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4. 世界の守護者

(注意)本日2回目の投稿です。(12/22)














   4



 自分が夢破れた日のことは、よく覚えている。


「これが、世界の真実だ」


 聖堂騎士団の団長となったハリスンに、当時すでに大神官の地位にあったゲルト=キューゲラーは、隠されていたすべての事実を明かした。


 それは『勇者の代わりにすべてを守る』ために研鑽を続けてきたハリスンにとっての夢の終わりであり、残酷な現実と向き合って魂を削る人生の始まりでもあった。


 表向き、聖堂教会の歴史は勇者を支えるものだ。


 しかし、裏側の歴史は、絶対のはずの勇者を世界のシステムの一部として捉えていた。


 良い悪いではない。

 これは為政者として、必要不可欠な視点だった。


 たとえば、現れた勇者が悪人であったらどうするのか?


 堕落してしまったら?

 横暴を働いたらどうすればいい?


 勇者の存在は、あまりにも世界に影響を及ぼし過ぎるのだ。

 世界が混乱に陥ることは間違いなく――それどころか『世界観』をも同時に損なう結果となれば、世界そのものを破滅させる『大破局』さえ引き起こしかねない。


 聖堂教会はそうならないように、転移者を勇者として正しく導く義務がある。


 ……場合によっては秘密裏に転移者を処理する必要も。


 嫌な仕事だ。

 だが、誰かがやらなければ、世界は容易に不安定なものとなる。


 その点でいえば、この時代はあまりにも条件が悪過ぎた。


 過去ありえない規模で現れた転移者たちは、すでに聖堂教会が安全に制御可能な範疇を越えていた。


 そのうえ、よりにもよって、帝都から最も遠い辺境の地に現れたことで、即時の対応すら不可能だった。


 叶う限りの速度でハリスン自らエベヌス砦に着いたときには、現れた転移者たちはすでに半分が世界に飛び出していた。


 慣れない世界で勇者がトラブルを起こすという、様々な意味であってはならない事態を避けるために、こんな事態は極力避けなければならない。

 それが六十名以上、世界に解き放たれてしまったのだ。


 ハリスンは頭を抱えたが、まだこれで事態の悪化は終わりではなかった。


 絶望的な追跡に手を付けようとしたところで、人類の最大の要害たるチリア砦が、元の世界に帰ることを願う転移者の暴走によって落とされたという報告が飛び込んできたのだ。

 加えて、モンスター使いという世界にとっての危険分子がふたり現れたことが判明した。


 情報操作と後始末に明け暮れている間にも、各地で転移者たちが失敗を犯し、それが偽勇者騒動へと拡大していった。


 転移者の起こす様々な問題に関する対応に追われ続けて、まともに身動きが取れない状況では、打ち出せる方策は手間がかからず即座に効果があげられるようなもの……見方を変えれば、短絡的なものにならざるをえなかった。


 あるいは、現れた転移者が真島孝弘ひとりであったなら、もっと穏当な手段も取れたかもしれない。


 だが、現実はハリスンにそんな余裕を与えなかった。


「すまなかったな」


 一度だけ、ゲルトがハリスンに言ったことがあった。


 ゲルトはハリスン以上の『世界の守護者』『世界の管理者』と呼べる存在だ。

 移ろいやすい世界の天秤を見定める目に温度はない。


 世界を守るためであれば、文字通りに、どのようなことでもする。


 だが、その人柄が冷酷ということは決してなかった。


「お前の性質は、こうした仕事に向いたものではないのだろう。だが、この世界はあまりにも揺らぎやすい。お前以外にこの仕事ができる者はいないのだ」


 ハリスンの心が自身の行いを悪と感じ、苦しみを覚えていることを、ゲルトは正確に把握していた。


 世界を守るために必要な行いが間違っているとは、ハリスンは思わない。

 ただ、間違ってはいなくても、その行為は悪だと感じていた。


 言ってしまえば、必要悪だ。

 世界にとっての正解は、個人にとっての悪となりうる。


 正義たるを目指した騎士。

 騎士のなかの騎士と呼ばれたハリスンにとって、この矛盾は堪えがたいものだった。


 けれど、投げ出すことはしなかった。

 自身の為すべきことを為し続けた。


 そうしなければ、世界を守ることはできなかったからだ。


 この世界は脆く、不安定だ。

 誰かが守らなければいけなかった。


 これからもハリスンは、己の為すべきことを為し続けるだろう。


 根本的なところに問題を多く抱えているにせよ、この世界には多くの人々が懸命に生きている。

 互いを想い合い、手を取り合って、過酷な現実に立ち向かっているのだ。


 そんな彼らが世界の崩壊に巻き込まれて死に絶えるなど、あってはならないことだ。


 絶対に守り抜かなければならなかった。


   ***


 異界から『世界の礎石』を使って戻ってきたハリスンは、途端に膝を突いた。


「ここまで追い詰められるとはな……」


 加藤真菜の『醜い怪物』によって、体に刻まれた怪我は深刻なものだった。

 それだけ、彼女の想いが強かったということだ。


「たいしたものだ」


 敵であるかどうかとはまた別の価値基準で、ハリスンは自分をここまで追い詰めた彼女の在り方に敬意を覚える。

 同時に胸に生じた暗澹たる想いには、義務感で蓋をした。


「為すべきことを、為さなければ……」


 世界を守る。

 そのためには『ハリスン=アディントン』は要らない。


 ここにいるのは聖堂騎士団団長。

 世界を守護する者だ。


「ハリスンさん!」


 声をあげたのは、同じく異界からこの場に現れた少年だった。


 河津朝日。聖堂教会に身を寄せる元探索隊の少年である。


 異界から異物を弾き出したときに、区別ができなかったので全員を強制退出させることになったのだが、河津朝日だけはうまく異界に残留させることに成功していた。


「け、怪我を早く……安静にしないと!」


 帝都に連れてこられて手厚いケアを受けたことで、精神的に回復した河津朝日は、聖堂教会に大きな恩を抱いている。


 いまも純粋にハリスン個人を心配しているようだった。


「落ち着かれてください、河津様」


 気遣いはありがたいが、甘えてしまうわけにもいかない。


 作戦は失敗し、損害は大きい。


 大怪我をしたハリスン自身、治療は必要にしても、休んでばかりもいられない立場だった。


「もたもたしては、いられません……」


 激痛を訴えかける全身に、ハリスンは活を入れる。


 まずは部下に指示を出すところから――


「……?」


 ――異変に気付いたのは、その直後だった。


 ハリスンがいるのは、『世界の礎石』で構築された異界から続く、重要機密区画だった。

 異界から外に続く出入り口はいくつかあるが、異界の存在を知っている者にさえ、この出入り口は秘匿されている。


 そうしなければならない『理由』があるからだ。

 当然、裏の事情を知っている部下が、常に警備として詰めていた。


 しかし、その騎士の姿が見当たらない。


 それこそ、こんなふうにハリスンが傷付いているのを見れば、河津朝日のように泡を食って駆け寄ってきてもおかしくないはずなのにだ。


 人の気配がない。

 不吉なほどに。


 空間が死に絶えている。


 ハリスンはただでさえ血を失って蒼褪めた顔から、血の気が引いていくのを感じた。


「……なにがあった?」


 口から漏れた問いは虚しく、誰もいない空間に響き渡いて消えた。


   ***


 それは、ハリスンが真島孝弘との戦いに敗れ、『世界の礎石』で異界から戻ってくる前の出来事だった。


 機密区画の通路を、駆ける人影があった。


 頭からフードをかぶった不審な男だった。


 片手には、血の滴る剣を握っていた。


 この場所に来るまでの間に、男はすでに何度か警備の騎士と遭遇していた。

 そのすべてで騎士を殺害して、強引に突破していた。


 普段であれば、突破にはもっと時間がかかったかもしれない。

 しかし、現在は状況が違っていた。


 ここは機密区画であり、警備に当てられる人員は限られている。


 現在はその大半が、真島孝弘襲撃の計画のために出払っていた。


 まさかこのタイミングで、ここ何百年と襲撃のなかった場所に侵入者が現れるとは、思ってもみなかったのだ。


 もちろん、多少手薄になったところで、警備は万全のものを敷いていた。


 並の人間であれば、こうも奥深くまで潜り込むことはできなかっただろう。


 警備に当たっていたのは、間違いなく世界最高峰の騎士たちだ。


 かつての『樹海北域最高の騎士』シランさえも上回る――精霊を抜きにすればの話だが――力量の持ち主ばかりだった。


 それどころか、精霊の補助ありでの『樹海北域最高の騎士』とも互せるほどの使い手すら配備されていた。


「待て!」


 駆ける不審者に立ち向かったのは、騎士鎧が窮屈に見える大柄な男だった。

 胸まで垂れる髭を生やしており、頬には独特の入れ墨をしていた。


「我が名はザクソン! 『草原の猛牛騎士』である!」


 両手持ちの大斧を振りかぶり、高らかに名乗りをあげる男から、魔力が立ちのぼった。


 この世界の人間としては異様なほどに強い魔力だ。

 世界規模で見ればごく稀に、まったくの一般人からも、このような突出した戦士は生まれうる。


 確かな信念を胸に、弛まぬ研鑽を積み、いくつもの死線を越えてきたのだろう。


 堂々とかまえた騎士は、不審者を見据えて――。


「一族のために、わしはここに……」

「うるせえよ」


 吐き捨てるような言葉が、男の声を切り捨てた。


 次の瞬間、凄まじい激突音が通路に鳴り響いた。


 突然に速度を増した不審者が、勢いのまま騎士に突貫したのだ。


「ぐっ……!?」


 不意を打たれたこともあり、大柄な騎士はかろうじて斧で一撃を受け止めることしかできない。


 なにが起こったのか目を瞠る騎士は、敵対する男の背中から飛び出したモノを目撃していた。


 それは、竜の翼。

 恐るべきは、世界の救済さえ可能とする莫大なまでの魔力量。


「こ、この力は……!?」


 騎士にとって不幸だったのは、相手の素性に気付いてしまったことだ。


「勇者様……!?」


 この世界で絶対の存在である勇者から攻撃を受けた事実は、信仰厚い騎士の心に大きな衝撃を与えていた。


 そうして生まれた致命的な隙を、容赦なく不審者は突いた。


 翻った切っ先が、鎧に包まれた騎士の体を斜めに切り上げて、深い傷を負わせる。

 続けて振り下ろされた一撃は、騎士の片腕を落とした。


「ぐ、ぐぐぅ……!」


 それでも、なお騎士は片腕で大斧を振るって抗った。

 だが、三合打ち合ったところで斬り捨てられてしまう。


 大柄な騎士は声もなく背後に倒れ、不審者はあとも見ずにその脇をすり抜けた。


 さらに先へ。

 血塗られた道を踏破していく。


 邪魔をする者が現れれば、再びその剣は容赦なく振るわれるだろう。


 薄暗い通路を、男は全速力で駆け抜けて――


「ごぁ!?」


 ――悲鳴をあげて、真逆に吹き飛んだ。


 前傾になっていた頭部が、ピンポン球のように背後にのけぞった。

 まるで全力疾走をしていて、透明な壁に突っ込んだかのような光景だった。


 ふらりと体勢を崩して、背後に尻餅を突く。


「な……んだ」


 首の骨を折っていてもおかしくないくらいの勢いだったが、男はすぐに立ち上がった。


 ただ、頭からかぶっていたフードは、いまの衝撃で外れていた。


 現れたのは素顔ではなく、目元を覆う仮面だった。

 縫い付けられた無数の羽の飾りが、後頭部までを覆っている。


 仮面の怪人だった。

 しかし、先程の不可解な激突のためか、仮面には無数のひびが入っていた。


 怪人は仮面を押さえた。


 その正面に歩み出る者があった。


 ぴんと背筋の張った、細身の老人だった。


 仮面の怪人が、視界取りの穴の下で目を見開いた。


「……大神官ゲルト=キューゲラー」

「残念ですが、ここを通すわけにはいきません」


 静かな声で、ゲルトは告げた。


「お引き取り願えますか。『竜人』神宮司智也様」

「……」


 その言葉に、ぴたりと仮面の怪人は動きをとめた。


 奇しくも、そこで仮面が限界を迎えて崩れ落ちる。


 その下から現れたのは、冷たく凍った少年の双眸だった。


   ***


「おやめください、神宮司様」


 ゲルトは大きく嘆息した。

 たとえ悪事を働いていなくとも罪の意識を覚えるくらい、いかにも悲しげな仕草だった。


「あなた様とは良い関係を築けていたはずではありませんか。どうしてこのような暴挙に出られたのですか?」


 聖堂教会と『竜人』は、密かに協力関係にあった。


 聖堂教会に手を貸す代わりに、元の世界に戻る手筈を与えられるという約束を交わしていたのだ。


 竜淵の里の一件しかり。

 今回の対真島孝弘戦に手を貸したのも、その一環だった。


 それなのに、いまはひたすら目に付いた聖堂騎士を斬るような真似をしている。

 暴走しているようにしか見えなかった。


「なにがあったのかわかりませんが、どうか落ち着いてください」


 ゲルトは訴えかけた。

 まさに聖職者に相応しい、穏やかで献身的な口調だった、


「我々に争う理由はないはずです」

「……白々しいこと言ってんじゃねえよ」


 けれど、その訴えは届かなかった。


 神宮司智也の応答に、ゲルトは白い眉を寄せた。


「良い関係? 都合の良い関係の間違いだろう?」


 本来は気さくなはずの少年の声は、ひどくざらついたものを感じさせた。


「元の世界に戻るための手段を提供するってのが協力の報酬だったな。だけど、本当に報酬を用意するつもりなんてなかっただろう? 追い詰められて都合の良い夢を信じるようになった、頭のおかしい子供。利用するには丁度良い。そんなことを考えてたはずだ」

「……あなたは」


 ゲルトが口を噤んだのは、およそ神宮司智也の言い分が正しいものだったからだ。


 転移者が元の世界に戻る手段はない。


 それがこの世界の常識である。

 世界の裏の事情を知っている聖堂教会でも、その点では変わらない。


 神宮司智也は、生き残った転移者全員で元の世界に帰るという妄執に取り憑かれている。


 もはや世界にとっては害にしかならない。

 だったら、うまく使って、真島孝弘の暗殺に役立てる。


 冷酷に徹して、そのように計画を立てていた。


「お生憎様だ。おれにはおれの目的がある」


 しかし、そのすべてを見通したような嘲りの表情で、神宮司智也は口の端を吊り上げてみせたのだ。


「行かせてもらうぜ。この先に『世界の礎石』があるんだろ?」

「……なっ!?」


 ゲルトの目が大きく見開かれた。


 それが、様々な意味でありえない問い掛けだったからだ。


「なぜそれを……?」


 神宮司智也の指摘は正しかった。


 ハリスンが使用していた『世界の礎石』は、複数個あるうちのひとつであり、それ以外は別の場所で厳重に保管されている。


 その保管場所というのが、この通路の先にあるのだった。


 位置的には聖堂教会の大聖堂の地下に当たる。

 出入り口は、異界にしかない。


 そのうえ、異界の存在を知っている者のなかでさえ、この部屋の存在自体を知っているのはごく少数だ。


 だからゲルトは、この場に神宮司智也が現れたことを『不安定な精神状態にある彼がなんらかの理由で暴走して偶然この場所に辿り着いた』のだと判断していた。


 だが、そうではなかった。


 皺に覆われた顔を驚愕に歪ませる老神官を見て、少年はひどく獰猛な笑みを浮かべた。


「その反応からすると、本当にここにあるんだな。本当かどうか疑ってたんだが、あの野郎の言い分は正しかったってわけだ」


 牙を剥く竜種を思わせる笑みだった。


「そもそも、おれに竜淵の里を襲わせたのは『世界の礎石』を取り返すためだったんだろ? 『霧の結界を発生させている魔法道具を回収してほしい』なんてことを言ってたっけか。まあ、その作戦は失敗したわけだが……」


 そう言って、神宮司智也は懐からなにかを取り出した。


 これよがしに見せ付けられたのは宝玉――『霧の結界』を発生させていた『世界の礎石』のひとつだった。


「ああいや、違うな。『失敗したってことにした』んだったか」

「……回収していたのですか」


 ゲルトは驚きを抑え付けた。


 どうやら神宮司智也は、何者かから『世界の礎石』の情報を得ていたらしい。

 少なくとも、保管場所は知っていた。


 情報の真偽を疑っていたあたり、情報提供者との関係があまりよいものではないらしいが……いまの反応から確証を得てしまったようだった。


 迂闊だったとゲルトは思い、すぐに思い直した。


 疑いを抱きつつも、神宮司智也はどうせ直接確認するつもりだっただろうし、ここで事実だとわかったところでなにも変わらないからだ。


 重要なのはそこではなくて、神宮司智也の目的そのものだった。


「この場所に来たのは『世界の礎石』を狙ってのことだったと……?」


 不可解な点はいくつもあった。


 まず神宮司智也が『世界の礎石』がなんなのか……世界を維持・管理する魔法道具であると認識しているのかどうか。

 そして、認識ができているとして、なにを目的にして接触を図ろうとしているのか。


 また、限られた者以外は知るはずもない『世界の礎石』の保管場所を、いったい、誰が教えたのか。


 知っていた者が口を滑らせたのなら、まだいい。

 だが、そうでないのであれば……非常にまずい。


 それは、ゲルトだけが知っている『とある可能性』を示唆するものだからだ。


 もしもそうだとすれば、早急に対策を立てる必要があった。


 そのためにも、まずは目前の脅威を退けなければならない。


「……行かせるとお思いですか」


 聞く者の背筋を凍らせるような、怒りを込めた声が通路に響いた。


 ゲルトの表情から、一切の感情が消えた。

 人々を救い導く聖職者ではなく、必要とあれば非道さえもいとわない世界の守護者たる一面が現れる。


 次の瞬間、戦いとはまるで縁がないように見えた枯れ木のような体から、強い魔力が噴き上がった。


 対峙する神宮司智也が、かすかに目を見開いた。


「これは……『壁』か?」


 行く手を遮るように、ほとんど目には見えない『壁』が現れていたのだった。


 先程、全力疾走をしていた神宮司智也を弾き飛ばしたのが、この『壁』だった。


 その向こう側で、ゲルトが口を開いた。


「『献身結界』です。たとえ勇者様の攻撃でも、これは貫けませんよ」

「……お前も恩寵の血族だったのかよ。非戦闘員だと思っていたんだがな」


 言いながら、不意打ちに神宮司智也は剣を抜き打った。


 戦闘向けの能力持ちの、全力の一撃だ。

 すさまじい激突音が通路に響き渡った。


「……ちっ」


 しかし、透明な壁はびくともしないどころか、傷ひとつつかなかった。


 無理矢理力を掛けられた剣のほうが大きく曲がってしまい、神宮司智也は舌打ちした。


「貫けないと言ったでしょう」


 落ち着いた口調でゲルトは言った。


「あなたの言う通り、わたしは戦闘員ではありません。わたしにできるのは、ただこうして壁を作ることだけです。そして、それだけで十分なのです」


 ゲルト=キューゲラーという人間は、聖堂教会の大神官という要職に就いている。


 だが、彼自身は、自分の本質は別のところにあると認識していた。


 世界の根源に誰も触れないように守るための、生きた防衛機構。

 固有能力である『献身結界』は――それを操る人間は、そのためにある。


 初代勇者からほどなくして興ったゲルトの一族は、ずっとそうやって世界を守ってきたし、彼も自身をそういうものだと定義していた。


 世界を守るためであれば、人道にもとる非情な手段を取ることもいとわない。

 必要とあれば、理想と希望に満ちたひとりの騎士をこちら側に引き込みもする。


 自分はきっと、死後に勇者様がいらっしゃる場所にはいけないだろう。

 聖職である大神官という立場にあり、間違いなくこの世界で最も敬虔な信徒のひとりでありながら、ゲルトはそう思い定めていた。


 見方を変えれば、彼の人生は、ある種の奴隷にも近かったかもしれない。


 それでも、彼は彼自身の意志で、世界を守るのだと決めていた。


 だから、断固として告げる。


「ここは通しません」


 神宮司智也がなにを考えて『世界の礎石』に接触しようとしているのかはわからない。

 だが、なんにしても為すべきことは変わらない。


 この場を守るのだ。


 ゲルトは魔法道具を使用することで、ハリスンが『世界の礎石』を利用して真島孝弘を攻撃したものの、思わぬ抵抗を受けて手こずっているところまでは確認している。

 即時の援軍は期待できないものと判断していた。


 だから、神宮司智也が諦めて撤退するまで堪えることを覚悟した。


 地を踏み締めて一歩も退かぬ老人は、まさに世界を守る意思の具現だった。


 その姿を見て、少年はなにを思ったのか。


「……なるほど」


 深い溜め息が、通路の空気を震わせた。


「確かにこいつは『このおれ』には抜けそうにないな」


 行く手を遮る結界と、立ち塞がる老人を眺めて、言い分を認めるような言葉を口にする。


 諦めたということだろうか。


 ……いや。そんなはずがなかった。


「なら仕方ない。こちらも本気で行かせてもらう」


 折れ曲がった剣を放り投げると、神宮司智也はあっさりと言ったのだ。


 その口調に不吉なものを感じる暇もあればこそ。

 少年の体から恐ろしく強大な魔力が放たれた。


「おれは『世界の礎石』を破壊する。そうして、元の世界に戻るんだ」

「……なっ!?」


 信じられない言葉を聞いて、ゲルトは目を剥いた。


 この世界を維持する『世界の礎石』を破壊する。


 それは、真島孝弘が目指す『世界観の上書き』とは比べものにならない蛮行だ。

 確実に世界は崩壊してしまうだろう。


 そんな無茶苦茶なことをする理由が『元の世界に戻ること』だというのが、また意味がわからない。


 だが、神宮司智也は真剣だった。


「なりふりかまってる暇はねえ。おれはとまるわけにはいかねえんだ」


 背中に魔力で形成された竜の羽が広がった。


 先の剣の一撃などは、ただの手遊びのようなものに過ぎない。

 その身に宿った固有能力こそが、本来の彼の全力だった。


「後悔するなよ」

「待っ……!?」


 少年がなにをしようとしているのか、気付いたゲルトが叫ぶが遅い。


 大きく開かれた神宮司智也の口から、破壊をもたらす竜の吐息――魔力の奔流が吐き出された。


 魔力の奔流は『献身結界』にまず激突すると、少年が首を巡らせるのに従って、絶大な威力で地下通路の壁面を破壊し、突き抜けた。


◆さらに更新します。

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