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5. 奮戦の果てに

(注意)本日3回目の投稿です。(12/22)














   5



「……なんということを」


 ゲルトは呆然とした声をあげた。


 あの光線を撃ち放たれながらも、彼は無事だった。

 堅牢な『献身結界』の防御力は、竜の攻撃を堪えきっていたからだ。


 しかし、地下通路のほうは、そうはいかなかった。


 先の一撃は、地下の壁と天井を破壊し、地盤を貫いて、地上へと抜けていた。


 地下通路はドーム状の聖堂の下にある。

 そこから飛び出した破壊の奔流は、聖堂の一部を吹き飛ばし、いくつかの尖塔を損壊させていた。


 第五階梯の究極魔法にも迫る威力。

 それを、たったの一息で成し遂げてみせたのだった。


 しかし、それすらも前準備に過ぎなかった。


 破壊されて拡張された空間には、いまや一匹のドラゴンの姿があった。


 ゲルトの枯れた顔を冷や汗が濡らした。


 先程の攻撃は、あくまでドラゴンの姿を取る空間を確保するためのものに過ぎなかった。

 今度こそは中途半端な人間の姿ではなく、ドラゴンの姿での一撃が来る。


「消えろ」


 静かに死を告げるドラゴンの口蓋から、先に倍する魔力の奔流が吐き出された。


「ぐっ、うおぉおおおお!?」


 指向性を持った破壊の一撃が『献身結界』に激突する。

 たまらず結界が軋みをあげた。


「こ、これほどまでとは……!?」


 想定していたなかでも、ほぼ最悪のケース。


 神宮司智也の固有能力は、世界を救う勇者の力として間違いなく超一級品に価した。


 望みの強度と純度が、群を抜いているのだ。

 あるいは、狂気と紙一重なくらいに。


「だが……!」


 そうとわかって、ゲルトは奥歯を噛み締めた。


「負けぬ! 負けるわけにはいかないのだ!」


 彼が守っているのは、この世界そのものだった。

 避けるわけにはいかない。


 無謀だとわかっていても、致命的な攻撃に正面から対抗するほかなかった。


 当然、バキバキと音を立てて『献身結界』にひびが入った。


「ごふ……っ」


 途端にゲルトのしなびた体は傷付き、内側から血液を噴き出した。


 彼の『献身結界』は、逸脱者たる勇者の攻撃さえ跳ね返すほどの非常に強固な壁を作り出すことができるが、破壊されたときにはダメージが能力者本人にフィードバックする。


 自分の身を守る防御の術ではなく、前衛として身を挺して他者を守る壁役としての力なのだ。


 老人の全身から、血が噴き出して神官服を赤黒く染めていく。

 痛みに気を逸らされて少しでも集中が途切れれば、結界はあっという間に吹き散らされるだろう。


 だが『献身結界』は崩れない。


「わたしは世界を守る……!」


 しゃがれた声で叫び、ゲルトは死力を振り絞って――


「うるせえよ」


 ――次の瞬間、破滅的な音がした。


 それは、世界を守る壁の砕ける音。


 ドラゴンの吐き出す破壊の奔流が、さらに一段、出力を増したのだ。

 ゲルトは大きく目を見開いた。


「世界を守る? それがどうした」


 少年の声が響いた。


「おれはみんなを守るんだ。だって、あいつがそうしてって頼んだんだから」


 狂気と紙一重の強靭で純粋な意思。


 いいや。これはもはや、その域ですらなくて……。


「そうだ。みんなを守ってって、あいつが言ったんだ。だから、おれはみんなを……だけど、違う、おれが守りたかったのは、あいつを……なのに、どうして、死んで、だから、あいつが、言ったことだから、だから、だから!」


 大切な者を失った心の傷が、能力を次の段階に進ませる。

 あるいは、少年を戻ってこれない底に堕とす。


 神宮司智也が力を得たのは、恋人を守るためだった。


 なのに、手放してしまった。


 勘違いに気付いたのは、失ったあとのことだった。

 もう二度と取り返しは利かない。


 だからもう神宮司智也には、定められた方向に進むしかほかに方法がなかったのだ。


 目的を果たすために必要な力さえあれば、それ以外の機能は要らない。


 元の姿に戻る機能は要らない。

 人間らしい意識や感情は要らない。


 ……苦しいのも、悲しいのも、もうたくさんだ。


「能力の暴走……!?」


 状況を理解して叫んだゲルトが、次の瞬間、ごぼりと血の塊を吐き出した。


 攻撃を仕掛けるドラゴンの体が一回り大きくなり、吐き出される魔力の奔流が勢いを増したのだ。


 そのさまはまさに、世界を脅かす悪竜というに相応しい。


 これではさしもの『献身結界』であっても、防ぎきることはできなかった。

 致命的な軋みとともに、ひびが全体に広がっていく。


「あ、ぐ……」


 その瞬間、ゲルトには選択肢があった。


 ドラゴンの吐き出す魔力の奔流から身を逃がして、最小化した結界で自分の身だけを守れば、半死半生であっても生き延びることはできたのだ。


 だが、彼は侵入者に道を明け渡すことをよしとしなかった。


 そのうしろにあるものの価値が、毎日聖堂を訪れて平穏を祈る人々の姿が、彼を突き動かしていた。


「おおおおおおおおおおお!」


 雄叫びをあげて、ゲルトは正面から魔力の奔流に立ち向かった。

 数秒としないうちに、結界の全体に亀裂が走った。


 同時に、枯れ木を思わせる老人の体が、大きく痙攣した。


 能力の反動。

 結界は彼の存在そのものだ。


 砕かれては、ただでは済まない。


 全身に骨まで届く傷が開いた。

 流れ出した鮮血が、老人の姿を真っ赤に染めあげた。


 致命傷だった。


 本物の枯れ木のように、老人の体が頼りなく揺れて――


「まだ……だ」


 ――その光景を目の当たりにして、悪竜でさえも目を見開いた。


 血溜まりを踏みしめた足が、よろめいた体を支えた。

 強烈な意志力が、途絶しかけた意識を繋いだ。


 いますぐにでも絶命してもおかしくない傷を負ってなお、ゲルトは倒れることを拒絶したのだ。


 桁外れの精神力がなければなせるようなことではなかった。


 間違いなく、彼は世界の守護者だった。

 最後の瞬間まで、世界を守り抜いた。


 そうして、さらに数秒。

 悪竜に全力での魔力行使による多大な消耗を強いて、結界が砕け散った。


   ***


 短くも苛烈な激突が終わり、静けさが戻ってくる。


 爆心地となった場所にゲルトの姿はなく、ぐるぐると喉を鳴らすドラゴンの姿だけがそこにあった。


「お。倒したのか」


 そこに顔を出したのは、転移者の少年たちだった。


 神宮司智也が声を掛けて集めた、彼の賛同者たちである。

 人数は五名しかいないが、全員が元探索隊のウォーリアだった。


「派手にやったな」


 そのうちのひとりが、ドラゴンの姿のままの神宮司智也に笑いかけて、返事がないことに怪訝そうな顔をした。


「ん。神宮司? どうした?」

「……いや」


 神宮司智也は疲弊したように言葉少なく返すと、ドラゴンの首を振った。


 そして、大きな体をかがめると、鋭い爪を備えた手で地面をさらった。

 そこにあったのは『世界の礎石』だった。


「さっきのは……」


 神宮司智也は、先程の戦闘の最後を思い出した。


 結界を破られ、破壊の奔流に消し去られようとしたゲルトのもとに、駆け付けた人影があったのだ。


 ひとりは、聖堂騎士団団長ハリスン=アディントン。

 もうひとりは、離脱組の河津朝日だった。


 彼らがゲルトを庇って攻撃に巻き込まれるのを見て、神宮司智也は咄嗟に攻撃をとめた。


 ハリスンはともかくとして、河津朝日は彼が守ると決めた転移者のひとりだからだ。


 大怪我は免れないだろうが、ふたりとも生きているだろう。


 落ちていた『世界の礎石』は、魔力の奔流に巻き込まれたハリスンが落としたものだった。


 失敗のように思えるが、ある面では幸運でもある。


 というのも、『世界の礎石』はお互いに共鳴する性質がある。

 神宮司智也は竜淵の里から持ち出した『世界の礎石』を所持しており、そのためにハリスンの持つ『世界の礎石』を見付けることができた。


 もしもハリスンが『世界の礎石』を手放していなければ、ついでに見付かって殺されていただろう。


 もちろん、先程の攻撃ですでに死んでいなければの話だが……。


「なあ、おい。どうかしたのか。というか、なんでまだドラゴンの姿のままだよ?」

「……」


 仲間が明るい声で尋ねてくるのを、神宮司智也はうろんな目で見下ろした。


 説明をしてもよいのだが、それがひどく億劫に感じられていた。


 頭のなかに、靄がかかっている。

 感情は分厚い布を挟んだように曖昧で、目的以外のことに向ける意思力は欠け落ちてしまった。


 そして、それだけでなく、かなりの疲労を覚えてもいた。


 最後の瞬間まで道を阻み続けたゲルトを排除するために、あまりに多くの魔力を使ってしまっていたためだ。


「……別に、なんでもない」


 結局、返事はとても短く内容の欠けたものとなった。


 どうせゲルトは致命傷だし、ハリスンも出てこないあたり、瓦礫の下で気を失ってしまっているのだろう。

 道を遮られるのでないのだから、あえて掘り出してとどめを刺す理由もない。


 だったら、そのことについて話すのは時間の無駄だ。


 雑談は要らない。


 目的以外のものは、もはやなにも――……


「なら行こう」


 声をかけたのは、最後にその場に現れた人物だった。


 先程までの神宮司と同じように仮面で顔を隠し、片手には異様な形状の黒い大剣を下げている。


 まるで神宮司智也の現状を察しているかのように、仮面の下から向けられる目は注意深く細められていた。


「もたもたしている暇はない。だろう?」

「……ああ」


 促される内容は願いに沿うもので、従うのに否はない。


 疲労を噛み殺して、神宮司智也は竜の巨体を前に進めた。


 先程の一撃でえぐれた通路の先に、目的のものがある。


 それは、一枚の扉。

 この世界を成立させる『世界の礎石』の保管場所に続く扉だった。


   ***


 そんな彼らを瓦礫の下から、じっと息を殺して見詰める二対の瞳があった。


「ハ、ハリスンさん、あいつらが行ってしまいます」


 河津朝日が焦った様子で囁いた。


「おれならいけます。必要があれば、刺し違えてでも……」


 本物の意思がそこにはあった。


 だが、ハリスンは逸る河津朝日をとめた。


「あの全員を相手にしては無駄死にするだけです。いえ。神宮司智也はあなたを殺せないかもしれませんが、いずれにしてもひとりでは無理です。この場は、生き延びなければ……」


 冷静に言うものの、その心中には怒りも焦りもあるのだろう。

 奥歯を強く噛み締めるハリスンの腕のなかには、すでに事切れたゲルトの遺体があった。


 神宮司智也の攻撃から救いこそしたものの、能力を破壊されてしまった反動は致命的なものだったのだ。


 だが、最後の最後までゲルトは抗った。


 死に至るまでのわずかな間に、彼は言葉を遺していたのだ。


 誰かが神宮司智也に『世界の礎石』の情報を与えたこと。

 神宮司智也が『世界の礎石』の破壊を目論んでいること。


 そして……。


「まだ希望はあります」


 ただでさえ重傷だったところに、神宮司智也の攻撃を受けてさらに傷を深めながらも、ハリスンは言葉を紡いだ。


「このままでは世界は滅びます。もはや、この世界に生きる誰もが無関係ではいられません。ゆえに、伝えなければ。世界を救う『鍵』と『羅針盤』を持つ者に」


◆本日の更新はここまでになります。


書籍版13巻の発売まであと一週間切りました。

28日に発売ですので、年越しのおともに手に取っていただけましたらさいわいです。

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