6. 羅針盤と鍵
前話のあらすじ
聖堂教会の重鎮が死亡
世界に危機が迫る
6
遠距離通信用の魔法道具を通じて、ゴードンさんから伝えられた情報は、にわかには信じがたいものだった。
おれはすぐに仲間たちに集まってもらい、話し合いの場を設けた。
「……神宮司智也とやらが裏切って、聖堂教会最深部に侵入したと? 狙いは『世界の礎石』の破壊?」
話を伝えると、ガーベラが目を見開いた。
「それはまことの話なのか?」
「ゴードンさんは、このような性質の悪い嘘を言う人間ではないでしょう」
加藤さんが冷静に言う。
ガーベラはふむと鼻を鳴らした。
「それもそうか。しかし、もしもそれが本当で、襲撃とやらがあったのだとすれば、このように連絡があってからでは手遅れなのではないかの」
「いや。手遅れだったら、こうして話もできてないでしょ」
リリィが突っ込んだ。
「『世界の礎石』が破壊されたら、この世界は遠からず消滅しちゃうんだから。なにかしら異変があるんじゃない?」
「なるほど、道理だ。しかし、それでは……どういうことだ?」
首を傾げてもっともな問いかけをするガーベラに、おれは答えた。
「厳密に言えば、大聖堂の地下に秘匿されていたのは『世界の礎石』の保管所に繋がる扉らしい」
「うむ? 扉とな?」
ガーベラはますます首を傾げた。
「よくわからんのだが、なにが違うのだ?」
「部屋ではなくて、あくまでそこにあるのは扉だけ……『異界の扉』という魔法道具だったんだそうだ。その先は、保管場所には直通していない。おれたちが飛ばされたのとは、また別の異界に通じているんだそうだ。『世界の礎石』を安置している場所には、異界を抜けなければ辿り着けない」
「まだ備えがあったということか。厳重なことだな。いや。世界の存亡にかかわる備えとしては、当然のことか」
「正規の手段で入った場合はすぐに保管場所に着くらしいんだが、そうでない場合は、たとえ勇者だろうと踏破するには三日はかかるらしい。ただ、神宮司は何人か他に転移者と一緒だったそうだから、もっと早いだろう。下手をすると、今日中にも辿り着いてしまうかもしれないという話だった」
「猶予はなさそうだの」
頷いてみせて、おれは続けた。
「世界の真実を知っていたのは、聖堂教会でもハリスンの他には大神官のゲルトだけだ。だが、ゲルトは神宮司智也を阻もうとして戦死した。ゲルトを救おうとしたハリスンも、ただでさえ大怪我をしていたところに攻撃を受けたらしい。神宮司の不在に気付いた河津朝日が同行していて、すぐに聖堂教会に担ぎ込んだから、一命は取りとめたそうだが、まともには動けない」
「……なんと」
状況のまずさを理解したらしく、ガーベラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それでは、群れの統率さえままならぬではないか」
その通りだった。
大聖堂が破壊され、近隣の住民たちにも少なからぬ被害が出たために、帝都は未曽有の混乱に陥っている。
大神官筆頭であったゲルトの死亡と、聖堂騎士団団長の負傷は、あまりにも痛い。
とはいえ、彼らが犠牲になったお陰で、神宮司の目的がこうして伝わりもしたという一面もある。
そうでなければ、まさか『世界の礎石』を壊そうとしているなどとは思わないし、対応が遅れた可能性もあった。
文字通りの世界存亡の危機だとわかったからこそ、ハリスンもなり振りかまわず、おれにまで連絡を寄越したのだ。
もっとも、腑に落ちない点もあるのだが。
「いまは病床からハリスンがゴードンさんに指示を与えている。神宮司智也の件については、探索隊に限定的に情報を公開して、協力を頼んだらしい」
「探索隊にすでに協力を要請しているのですか」
ローズが疑問の声をあげた。
その表情はひどく訝しげなものだった。
「いまひとつ、ハリスンの考えていることがわかりません。探索隊が協力しているのでしたら、戦力は足りているのではありませんか。我々にわざわざ協力を要請する必要などないように思われるのですが」
「そこはおれも疑問に思っていた」
ローズの意見はもっともなものだ。
おれたちはこの世界で力を蓄えたが、さすがに探索隊とは比べられない。
無力だとは思いはしないが、探索隊にすでに力を借りる算段がついているなら、敵対しているところをあえて助けを乞うほどの戦力ではないのだ。
だが、どうやらハリスンは本気であるらしい。
「そのあたりの話も聞き出さないとな……」
と言ったところで、変化が起きた。
おれが目を向ける先で、独特の魔力のうねりが生まれたのだ。
そろそろお馴染みになってきた『妖精の輪』の転移の気配だった。
「ただいま」
魔力がうねり、空間が歪み、現れた島津さんが微笑む。
とはいえ、その表情はわずかに硬い。状況を理解しているからだろう。
島津さんは三人の人物を連れていた。
ひとりは禿頭の大男、聖堂騎士団副長ゴードン=カヴィル。
ひとりは端正な顔立ちをした青年、探索隊のリーダー中嶋小次郎。
そして、最後のひとり。
車椅子に体を預けた満身創痍の男に、おれは声をかけた。
「これほど早く顔を合わせるとは思ってなかったな」
「わたしもだ」
聖堂騎士団団長ハリスン=アディントンは、血の気配がする掠れた声で応えたのだった。
***
昨日は殺し合った相手だ。
リリィたちが緊張を張り巡らせて、各々身構えるのがわかった。
とはいえ、無用の警戒というべきだろう。
どう見ても、ハリスンは戦える状態ではなかった。
昨日、おれが最後に顔を合わせたときにはすでに満身創痍だったが、その後の神宮司との遭遇が致命的だったのだろう。
まだ一日と経っていないのにひどくやつれて、顔は土気色になっている。
目の下には隈が浮き、死相さえ見て取れた。
屈強だった体は、車椅子のうえで身じろぎさえできずにいた。
いまであれば、苦もなく倒せるはずで……それだけに、ハリスンが本気でおれたちに協力を求めていることが窺えた。
実際、その眼光だけは前に会ったときと変わらずに、こちらを見据えていた。
緊張感が場を支配しかけるが、そこで中嶋さんが口を開いた。
「二日ぶりだな、真島」
聞くだけで気持ちが楽になるような、明るい声だった。
「元気そうでなによりだ」
朗らかに笑いかけてくる。
相変わらず、好意的な笑みだった。
「中嶋さんは話を聞いているんですよね」
「ああ。だからここに来た。ことがことだからな」
ハリスンが限定的に世界の真実について明かした相手というのが、この中嶋さんだった。
世界の真実については、ことの重要性からなるべく人に知られるわけにはいかない。
だが、なにも知らなければ、それはそれで問題も出てきてしまう。
たとえば、追い付いたところで神宮司の口から話が漏れる可能性もあるし、それが事前に聞いていた話と違ってくれば動揺も起きるだろう。
場合によっては、そこから作戦が失敗する可能性も出てきてしまいかねない。
少なくともひとりは、探索隊のなかで事情を知っている人間が、うまく口裏を合わせる必要がある。
その点、リーダーである中嶋さん以上に適役はない。
ハリスンはそのように判断したのだろう。
これは、おれにとっても好都合だった。
聖堂教会との間の事情を知る者が探索隊にいれば、適当なことを吹き込むことはできなくなる。
飯野と島津さんがこちらについている以上、探索隊が敵に回る可能性は高くないが、今後のことを考えれば、保険ができたのは良いことだった。
逆に言えば、そうまでしたからこそ、こちらとしてはハリスンが本気で協力を求めているのだと判断できたところもある。
事態はそこまで逼迫したものなのだと。
危難を前にして、中嶋さんもまた真剣な眼差しを見せていた。
「世界の危機と聞いちゃあ、うだうだ言ってる場合じゃねえ。それに……おれの仲間のしでかしたことだからな。なにをどうして世界を滅ぼすような真似をしかけてんのかわからねえが、放っとけはしねえよ。神宮司のやつはおれがとめてやる」
力強い言葉だった。
隔絶したその実力についても、顔合わせの席で一度だけ見たことがある。
その言葉を疑う余地はない。
輝ける最強の剣を携えた勇者。
この状況で動き出すのに、これほど相応しい人物も他にいないだろう。
とはいえ、そう感じればこそ、わざわざハリスンがおれたちに連絡を寄越したことが不思議になってもくるのだが……。
おれが視線を向けると、ハリスンは口を開いた。
「早速だが、時間がない。本題に入らせてもらいたい」
「ああ。そうだな」
世間話をするような間柄でもない。
単刀直入に疑問をぶつけることにした。
「どうしておれに連絡をしてきたんだ?」
「神宮司智也の行動をとめるために、必要なことだったからだ」
「そこがわからない。探索隊がいるんだろう?」
その疑問に答えたのは、探索隊のリーダーである中嶋さんだった。
「おれたちにできるのは戦うことだけだからな。島津みたいなのもいるけど、あいつは例外だ。勇者なんて呼ばれちゃいても、基本、おれたちはただの戦闘屋だよ」
自分を卑下するような言葉を、軽い口調で言う。
それでいて中嶋さんは自然体だった。
つまるところ、あれだけ強い力を持っていながらも、彼にとって芯になるものは別のところにあるのだろう。
なにげないやりとりのなかでも、強さだけに頼るウォーリアなどとは根本的に違うのだと感じられた。
「話を戦いだけに限定しなければ、できることの幅は真島たちのほうが広いだろ」
「おれたちにしかできないことがあるということですか?」
「察しが早いな。その通りだ」
中嶋さんは頷き、視線で促されたハリスンが説明を始めた。
「神宮司智也は『世界の礎石』の保管場所に続く『異界の扉』を強奪して飛び去った。せめて『世界の礎石』があれば、共鳴する『羅針盤』として見付けることができるのだが、現在、聖堂教会に『世界の礎石』は残っていない」
「おい、それじゃあ、行方はわからないってことか?」
「そうだ。加えていえば、異界は『世界の礎石』を『鍵』としているため、持っていなければ入ることさえできない」
「……『羅針盤』もなければ『鍵』もない? それでどうしようって言うんだ?」
思っていた以上に、状況は最悪を極めていた。
神宮司を追おうにも、これでは追跡すらできない。
せめて陸路を行ってくれていれば、リリィやあやめの鼻を使って追えたかもしれないが、神宮司が空を飛んでいったのならお手上げだ。
しかし、ハリスンは首を横に振った。
「いや。まだ可能性は残っている」
ヘイゼルの瞳が、こちらを真っ直ぐに見詰めた。
「真島孝弘。お前の存在だ」
「……おれが?」
ハリスンは深く頷いてみせた。
「お前は『世界の礎石』に干渉することができた。そのようなことができる人間は、他にはいない」
「……まあ、そうだろうな」
世界を創り出すという機能と同種の力。
特異極まる『霧の仮宿』の契約者であればこそ、おれは『世界の礎石』に干渉できるのだ。
「ゲルト様の遺言だ。あの方はいまわの際に、お前が『世界の礎石』の代わりに『羅針盤』と『鍵』になれると言い残されたのだ」
「おれが『羅針盤』と『鍵』に?」
唐突な指摘に、戸惑いしか覚えない。
だが、ハリスンは確信しているようだった。
それだけゲルトを信頼しているということだろうし、それしか頼るものがないというのもあるのだろう。
尋ねてくる。
「心当たりはないか」
「……と、言われてもな」
ぱっと思い当たることはない。
しかし、そのとき、思わぬところで声があがった。
傍らのリリィが「あ」と声をあげて、裾を引いてきたのだ。
「そういえば、ご主人様。帝都に着いたばかりの頃に、魔法道具の気配に反応していたよね」
「言われてみれば……そんなこともあったか」
指摘されて、思い出した。
リリィと、こんなやりとりをしたのだ。
――どうしたの、ご主人様
――いや。魔力の気配がすごいなと思って。
――ああ、そういうこと。確かにね。ちょっと驚いちゃった。さすがは聖堂教会だね。そこかしこに魔法道具があるんだもの。
確か『妖精の輪』で初めて帝都にやってきた直後、案内をされて移動しているときのことだった。
尖塔から大聖堂を見下ろしたときに、引っ掛かりを覚えたのだった。
あのときには、聖堂教会が大量に所持している祭具としての魔法道具に反応したのだろうと、あまり気にすることもなかった。
しかし、あれはひょっとすると、違ったのだろうか?
強奪された『異界の扉』は、大聖堂の地下にあったという話だ。
あのときに感じた引っ掛かりが、その存在を感知してのことだったのだとしたら?
……確かに、可能性はあるのかもしれない。
少なくとも、確かめてみる価値はあるだろう。
「サルビア」
「はい、旦那様」
おれが呼び掛けると、霧が展開してサルビアがふわりと姿を現した。
「力を貸してくれるか」
「もちろん」
あのときも距離があったが、今回はその比ではない。
サルビアの助力は必要不可欠なものだった。
おれが瞼を落とすと同時に、サルビアが背中から肩越しに腕を回してくる。
あくまでおれの感覚は、サルビアとの契約によって得た『霧の仮宿』の能力によるものだ。
魔法的に非常に相性が良かったおれたちの感覚の共有はスムーズで、お互いがお互いの感覚を増強させることができる。
ほうと中嶋さんが吐息をつくのを聞きながら、おれは感覚を研ぎ澄ませた。
さほど時間はかからなかった。
「……あっちか」
感じたままに指先を向ける。
方角を確認したハリスンが小さく吐息をついた。
「神宮司智也が向かったのと同じ方角だ。このぶんであれば、見付けることは不可能ではあるまい」
口にされた言葉には、わずかな安堵が感じられた。
中嶋さんが進み出てきて、手を差し出してきた。
「真島。おれたちは世界を守るために、神宮司を追うつもりだ。この世界を守るために、お前にも作戦に参加してほしい」
「わたしが許せないというのなら」
ハリスンが口を開いた。
「この首を差し出す準備はある」
「……」
本気の口調だった。
それだけ、この状況は切羽詰まったものなのだ。
おれは眉を顰めた。
「お前の首なんて要らない。一時休戦だ。世界の存亡を前にして、争ってる場合じゃないだろう」
加えて言えば、現状、探索隊リーダーである中嶋さんを巻き込んだことで、ハリスンの危険度は激減している。
ハリスンの手勢はほぼ壊滅状態にある。
懸念があるとすれば、探索隊をいいように利用してけしかけられることくらいだったが、それも中嶋さんが正しい知識を得た以上はまず不可能だ。
こうなってしまえば、ハリスンがいることの危険よりも、いなくなることによって起こる混乱のほうが不利益が大きい。
また、ここで無抵抗のハリスンを弾劾することはできるが、それは単なる自己満足の腹いせにしかならない。
なにせハリスンには、おれたちに対して酷いことをしているという自覚はあるのだ。
すべてわかっていた。
それでも絶対に守らなければならないものがあったから、敵対した。
なにより彼がそうしなければならなくなったのは、彼自身の過失によるものではない。
この世界の危うい真実という背景に、大量の転移者の流入という対処不能の大事件が重なったことが原因だ。
ある意味では被害者とも言える。
無論、最大の被害者であった幹彦などにしてみれば、話は別だ。
実際、顔を見たら殴りたくなると言って、この場に同席すらしていない。
逆に言えば、あいつはこの非常事態に際して、どうしても感情的になってしまう自分がいることで下手に話がこじれないようにしてくれたのだ。
その気遣いを無にするようなことはできなかった。
「それより、早く動き出しましょう」
こうしているいまも、神宮司たちは世界の礎石へと着々と近付いているはずだった。
おれは中嶋さんの手を取った。
「よし。決まりだな」
中嶋さんは朗らかに笑いかけてきた。
対等の協力者に向ける笑みだった。
「世界を救うぞ、真島」
◆書籍モンスターのご主人様13巻が発売になりました。
書き下ろしが一話丸ごと、また、リリィとガーベラを伴った凱旋式の様子や、スライムなリリィと水島など書き下ろしも盛りだくさんですのでお楽しみください。
◆コミカライズ版の14話も更新しています。シランと飯野の登場回ですね。
こちらもお読みいただけましたらさいわいです。






