51. 勝利に続く細い糸
前話のあらすじ
親友同士の戦い、決着。
51
全身が粉々に吹っ飛んだ。
そう錯覚するほどの一撃だった。
気付けば、鐘木幹彦は硬い石の地面の上で仰向けに倒れていた。
意識が飛んでいたらしい。
目を開けると、こちらを見下ろす親友の姿が見えた。
「……生き、てる?」
「それをおれに聞かれても。自分が一番よくわかるだろう」
「……そりゃ、そうだ」
かすかに笑う。
どうやら粉々にはなっていなかったらしい。
とはいえ『生きていた』というよりは『死ななかった』という感じではあるが。
状態としては、ボロ雑巾と評するのが相応しい。
いっそ気持ち良いくらいの完全敗北だった。
「……あー、くそ」
訂正。やっぱり気持ちよくはなかった。
「情けねえなあ。手も足も出なかった」
「そんなことはないだろう」
真島孝弘は首を横に振ってみせた。
言葉に嘘は感じられない。
それを証明するように、彼の左腕はだらりと下がっていた。
先程『エアリアル・ナイツ』と激突したほうの腕だった。
垂れ下がった指先からは、いまも血液が滴り落ちていた。
「全然敵わなかったなんて思っているんじゃないか」
「……ええっと」
「一応言っておくが、手なんて抜いてないぞ。というか、そんなことをしたら、こっちが死んでた」
真面目くさった顔には、頬に大きな裂傷があった。
体にもそこかしこに傷があった。
なによりその声を聞けば、それがただの慰めの言葉でないことは明らかだった。
「幹彦は強かったよ。だからおれも全力を出せたんだ」
真島孝弘は信じていたのだ。
ひょっとすると、本人よりも余程強く。
自分の親友がこれくらいで死ぬわけがないのだと。
そして、そのように彼が信じてくれていることを、鐘木幹彦本人も戦いのなかで感じ取っていた。
だから、あの最後の瞬間に『死ぬわけにはいかない』と思えた。
激突した『エアリアル・ナイツ』により、わずかに速度の落ちた『悪魔ノ腕』の直撃を、自分でも信じられない底力で身を捩って避けることができたのだ。
ぎりぎりのところで生死をわけたのは『信じられている』という事実だったのかもしれない。
そして、きっとそれこそが、覚悟していた死を避ける唯一の道だった。
鐘木幹彦は深い吐息をついた。
長い道を歩いてきて、ようやく一息つけたかのように。
けれど、そこに無粋な気配が近付いてきていた。
「敗北したか」
この空間を取り囲むように設えられた回廊から、飛び降りてきた者がいたのだ。
ずっと鐘木幹彦の監視をしていた騎士だった。
なかでも、特に手練れのひとりである。
やはりというべきか、戦っている間に入り込んできていたらしかった。
姿を見せていないだけで、侵入者は彼だけではないだろう。
捨て石である鐘木幹彦が仕事を果たしたあとの、追い打ちの襲撃班だった。
「鐘木幹彦。動けるのであれば、真島孝弘の動きをとめろ」
彼が襲撃班のリーダーなのだろう。
淡々と命令を口にした。
「……そんな無茶を言われてもね」
鐘木幹彦は苦笑をこぼした。
全身が痛過ぎてもはや状態がよくわからないが、少なくとも、手足は残らずへし折れている。
周りには、先程の一撃に巻き込まれた武器が転がっていた。
当然、能力なんて切れていて、ぴくりとも動かせない。
もっとも、そうした答えが返ってくることは予想していたのだろう。
「そうか。残念だ」
事務的に言うと、騎士は手をあげた。
隠れ潜んでいる仲間たちへの攻撃の合図に違いなかった。
こうして満を持して現れたからには、希少な魔法道具でも持ち出したのかもしれない。
殺害対象である真島孝弘が決して軽くない手傷を負っているのは確認できたし、捨て駒を巻き込むことに躊躇もないだろう。
鐘木幹彦にとって予想していた展開だった。
ただ、こうなったあとでは、なにもできなかった。
だから彼は、自分にできることはやり尽くしていた。
考えられる限りの手は打っていた。
そのうえで信じていた。
人間、ひとりでできることには限界がある。
だからこそ、人は誰かを信じるのだ。
そして、人事を尽くした彼であればこそ、その信頼は実を結ぶ。
≪な、なんだ、お前は……!?≫
不意に、声が届いたのだ。
それこそが、勝利に続く細い糸。
堪え忍んだ少年が、ついに掴み取った希望だった。
***
音の出どころは、鐘木幹彦に貸与されていた遠距離通信用の魔法道具だった。
≪なぜだ。なぜ、貴様がここにいる!?≫
これまで彼に遠方から指示を出していた男の、慌てふためいた様子が伝わってくる。
だが、それも一瞬のことだ。
≪ぎゃっ!?≫
男の断末魔の絶叫が響き渡ったのだ。
明らかな異常事態だった。
「な、なにがあった……?」
攻撃命令を下そうとしていた騎士が、ぎょっとした顔をした。
通信の向こうでは、なにかを破壊するような音が響いており、慌ただしい物音が続いた。
そうして十秒ほど。聞こえてきたのは意外な声だった。
≪鐘木様! 聞こえますか!?≫
「……え?」
呼び掛けは女性の声で、反応したのは真島孝弘だった。
「シラン?」
聞き間違えるはずもない。
それは、彼に剣を捧げる騎士の声だったのだ。
しかし、この場に飛ばされていたはずの彼女が、どうして帝都で団長を監視している男が持つ通信道具の向こうにいるのか。
しかし、驚きはそこからだった。
≪幹彦様! 聞いてますか! おれたち、やりましたよ!≫
≪こ、こら。マーカス! 返してください!≫
さらに今度は感極まったような男の声が響き、慌てたようなシランの声が続いたのだ。
≪とにかく、手筈通りに団長の身柄は確保しました!≫
「なに!?」
襲撃班のリーダーが驚愕の声をあげた。
状況についていけないのだろう、ぱくぱくと口を開閉させている。
しかし、鐘木幹彦の意識はそうした男の反応を、まともに取り上げていなかった。
彼が求めているのは、ただひとつの声だけで――
≪……幹彦。この、馬鹿者め≫
――その瞬間、少年のすべての苦労は報われたのだ。
本当に、なにもかも。
奇跡のように。
「団長。ご無事ですか」
なけなしの魔力を振り絞って、鐘木幹彦は通信道具の向こうの彼女に声を届けた。
≪……ああ。もちろんだ。無事でないはずがあるか。誰が守った命だと思っている≫
彼女は怒っているようだった。
それが嬉しかった。
≪あとで話がある。長い話だ。だから……幹彦。必ず生きて合流することだ。いいな。約束だ≫
「わかりました」
噛み締めるように約束を交わして、通信はシランへと移った。
≪囚われていた同盟騎士団のみなも解放しました。いまから連れて脱出します≫
いまは作戦の最中だ。そこで通信は途切れた。
「な、な、な……」
もはや襲撃班のリーダーの男は、攻撃どころではないようだった。
狼狽を露わにした彼は、地面に転がったままの鐘木幹彦を睨み付けた。
「お、お前! いったい、なにをした!?」
「……なにって、そりゃまあ、団長の救出だよ。聞いてなかったの?」
「そんなことが……!」
「できるよ。というより、いましかなかったんだ」
少年は、にやりと笑った。
「ハリスンが秘密裏に動かせる部下の大部分が総動員される、このタイミングしかね」
「な……っ!?」
そう。
この瞬間こそを、ずっと彼は狙っていたのだった。
「これだけ大規模な作戦だ。まとまった数の人手が必要になる。だけど、いくらハリスンが聖堂騎士団のトップとは言っても、こんな暗殺作戦に動員できる人間は多くない。ましてやトラブルが起きれば、帝都で待機させておくはずだった人員まで動かさなきゃいけなくなるのは目に見えてた」
聖堂騎士団を構成するのは、あくまでも騎士だ。
この世界においては、モンスターの脅威から人々を守り、世界を守護するまっとうな者たちだ。
ゴードンがそうであったように、大半の騎士はなにも知らされておらず、ハリスンの手札は限られていた。
そこに付け込む隙があった。
「だから、おれは計画の邪魔をし続けた。孝弘を守るため。そして、団長の救出のためにね」
「お、お前は……」
「おれはもう心が折れていると判断していただろ? 実際、孝弘とこうして本気で殺し合いまでしてみせたしね。そうなれば、人手が足りないなかで団長の監視を厳重にし続ける意味はない。……と、判断するように仕向けたんだよ」
鐘木幹彦を監視していた者には、真実を見抜くことは困難だ。
なぜなら、殺し合いは嘘ではないのだから。
死ぬ覚悟さえ決めて、鐘木幹彦はこの戦いに臨んでいた。
そうした本気の態度が、監視者に意図を悟らせなかったのだった。
「同盟騎士団には、セラッタで捕まらずに逃げ出せた人間が何人かいた。おれは彼らと秘密裏に連絡を取り合って、救出作戦を立てた。ただ、それだと戦力的に心許ないところもあった。だから助っ人を頼むことにしたんだ」
「なるほど。それでシランを……」
真島孝弘が納得の声を漏らした。
親友の性格をよく知っていた彼は、鐘木幹彦が死ぬ覚悟を固めていることを察しつつも、それだけでは終わらないだろうと察していた。
だからこの戦いの間『その意図に乗っていた』のだ。
だが、詳細については当然知らず、親友の話に耳を傾けていた。
「シランさんにはすべて説明したうえで、転移の魔法道具で帝都に戻ってもらった。あとは現地で準備万端整えた同盟騎士たちと合流してもらって、救出作戦に参加してもらったってわけだね」
そもそも、シランは先程鐘木幹彦が言った『セラッタで捕まらずに逃げ出せた同盟騎士団の騎士』のひとりだ。
敬愛する団長を救出することに異論などあろうはずもない。
そうすることで、敵に回らざるをえなかった鐘木幹彦が解放され、彼女が剣を捧げた勇者にとっての脅威を減らすことにも繋がるとなれば尚更だ。
「き、き……貴様ァ!」
すべてを明かされて、襲撃班の男は吠えた。
「そ、そんなことができるはずがない! お前は監視されていた!」
「ああ。あんたらによってな。だけど、できた。それが事実だよ」
「ぐ、ぐ……!」
監視役でもあった彼は、ずっと出し抜かれていたことになる。
激昂するのも当然と言えた。
「死ね!」
怒りのままに彼は再び手を振り上げて、侵入してきた仲間たちに攻撃の合図を送ろうとした。
なんにしても、いま真島孝弘がダメージを受けていることには変わりないのだ。
ここで潰してしまえばいい。
しかし、その瞬間、彼の腹から影絵の剣が生えた。
「な……に?」
「残念だが、貴様の仲間は全員殺させてもらった」
そう告げたのは、影絵の娘ドーラだった。
ずっと姿を見せなかった彼女は、エドガールの隙をうかがっていると見せかけて、部屋に侵入してきた敵への対応を行っていたのだった。
「馬、鹿な……」
襲撃班の最後のひとりであり、リーダーでもある男が倒れる。
この瞬間、鐘木幹彦の孤独な戦いが、ようやく終わりを告げたのだった。
◆鐘木幹彦の戦いが終わりました。
あとは敵への対処と、加藤さんのことですね。次回更新をお待ちください。






