3. 死に際の謎
前話のあらすじ
聖堂教会の本拠地で事件が発生。
帝都に戻ったゴードンから情報がもたらされる。
3
工藤陸は異界から解放されるとすぐに、一緒にいた鐘木幹彦や島津結衣たちのもとを離れた。
ベルタ経由であやめから真島孝弘の無事を確かめられたため、自分の助力はもう必要がないだろうと判断したからだった。
同行者がドーラしかいないために徒歩での移動となったが、間もなく主が戻ってきたことに気付いたアントンの分体が、ファイア・ファングを連れてやってきた。
もっとも、完全に砕かれてしまった片腕を首から吊っている状態では、単独での騎乗は難しい。
これがベルタであれば触手で落ちないようにできるのだが、彼女は真島孝弘のもとに残してきていた。
そのため、ドーラに補助されるかたちで、彼は狼に乗って移動した。
やがて、目的の場所に辿り着いた。
荒野にいくつかある、ぽつんと取り残された小さな森だった。
樹海の切れ端である『昏き森』ではない、ただの森だ。
もっとも、現在はただの森とは到底言えない魔境へと変化していた。
工藤陸が森に足を踏み入れると、影を固めたような巨体のモンスターと、恐ろしい気配をまとった屈強な獣が出迎えた。
ドッペル・クイーンのアントンと、高屋純の残骸たる『狂獣』エーミールだった。
背後には、さらに配下のモンスターが付き従っていた。
その光景を見る者が他にいれば、目を瞠ったに違いない。
種類も様々なおびただしい数のモンスターの群れが、森の暗がりのなかに潜んでいたからだ。
工藤陸が連れてきた配下だった。
その数は、いまや千体を越えていた。
世界最大の戦力を保持する帝都とさえやりあえるだろう、世界を滅ぼしかねない魔王の軍勢だった。
ただ、これは奇妙な状況でもあった。
工藤陸は二十日ほど真島孝弘に先行するかたちで、アケルからこの地にやってきた。
真島孝弘は『妖精の輪』で移動したため、工藤陸が移動に使えた時間はせいぜい一ヶ月程度の計算になる。
それだけの時間では、足の速いモンスターだけならともかく、種族を選ばない様々なモンスターをこれだけの数連れてくることは難しい。
――そのための特別な方法がなければ、だが。
「ご苦労でした。誰にも気づかれていませんね」
「無論、隠密な行動を心掛けました。『ハインリッヒ』も『イーダ』も動いてはおりません」
「けっこう。あれらは憎しみが強い。下手をすると、暴走しかねない存在ですからね」
十文字達也の姿を取ったアントンの分体が答えると、工藤陸は満足げに頷いた。
その目前で、森が蠢いた。
いいや。正確には、外から見えない森の奥地を押し潰して隠れていたモノが、動いたのだ。
あたかも森が動いたかのように見えるほどの、巨大な怪物だった。
「ァ……アァア……」
身の毛のよだつ呪いの鳴き声が、森を震わせた。
ゆっくりと巨大な顔をもたげたのは、巨大な竜の頭部だった。
ただし、その眼窩は虚ろな空洞であり、肉体からは生の息吹が失われていた。
大事な子供たちを守るために、あえて狂気と憎悪に落ちた一匹の竜の成れの果て。
魔王により九番目に名前を与えられた彼女の名前はイーダ。
元の名前を、甲殻竜マルヴィナといった。
頑丈な甲殻は砕け、肉は腐り果ててなお憎悪に突き動かされるアンデッド・モンスターと成り果てた、竜淵の里の長だった。
五十メートルを超える巨体を誇り空を飛ぶ彼女の存在こそが、工藤陸が千体を越えるモンスターを連れて、アケルからここまで一ヶ月そこそこで移動できた理由だった。
その脇には、首を失ったひとまわり小さな、それでも二十メートルを超える巨竜のゾンビがうずくまっている。
こちらに与えられた名はハインリッヒ。
かつての竜淵の里の『守り人』レックスの亡骸がアンデッドと化したモンスターだった。
転移者によって惨殺された親子は、いまや世界に仇為す魔王の軍勢の一角として付き従っていた。
「おとなしくしていていたようですね」
工藤陸が声をかけると、イーダは腐り果てた口蓋に覗く凶悪な牙の間から呻き声を漏らした。
無論、彼女には生前の理性はない。
いまの呻き声は、ただただ、その身を動かす憎しみと恨みが漏れただけに過ぎなかった。
しかし、背筋を凍らせる怨嗟の声を聞いてなお、工藤陸の微笑みは崩れなかった。
「安心なさい。ぼくに従っていさえいれば、あなたたちの望みは叶えましょう」
その言葉を聞いて、イーダが呻き声を収めた。
同時に、傍らにいた『狂獣』エーミールがぴくりと肩を揺らした。
それは、かつて彼に対して投げかけられたのと同じ言葉だったからだ。
憎悪に身を焦がす屍竜と、ひとりの少女に執着した狂った獣。
その望みを叶えると、少年は言う。
口にした言葉がどこまで本気なのか、貼り付いたような笑みからはうかがい知ることはできない。
真意をすべて笑顔の下に隠して、少年が命じた。
「急いで移動の準備を整えなさい。『もう一波乱ある』かもしれません」
この言葉を真島孝弘たちが聞いたなら、不審に思ったことだろう。
なにを知っていれば、そのような予言めいたことが言えるのか。
そこには確信めいたものさえ感じられた。
「王よ、戦いですか?」
「ええ。とても大きな……」
ドーラが尋ねると、工藤陸は笑みを深めた。
「それこそ、これまでのすべてを賭すに足りるほどの」
凄絶な笑みが、口許を歪めていた。
絶望の果てで燃え尽きるまでとまることのない、どす黒い感情の炎が垣間見える。
それは、世界を焼く瞋恚の炎。
魔王の命令に従い、その気になれば帝都さえも滅ぼすに足る恐るべきモンスターの群れが、呪いを吐く竜の背中に移動を始めた。
そうした同胞の動きを見ていたドーラが、ふと口を開いた。
「王よ。これから大きな戦いがあるというのに、ベルタを連れてこなかったですが、よろしいのですか」
「あれは先輩のもとに残すのでよいでしょう」
答える工藤陸の口調に迷いはなかった。
「今回の件で確信しました。あれはやはり出来損ないです。連れていくわけにはいきません」
「……」
ドーラは口を噤んだ。
ただ、その目だけがなにかもの言いたげに主を見詰めていた。
「なんですか。言いたいことがあるなら言いなさい」
気付いた工藤が問い掛けた。
「なにかぼくの行動に異議でもありますか」
「まさか! 王の意見に異議を差し挟むなどとは!」
ドーラは即答した。
迷いなど欠片もなかった。
彼女の主に対する感情は『狂信』だ。
王としての工藤陸を絶対のものと信奉している。
だから、その判断に異議を唱えることなどありえない。
いいや。そうでなくても『魔王の配下として従えられたものたちに抗命はありえない』のだ。
ただ、王を正しいと思うがゆえに、正しい王の考えを知りたいとは思うことはありえた。
「不出来なこの身をお許しください。どうか教えてはいただけませんでしょうか。王がベルタを遠ざけるのは、わたしにはわからない理由があるのでしょう。では、その理由とはなんなのでしょうか」
ドーラは疑問を口にした。
「王が言うからには、ベルタは出来損ないなのでしょう。しかし、二番目に王に従った眷属として、あれが相応しい力を備えているのも事実です。わたしよりも、あれは強い。強くなり続けています。王の最強の配下は、ベルタです」
少しだけ悔しそうに認めた。
「使い捨ての駒として使うのであれば、あれは十分に使い物になるでしょう。当人も喜んでそのように振る舞うはずです」
「……」
「王もそれはわかっていらっしゃるはずです。それなのに、どうして……」
「それくらいにしておけ」
ただ素直な疑問を投げ掛けるドーラに対して、口を挟んだのはアントンだった。
自分の子ともいえる存在を制しておいて、代わりに彼女たちの王に頭を下げる。
「失礼をいたしました」
王たる少年は小さく吐息をついた。
「……ぼくは少し休みます。アントンは、全軍がいつでも出撃できるように準備をしておくとともに、分体を使って帝都の情報収集をしておくように。ベルタからも必要な情報を得ておきなさい」
「かしこまりました」
「ドーラはアントンに状況を説明しておきなさい」
「承知しました」
命令を残すと、工藤陸はエーミールを引き連れて森の奥に移動していった。
その背中を見送って、アントンはドーラに向き直った。
「それでは、現状について聞かせてもらおうか」
「わかりました、母よ」
ドーラは素直にその言葉に従った。
離れている間にあったことを説明する。
「なるほどな」
すべてを聞き終えると、アントンは頷いた。
「お前は真島孝弘と行動をともにしていたというわけか」
「はい」
「なるほど、理解した。……それでお前は、珍しく王に行動の理由などを尋ねたのだな」
「は?」
ドーラが怪訝そうな顔をした。
「いや。自覚がないのであればそれでいい」
「よくわかりませんが……それでは、母は知っているのですか。なぜ王があれほどまでに、ベルタを遠ざけるのかを。わたしはそれを知りたいのです」
不思議そうにしつつ、今度はアントンに尋ねる。
そうした思考がこれまで自分には備わっていなかったものであることを、彼女は自覚していない。
変化しつつあることに気付けない。
アントンもまた、そこを指摘するような真似はしない。
そのような無駄な機能は、感情を持たない自分には付いていないとでもいうように、ただ子とも呼べる存在を窘めた。
「弁えろ、ドーラ。王の心中を測るのは配下の分を逸脱する。我々はただ王の命令に従っていればいい」
そこで一度言葉を切り、続ける。
「それに、ベルタのことは、お前には言ってもわからないことだ」
「……わかりました」
やや不承不承ながらも、ドーラは頷いた。
ただ、珍しいことに、話はここで終わらなかった。
アントンが付け加えたからだ。
「ついでに言えば、お前はひとつ間違っている」
「間違い? なんのことでしょうか?」
「ベルタのことを『二番目に王に従った眷属』と言っただろう」
「はい。そうですが……」
それがどうしたのかと不思議そうにするドーラに、アントンは告げた。
「あれは『二番目』ではない」
ドーラが呆気にとられた顔をした。
それも無理のないことだった。
「……Bなのに、ですか」
工藤陸は配下に名前を付ける際に、元いた世界のフォネティック・コードに従った名前を付けている。
ドッペル・クイーンの『アントン』。
スキュラの『ベルタ』。
ダーティ・スラッジの『ツェーザー』。
ナイトメア・ストーカーの『ドーラ』。
自我を失った獣『エーミール』。
エレメンタル・ドラゴンフライの『フリードリヒ』。
トリップ・ドリルの群体たる『グスタフ』。
首なしのドラゴン・ゾンビ『ハインリッヒ』。
かつての勇者の眷属たる甲殻竜の成れの果て『イーダ』。
それぞれ、A、B、C、D、E、F、G、H、Iの順番に名付けられた怪物たち。
最初期の配下たるアントンとベルタが隷属したときのことに関しては、当然、ドーラは直接知らない。
だが、順番はそのままなのだろうと思っていた。
もちろん、誰が王に強制できるわけもないが、あえてその順番が崩されることもなかったからだ。
「最初は順番が違ったということですか」
「いや……」
アントンは首を横に振った。
「名前を授かったのは、わたしが最初だ。だからこその、アントンという名だ。そこは間違っていない。しかし、必ずしもそれが配下として隷属した順番と同じではないだろう?」
「……あ」
気付いた様子を見せたドーラに、アントンは頷いてみせた。
「名前を与えられるのは『蟲毒』で残ったあとのことだ。お前やエーミールなど、最初から力を持っていれば別だが、名付けは往々にして前後しうる。実際、わたしより先に王に支配されていた配下などいくらでもいた」
これが真島孝弘であれば、話は違っていた。
名前を付けた順番と、眷属に加わった順番は同じだからだ。
しかし、工藤陸の配下は違う。
ほとんどは箸にも棒にもかからないノーマル・モンスター。
そのなかから這いずり上がったものだけが、名前を授かる。
そういう仕組みになっている。
ドーラが気付かなかったのは、突然変異である彼女自身が生まれた瞬間に名付けられていたことと、彼女以降にこの方式で名付けられたのがフリードリヒしかいなかったからだろう。
「確かに勘違いをしていました。あくまでベルタは二番目に名前を受けただけ。母と同じく、王にはそれ以前にもたくさんの配下がいたはずですね」
ドーラは納得の吐息を漏らした。
わずかに眉根を寄せるようにしていたのは、自分の浅慮を恥じていたのだろう。
王の配下として相応しいように、注意深くあらねばならないと自省していた。
……だから、ドーラはアントンが相槌を打たなかったことには気付かなかった。
いまのが、『どうして王がベルタを遠ざけるのか』という彼女の質問に対するヒントであったことにも。
***
これまで、ベルタは何度か内情を吐露することがあった。
――まだ名前もなかった頃の、失敗の記憶だ。思い出すたびに、後悔する。どうしてわたしはアントンであれなかったのだろう。どうしてベルタなのだろう、と。
かつてあやめに対して告げた言葉だ。
彼女はアントンであれなかった。そうであることを悔いていた。
――スライムよ、貴様の話は聞いている。貴様こそが、我らが王と似て非なる彼を救ったのだろう? もしも貴様が我らの王と巡り合っていれば、なにかが違っていたのかもしれないな。
――だが、王の始まりに、貴様はいなかった。その代わりに、そこにいたのは……。
――あるいは、わたしがベルタではなく、アントンであったなら、なにかが変わっていたのかもしれないが。
リリィに対しても似たようなことを言っていた。
それでは『アントンである』というのは、どういうことなのか?
そして『アントンであれなかった』というのは、なにを意味しているのか?
「……」
必ずしも名付けの順番が配下として加わった順番と等しくないことを指摘するのみで、実際にアントンの名を与えられた怪物は、それ以上を語らない。
機械にも似た感情を持たない彼女は、ただ自分のすべきことをするだけの存在だった。
「そんなことよりも、状況はわかったが、まだひとつ聞いていないことがある。王は『もう一波乱あるかもしれない』とおっしゃった。なにを以って、そう判断されたのだ」
「ああ。そうですね。申し訳ありません。話をしていませんでした」
ドーラはバツの悪い顔をして、問い掛けに答えた。
「とはいえ、わたしもよくわからないのです。ただ、王は鐘木幹彦とお話をされまして、それでなにかに気付いたご様子でした」
「というと? 王はなにをおっしゃったのだ」
「『岡崎琢磨の死体を見た』と」
飛ばされた異界で、工藤陸は真島孝弘とともに岡崎琢磨の遺体を発見した。
岡崎琢磨こそが『万能の器』で模倣した『妖精の輪』によって、真島孝弘一行を連れ去った張本人だった。
ただし、本家本元の『妖精の輪』島津結衣を含めた抵抗に遭ったため、転移は失敗したうえに張本人は大打撃を受ける結果に終わった。
そのために、岡崎琢磨はひどく弱っていたはずであり、モンスターが跋扈するあの場所にひとりでいては、死んでいてもおかしくはなかった。
そのうえ、真島孝弘はあの直後に、怪物と成り果てたトラヴィスに遭っていたため、そちらに殺されたのかと、ごく自然に納得していた。
状況の推移がそのように思わせた。
しかし、実のところ、それはあくまで推測でしかなく、確証などどこにもない。
実際、工藤陸が見たものは違っていた。
「『岡崎琢磨を殺したのかどうか』と、王は鐘木幹彦に尋ねました。そして、これはあとでわたしに教えてくださったことですが『岡崎琢磨は斬殺されていた』とおっしゃっていました」
少なくとも、怪物トラヴィスに襲われたのであれば、斬り殺されたような怪我が残っているのは不自然だ。
誰かが岡崎琢磨を殺した可能性がある。
その一番の候補は鐘木幹彦だ。
なぜなら彼は、親友の真島孝弘のために、ハリスンの勢力を全力で妨害をしていたからだ。
だから工藤陸は鐘木幹彦に問い掛けたのだろう。
しかし、その可能性も――
「それで、鐘木幹彦の返答は?」
「『自分は殺していない』というものでした」
――当人の口から否定された。
ドーラの分体が十文字達也の姿で、少し思案する様子を見せる。
「それ以外にあの場にいた者といえば聖堂教会だが……彼らが岡崎琢磨を殺したという可能性は低いだろうな。そんなことをする理由がない」
「はい。その通りだと思います」
「もちろん、真島孝弘の眷属が殺したという線もない。もしもそうなら、合流できていたはずだからだ」
とすると、ひとつの可能性が浮上する。
アントンは、その可能性を口にした。
「つまりは、こういうことか。その場に、聖堂教会側でも真島孝弘側でもない『なんらかの思惑を持った者』がいたと――」
***
――時間は、少し遡る。
真島孝弘が滞在中の部屋から異界へと強制転移させられた、その直後のことだ。
異界の一角に、床をのたうち回って苦しむ少年の姿があった。
「ぐっ、げぇ! げぇええ……!」
通路の床に、びしゃびしゃと吐瀉物が撒き散らされた。
探索隊の『万能の器』岡崎琢磨。
聖堂教会に味方し、真島孝弘をこの異界に連れ込んだ犯人の少年だった。
「うげぇ……ああああ。な、なんで、こんな。し、死ぬ……死ぬぅううう……!」
自分の吐瀉物にまみれながら、彼は涙を流して悲鳴をあげた。
強制転移の失敗の反動が、肉体と魂を痛めつけているのだった。
泣き喚いて苦しむ惨めな姿には、普段の勇者然とした振る舞いはかけらもない。
長く続く苦しみに堪えきれず、泣き声をあげ続けていた。
この場所にはモンスターが多くいることを考えれば、こんなふうに悠長に苦しんでいるのは非常に危険だ。
教会の協力者である岡崎琢磨は、当然、この場所にモンスターがいることを知っていた。
しかし、そんな事実は苦痛の前にあっさり頭から吹き飛んでしまっていた。
痛みを堪えるような根性はない。
そもそも、これまでこの世界に来てから、強者である彼はまともに怪我をしたことがなかった。
ほとんど痛みを忘れかけていたところでの痛撃は、少年の心をへし折っていた。
「なんで……なんで、ぼくがこんな目に……」
まともな状況判断を下せるような余裕はなく、ただ自分に降りかかる不条理への恨みだけを並び立てる。
「よくも、よくも、よくも、よくも……」
それが実際には強制転移を仕掛けた彼の自業自得だとしても、そう認めるような思考回路を岡崎琢磨は持っていない。
「真島ぁ……」
至り着いた思考は、完全なる八つ当たりだった。
ただ、彼はそう考えない。
「どれだけ、ぼくを貶めるつもりだ……」
彼の脳裏には、探索隊と真島孝弘との間にあった顔合わせでの記憶が蘇っていた。
あの場で自分は真島孝弘によって、竜淵の里を襲った犯人というレッテルを貼られてしまった――と、本人は思っているのだった。
「ぼくは嵌められたんだ。それを、あいつら、あんな……あんなふうな目で見られるような筋合いなんてない……!」
岡崎琢磨のなかでは、竜淵の里の存在自体が嘘だということになっていた。
自己弁護と自己防衛の働きによるものだった。
ただ、彼なりにそう考えるに至るのには、理由があった。
「あれが、人の住んでいた場所だったって? そんなわけあるか。ぼくはそんなこと聞いてない……!」
これは嘘ではなかった。
竜淵の里襲撃に参加した転移者は三者に分かれた。
最初にいたのが、帝国の貴族領で討伐依頼を受けた転移者たち。
最後に合流したのが、岡崎琢磨。
そして、彼らを結び付けたのが、神宮司智也と、彼の仲間たちだった。
三者は竜淵の里襲撃において、ある程度、役割分担をしていた。
竜淵の里がただのモンスターの巣窟ではないのではないかと疑問を抱けたとしたら、最初に魔法で里を吹き飛ばしてしまい、住人たちがドラゴンの本性をさらけ出す前……つまり、襲撃の最初期の段階しかなかった。
顔合わせの場でエラたちと口論になり「知らない」とばかりわめき散らしていた岡崎琢磨を見て、彼が最初の襲撃班には参加していなかったものと真島孝弘一行は判断していたが、それは正しかった。
ただ、自己弁護ばかりで話にならない岡崎琢磨から、聞き出しそびれていた事実がひとつあった。
「……全部嘘だ。ぼくは嵌められたんだ。だって、最初に竜淵の里に突入した神宮司たちは、なにも言ってなかった」
竜淵の里に最初に襲撃を掛けたのは、神宮司智也とその仲間たちだった。
これは当然の流れで、そもそも、霧の結界を前に手を出しあぐねていた現地の転移者の前に現れて、突破することを可能にしたのは彼だったからだ。
付け加えて言えば、うまく転がしさえすれば大きな戦力になる『万能の器』岡崎琢磨を引き入れたのも彼だった。
そして、あの場では翻訳の魔石が使用されていなかったため、竜淵の里の住人たちは自己弁護さえできなかったのだが、竜変化の能力を活用して単独で世界を渡り歩いていた神宮司智也は、翻訳の魔石を所持していたし、使えたはずだった。
しかし、実際には知っての通り、襲撃者たちが事実に気付くことも、里のドラゴンたちが弁明をすることもできずに惨劇は起こってしまった。
無論、これは疑い過ぎかもしれない。
神宮司智也一行は、里に辿り着くと同時に攻撃を仕掛けたために、そこが単なるモンスターの巣窟ではないことに気付かなかったということはありえる。
だが、それはつまり、討伐対象の全容を把握せず、取り逃がしてしまう可能性さえも考慮しないくらい考えなしに、強襲をかけたということになる。
神宮司智也は、そこまで迂闊だったのだろうか。
それとも……。
「悪いのは真島だ。ぼくは悪くない」
もっとも、そのあたりの事情がどうだったところで、竜淵の里に住む理性あるドラゴン――半分は人間である住人たちを岡崎琢磨が殺したことは変わらない。
「悪くない。悪くな……うっぷ、うげぇええええ」
自身の罪を認めさえしないで、ただ彼は自身に降りかかった災難を嘆き、真島孝弘を呪う言葉を口にしていた。
そのときだった。
口元を拭った岡崎琢磨は、ふと気付いたように振り返った。
足音が近付いてきていたのだ。
「お前は……」
のろのろと萎えた動作で視線を向けて、岡崎琢磨は目を見開いた。
次の瞬間、骸がひとつ、斬り捨てられて地面に転がった。
◆書籍13巻の発売が一週間後に迫りましたが、新規のキャラデザを活動報告にあげました。
興味のおありのかたはご覧いただけましたらさいわいです。
また、1月30日にコミカライズの3巻が発売予定となりました。
こちらもよろしくお願いいたします。
◆さらに更新します。






