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49. 全力を尽くして

前話のあらすじ


ついに孝弘と幹彦の戦いが開始。

戦いの行方は……?

   49



 鎬を削る戦いのなかで、鐘木幹彦には悟ったことがあった。


 より正確に言うなら、最初から気にはなっていたのだ。

 おかしなことがあった。


 ここに来てから、一度も真島孝弘は『なぜ』を口にしていない。

 敵に回った事実に対して疑問をぶつけてきていない。


 かといって、問答をする余地もないほどに、怒りと殺意に突き動かされているふうでもない。


 ただ、こちらをまっすぐに見詰めて、いまも攻撃を捌いている。


 それは、決して『裏切り者』に向ける態度ではなかった。


 ……これはもう、間違いない。


 真島孝弘は、いまの鐘木幹彦が置かれた状況を把握しているのだった。


 どうして気付いたのか――なんてつまらないこと、疑問には思わない。

 同じ立場なら自分だって気付いただろうからだ。


 お互いに性格はよく知っている。

 状況と合わせて考えれば、どういう境遇に陥っているのかなんて、大体想像が付けられるのだった。


 もちろん、それはあくまで相手が変わってしまっていないことを信じられるのであればの話だが……。


「……それこそ、疑問に思うまでもないってね」


 つまるところ、真島孝弘はいまでも鐘木幹彦の友人でいてくれているという話だ。


 そのうえで、戦うことに迷いも見せていない。

 素直に全力を尽くそうとしていることが感じられた。


 その態度を見て、わかった。


 彼はこちらの意図に乗ってくれようとしているのだ。


 向けられたまっすぐな視線は「これでいいんだろう」と言っているかのようだった。

 一度は腹に穴をあけられておきながら、自分が裏切られて嵌められるのではないかと疑心に駆られる様子もない。


 そこには全幅の信頼が込められていて、鐘木幹彦は声もなく笑った。


 自然と心は定まっていた。


≪なにをしている、鐘木幹彦! 全力で行け!≫

「……わかってますよ」


 魔法道具越しの声に、適当に声を返してやる。


 言われるまでもなかった。


 全力でやってやる。

 けれど、それはこうして無理矢理に命じられたからではない。


 友情に応えるために、自分は全力を尽くすのだ。


「行くぜ、孝弘」


 ここからが、本気の戦いの始まりだった。


 鐘木幹彦は移動を開始した。

 それと同時に、魔法の道具袋から武器を取り出しては放り投げていく。


 主には剣だ。

 長剣、短剣、大剣、細剣、片刃、両刃、刺突剣、直剣、曲刀……。


 そのすべてを片っ端から『エアリアル・ナイト』で掌握する。


「……ぐっ」


 加速度的に、能力の処理が重くなった。


 剣の扱いが一番慣れていて楽なので、形状等の違いを別カウントするという微妙に詐欺くさい方法で涙ぐましい努力をしているのだが、それでも脳味噌が割れるような頭痛が走る。


 痛みを噛み殺して、操作下に置いた武器の数だけ、自身のアバターを作り出した。


「これ……でぇ!」


 総数二十の『鐘木幹彦』が、真島孝弘に殺到する。


 戦力増強は二十倍以上。

 たとえ戦鬼エドガールだって、対応不可能だと思われる滅多打ちだが……。


「当たらねえ……!」


 魔法『霧の仮宿』の認識能力と、アサリナによる機動力を併せ持ち、それを使いこなす真島孝弘は、もはや人間の動きをしていなかった。


 単純な速度もそうだが、瞠目すべきは機動力だ。


 自由自在に動き回るアサリナの働きにより、真島孝弘は疑似的に空中でも移動を可能にしている。


 鐘木幹彦にしてみれば、速度自体がそもそも自分より上の相手が、三次元的に動くのだから堪らない。


 おまけに、アサリナは攻撃を防ぐ自律した鞭としても働いていた。


「ここまで厄介かよ……!」

「サマァ!」


 それに輪をかけて厄介なのが、この霧の力だ。


 多数で畳みかけることの有利は、手数が増えることもあるが、多方向から攻撃を仕掛けられる点も大きい。


 攻撃に対処するためにはまず対象を認識しなければならない。


 しかし、人間の目は正面にふたつしかない。

 物事に同時に対処するためには、認識の点でまず限界があるのだ。


 だが、いまの真島孝弘は周囲の空間すべてを把握している。


 その精度は過去最高に高まっていると言っていい。

 加えて、サルビアの想いもまた深まり、強まった結び付きは魔法に反映されていた。


 そうして強化された魔法『霧の仮宿』は、二十本の武具の挙動をつぶさに把握している。


 それでも、操る武器すべてで同時攻撃を仕掛けることができれば、さすがに対処は不可能だっただろう。


 だからこそ、真島孝弘はそうならないように振る舞っていた。


 常に移動し続け、周囲を完全に取り囲ませないようにしているのだ。

 速度と機動力で劣る鐘木幹彦では、追い付くことができない。


 どうにか数を頼りにして回り込むことに成功しても、それではせいぜい四、五本の武器で襲い掛かるのがせいぜいだ。


 これは真島孝弘にとっては、対処できる範疇に留まる。


 正面から襲い掛かる剣二本を右手の剣でまとめて薙ぎ払い、同時に左手の盾で側面からの攻撃を防御し、背後の攻撃はアサリナに任せて残りの攻撃を宙に跳んで避ける。

 追いすがる剣の切っ先に、籠手に仕込まれた魔石から吐き出された炎弾をぶつけて、あらぬ方向に吹き飛ばす。


 着地をまちかまえていた槍の一撃は、見ることさえなく切り払われる。


 掠り傷さえ与えられない。


 それどころか、他に気を回す余裕さえあったのだ。


「危ない、工藤!」


 籠手から放たれた風弾が、横合いからエドガールを襲っていた。


   ***


「がぁああ、くそ! やってくれんじゃねえか!」


 不意打ちに放たれた風弾は、エドガールを横合いから殴りつけていた。


 かなりの威力があったはずだが、金属質な黒い皮膚と強靭な肉体には大したダメージにはならなかったようだ。


 ただ、勢いを削がれたのは確かで、お陰で危うく攻撃を直撃されそうになった工藤は、かろうじて攻撃から逃れることに成功する。


「……くっ」

「おらぁ! どうしたどうしたぁ!」


 疾走するベルタに、エドガールが追いすがった。


「さっきから逃げてばっかじゃねえか! 話に聞いてるもう一匹の姿が見えねえが、おれの隙でも狙ってるつもりか? その前に、お前が潰れちまうぞ!」


 姿が見えないドーラがエドガールの隙を狙っているのだとすれば、確かにその目論見は叶いそうにない。


 隙を作るどころか、徐々に工藤陸は追い詰められつつあったからだ。


 何度も攻撃を受けた彼は、ベルタの背中の上で息をあげていた。

 防御はできているとはいえ、ただの人間の体でしかない彼にとっては、吹き飛ばされる衝撃だけでも体力を削られるのだ。


「……まったく、情けない」


 とはいえ、どうしようもないことではあった。


 工藤陸の能力『魔軍の王』は、非常に強力な異能だ。

 けれど、その力は当人の肉体を削る。


 言い換えれば、工藤陸当人は絶対に強くなれない。

 むしろどんどん弱体化していく。


 まるでそれは、ある種の呪いのように。


「王よ。ご無事ですか」


 戦闘中でありながら、ベルタから主を気遣う声があがった。


 実のところ、彼女はこの戦闘に主が参加することに反対していた。

 罰を下されることを覚悟した諫言だった。


 けれど、工藤陸は提案を退けこそしたものの、罰を与えることはなかった。


 ベルタにとっては予想外のことだった。

 あるいは、工藤陸本人にとってもそうだったかもしれない。


「……ベルタ」


 切っ掛けがあったとすれば、それは真島孝弘との会話だった。


 ――ぼくがなにをどう考えているとしても、そんなのはどうだっていいことでしょう。ぼくは世界を恨む魔王です。ただ、それだけです。


 そう言った工藤陸に、真島孝弘は反論したのだ。


 ――それは違う。

 ――お前に救われてほしいと思っているやつもいるんだから。


「……ああ。まったく、馬鹿なことですね」


 知らなかったこと。知ってしまったこと。


 真島孝弘が伝えたベルタの望み。

 それが、なにかをもたらしたのか。


 工藤陸のつぶやきは、ベルタの耳にも入っただろう。


 だが、戦闘中であるために、問答をしている暇はなかった。

 それにきっと、そうでなくても、工藤陸が自分の内心を吐露することはなかっただろう。


 彼が告げたのは、別の事柄だった。


「本気で行きなさい、ベルタ」

「……王?」


 ベルタは動揺した様子を見せた。


「いま、なんと?」

「本気で行けと命じました。ここからは、姿を偽ることなく全力を出しなさい」


 ベルタの真の姿は別にある。


 だが、工藤陸はその姿をを明かすことを禁じていた。


 一度は、その禁を破ったことでひどく彼女を罰したこともあった。


 だというのに、いったい、どんな心変わりがあったものか。


「早くしなさい。これ以上、真島先輩にお手間をかけるわけにもいきません」


 やはりそれを工藤陸が語ることはない。


 けれど、それは確かな変化の兆しだと、ベルタには感じられたかもしれなかった。


「……御意に。王よ、全力をお見せいたします」


 狼は力強く、命令に応えたのだ。


「なにをごちゃごちゃ言ってやがる!?」


 飛び込んできたエドガールが剣を振るった。


 だが、今度ばかりは踏み込みが足りなかった。


 彼の動きが悪くなったわけではない。

 ベルタの動きが、明らかに速くなっていたのだった。


 触手と泥の壁を挟むことで鈍った攻撃は、これまでとは違い、芯に届かない。


 反撃の炎の吐息が鼻先を舐めて、エドガールが初めて後退した。


 そして彼は、目の前の存在が変貌を遂げていることに気付いた。


「てめえ!?」

「王のご命令だ。ここから先は全力で行く」


 狼の背から生えた女が、誇り高く告げた。


 スキュラのベルタ。

 いまの彼女こそが、魔王の配下最強を誇るモンスターの真の姿である。


 自縄自縛の枷から放たれた狼が、全速力で疾走を始めた。

◆もう一度、更新します。

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