50. 激突
(注意)本日2回目の投稿です。(9/1)
50
戦況は膠着状態に陥っていた。
超常の力によって操られる剣が、無数に戦場を飛び交う。
眷属との出会いと絆を武器に、少年が攻撃を捌いていく。
魔王を背に乗せた狼が駆け回り、猛り吼える鬼が追う。
各陣営が全力を振り絞った結果として、戦力は拮抗している。
少なくとも、いまのところは。
とはいえ、当事者である鐘木幹彦は理解している。
このままいけば、最初に崩れるのは自分だと。
「相性が悪いのもあるけどな……」
ずきずきと痛む頭を押さえてつぶやく。
固有能力『エアリアル・ナイト』の強みは手勢の多さだ。
しかし、真島孝弘も、剣と盾、アサリナ、魔法道具と手数が多い。
そのいずれも自分より強く、速度だって一段、二段は上だ。
数自体はこちらが上だが、それも魔法『霧の仮宿』のせいで強みが活かしきれていない。
いまも剣を主とした二十の武器が殺到しているが、真島孝弘は危うげなくそのすべてに対応している。
剣で弾き、いなし、かと思えば、魔法道具で迎撃し、それが無理なら躱すか防ぐ。
現状では真島孝弘を封じ込めているように見えるが、むしろ実態はその逆だ。
あらゆる面で強みを封殺されている。
相性が悪い。
いや……。
「……そんなの言い訳にはならねーな」
そもそも、真島孝弘の戦い方には隙が少ない。
彼を倒そうとするのなら、それこそ圧倒的な攻撃力と速度で正面から叩き潰すしかないだろう。
そんな相手に、相性を語るのは意味がない。
誰でも相性が悪いことになってしまう。
目の前にあるものがすべてだ。
鐘木幹彦は、真島孝弘に敵わない。
≪なにをしている、鐘木幹彦!≫
どうやら我慢ができなくなったらしい。
わずらわしい声が魔法道具越しに届いた。
≪まさか貴様、手を抜いているのではないだろうな≫
「本気ですよ」
気を逸らされないように返事をするのは、なかなか苦労した。
「確認してもらってかまいません。戦いが始まってから、こっちの監視はしてるはずでしょう。多分、そっちから人員を回してるはずだ」
戦いが始まってしまえば、目の前の敵に集中しなければならないぶんだけ周囲への警戒は下がる。
隙を突いて、襲撃班が踏み込んでくることは予測済みだ。
恐らく、回廊あたりに潜んでいるはずだった。
ただし、ハリスンが秘密裏に動かせる人員は限界に近い。
聖堂騎士団のトップとはいっても、今回の暗殺のような事態に動かせる人間はそう多くないのだ。
転移作戦が失敗した時点で帝都から呼び寄せられていたなけなしの人員は、問題がなければ元の配置に戻されることになっていたが、手札の損耗が激しい現状、そのまま作戦に従事している。
いまはこの場に密かに侵入し、全体を統括して指示を出すこの男に情報を送っているはずだった。
「おれは、これが限界です」
事実だった。
鼻の奥につんとした感覚があり、ねっとりとしたものが流れ出した。
鼻の下を拭うと、赤い血が付着した。
毛細血管が破けて出血したらしい。
時間にして、もう十分以上は二十本の剣を操り続けていた。
集中し過ぎた精神が、摩耗して煙をあげているのを実感する。
とっくの昔に、頭痛は堪えがたいレベルに達していた。
そんな状態で、こちらの隙を本気で窺う真島孝弘を封じ込めているのだ。
これで手を抜いていると疑う者はいないし、実際に手は抜いていない。
「こっちはこれ以上は無理です。エドガールさんのほうはどうですか」
≪……あちらも膠着状態だ≫
どうやら工藤陸はうまくやっているらしい。
転移者と同レベルの戦闘能力を持つ戦鬼相手に立ち回れているということは、工藤陸の従えている配下のなかでも精鋭が力を合わせたときの実力は、相当なものなのだろう。
≪なんということだ、これほどまでとは≫
頭を抱えていそうな声が聞こえた。
本気で困っているらしい。
ざまあみろと思う。
≪……貴様が相手であれば手も緩むかと思ったが、うまくはいかないか≫
「裏切り者に対しては情も働かないみたいっすね」
適当に話を合わせておく。
本当は逆だ。
お互いに信じているからこそ、自分たちは全力を振り絞っている。
≪手詰まりか≫
首輪を嵌めているとはいえ、さすがにできないことをやれと馬鹿なことは言えない。
ここまでやっていれば、大事なあの人の身は安全だと鐘木幹彦は安堵した。
あっさりとやられるわけにもいかず、かといって、こちらが勝ってもいけない。
もともと、限界ぎりぎりを振り絞った膠着状態が続くことを狙っていた。
現在は、理想的な状況が生まれている。
とはいえ、それもあと何分持つか。
いますぐに破綻してもおかしくなかった。
だから、次の指示も予想はしていた。
≪やむをえん。勝負をかけろ≫
長い長い道の果てに、ついに終わりが見えてきていた。
***
「……了解」
ぎりぎりまで粘った。
ずっと、ずっと、頑張ってきた。
自分にできるなにもかもを吐き出した。
あとはもう『信じる』しかない。
「行くぜ、孝弘」
ぼたぼたと垂れる鼻血を拭う余裕もなく、血塗れの顔で鐘木幹彦は笑った。
一気に剣を引き戻すと、なにかに気付いたらしく真島孝弘が足をとめた。
いまに至っても、怪我ひとつない。
その事実に胸を撫で下ろす。
……けれど、同時にちょっとだけ悔しくもあった。
友人だけれど。
いいや。友人だからこそ。
負けたくないと思う気持ちもあったのだ。
もちろん、この場においての勝敗を言っているのではない。
互いに胸を張れる自分でありたかった。
だから。
「これが、おれの切り札だ」
準備はもともとしてあった。
意識を向けると、回廊に伏せてあった武器が浮かび上がって集まってくる。
同時に、腰に下げていた魔法の道具袋を手に取って魔石を破壊し、仕舞ってあった武器をぶち撒けた。
複数の武器の同時並列操作。
先程までと違うのは、その数だ。
刃物は大小の剣から無骨な鉈まで。
長物は槍から薙刀、戦斧まで。
鞭や多節棍もある。
それらを動かすのは、出来損ないの夢の残骸だ。
転移者の能力が望みを反映する以上、そこには当人の無自覚な認識が大きく影響を及ぼす。
鐘木幹彦は、騎士になれない。
最初からガラではないことはわかっていた。
もしもできるとしたら、せいぜいその真似事くらいのものだろう。
そういう点で『エアリアル・ナイト』は、まったくわかりやすい。
中身のない、からっぽで虚ろな騎士の紛い物だ。
……けれど、それでも。
たとえ理想になれなかったとしても、守りたいものがあったのだ。
真似事でもいい。
大事な人を守り抜く。
そう決意したから、彼の力はこのかたちを取った。
操る武器の総数は、およそ二百五十。
かつてあった同盟第三騎士団の総数とほぼ同数であり、それは決して偶然の一致ではない。
これこそが、鐘木幹彦の能力の真の姿だった。
すなわち、騎士になれなかった少年が率いる、虚ろでからっぽな紛い物の騎士団。
それでも誰かを守りたいと願って得た『いまだ完成には程遠い』最終形。
「『エアリアル・ナイツ』――ッ!」
膨大な武器の群れを率いて、少年は最後の突貫を敢行した。
***
人間の脳には処理限界がある。
固有能力の発現は並列で武器を操る感覚を与えてくれるが、それにも限度というものがある。
継続的に扱うのであれば二十でぎりぎり。
その十倍を同時に操作するなんて、どうかしている。
こんな数を自在に操れるわけがない。
いいや。いずれはそれも可能になるのかもしれないが、少なくともいまは不可能だ。
ただ武器を宙に浮かべただけでも、視界が真っ赤に染まった。
脳が砕けるような激痛が弾けて、意識は明滅を繰り返している。
それらすべてを呑み込んで、ただ前に駆ける。
「あああああああ!」
発動時間は、ごく短時間。
細かい調整も遠隔操作もできない。
だから、鐘木幹彦は自身ごと突貫した。
あたかもそれは、武器を掲げて敵を撃滅せんとする騎士団のように。
殺到する武器の群れは、たとえ相手がウォーリアであろうと手数で削り殺すだろう。
転移者の能力に早熟と晩熟の別があるのなら、確実に鐘木幹彦は後者の部類だ。
発現直後に暴力的な戦闘能力を発揮できるウォーリアなどに比べれば、あまりにも強くなるまでの道程が遠過ぎる。
それでいながら、短時間でここまで能力を高めた事実は驚愕に値する。
あるいは、あと一年の時間が与えられれば、彼の能力は完成に至っていたかもしれない。
五年の月日があれば、常時これだけの数を扱うことさえできた可能性もある。
けれど、その時間が彼には与えられなかった。
対する少年にとって最大の勝機は、そこにあったのかもしれない。
彼は小さく名前を呼んだ。
「アサリナ」
真っ赤に染まった視界のなか、鐘木幹彦はその光景を見る。
迎撃する真島孝弘の腕が、蔓に包まれて怪異なものに変わっていった。
それは眷属であるリリィの『悪魔ノ腕』の模倣。
真島孝弘個人が持ちえる最大最強の一撃である。
「サルビア」
そして、さらに一言。
その瞬間、確かに鐘木幹彦は自分の『エアリアル・ナイツ』に異変を感じ取った。
なにをされたのかはわからないが、なにが起こったのかはわかる。
従えていた武器の大半が、なにかに引っかかったかのように動きを鈍くしたのだ。
通常であれば、なんの問題もない程度の遅延だ。
しかし、現在は乾坤一擲の特攻の最中だった。
集中させるはずだった攻撃に、間に合わない。
「くっ、おぉ!?」
咄嗟に反応して抵抗を突き破ろうとしたのは、鐘木幹彦の戦闘センスの為せる業だった。
そうして従わせた『エアリアル・ナイツ』の総数は、五十ほど。
これでも、本来の限界値の二.五倍もの数の暴力である。
だが、そこに『悪魔ノ腕』が振りかぶられた。
打ち出す怪力は、樹海最強の白い蜘蛛の暴虐の八割。
本家本元には劣るものの、その怪異な左腕はアサリナが形作ったものであるために、ある程度の柔軟性を備えている。
いまや異形の腕は巨大化し、その間合いは恐ろしいほど広く、長いものになっていた。
薙ぎ払われる。
「……ああ」
鐘木幹彦は安心したふうに、血反吐混じりの吐息を零した。
「おれの負けだ」
付き従えた武器の群れごと、少年の体が薙ぎ払われた。
◆決着です。
結末は次回。
◆コミカライズ版11話が更新されています。
新しい眷属たちが仲間になった2巻のあの話です。ぜひご覧ください。






