2. 危機の報せ
(注意)本日2回目の投稿です。(12/01)
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「これは……どういう」
ゴードンさんの低く嗄れた声が、呆然と室内の空気を揺らした。
場所は、王城の一室。
探索隊の二つ名持ち『妖精の輪』島津結衣が借りている部屋だった。
おれたちは聖堂騎士団副長のゴードンさんとその部下を送るために、島津さんの瞬間移動の固有能力で再び帝都に訪れたところで、その異常事態に直面していた。
窓から見える聖堂教会の本拠地『大聖堂』。
大きなドーム状の本堂と、その周りを囲む六つの尖塔を備えた大建造物が、大きく損壊していたのだった。
六本あるはずの尖塔はへし折られて四本に減り、白亜の壁面はところどころが崩れている。
おれたちが帝都から強制的に移動させられたのが、二日前のこと。
そのときには、あんなふうではなかった。
ゴードンさんと部下の騎士たちは、窓の外を見て唖然としていた。
彼らにしてみれば、空が落ちてきたような光景に違いない。
この世界を守る最大の戦力と権威を併せ持つのが聖堂教会という組織だ。
その本拠地であり象徴でもある建造物があれほど深刻に損壊していることは、事実以上の意味があったのだ。
それこそ、世界を揺るがしかねないほどの。
飯野たちも、思わぬ光景を前に固まってしまっていた。
おれが巡らせた視線に気付いたのは、リリィやシランだけだった。
頷き合って、口を開いた。
「……ここでこうしていても仕方ありません」
声をかけると、ゴードンさんと部下の騎士たちの時間が動き出した。
飯野たちも我に返った様子でこちらを見た。
全員が正常な思考を取り戻すのを待って、口を開いた。
「ゴードンさん。おれたちは、予定通りにこの場を離れます。なにがあったのか事情はわかりませんが、いまの聖堂教会がおれにとって敵であることは変わりません。のこのこ顔を出しに行くわけにもいきませんから」
「そう、ですか」
「ゴードンさんたちはどうしますか」
「我々は……我々も、予定通りに動きます」
ゴードンさんの目に力が戻った。
さすがというべきか、短い時間で動揺を押さえ込むことに成功したようだった。
「教会に戻ります。なにがあったのか確かめなければなりません」
「あれは尋常な事態ではありません。危険かもしれませんが」
「承知の上です」
「……わかりました。ただ、無駄死にはしてほしくありません。遠距離通信の魔法道具を渡しておきますから、身の危険を感じたときには連絡を入れてください」
幹彦が団長さんと連絡を取り合うのに使っていたものだった。
「よろしいのですか。わたしも聖堂騎士団のひとりですが」
「おれは別に、聖堂騎士団に潰れてほしいわけじゃありませんよ」
言いながら、魔法道具を差し出す。
「というより、潰れてもらっては困ります。世界を守るという点については、おれたちの利害は一致していますから」
「……冷静なのですな」
ゴードンさんは少し笑って、魔法道具を受け取った。
「ありがとうございます」
「代わりと言ってはなんですが、なにがあったかわかったら教えてください。教えられる範囲でかまいませんので」
「わかりました。必ず」
頷くゴードンさんから、おれは視線を移した。
「すいません、島津さん。妙なことになっていますが、予定通りこれからしばらくおれと一緒にいてもらえますか。場合によっては、ゴードンさんを迎えに行く必要があるかもしれません」
「ん。いいよ」
水を向けると、島津さんはすぐに答えた。
「教会のほうは気になるけど、まだ体のほうは万全じゃないし。わたしが行っても足手纏いになりそうだからね」
「ありがとうございます。飯野はどうする?」
「わたしは……」
飯野は少し言いよどんだ。
「わたしはリーダーに相談を……」
言いかけて、首を横に振った。
「いえ。そうじゃない。あんたと一緒にいるわ。あんたたちを守る。そう約束したもの」
「……そうか」
飯野の口調は、どこか不安定なものを感じさせた。
元探索隊の仲間たちと異界で敵対したことが、精神的に堪えているのかもしれない。
いや。その前から少し様子がおかしいところはあったか。
「大丈夫か」
「なにが」
とはいえ、気遣いの言葉をかけてみても、飯野はいつものように不機嫌そうな返答をするだけだった。
まあ、飯野にも探索隊の仲間がいるし、島津さんや、それこそリーダーの中嶋さんあたりならうまく慰めもするだろう。
おれがしゃしゃり出るようなことでもない。
「それでは、ゴードンさん。ご無事で」
頭を切り替えて、おれはゴードンさんを送り出すと、島津さんに帰還の準備を頼んだ。
***
予想だにしないものを目の当たりにして、おれたちは慌ただしく帝都から転移した。
予想外だったことは、もうひとつあった。
島津さんの『妖精の輪』で移動するために必要な溜めの時間に、探索隊のメンバーが気付いて様子を見に来るだろうと思っていたのだが、彼らが顔を出すことはなかったのだ。
どうやら全員が出払っていたようだった。
ただ、これは考えてみれば不思議なことではなかった。
「あんなふうに大聖堂が損壊するような事件が起きたんだ。正義感の強い探索隊のやつらなら、そっちに向かうだろうな」
おれが言うと、リリィは肩をすくめた。
「まあでも、ひとつ安心ではあるんじゃない? もしもそうだとすれば、ゴードンさんに関しては安心できるだろうし」
「だな」
なにせ探索隊は六十名からなるチート持ちの集団だ。
武力でどうにかなることであれば、解決できないことはない。
というか、彼らに解決できない問題であれば、もはや誰にもどうしようもないだろう。
「ゴードンさんにも言った通り、聖堂教会の存在は世界の安定を保つために必要不可欠だ。探索隊だったら、たとえ聖堂教会になにがあったとしても、どうとでも解決してくれるだろう……」
……そのはずだ。
なのに、なんとなく落ち着かないのはなぜだろうか。
嫌な胸騒ぎがした。
状況が変わったのは、帝都から戻ってきてから数時間後のことだった。
そのとき、おれたちは、今後のことについて相談を行っていた。
いつまでも荒野で時間を潰していても仕方がないし、探索隊と接触できなかった以上、早々にアケルに帰還することでおよそ話はまとまっていた。
この世界の真実について知ったおれの目的のひとつとして『世界の礎石』への接触がある。
認識によって成るこの世界の『世界観』を変更させて、自分たちを許容しても問題ないようにするためには、世界の維持と管理を担う『世界の礎石』の入手は必須の条件だ。
ただし、これは聖堂教会が管理する魔法道具であり、そう簡単には接触することができない。
この世界を守ることを最優先するハリスンが許可しなかった以上、借り受けることは不可能だ。
強引に接触しようとするなら聖堂教会に押し入ることになるが、そのときは今度こそ聖堂騎士団全軍が敵に回るだろう。
下手をすれば、探索隊まで敵に回る可能性もある。
そんなことは、さすがにできない。
なら手詰まりかといえば、そうでもなかった。
ひとつだけ、心当たりがあったからだ。
聖堂教会に集められていた『世界の礎石』だが、例外がある。
竜淵の里の存在だ。
長い間、竜淵の里を守ってきた『霧の結界』は、『霧の仮宿』サルビアから譲渡された『世界の礎石』によって維持されてきた。
残念ながら、竜淵の里は転移者に滅ぼされてしまい、あとで一度戻ったエラさんからは、里に安置されていた『世界の礎石』は行方不明になったと報告は受けているが、他にもまだ心当たりがないわけではない。
里が所持していた『世界の礎石』はふたつあった。
おれはそれを見たことがある。
里の『探し人』であったサディアス。
おれを里に導いたあの青年は、異界を展開可能な場所を探すという役目から『世界の礎石』を所有していた。
彼に接触することができれば『世界の礎石』に触れることができる。
必要な『世界観』の書き換えについても研究できるだろう。
また、『妖精の輪』と『韋駄天』のふたりがこちらに付いている以上、おれたちはすぐにアケルに戻ることができるが、聖堂教会側はそうはいかない。
通常であれば移動に四ヶ月かかる距離が時間を稼いでくれるだろう。
ハリスン子飼いの部下が壊滅した以上、立て直しにも時間がかかるだろうし、研究の時間は十分に取れるはずだった。
そして、肝心のサディアスとの接触についてだが、彼には、別れたときに連絡を取る手段を教えてもらってあった。
この方法は連絡が届くまで時間がかかるし、実際に竜淵の里が壊滅した際にその報せを伝えたときには、帝都に向かうまでの一ヶ月と少しの間で、連絡は返ってこなかった。
とはいえ、あれから時間も経ったし、さすがに伝わっている頃合いだ。
アケルの王宮には、半数以上の竜淵の里の住人たちを残してあるから、今頃はそちらに接触しているはずだった。
うまくすれば、アケルに帰ったそのときには『世界の礎石』を手にすることができるかもしれない。
そんなふうに算段を立てていた。
なにもなければ、この通りに動いていただろう。
状況を変えたのは、帝都に戻ったゴードンさんからの連絡だった。
「……え? 死んだ?」
呆然と訊き返す。
それは、帝都を襲った大事件のあらましと、到底看過することなどできない世界の危機の報せだった。
◆とりあえずはここまでです。
コミカライズ版の「モンスターのご主人様」13話が更新されています。
ついに、樹海を抜けて人と遭遇します。書籍だと2巻の最後あたりですね。騎士の彼女が登場です。ぜひご覧ください。






