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48. それぞれの時間を

(注意)本日2回目の投稿です。(8/25)














   48



「孝弘はおれが」

「はっ。好きにしろ」


 鐘木幹彦が切り出すと、エドガールは意外とあっさり出番を譲った。


 このぶんだと、最初からそのつもりだったのだろう。

 あるいは、これもまた真島孝弘という人間を測る機会のひとつと考えているのかもしれない。


 なんにしても、エドガールのことを全面的には信頼できない以上、好都合だった。


「来たぜ」


 エドガールが立ち上がり、入り口を顎で示した。


 通路の入り口を抜けて、真島孝弘が大部屋に足を踏み入れていた。

 抜き身の剣を片手に、鎌首をもたげたアサリナを従えている。


 隣には、ベルタにまたがった工藤陸の姿があった。

 背中にはフリードリヒの無機質な羽が広がり、周囲にはツェーザーの泥の防御膜がたなびいている。


 感情の見えない笑みを浮かべている工藤陸と目が合うと、鐘木幹彦は一瞬だけ口元を苦く歪めた。


 どうして自分があの位置にいられなかったのか。

 考えても仕方ないとわかっていても、そうした思いを消すことは難しかった。


 とはいえ、これが現実だ。

 自分の隣にいるのはエドガールで、自分たちは真島孝弘の抹殺を命じられている。


「おいおい。本当にあの狼もいやがるんだな」


 と、エドガールが言ったのはベルタのことだった。


 隔離前に飛び込んできた彼女の合流は、本来であれば想定外のことだったが、エドガールに驚く様子はなかった。

 合流したという情報は、ハリスンたちから伝えられていたからだ。


 では、どうやってハリスンたちがそれを知ったかといえば、『世界の礎石』の力である。

 創り出した空間において『世界の礎石』の持ち主は、内部の存在を感知できるのだ。

 そうした部分も真島孝弘の『霧の仮宿』に似通っていた。


 もっとも、精度に関しては遠く及ばない。

 あれは『霧の仮宿』の特殊性と、真島孝弘の親和性とが奇跡的に調和した結果、生み出されたものだからだ。

 それに対して、この空間ではせいぜい数百メートル四方のブロック単位での情報しか得られない。


 だから当然、相手の状態などは顔を合わせて初めてわかることだった。


「……おい待て。真島のやつ、怪我してるようには見えねえぞ」


 怪訝そうにエドガールが言い、鐘木幹彦は驚きを呑み込んだ。


 少なくとも、真島孝弘には体を庇うような素振りは見られなかった。


 なにをどうしたというのか。

 わかっていたことではあったが、先日の白兵戦に限定した模擬戦では、手の内をすべて見せていたわけではないようだった。


 とはいえ、事情を聞くことなどできるはずがないし、話をすること自体許されてはいなかった。


≪殺せ≫


 魔法道具越しに、無慈悲な命令が下される。


 鐘木幹彦の終わりの始まりだった。


    ***


「……行くぜ」


 最初に動いたのはエドガールだった。


 同時に、真島孝弘とベルタは左右に分かれて走り出している。


 エドガールが向かった先は、工藤陸だった。


「真島は後回しだ。まずは邪魔なお前からぶっ殺す」

「……やらせるものか」


 ベルタが疾走を開始する。


 しかし、そのときには、エドガールは本領を発揮していた。


「ぬうううう」


 髪が赤色に染まり、肌が金属じみた黒色に変わる。

 膨れ上がった筋力が、絶大な推進力を生み出して距離を詰めた。


「こいつ……!?」

「があぁあああ!」


 跳び退るベルタに追い付いて『戦鬼』が咆哮とともに剣を振るった。


 割り込んだ触手を刃が切り裂き、展開された汚泥に喰い込む。


 そこで、剣はとまる。

 だが、鬼の膂力はとめられない。


「おらぁ!」

「……ぐっ!?」


 エドガールはベルタごと、工藤陸を吹き飛ばした。


 空中で体勢を整えて着地するベルタに、エドガールが吼える。


「はっ! おら、どうした! 真島を殺す前の準備運動にもならねえぞ!」

「……走り続けなさい、ベルタ。遠間から撃ち殺します」


 取り合うことなく工藤が指示を出し、させじとエドガールが猛る。


 どうやらきちんと役割分担はこなしてくれるらしい。


 それを確認して、鐘木幹彦も動いた。

 左右に下げた腰の魔法の道具袋の一方から、ずるりと両手剣を引き摺り出す。


「『エアリアル・ナイト』」


 能力を発動させれば、剣は命を得て、ひとりでに疾走した。


 この能力のコツは、テレビゲームの要領だ。

 画面のなかにいるキャラクターを動かすようにして、姿の見えない自分自身のアバターがいるものと想定し、脳内のコントローラを操る。


 そうすることで『エアリアル・ナイト』は、手にしているのとまったく同じ精度で剣を振るうことを可能にするのだ。


 それは、まさにそこにもうひとりの『鐘木幹彦』を作り出すのに等しい。


「行くぞ!」


 仮想の『鐘木幹彦』が、両手で剣を握って親友の少年へと斬りかかる。


 まずは小手調べ。

 先日の模擬戦中に行った白兵戦では、やや劣勢というところだったが――


「ウッソだろ」


 ――耳障りな音とともに、あっさりと両手剣は弾き飛ばされた。


 それも、こちらは『両手』でしっかり握っていた剣を、片腕で振るった剣でだ。


 受け流そうとしたが、対応できなかった。

 模擬戦のときとは、速度も力も一段上がっていたからだ。


 手加減をされていた?

 いや。そのような印象はなかった。


 ということは……生死のかかった環境で実力以上の力を発揮するタイプということだろうか?


 意外だった。

 付き合いはそれなりに長いが、この友人が本番に強い印象は特にない。


 こんな知らない一面があったらしい。

 あるいは、この異世界にやってきて、くぐり抜けた死線により発現したのかもしれないが。


 死線の上で、生を勝ち取る資質だった。


「幹彦――ッ!」


 攻撃を弾き飛ばして、真島孝弘が駆け寄ってくる。


 少しだけ、安心した。

 ……自分を相手にして、彼が本気で戦ってくれるかどうか少しだけ不安だったからだ。


 だが、それはどうやら杞憂だったらしい。


 こちらに駆けてくる足取りに迷いはなかった。


 それでいい。


 そう思いながら後退しつつ、鐘木幹彦は次の手に移った。


 左右の腰にそれぞれ付けてある魔法の道具袋のなかから、まずは戦闘用ナイフをふた振り取り出して『エアリアル・ナイト』を起動する。


 そうして次に槍を取り出す。


 そこでかまえる――ことをせずに、これもまた手放す。

 さらに、続けて取り出した手斧と、槌矛も投げ出した。


 脳内には、コントローラを五つセット。


 これが、いまの鐘木幹彦の戦闘スタイルだった。


「まさか……!?」


 真島孝弘が目を見開いた。


 双剣、槍、手斧、槌矛、両手剣。

 彼を迎え撃つのは、合計五種類の武器だったのだ。


「同時に……!?」


 五種の武器が、唸りをあげて真島孝弘に襲い掛かった。


   ***


 模擬戦において、真島孝弘が誤解していたことがある。


 両手剣を使うようになった鐘木幹彦と剣を交えた彼は、技術面で追い抜かれてしまったことを知って、親友には才能があると喜んでいた。


 しかし、現実はそれどころではなかった。

 あの樹海最強の白い蜘蛛が才能を指摘したという事実を、もっとみんな真剣に考えるべきだったのかもしれない。


 なぜならば、鐘木幹彦が身に着けた武術は剣術だけではなかったからだ。


 この世界において騎士は武芸百般を求められるが、鐘木幹彦もまたありとあらゆる武器に手を付けていた。

 なぜならば、彼の固有能力はひとつの武器に対して発揮されるものではなかったからだ。


 扱える武器が多くなればなるほど、同時に操れる武器の数も多くなる。

 それこそが、鐘木幹彦の『エアリアル・ナイト』の真の力である。


 ただ、これはよいことばかりではない。

 当然、分散したぶんだけひとつひとつの武器の扱いの習熟は遅くなるからだ。


 しかし、そうでありながらも、彼は真島孝弘を技術面で追い抜いていた。

 扱えるようになった武器のなかでは剣の扱いは早いうちに習熟したものであり、他の武器を同じレベルで扱えるわけではないものの……それでも、剣術一本伸ばしの真島孝弘を上回った事実は脅威だろう。


 無論、才能だけで為せることでもなかった。


 自分が有用ではないと判断されたとき、大事な人がどうなるのかはわからない。

 あっさりと解放されるのかもしれないし、あっさりと消されてしまうのかもしれない。


 その確信がない以上、壮絶なプレッシャーのなかで、鐘木幹彦は自分の有用性を示し続けるしかなかったのだ。


 ここ数ヶ月の彼の生活は、ほぼモンスター討伐と訓練とで占められて、まともに息をつく暇もなかった。


 その必要があったし、そうであることを彼本人が望んだ面もあった。

 まるでそれは贖罪のように、自分自身を苛め抜いた。


 皮肉なことに、好意を寄せる女性ひとり守ることができなかった少年にとって、無価値で無意味なものにしか思えなかったその才能は、失意と絶望のなか鍛え上げられることで、確かな輝きを放っていた。


 頭の芯に鈍い痛みを覚えながら、鐘木幹彦は五種の武器を同時に操る。


 当たり前のことだが、自前のもの以外に十本の腕を操っているようなものだけに、先程までよりも負担は大きくなっている。

 だが、その恩恵もまた大きい。


 武器の習熟に差があるので単純に五倍の戦力とはならないが、実質複数人で攻撃を仕掛けているようなものなのだから、実質の戦力増加は五倍どころでは済まない。


「……これが、いまのお前の実力か」


 状況を把握した真島孝弘の顔には、純粋な驚きが浮かんでいた。


 だが、怯みはしなかった。


「これは負けてはいられないな」


 鐘木幹彦にこの数ヶ月の時間の積み重ねがあるのなら、それは真島孝弘にとっても同じである。


 左腕を振るった。


「アサリナ!」


 先日の模擬戦では、アサリナの補助はなかった。

 だから、一体となった彼女が真島孝弘に与える機動力を、鐘木幹彦は知らなかった。


「サマァ!」


 アサリナは蔓の体で強く地面を叩き、駆ける主の体を大きく弾き上げた。


「……なっ!?」


 人間ではありえない挙動は予測が利かない。

 五種の武器による攻撃は空を切った。


 強引な挙動は体勢を崩しそうなものだが、真島孝弘は完全に自身を制御している。

 そうして、身のうちに宿る魔力を励起させた。


 鐘木幹彦はぞっとした。


 これでも彼は、何度かモンスター討伐において修羅場をくぐり抜けている。

 その経験が、紛れもない強敵の予感を告げていた。


 彼にとっては『さいわいなことに』その予感は裏切られない。


「魔法『霧の仮宿』」


 発動したのは、真島孝弘に許された唯一の魔法。

 少年の全身から白い霧が溢れ出し、空間を満たしていく。


 広い空間が、真島孝弘のフィールドに変わる。


 その結果に、鐘木幹彦は驚愕した。


 背後から襲い掛かった槌鉾の一撃が屈んで躱される。

 直後に反転して振るわれた剣に、飛び込んだ双剣を弾き飛ばされる。

 アサリナが地面を叩くことで、槍の刺突と両手剣の薙ぎ払いが空を切る。


 手斧が追撃をかける前に、片手がこちらに突き出される。


「アサリナ!」


 完璧なタイミングで、蔓が刺突のように飛び込んできた。

 これはまずい。


「お、おおお!?」


 鐘木幹彦は、咄嗟に武器を手に取った。


 魔法の道具袋のなか、選別の暇はない。


 抜き出したのは薙刀だった。

 即座にかまえて繰り出した動きは、並の騎士に劣るものではない。


「おおおお!」


 踏み込み、切断する。

 だが、直後に切断面からアサリナの首が再び生まれて、薙刀に絡み付いた。


「なっ……!?」


 まるで切断されることがわかっていたかのように――いいや。『霧の仮宿』によってわかっていたからこその、すさまじい反応速度だった。


 手を離すのが一瞬遅れてしまう。


「サマァ!」

「うおぉおお!?」


 力比べではかなわない。

 鐘木幹彦はまるで小石のように投げ出されて、ごろごろと石の地面を転がった。


「ぐっ」


 意表を突かれておきながら、能力の制御を手放さなかったことは賞賛されるべきだろう。


 追撃をかけようとした真島孝弘を手斧の一撃で牽制する一方で、アサリナが絡みついている棍も追加で『エアリアル・ナイト』の能力の制御下に置いて、追撃を防ぐ。


 立ち上がったところで、冷や汗が湧いた。


 鐘木幹彦の首には、目には見えない首輪が繋がれている。


 あまりにもあっさりとやられてしまえば、手を抜いたものと判断されてしまう可能性がある。

 大事な人の身に危険が及ぶかもしれないのだ。


 本気で戦わなければならない理由が、彼にはあった。


 ……にもかかわらず、あっさりやられかけた。


 予想していた以上に、強い。


「これが、いまの孝弘かよ……」


 確かに、真島孝弘は純粋な武術の才能では、鐘木幹彦に劣っている。

 付け加えれば、あまり強力な固有能力ではない『エアリアル・ナイト』よりも、さらに輪を掛けて戦闘向けではない能力しか発現しなかった。


 だが、彼の手に入れてきたものはそれだけではなかった。


 もちろん、それは鐘木幹彦には使えない魔法を習得している、というような短絡的なことを言っているわけではない。


 というより、彼には魔法の才能だってない。

 生き延びるための白兵戦能力を鍛えるのに必死で、普通の魔法を修得する時間はなかったからだ。


 使えるのは、『霧の仮宿』サルビアとの契約により得られた魔法だけ。

 それはつまり、この世界で得た出会いと絆の証だった。


 無論、それだけではない。

 その身を巡る魔力の一部が眷属のものであることなどは、その最たる例だろう。


 この世界で得た出会いと絆のすべてが、真島孝弘を支えている。


「……まいったなぁ」


 決して舐めていたつもりはなかった。

 だが、正確に見積もることができていなかったのは、事実なのだろう。


 ……ひょっとすると、お互いに元の世界にいたときに過ごした時間が、むしろ真実の姿を見えなくしていたのかもしれない。

 鐘木幹彦の知っている真島孝弘の姿とは、やはり平和で平穏で平凡な日常のなかを生きているそれだったからだ。


 けれど、いまは違う。

 それだけではない。


 鐘木幹彦は、ようやくその事実を肌で理解した。


 目の前にいる少年は、この世界にやってきた転移者のなかで、間違いなく最多の窮地と死地を乗り越えてきた。

 ウォーリアをはじめとした例外たる転移者を除けば、単独での戦闘能力はもはやこの世界の最高位に達している。


 全身全霊を振り絞らなければ、あっさりと敗北してしまうだろう。


「心配なんてしてる場合じゃなかったやね」


 そうつぶやく鐘木幹彦は、ふっと口許をほころばせた。


◆前々から才能については言及があったのですが、幹彦は武術に関しては転移者で最高クラスの才能の持ち主です。

ガーベラの発言に関しては「当時身体能力的には一般人に毛が生えたレベルの人間に対して、樹海の白い蜘蛛の基準で才能があると感じられた」ということなので、割ととんでもないです。

元の世界だと気付かずに終わるはずの才能でした。そちらのほうが当人としては平穏な人生を送れましたが。


ただし、魔力の扱いについては並なので、ピーキーな性能になっています。

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