7. 作戦準備
前話のあらすじ
『世界の礎石』破壊をもくろむ神宮司追跡に対して、共同戦線が成立。
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出発までの準備は、慌ただしいものとなった。
おれたちはまず帝都に移動し、短い打ち合わせを済ませた。
速度が求められる作戦の都合上、おれと一緒に神宮司の追跡部隊に加わるのは、リリィ、シラン、ロビビア、あやめ、ベルタということになった。
もっとも、彼女たちはあくまで追跡の補助と、おれの護衛だ。
神宮司一行と直接戦うのは、探索隊の仕事となる。
こちらは、中嶋さんが四十名程を選抜していた。
ただし、彼らは『世界の礎石』の詳細までは知らされていない。
中嶋さん以外には『錯乱した神宮司が非常に危険な魔法道具を狙っている』とだけ、説明をされていた。
詳細を気にする者も出るだろうと思っていたのだが、そこは中嶋さんがうまく手綱を握ったようだ。
さすがは、我の強いチート持ちの集団を一年近くの間まとめてきただけはあるということだろう。
相手は神宮司を合わせても転移者が五人なので、これだけの人数がいれば、追い付きさえすればどうにでもなる。
もっとも、追い付けるかどうかはまた別の話だが。
固有の能力で空路を使った神宮司に追い付くのは難しい。
そこで、選定されたメンバーは、竜淵の里のドラゴンたちによって移動することになった。
探索隊に対する竜淵の里のドラゴンたちの心証は『万能の器』岡崎琢磨のせいで非常に悪いものになっているが、同時に、それがあくまでも岡崎個人の責任であることも彼らはわかっている。
心理的には割り切れないところがないとは言えないものの、そこは『里の防備を掻い潜った襲撃の主犯である神宮司が危険な魔法道具を奪取しようとしている』という危機感が上回ったようだった。
出発場所は、大聖堂近くの広場が指定された。
おれたちが着いたときには、作戦に参加するうち半数ほどが顔を揃えていた。
準備のために集まった人間も含めると、百人以上が集まることになるので、それなりに騒がしい。
全員が集まるまでにはまだ少し時間があるようなので、おれは残るメンバーと言葉を交わしていた。
「気を付けてくださいね、先輩」
そう言って、加藤さんが正面から抱き着いてくる。
異界での追跡には速度が重要なため、彼女は帝都で留守番だ。
なにかあったときのために、ローズやガーベラもこちらに残ることになっていた。
「ご無事をお祈りしております」
「気を付けて、無事に帰ってくるのだぞ」
ローズとガーベラも言って、軽く抱擁を交わした。
「もちろんだ。今回は戦力も充実してるしな」
「確かに、味方になってみれば、これほど頼りになるものもなかろうがの」
「探索隊のリーダーも、ご主人様を評価しているのは間違いないようですからね」
そんなやりとりをしていると、周囲から視線を感じた。
今回の作戦を遂行するに当たって、おれたちのことについては、中嶋さんがよく言い聞かせておくと言っていたのだが、実際に悪感情はあまり感じられない。
やはり探索隊リーダーの影響力というのは絶大なもののようだった。
とはいえ、珍しいものを見るような目だけはとめられるものではないらしく、視線は感じられていた。
もっとも、これが平時であれば視線を気にしただろうが、いまはそうではない。
心配している仲間を慰めるほうが優先だった。
唇を頬に押し当ててきたガーベラが離れたところで、加藤さんが口を開いた。
「先輩。わたしは聖堂教会を完璧には信頼していません」
はっきりと宣言する。
声の届く距離にはハリスンがいるのだが、気にした様子もなく――というより、これはあえて牽制しているのだろう。
加藤さんは、くすくすと軽やかに笑った。
「ですから、わたしがここに残ることには意味があります。なにせ、わたしは先輩がいてくれるお陰で、かろうじて人の姿を保っていますからね。言ってしまえば、わたしは爆弾です。それも、遠隔式のボタンが付いた。先輩に万が一のことがあれば、即座に帝都で『醜い怪物』が暴れ回ることになるでしょう」
「……そのように釘を刺さずとも、真島孝弘は無事に帰すつもりだ」
微笑みを向けられて、車椅子に身を預けたハリスンは表情を固くしていた。
本物の危機感がそこにはあった。
なんだかんだで、おれは『醜い怪物』が暴れた現場を見ていない。
被害をあとから見ただけでもぞっとする惨状だった。
直面した人間にしてみれば、危機感はひとしおなのかもしれない。
ハリスンは傍らに立つ少年に視線を向けた。
「くれぐれもよろしくお願いします」
「わかりました」
応えたのは、河津だった。
東の貴族領で、仲間を失い集落ひとつを壊滅させかける大失敗をしでかし、偽勇者の噂話の原因となった人物のひとりである。
精神を病んでしまい、現在では帝都で保護されているという話だったが、どうやら復調していたようだ。
同じ境遇の転移者が三名、今回の作戦に参加していた。
それに加えて、離脱組で帝都に向かっていた学生たちが五名。
彼ら八名はあくまで探索隊ではなく、聖堂教会に身を寄せる勇者として作戦に参加することになっていた。
「真島!」
そこで、おれは声をかけられた。
飯野がこちらに歩いてきていた。
ただ、いつものように颯爽と長い黒髪をなびかせて歩く彼女の姿はそこにはない。
ぎこちなく脚を引きずっていた。
神宮司智也と交戦した際に、彼女は片足を大怪我している。
どうやら厄介な毒を使われたらしく、回復魔法でも快癒するまでに時間がかかるものと診断されていた。
不自由そうに足を引きずりながら、彼女はおれに詰め寄ろうとして、近くにいた河津に気付いたようだった。
「あ、河津くん……」
「それでは、おれはこれで」
河津はハリスンに頭を下げた。
そして、飯野のほうに足を向けた。
気まずい空気が流れる。
ふたりはかつて同じ探索隊にいたが、異界で剣を交えている。
飯野はなにか言おうとしたようだが、言葉が見付からなかったのか口を噤んだ。
「この間はごめんな、飯野」
逆に、河津は迷わず声をかけた。
彼のほうは、すでに心を決めていたらしかった。
「だけど、おれはもう進む道を決めたんだ」
口にされたのは、決別の言葉だった。
それだけを告げると、河津は託された仕事を成し遂げるために、その場を去っていった。
その間、飯野は立ち尽くしていた。
大きなショックを受けた様子だった。
昨日のことは、ひょっとしたらなにかの間違いなのではないかと思っていたところもあったのかもしれない。
けれど、河津は自分のしたことを認めたし、それが自分の強い意志による行動であることを示しもした。
恐らくいまの河津にとっては、聖堂教会こそが自分の居場所なのだろう。
飯野は探索隊のメンバーに、強い仲間意識を持っている。
だが、その想いは届かなかった。
横顔が泣きそうになっているのに気付いてどきりとしたが、彼女は寸前で堪えて、こちらを向いた。
「……話があるわ、真島」
「連れて行けって話なら聞けないぞ」
先んじて釘を刺すと、ぐっと飯野が息を詰まらせた。
わかりやすい。
ただ、ひどくバツの悪そうな顔をしているところを見ると、考えなしというわけではなくて、無理を言っている自覚はきちんとあるようだった。
「追跡作戦に脚を怪我してる人間を連れていけるわけがないだろう」
「そ、それはそうだけど、わたしは……」
飯野はきちんとわかっている。
それでも、自分の気持ちを抑えることができなかったのだろう。
「わたしは……」
焦燥に焼かれるような顔をしていた。
連れていくことができるわけないと判断していても、少し迷いを覚えるくらいだった。
聞いたところによれば、飯野の脚を傷付けたのは神宮司なのだという。
その神宮司は飯野にとっては探索隊での戦友であり、探索隊を出てからも接触の機会があったと聞いている。
それどころか、元の世界にみんなで戻れる手段を探すという自分の活動に一度は飯野を誘いもしたというのだから、それなり以上の信頼関係で結ばれていたのだろう。
そのあたりが、彼女が責任を感じる原因になっているに違いなかった。
自分には神宮司の凶行をとめられたのではないか――と、責任感の強い飯野が考えていたとしてもおかしなことはなかった。
いまの飯野を見ていると、きちんと本人が納得しなければ、あとあとまで尾を引き摺りそうなふうがあった。
だが、どのように説得するべきか。
おれが声をかけあぐねていると、先んじて、横から話し掛けられた。
「それくらいにしておけって」
「リーダー……」
中嶋さんが通りかかっていたのだった。
どうやら困っているおれを見て、助け舟を出してくれたらしかった。
「あいつのことはおれに任せとけ。それとも、おれじゃあ信頼できないか」
言い聞かせるような口調を聞くと、飯野はしばし黙り込んだ。
「……いえ。そんなことはないです。リーダーになら、任せられます」
「ああ。だったらよかった」
中嶋さんは、爽やかな笑みを浮かべた。
あっさりと飯野の意見を退けてしまったのだ。
おれではこうはいかなかっただろう。
飯野は頭を下げると、気落ちした様子で言った。
「わかりました。リーダーの言う通りです。真島も、ごめんなさい。邪魔になるといけないので、わたしはこれで失礼するわ」
「ああ」
「神宮司くんのこと、お願いね」
飯野は背中を向けると、痛々しく足を引きずって去っていった。
その背中を見送り、おれは少しだけ眉を顰めた。
確かに、飯野との問答を切り上げることはできた。
しかし、いまのはあくまでも信頼を持ち出して、意見を封殺しただけだ。
飯野は納得したわけではない。しこりは残るだろう。
思わずおれが視線を向けると、中嶋さんは肩をすくめた。
「わかってるよ、あまりいまのはよくねえってんだろ。だけど、いまは非常事態だ」
「……そうですね」
正論ではあった。
最初から非難するつもりもなかったが、飯野の仲間である中嶋さんにこう言われてしまえば、これ以上はなにか言うことはできない。
「真島は優しいんだな」
中嶋さんは好意的に笑った。
「なに、大丈夫だ。おれたちが神宮司のやつをとめてやればいいんだ。そうすれば、いくらだってフォローの機会はある」
それも、言う通りだった。
神宮司さえとめられれば、飯野の自責の念もこれ以上は深まらない。
逆に、とめられなければ、世界は滅ぶ。
飯野の精神状態云々を心配することさえできなくなるのだ。
「期待してるぜ、真島」
そう言って、中嶋さんは肩を叩いてきた。
「おれたちで世界を救うんだ」
気持ちよい笑みが向けられる。
対等の共闘相手に向ける笑みだった。
そこで、作戦に参加する人間が全員集まったことが告げられた。
おれたちはドラゴンの背に乗って、神宮司の追跡を開始したのだった。
◆もう一度、更新します。






