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47. 待ち構える者たち

前話のあらすじ


目を覚ました主人公。犠牲を払って前へ。

   47



 魔法道具『世界の礎石』によって形成されたこの『異界』は、道具を持っている人間によって操作が可能である。

 とはいっても、自由自在に操作できるわけではない。


 それができるなら、ハリスンは転移直後に真島孝弘を隔離していただろう。


 現状、この場所を構築する『世界の礎石』はハリスンが管理しているものの、大雑把な操作しか受け付けないうえに、反映されるには時間もかかる。

 相手の動きに対応しての運用は、ほぼ不可能だ。


 逆に言えば、敵が来るとわかっているなら、自分たちに都合の良いように事前に経路を変化させておくことはできる。


 現在、真島孝弘たちがいる場所から、ハリスンたちがいる区画に向かう道は限定されている。


 鐘木幹彦がエドガールとともに配置されたのは、その途中に設けられた大部屋だった。


 部屋とは言うが、印象としては『闘技場』と言ったほうが伝わるかもしれない。


 広さは学校のグラウンドくらいはある。

 周りを囲むように、高いところに回廊が設けられている。


 出入り口はふたつだけ。


 ふたりを倒さなければ、ここから先には通れない。


 すり抜けることはできるが、その場合は、追い掛ける自分たちと通路の途中で待ち構える聖堂騎士団との間で挟み撃ちにされることになるだろう。


 あたりには、他に騎士の姿はない。

 珍しいことだった。


 ここ数ヶ月というもの、基本的には、鐘木幹彦の周りには監視役の騎士が複数人、最低でもひとりは付いていた。

 すでに監視の目は厳しいものではないとはいえ、勝手な行動は許されていない。


 エドガールはあくまで第四部隊の残党として扱われているので、監視役にはカウントされていない。

 本来であれば、この場には監視役の騎士が別にいるのが普通だ。


 それにもかかわらず、ふたりきりで大丈夫だと判断されたのは、エドガール=ギヴァルシュという男の人間性が考慮された結果に違いなかった。


 エドガールは戦いにしか興味を示さず、真島孝弘に深い恨みを持っている。

 万が一にも鐘木幹彦が下手な行動をすれば、その時点で斬り捨てるだろう。


 そう判断されたに違いなかった。


 ……もっとも、妥当な判断が常に正解であるとは限らないのが、現実というものでもある。


 それが無軌道の塊のような戦鬼であれば、尚更のことだったかもしれない。


 先程のことだ。

 鐘木幹彦がダメ元で『加藤真菜の様子を見ておきたい』という話をしたとき、エドガールは拒絶しなかった。

 ほんのわずかな時間にせよ、監視の目はなくなっていたのだ。


 結果、ハリスンたちの指示になかった加藤真菜への接触が可能になり、言葉を残すことができたのだった。


 聖堂騎士団側も予想していなかっただろう行動を取った当の本人はといえば、それを特に気にした様子もなく、剣を抱いて地面に腰を下ろしていた。


「……待つのにも飽きてきたな。あの野郎、なにをしていやがる」

「まだそんなに時間は経ってないでしょう。それに、来るかどうかもわかりませんよ」

「はっ。来るに決まってんだろうが」


 馬鹿馬鹿しそうに、エドガールは鼻で笑った。


「こっちには、あいつの女がいるんだ。来ないはずがねえ」

「加藤さんは孝弘の恋人とかじゃなくて……いや、どうかな。微妙なラインですけど」

「なんだっていいんだよ。なんであれ、あいつが来ることには変わりねえんだ」


 断言する。


 疑いさえしていない様子だった。


「……」


 鐘木幹彦は横目を使った。


「……なあ、エドガールさん」

「あん?」

「あんた、なに考えてるんだ?」


 いまは監視の目がない。

 こんなふうにエドガールと会話をすることを、聖堂騎士団は想定していないだろう。


 へつらう態度を引っ込めて、鐘木幹彦は質問を投げた。


「あんた、気付いてたよな」

「なんの話だ」

「加藤さんのこと、あんなつっつくような真似したのは、おれの意図を確かめようとしたからじゃねえのって話」


 意識を失った加藤真菜に、エドガールが接触しようとしたときのことだった。


 戦闘行為もやむなしかと、鐘木幹彦は覚悟を固めていた。

 しかし、その矢先にエドガールは、あっさりと退いたのだ。


 ――確かにそうだったな。お前が怒って当然だ。なにせ……そう、せっかくの『手柄』だからな。


 ――ああ。おれだって『お前の立場』は知ってる。『手柄』を横取りされたり、台なしにされたりしたら大変だ。いまのは、そういうことなんだろう?


 エドガールがあのように『手柄』を強調した話し方をしていたのは、媚びへつらう姿を揶揄したため……と、随伴していた騎士たちは思ったかもしれないが、直接やりとりをした鐘木幹彦の感触は違う。


 あれは、確かめるべきことを確かめたあと、あの場を収めるために口裏を合わせようとしたのだと感じていた。


「さあな。お前がなにを考えるのかは自由だ」

「だったら、おれがの考えが合ってるものとして尋ねるけど。あんた、なにが目的なんだ?」


 エドガールはとぼけてみせたが、その程度で引き下がるつもりはない。


「あんたは孝弘の敵だと思ってた。だけど、おれにはそうは思えないんだよ」


 もしも敵であるのなら、自分の意図に勘付いておきながら放っておきなどしないだろうと鐘木幹彦は考える。


 これまで聞いていた戦闘狂という評判と、印象が一致しないのだ。


 エドガールはしばらく考える様子を見せたあとで、肩をすくめた。


「……まあ、あの真島孝弘のツレだったって野郎が、この程度じゃあねえだろうとは思っていたな」

「それじゃあ、やっぱり?」

「つっても、勘違いするんじゃねえぞ。おれはお前とは違う。あいつの味方なんぞじゃない」

「そこは誤解してないから安心してくれ」


 エドガールは以前に、命懸けの奇襲作戦さえ実行している。

 結果、真島孝弘は辺境伯領軍相手に苦しい戦いを強いられた。


 鐘木幹彦のケースとは話が違うのだ。


 だが、だとすれば、なにを考えているのか。


「……お前、聖堂教会がどうして真島孝弘をこうも目の敵にするのか、心当たりはあるか?」


 そう尋ねるエドガールの佇まいは、普段見せているものとは違って見えた。


「ここからはおれの推測だが、ハリスンの野郎は以前から、あのトラヴィスの野郎をうまく利用していたふしがある」

「……え? ちょっと待って。それ、マジで言ってる?」

「信じるか信じないかは勝手にしろ」


 別にどちらでもかまわないのか、エドガールは相手の疑問に頓着することなく話を続けた。


「オットマーって男がいるだろう。脱走騎士だっつって、私兵としてトラヴィスが飼ってた野郎だがな。あいつは、ただの脱走騎士じゃねえ。ハリスン子飼いの特殊部隊の人間だ」

「特殊部隊? 騎士団を抜けているのに?」

「なにかあったときに聖堂騎士団に累が及ばないようにしてるんだろうよ。後ろ暗い仕事をしているってこったな。ハリスンの上にいるのは、大神官ゲルト=キューゲラー。文字通りにこの世界最高の権力者だ。綺麗事ばかりじゃ回らねえってことだろうな。歴史が積み重なれば、必然、腐る部分だって出てくる。だから……」

「毒を以て毒を制す?」

「そういうことだな。トラヴィスの野郎をうまく利用しつつ、必要に応じて切り捨てた。まあ、実際に引導をくれてやったのはおれだが、同じことだ。おれがやらなきゃ、オットマーあたりが同じことをしていただろうよ。……なあ、おい。そう考えると、見えてくるもんが出てこねえか?」


 水を向けられると、鐘木幹彦は険しい表情になった。


「……全部、ハリスンの差し金だったっていうのかよ」


 トラヴィスは手柄のために真島孝弘を狙って、第四部隊を動かした。

 そのトラヴィスを誘導していたのだというオットマーは、偽勇者討伐を掲げる辺境伯領軍にも手を貸していた。

 そして、今回、ハリスンは真島孝弘を狙ってことを起こし、オットマーはその配下として働いている。


 もちろん、オットマーがハリスン子飼いの特殊部隊の人間だという話が本当であればだが、エドガールは確信しているようだった。


「最初から真島孝弘は狙われていた。おれはそう睨んでる」

「あんたは、その理由を探っているのか? ……いったい、なんのために?」

「はっ、決まってる。おれの喰らった屈辱の落とし前を付けさせるためだよ」


 その瞬間、エドガールの顔に、戦鬼が立ち戻った。


「……ゾルターンって野郎がいてな。付き合いばかりが長い、つまらないやつだった。最後までつまらねえ真似をしてくれやがってな。このおれを庇って逃がして、代わりに死にやがったんだ。真島孝弘の野郎になにを見たのか知らねえが『強い光に目が眩んだ』とか言い残して、ひとり満足して逝きやがった。こんな屈辱があるか」


 心の底からの感情が、そこにはあった。


 いまの鐘木幹彦でさえ、一瞬、気圧されるほどのものだった。


「わけがわからねえ。つまらねえんだよ。あれから戦いが楽しくなくなった。戦いだけが、おれのすべてだったんだ。だっていうのに、ゾルターンの野郎め。ふざけたことをしやがって。絶対に許さねえ」

「……だけど、そのゾルターンは死んだんだろ。許さないもなにもないんじゃないのか」

「いいや。それは違う」


 エドガールは強い口調で否定した。


「ゾルターンが死んだ原因の一端は、トラヴィスの行動にあった。そのトラヴィスを誘導していたオットマーは、ハリスンの指示で動いていた。仮にだ。ハリスンがくだらない理由で真島孝弘を狙っていたんだとしたら? ……くく。なあ、傑作じゃねえか。満足して死んだゾルターンのやつは、まるで道化だ。腹を抱えてあいつのことを笑ってやりながら、ハリスンにも落とし前を付けさせてやるよ」

「……辺境伯領軍に協力して、孝弘に奇襲したのも、そのためか?」

「ああ。そうだ。オットマーを動かしてるやつに繋ぎを付けるために、手柄が必要だったからな。それに、ゾルターンは真島孝弘になにか価値あるものを見ていたらしい。あれで真島孝弘が潰れるのなら、ゾルターンの見る目のなさを笑ってやれるとも考えた」

「あんた、それは……」


 つい鐘木幹彦は口を挟みかけた。


 なんとなく腑に落ちなかったからだ。


 彼はいまのエドガールの話に、どこか欺瞞めいたものを嗅ぎ取っていた。


 とは言っても、悪意のあるものではない。

 嘘というにも自覚のない、無意識の誤魔化しめいたものだ。


 それは、ここ数ヶ月、周囲を欺き続けてきた少年の直観が働いた結果だったかもしれない。


 ふと思ったのだ。


 結果的に言えば、真島孝弘はエドガールの奇襲と、続く辺境伯領軍の追撃を凌ぎ切っている。


 エドガールは『あれで真島孝弘が潰れるなら、ゾルターンの見る目はなかったことになる』と言った。

 その理屈で言えば『真島孝弘が見事苦難を乗り越えた以上、ゾルターンの見る目は正しかった』ということになる。


 だが、どうやらエドガール自身はそれに気付いていないようだ。

 こうして話をしている限りにおいては、気付かないほど愚鈍とも思えないのに。


 気付かないのか、気付けないのか。

 ……それとも、気付きたくないのか。


 そして、これと同じことは、ゾルターンの死に関しても言えるのではないだろうか。


 意味がないことを確かめたいのか。

 意味があったと確かめたいのか。


 この場合、どちらにしてもやることは変わらないのだ。


 そもそも、なぜ戦いをつまらないと感じるようになってしまったのか。

 命懸けで庇われたことに、これほど怒っているのはどうしてなのか。


 あるいは、エドガール自身『戦鬼』という自分の在り方に囚われて、それ以外の可能性を考えることができなくなってしまっているのではないか。


 ……とはいえ、これはただの勘。論拠のあることではない。


 だから鐘木幹彦には、これ以上踏み込むことは言えない。

 代わりに、別のことを口にした。


「話はわかった。だけど、いいのか。そんなことのために、貧乏くじを引いて。気付いてるんだろ。おれたちは捨て駒だ」


 それこそ、先程、エドガールとの会話で出てきたことだった。


 毒を以て毒を制す。

 必要に応じて切り捨てる。


 鐘木幹彦は疑われることがなくなっただけで、信頼を勝ち得ているわけではない。


 いなくなったところで、聖堂騎士団としては痛くも痒くもないのだ。


 だから、こうして迎撃においては最初にぶつけられている。

 捨て駒だ。


「はっ。それをお前が言うかよ」


 エドガールは肩を揺らした。


「お前だって、状況は同じだろうが。それともお前は、死にたいってか」

「……なわけねーだろ」


 鐘木幹彦は顔を顰めた。


 死を覚悟していても、喜んで死にたいわけがない。


「だけど、どうしようもないんだよ。こうするしかないんだ。ただ……」

「ただ?」


 エドガールは興味を惹かれた様子で問い返した。


 諦めたようなことを口にしているのに、少年の目は死んでいなかったからだ。


 しかし、そのとき、鐘木幹彦の持つ長距離通信の魔法道具から指示を出す騎士の声が響いた。


≪鐘木幹彦、応答しろ≫


 鐘木幹彦の大事な女性の監視役の男だった。


 親友の戦いを前に、万が一の裏切りに備え、首輪を自覚させようという意図だろう。

 効果的な手ではあるが、同時に、覚悟を完了している人間にとっては無駄な気配りでもある。


 話を中断されたエドガールが舌打ちをする一方で、鐘木幹彦は魔力を流して魔法道具を起動して言葉を返した。


「はいはいっと。なんでしょうね」

≪いまからそちらに、真島孝弘がやってくると連絡があった≫


 それは、戦いの先触れ。


≪エドガールとともに、これを撃滅せよ≫


◆幹彦回。

エドガールとの落ち着いた会話は珍しいですね。

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