し時間も経ちましたし、騎士団への指示もおおむね出し終えているはずです。あとはゴードンさんに任せて、さすがにいまは休んでいるでしょう。面会謝絶なら邪魔が入りませんから、むしろ好都合かもしれません」

「お、おお。良かった。ただの嫌がらせではないのだな」

「違いますよ。気を配る必要を感じていないだけです。まあ、怒っているというのは否定しませんけれど」


 ふうっと息をついたのは、うちにこもる感情の熱量を吐き出すためだった。


 そんな彼女を見て、ローズが好意的な笑みをこぼしていた。

 尊敬する親友が、彼女を恐れている者からすれば意外なくらいに情が深いことを十分に理解していたからだ。


 もっとも、加藤真菜という少女は、必要とあれば感情と理性とを切り離すだけの度量も備えている。

 だからこそ、自分の感情は深いところにしまっておいて、必要があればハリスンを訪ねようともしているのだった。


「真菜がそういうのなら、必要なことなのでしょうね。それでは、すぐにでも動きましょうか」


 善は急げだ。


 ローズはそう促したが、そこでガーベラがぴくりと眉を寄せた。


 赤い目が扉に向けられる。

 来客だった。


   ***


 現れたのは、意外な顔だった。


「葵ちゃん?」

「……こ、こんにちわ、真菜ちゃん」


 気まずそうに眉尻を下げながら、探索隊の『剛腕白雪』御手洗葵は部屋に足を踏み入れた。


 頼りない足取りで部屋のなかほどまで入ってきた彼女に、同行者はいなかった。


 どうやら自分を訪ねて来たらしい、と加藤真菜はその仕草から察した。


 これは想定していない展開だった。

 今更なんだろうかと思考を巡らせる。


 御手洗葵と前に顔を合わせたのは、探索隊との対談のときだった。


 そこで彼女は、真島孝弘の周りの女性の存在を取り上げて非難し、彼が探索隊に合流することに反対した。


 もっとも、それはなにも嫌がらせのためではなく、あくまでも友人である自分のことを想っての行動だった。


 もっとも、それはまったく望むところではなかったので、想い人の立場を守るために、ほとんど絶縁状も同然の拒絶の態度を取ることになった。


 我ながら容赦がない自覚はあったし、そうした一面は元の世界にいた頃には見せたこともないものだった。

 御手洗葵は、見るからに大きなショックを受けていた。


 だから、意外だった。


「あ、あの……わたし、謝りにきて……」


 おずおずと、彼女は切り出したのだった。


 表情には怯えの色があった。

 友達に嫌われるのではないかという恐怖だった。


 どれだけ肉体が強くなったとしても、こればっかりは関係ない。


 ここにやってきたのは勇者としての御手洗葵ではなく、ひとりの少女として彼女が振り絞った勇気の表れだと察せられた。


 たとえ、その行動がひどくずれたものだったとしても。


「真菜ちゃんは、真島先輩のことなんとも思ってないんだよね。なのにわたし、先走って大変なことをしちゃって……」

「……」

「わ、わたし、真菜ちゃんがなにか事件に巻き込まれたって聞いて、喧嘩したままだったから。すごく後悔して。なんであんなことしちゃったんだろうって。でも、無事でよかった」


 たどたどしく告げられる言葉は、やはりずれていた。


 けれど、少なくとも真摯ではあった。

 というより、もともと、彼女は真剣に心配していたからこそ、ああした行動を取ったのだった。


 そして、そんな行動を取るに至った経緯についても、元の世界の感覚でいえば、ごく当然のものではあった。


 ずれてしまったのは――変わってしまったのは、自分のほうなのだと加藤真菜は知っていた。


 だから、目の前の少女を冷たく追い返すことを咄嗟に躊躇った。


 そこに、かつての友人に対する感情が働いていたことは否定できなかった。


「……」


 気付けば、視線が自然と別のところに向いていた。


 張り詰めた蒼い顔をした飯野優奈を通り過ぎて、さらに向こう。

 ことのなりゆきを見守っていたローズが、視線に気付いた。


 彼女は作り物とは思えない柔らかな表情で控えめに笑うと、ひとつ頷いた。


 口に出してはなにも言わなかったのは、ここは任せるということだ。


 ふっと口元が緩んだ。

 親友から勇気をもらい、改めてかつての友人に向き直った。


「ごめんなさい、真菜ちゃん。わたし……」

「いえ。いいんですよ、葵ちゃん」


 首を横に振った。


「というより、適当なことを言ってしまったと、わたしに謝る必要はありません」

「えっと……?」

「だって、あのときの言葉は嘘ですから」


 御手洗葵は目を丸めた。


「……へ?」

「わたしは真島先輩が好きだということです」


 理解が追い付かないでいる彼女に、はっきりと宣言する。


 話をしておくべきだと思った。


 少年への想いも、いまの自分についても。


「聞いてください、葵ちゃん。わたしたちの間には、大きな認識の違いがあるんです。葵ちゃんは、気付いてないでしょうけど」


 御手洗葵の行動は、確かにずれていた。


 けれど、それは彼女が知らなかったからだ。


 だからまずは、そこを正さなければならなかった。


 たとえそれが、お互いの関係をゼロにすることだとしても。


「学校のみんなと一緒に転移をして、それからもずっとそのなかで暮らしてきた葵ちゃんにとって、ここは高校生活の延長線にあるものなんだと思います。でも、わたしにとっては違います。コロニー崩壊のせいで、わたしのすべては一度、ゼロになりました」

「真菜ちゃん……」

「だから、ごめんなさい。わたしにとって、元の世界でのことは、過去のことなんです」


 御手洗葵は少ししてから、なにを言われたか理解できたのか唇を噛んだ。


「過去のこと……わたしのことも?」

「はい」


 最初から、こうして状況をはっきりさせておくべきだったのだ。

 そうしなかったのは、加藤真菜の判断ミスであり、弱さの表れでもあった。


 とはいえ、これでふたりの関係はゼロになってしまった。


 だから、すべて終わり。


 ……なんてことはなかった。


「そのうえで、葵ちゃんとは改めて仲良くできたら嬉しいです。ムシのいい話ではありますけど」


 過去のことであるということは、どうでもいいということとイコールではない。

 実際、こんならしくもない失敗をしたのは、加藤真菜にとって目の前の少女が大事な友人だったからなのだから。


「……え? え? 真菜ちゃん、それって、どういうこと?」

「昔の友達と、また仲良くしてはいけないということもないでしょう。わたしは先輩のもとで、葵ちゃんは探索隊で。もちろん、いまのわたしを葵ちゃんが認めてくれたうえで、仲良くしたいと思ってもらえるならの話ですけど」


 下手に一年以内に会った友人だと思うから、ややこしいことになるのだ。


 たとえば、十年前の友達と会ったとして、環境も境遇もなにもかもが違った場所にいれば、価値観だって変わってくる。

 それでも旧友を温めることはできるし、友情を大事にすることはできるはずだ。


「どうでしょうか」


 そう言って、手を差し出した。


 御手洗葵は、状況をうまく理解できていないようだった。


 ただ、手を差し伸べられているということだけはわかったらしく、混乱した様子で問い掛けてきた。


「ご、ごめん。真菜ちゃん。わたし頭悪くて。わたしたち、まだ友達だってことでいいの?」

「いいえ」


 首を横に振った。


「また友達になりましょうという意味です。いまのわたしと、そう望んでくれるなら」


 噛んで含めるように言われたことで、ようやく理解が追い付いてきたのかもしれない。

 御手洗葵の表情に光が戻ってきた。


 彼女は確かにあまり頭はよくないが、どうしようもない馬鹿ではなかった。


 失敗もするし、空回るし、迷惑も掛ける。

 けれど、素直に謝罪をし、反省をして、きちんと言われたことを考えることができた。


 そんな彼女だからこそ、かつての加藤真菜と親しくもあったのだ。


「……ああ。そっか。なんとなくわかった」


 ぽつりとつぶやいた彼女の声には、納得の色があった。


「真菜ちゃんは、あれからいろいろあったんだね。ゼロになったっていうのは、そういうことで……だけど、真菜ちゃんはここまで来た。真島先輩と一緒に。そのなかで、大事なものができた。そこを認めないで、友達になんてなれるはずなかったんだ」


 最初から、このようにしておけばよかったのだろう。


 こわごわと手を取った御手洗葵は、振りほどかれないことがわかると、両手ですがりつくようにした。


「……真菜ちゃん。ごめんねえ」


 へなへなと情けない笑顔になる。

 気の抜けた表情だった。


「わたしこそ、ごめんなさい」


 加藤真菜も、自然と微笑みを返していた。

 あの懐かしい日々にそうしていたように。


 お互いに立場は違っても、かつてと同じように、少女たちは微笑み合ったのだった。


   ***


 温かなものが流れる光景を、ローズとガーベラは並んで見守った。


「これにて一件落着かの」

「ええ」


 断絶を乗り越えて、親友の少女がかつての大事なものを取り戻す姿を、ローズは心の底から嬉しそうな顔で祝福した。


 こうなることを彼女は知っていた。


 誰よりも加藤真菜という少女を知っていたからだ。


 だから、こうも続けた。


「あとは、けじめをつけるだけですね」

「……いまなんと?」


 ガーベラが聞き返した、そのときだった。


「あ」


 加藤真菜が、なにか思い出したような声をあげたのだ。


「へ?」


 なんだろうかと不思議そうな顔をする御手洗葵の手を、不意に両手で握る。


 ぎゅっと。

 いいや、がしりというほうが印象には合っているか。


 それはあたかも、相手を逃がさないようにするかのような強引さ。


「ひとつ言い忘れてました」


 綺麗な微笑みは、先程とは意味合いを変えていた。


「へ?」

「わたしには謝らなくていいですけど、真島先輩にはちゃんと謝ってくださいね?」


 それはそれ、これはこれ。


 横で見ていたガーベラがひっと悲鳴をあげる。


 やってしまったことには、けじめを付けなければいけない。

 少女はそういう性質で、想いを寄せる少年のこととなれば尚更だ。


 御手洗葵は青褪めた。


「すごい怒ってるやつだこれ――ッ!?」


 怯える少女があげた悲鳴が、部屋を揺らしたのだった。


   ***


 御手洗葵と和解をしてすぐに、加藤真菜は動き出した。


「え? 真菜ちゃん、ハリスンさんのとこ行くの? 道中、護衛があると嬉しい? うん、わたしもいくいく。護衛任せて」


 というわけで、同行人がひとり増えた。


 非常に心強い護衛である。

 これで『豪腕白雪』は探索隊でも屈指の戦闘能力の持ち主なのだ。


「ふっふーん。優奈ちゃん先輩が怪我してるぶんも頑張るよ!」

「……ええ。そうね。頼りにしてるわ」


 対照的に、相槌を打つ飯野優奈は少し元気がない。


「どしたっすか、優奈ちゃん先輩」

「いえ。さっきはなにもできなかったなと思って」

「そんなこと、気にしなくてもいいですよー。あれはわたしの問題でしたから」

「わたしたちの問題ですよ、葵ちゃん。護衛、わたしも頼りにしてます」


 そう加藤真菜が告げると、御手洗葵はいかにも嬉しげに笑った。


「安心して。たとえ神宮司先輩が相手でも、ギッタギタにしてやるんだから」


 神宮司智也は異界に向かったので、ここに来るはずがないのだが、やる気を出しているのなら口を挟むこともないだろう。


 部屋を出た。


「えええ!? 真菜ちゃん、真島先輩に告ったの? え? 本当に? で、でもローズさんとガーベラさんとも仲良い感じだけど」

「妾はなにを気にしておるのかがわからん」

「というか、わたしはずっとローズさんの恋を応援していましたし」

「わたしは真菜の恋を応援していました」

「え? え? どういうことなの?」


 主である少年への反感からか、これまで御手洗葵はあまり眷属たちとは接触がなかったのだが、この道中では言葉を交わしていた。

 心境の変化があったのだろう。


「そういえば、石田くんはいないんですね。珍しい。普段は葵ちゃんと一緒なのに」

「ああ。哲男なら『世界の礎石』のほうに行ったから。あれでも『堅忍不抜』の二つ名持ちだし。わたしは真菜ちゃんのことがあったから行かなかったけど」

「わたしと先輩のことばかり言いますけど、そっちのほうはどうなんですか」

「哲男と? はは。ないない。あいつとは姉弟みたいなもんだもん。お姉さんとして、面倒は見てあげないとだけどね」

「そうですか。……石田くんも可哀想に」

「ん? どういうこと?」


 などと交流を深めつつ、ハリスンの部屋に移動する。


「そういえば、真菜ちゃん。さっき部屋を出る前に騎士の人に頼んで、ハリスンさんに『いまから行きます』って伝えてもらってたあれ、最後に付け足してた『駄目なら暴れますよ』ってなんなの?」

「万が一のときの保険……もとい、ちょっとした冗談みたいなものです。気にしないでください」


 その冗談が通じたからというわけではないだろうが、許可はすでに出ていた。


 部屋に到着すると、警護の騎士が道を開けた。


「じゃあ、いってらっしゃい!」


 世界の真実について聞かされていない御手洗葵は、話し合いには参加できない。

 悪いので帰っていいとも言ったのだが、本人は護衛だからと扉の前で待っていると言い張った。


 ふんすと気合を入れて扉の前に立ち、同じく扉の前を守る警護の騎士から奇異な視線を向けられていたが、当人が満足そうなのでいいのだろう。


 もっとも、そんな緩んだ空気も、部屋に入るまでのことだった。


 ヘイゼルの瞳が、訪問した少女たちを見据えた。


「……話というのはなんだ」


 ハリスンは包帯まみれの体をベッドに横たわらせていた。


 神宮司追跡作戦のために無理をしたせいか、顔色がさらに悪くなったように見えた。


 目元が落ちくぼんで、死相に近いものさえ浮かんでいる。

 それでもこうして面会に応じたのは、義務感によるものなのだろう。


「もちろん、『世界の礎石』についての話です」


 空気は重々しいものだったが、加藤真菜は怯まなかった。


「訊きたいことがあります。答えてもらえますね」

「それが世界を脅かすことであるのなら、否はない」

「でしたら単刀直入に」


 世間話をするような間柄でもない。

 すぐに本題に入った。


「訊きたいのは、どうして『世界の礎石』の保管場所が割れていたのか、ということです。心当たりはありますか」

「……やはりそれだったか」


 ハリスンは溜め息交じりに言った。


 話をしたいと言われた時点で、ある程度、その内容を予想していたらしかった。


「わたしもそこは疑問に思っていた」

「ということは、少なくとも、知られるような状況ではなかったのですね」

「無論だ」


 ハリスンは断言した。確信があるということだ。


「『世界の礎石』の真実を知っているのは、わたしとゲルト様のふたりだけだった。当然、その保管場所もだ」

「警護の騎士たちは?」

「彼らが知っているのは『世界の礎石』が異界を創る力があるというところまでだ。保管場所も知らせてはいない。また、自力でその存在を知ることもできない。異界の扉は『世界の礎石』を作用させたときのみ異界への道を開く。なにも知らずに触れれば、なんの変哲もないただの部屋に繋がる扉でしかないからな」

「厳重に秘匿されていたということですね」

「そうだ。だから、わたしにとっても不可解なのだ。どうして、あの場所の情報が漏れたのか……」


 呻き声をあげるハリスンに、加藤真菜は短く返した。


「情報が漏れたわけではないという可能性はありませんか」

「……なに?」

「誰も知りえない秘密を知られたというよりは、別のルートで見付けられてしまったというほうが考えやすいでしょう」


 含みのある言い方に怪訝そうな顔をしたハリスンに、加藤真菜は首を傾げてみせた。


「現に、真島先輩は感知できていましたよね。もちろん、それは『霧の仮宿』サルビアという、別の異界を創り出す存在の契約者であればこそですが」

「『霧の仮宿』と、同等の存在がいたということか?」

「そうとは言いません。サルビアさんは本当に例外的な存在ですから。ただ……別のかたちで世界の真実に辿り着くことができないかどうか知りたいのです」


 そう語る口調はどこまでも真摯だった。


「神宮司智也のことは、探索隊とともに真島先輩が追っています。あの人ならきっと、とめてくれるはずです。ですから、わたしたちは神宮司智也をそそのかした存在を……そうでなければ、根本的な問題は解決しません」

「……世界を守るために、か」


 ハリスンは瞑目した。


「聖堂教会の知識のなかに、そうした存在は本当にありませんか」

「……少なくとも、わたしの知識のなかにはないな」


 しばし考え込んでから、ハリスンは目を開けた。


「だが、ゲルト様なら違うかもしれない」

「大神官ゲルトですか?」

「ああ。わたしに世界の真実を伝えたのはゲルト様だ。あくまでわたしは、自身の職務のために必要な部分を教わっただけ。ゲルト様であれば、それ以上のこともご存知だったかもしれない」

「……ですが」


 大神官ゲルトは死んでしまった。

 その知識は失われてしまったのだ。


「いや」


 口にしなかった部分を読み取ったらしいハリスンは、予想に反して首を横に振った。


「まだ失われたわけではない。万が一のときのために、ゲルト様はその知識を残されていたからだ」

「資料が残っているんですか」

「無論だ。不慮の事故で世界の真実を知る者がいなくなるなどということは絶対に避けなければならないからな」


 ハリスンは頷いた。


「そもそも、エルフの出現による大破局まで、聖堂教会でさえ世界の真実を知らなかったのは、初代勇者様の把握されていた知識が継承される途中で失われたからだ。恐らく、まだ聖堂教会が力を持たなかった黎明期に、モンスターの襲撃等の致命的なトラブルがあって、知識が散逸したのだろう。世界の真実に関する現在の聖堂教会の知識は、ここ八百年ほどのうちにようやく再構築されたものなのだ。同じ轍を踏むわけにはいかない」

「とすると、ゲルトも?」

「ああ。自分の身になにかあったときのことを、生前に言い残されていた。ゲルト様のお屋敷に、世界の真実に関しての資料を収めた保管庫があるはずだ。その鍵はわたしが預かっている。保管庫はキューゲラーの一族が代々遺してきたもので、ゲルト様がお亡くなりにならなければ開かない仕組みになっている。そこに、なんらかの手掛かりが残されている可能性はあるだろう」


 決断は早かった。


「ゲルト様のお屋敷に向かおう。キューゲラー家とは交流がある。こういうときのことは、言い含められているはずだ。遺言書を見せれば、問題はないだろう」

「あなた自身が行くんですか」

「無論だ」


 血の気を失った顔ながらも、その表情には決意があった。


「ゲルト様の犠牲を無駄にさせるものか。絶対に」


◆修正しそびれました。

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