53. 諦めない者たち
(注意)本日2回目の投稿です。(9/29)
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「なぜ、崩れない……?」
想定外の状況に、ハリスンは困惑した様子を見せた。
とはいえ、さすがに動揺は小さい。
すぐに彼は原因を探ろうとする素振りを見せた。
「『世界の礎石』が操作を受け付けなくなった? ……いいや、これは」
「ハリスン様? いかがなさったのですか」
聖堂騎士のひとりが尋ねた。
「まさか『世界の礎石』に、なにか問題でも……?」
「いや。『世界の礎石』は支障なく稼働している。なんの問題もない」
「でしたら……」
「だが、動かないのだ。これではまるで、干渉を受けているかのような……」
ハリスンの言葉を聞いて、場がざわついた。
各々が近くの者と顔を見合わせる。
「干渉? そんなことがありえるのか?」
「わからない。だが、ハリスン様がおっしゃるのなら」
「待て。『世界の礎石』は、この異界を創り上げている特異な魔法道具だぞ」
「そうだ。この異界そのものに作用している以上、同種の魔法効果でなければ干渉などできるはずがない……」
ハリスンが仕掛けているのは、ある意味で世界そのものを用いた圧殺だ。
絶対の罠だった。
だから、その場の全員が状況を理解できない。
ただのひとりを除いて。
「『同種の』? ……まさか」
希望を込めて、加藤真菜はつぶやいた。
彼女は知っていたからだ。
もうひとつの、異界を創り上げる魔法を。
「真島先輩……!」
気付けば、魔法の映像の向こうは霧の白色に染まりつつあった。
***
「こ……れは?」
魔力の気配を帯びながら、いっこうに落ちてこない天井を見上げて、鐘木幹彦は目を瞠った。
いつの間にか、天井を霧が覆いつつあったのだ。
もちろん、そんなもので天井を支えられるはずもない。
本来であれば。
だが、事実として霧は天井の崩壊を喰い止めていた。
それどころか、亀裂さえ修復していくのだから、瞠目するほかなかった。
「た、孝弘? これ、お前がなにかやってんの?」
「……ああ」
真島孝弘の背後には、霧を纏うサルビアが姿を現していた。
ふたりから生み出される霧は濃さを増し、いまや広大な空間を満たそうとしていた。
「最初からな、こうするつもりではあったんだ。だから、幹彦と戦いながら、サルビアには準備を進めてもらっていた」
「準備?」
「この異界を生み出した『世界の礎石』の制御に、干渉するための準備だ。理屈のうえでは可能だったからな」
強制転移でこの場に連れてこられた時点で、魔法『霧の仮宿』は使用不可能になっていた。
それは、この場が異界であり、それを創り上げた『世界の礎石』の『異界を創る』という魔法効果が『霧の仮宿』本来の性質と干渉していたからだ。
そこで、干渉をしないように調節することで、魔法『霧の仮宿』を発動できるようにした。
いましているのは、その逆だ。
干渉を最大にしている。
作用に対する反作用。
干渉をされていたのなら、こちらから干渉できるのが道理だ。
とはいえ、もちろん、それが不十分なものであれば、抵抗はあっさり潰されてしまう。
だが、いまの真島孝弘にはそれを可能とする素地があった。
「おれにどこまでできるかはわからなかったけどな」
「……いいえ。いまの旦那様ならできるわ」
真島孝弘が言うと、サルビアは愛おしげに、どこか痛ましげに彼の頬を撫でた。
あの内面世界で彼女だけが目の当たりにした理由によって、少年の魔法は次の段階に進んでいた。
すなわち、それこそが異界の創成能力だ。
いちから作ろうとすればさすがに魔力が足りないが、今回は元からある異界を操作するだけでいい。
必要とされるのは最低限の強度と、相手をはるかに上回るだけの制御力だ。
そして、制御だけであれば、真島孝弘の『霧の仮宿』はハリスンの操る『世界の礎石』を十分に上回っていた。
「そっか。さっきのはそういう……」
鐘木幹彦がつぶやいた。
先程『エアリアル・ナイツ』を凌がれたときのことを思い出していた。
あのとき、およそ二百五十あった彼の武器は、一斉に動きをとめられそうになった。
あの時点で、すでに真島孝弘はこの異界に一時的に干渉していたのだ。
空間に作用することで、間接的に武器の群れをとめていたのだった。
戦いの間、鐘木幹彦は真島孝弘の能力との相性の悪さを感じていたが、これはそれどころではない。
ハリスンにしてみれば、彼の存在は想定すらしていない致死性のウィルスのようなものだろう。
「もう少し時間がほしかったけどな。こうなったら仕方がない」
霧の女を引き連れて、少年は魔力を練り上げた。
「ここから、この世界の制御を乗っ取る」
浸食を開始した。
まずは手近な制御からだ。
揺れを収めて、天井を完全に修復する。
これで命の危険はひとまずなくなった。
あとは、近いところから片っ端だ。
ほとんど、抵抗らしい抵抗はなかった。
当たり前だった。
想定していない危機になど、備えることはできないのだから。
同時に真島孝弘は、霧の魔法の認識能力を応用するかたちで、乗っ取った異界を触覚に変えた。
まるで無人の野を駆けるがごとく、意識は世界を行き渡って――
「――見付けた」
そうして、真島孝弘は目的のものを見付け出した。
「ハリスン=アディントン」
重厚な空気を纏った騎士の姿を、確かに少年の感覚は捉えていた。
それはつまり、この異界を制御する『世界の礎石』のもとまで、侵食の糸が届いたことを意味していた。
ここまでくれば、完全掌握まではあとわずかだ。
気を抜くことなく、最後まで侵食の糸を伸ばそうとして――
「まだだ」
――確固たる信念に支えられた、男の声を聞いた。
次の瞬間、一度は引っ繰り返したはずの勝負の天秤が反転した。
***
ハリスン=アディントンが肩書とする聖堂騎士団団長とは、果たしてどのような存在であるだろうか。
この世界において最大の武力と、最長の歴史を誇っているのが、聖堂騎士団という組織である。
ゆえに、その団長となる者には、これまで積み上げられてきたすべてを背負って立つ力が求められる。
すなわち、ある観点においては、ハリスン=アディントンという男こそが、この世界に住まう人々の頂点と言っていい。
だから、まだ終わらない。
「な、に……?」
その瞬間に起きたことは、ただ理不尽としか言いようがなかった。
ぶちぶちと。
真島孝弘が伸ばしていた制御の糸が、力尽くで千切られていく。
ありえないことだった。
魔法の強度というものは、魔力操作の巧みさと、注ぎ込んだ魔力量の乗算で決まってくる。
その点でいえば、魔法『霧の仮宿』に関わる真島孝弘の魔力操作能力は、例外も例外だ。
あれは魔法に関わる技術の巧みさというよりは、魔法そのものであるサルビアとの親和性に拠ったものだからだ。
ましてや、どうやら『世界の礎石』は操作が難しいらしい。
アドヴァンテージは大きい。
しかし、だとすれば、真島孝弘がいま感じているものなんなのか。
「これは……」
知っている。
重々しく、膨大な魔力量。
理不尽極まりない力。
それはきっと、世界を救ってしまえるほどの。
いいや。あるいは、これはそれ以上の……。
「ハリスン……!」
戦慄とともに、真島孝弘は呻き声をあげる。
収まっていた揺れが、再び活動を始めていた。
***
「……嘘」
加藤真菜は、目の前で起こっていることを信じることができなかった。
ハリスンの身から魔力が迸っている。
回復魔法だけとはいえ、魔力を扱うことのできる加藤真菜にはその異常さが理解できた。
魔力規模の、桁が外れているのだ。
確実に転移者レベルか、それ以上。
単純に魔力量だけで強さが決まるわけではないにせよ、これに対抗できる者が探索隊の二つ名持ちでも何人いるだろうか。
「これは、いったい……」
「……『完全一致』」
答えたのは、血に塗れたエリナーだった。
「研鑽を重ね、心身ともに鍛え上げ、魂の在り方をかつての勇者様に一致させることで、かつての勇者様を再現したもの。それが『完全一致』です」
「ハリスンがそうだというんですか」
加藤真菜の言葉に、エリナーは首を横に振った。
「いいえ」
「……え?」
「違うのです。そうではありません。『それどころではない』のです」
否定されたのは、決して高く見積もっていたからではなかった。
「不敬なことであるために、公称としては『完全一致』とされていますが、それどころではありません。ハリスン=アディントン様は、史上唯一、かつての勇者様を越えた存在であるのです」
「な……っ」
加藤真菜は絶句した。
なんだそれは。
ありえない。
あってはならない。
反射的にそう思った。
……いいや。
正確にいえば、彼女の聡明さはそれがありえることを瞬時に理解していた。
転移者が半生を元の世界で過ごしたうえでこの世界にやってくるのに対して、現地の人間はこの世界で最初から戦いのなかに身を置いている。
恩恵の血族のような転移者の子孫が、素質においてオリジナルに迫りうるのであれば、そのなかにオリジナルを越える者が出てくることは十分にありえる事態だった。
だが、だとしても、やっぱりありえないのだ。
可能性としてはありえても、状況がそれを否定している。
だって、この世界では転移者は勇者として崇め奉られている。
いまこのときも、最重要のものとして扱われている。
もしも本当に転移者を越える現地の実力者がありえるのだとすれば、転移者をこうも重要視する必要性なんてない。
おかしい。
ありえない。
その瞬間、加藤真菜は怖気のようなものさえ感じていた。
消化できないものを呑み込んでしまったような違和感。
ずっと感じていたモノ。
この世界はなにかおかしいと、これまでずっと感じていた。
それが、これだ。
そう直感していたのだ。
そもそも、この世界はそれほど『勇者』を必要としているだろうか?
もちろん、一個の強大な戦力の有用性については理解できる。
人々が滅びかけていたという古い時代から今日まで、それが本当に必要とされていた期間は長かっただろう。
だが、世界は進歩し、発展する。
いまや、この世界は文明を発達させており、ある程度纏まった戦力を養えるまでになっている。
真島孝弘一行が苦戦した辺境伯領軍などは、その最たるものだろう。
勇者の価値は、相対的に低くなる。
良い悪いではなくて、そういうものなのだ。
世界が進歩発展していくにしたがって、かつて必要不可欠だったものの重要性が下がっていくのは、歴史の必然と言える。
そういう意味で、ハリスン=アディントンの存在は、いっそ象徴的でさえあった。
彼は個人として結晶した、歴史の精髄と言っていい。
恩寵の血族という素養ある人間が多く集まり、十分に才能を磨きうる環境が用意されたからこそ、そのなかから彼のような存在は生まれうるのだから。
しかし、その一方で、この世界が勇者を最重要視し続けていることは事実である。
これはどういうことなのか。
あまりにもハリスン=アディントンという男の存在は、理解不能でいて理不尽だった。
そうした男の手によって状況が大きく変えられてしまったのであれば、それはある種の必然でもあるように感じられもしたのだ。
魔法の映像の向こうでは、収まっていたはずの崩壊の予兆が、少年たちを脅かしていた。
「さすがはハリスン様!」
聖堂騎士たちは色めき立ち、反対に加藤真菜は蒼褪める。
勝敗は決したかのように思えたからだ。
この人物に勝てるはずがない。
いまのハリスン=アディントンには、そう思わせる格があった。
「……ハリスン様?」
しかし、すぐにそう簡単ではないことに気付いた。
ハリスン本人が、厳しい表情を崩していなかったからだ。
「この状況で堪えるか、真島孝弘」
漏れた言葉には、驚きが滲んでいた。
大きく揺れてこそいるものの、映像の向こうの空間は崩れない。
ハリスンが大きく優勢であることは確かだが、まだ抵抗が続いているのだった。
いまも壮絶なまでの制御争いが行われていることは、膨大な魔力を放ち続けているハリスンの姿を見れば明らかだった。
「真島孝弘。まさに不屈だな」
少年は諦めない。
理不尽な力に引き千切られるはしから、浸食の糸を繋げていく。
一瞬でも気を抜けば押し潰されるプレッシャーのなかで、必要なことをし続ける。
それどころか、反撃に転じる機会を狙い続けてさえいる。
そうした少年の姿は、強大なドラゴンに剣一本で挑むお伽噺の英雄めいたものさえ感じさせた。
「お前のような者こそ、本物の勇者と呼ぶのかもしれんな」
そこに、なにを思ったのか。
「残念だ」
ハリスンがこぼした言葉には、本物の感情が含まれているように思えた。
だが、それでなにが変わるわけでもなかった。
「わたしはお前を殺さねばならないのだ」
断固とした口調で告げる。
そうした姿を見て、加藤真菜は自分が勘違いをしていたことに気付いた。
ハリスンは単純な好悪や生理的な拒絶といった感情で、敵に回っているわけではない。
そこには、鋼鉄の意思があった。
真島孝弘と同じく、彼もまた強烈な信念を抱いてここにいるのだと感じられたのだ。
だとすれば、反撃の隙は生じまい。
そのような緩みを、ハリスン=アディントンその人が自分自身に許さないからだ。
このままでは駄目だ。
そう悟って、加藤真菜は真っ暗な闇のなかに放り出された気持ちになった。
この場に、他に仲間はいない。
可能性があるとすればエリナーくらいのものだが、彼女は瀕死の状態だ。
ひとりでどうにかするしかない。
だが、加藤真菜には戦う力がない。
武器や道具の類は取り上げられてしまっているし、あったところでこの状況でなにができるわけでもないだろう。
かといって、ハリスンを説き伏せることも不可能だ。
彼の鋼の意志を覆すのは、真島孝弘に眷属を殺させようと説得するようなものだ。
そんなことできるはずもない。
八方手づまり。
なまじ頭が回るために、少女はもっとも残酷なその結論に達してしまう。
絶望が指の先までを満たしていく。
自分には、この状況を覆せない……。
――だから、ここでなにもできずにいるの?
「ッ……!」
その瞬間、全身がカッと熱を持った。
それは、魂の奥底からの拒絶の意志。
映像の向こうでは、大事な少年が諦めずに抗っている。
だったら、自分だって諦めるわけにはいかない。
燃え上がった感情が、恐怖も絶望も纏めて焼き尽くしていく。
少女もまだ、諦めてはいない。
◆主人公とハリスンの攻防が続き、ついに加藤さんも戦いに参加します。
その先になにがあろうとも。
◆さらに更新します。






