26. 諍い
前話のあらすじ
~こんな感じ、だったかも?~
「……先輩。わたし、重くないですか」
「全然。軽いよ」
守らなければならなかった。
たとえ、なにがあってもだ。
――モンスターだらけの不可思議な通路。
――力のない加藤さんを抱き上げて、決意を新たにして。
「先輩」
「ん、なんだ」
「ごめんなさいあのそのもう心臓がどきどきで限界です」
「え? ……加藤さん?」
「きゅう(目を回す)」
「加藤さーん!?」
敵は外のみにあらず!
26
ローズはロビビアと一緒にいたところ、この奇妙な場所に転移させられていた。
当然、彼女も他の眷属同様に、主との合流を目指していた。
しかし、転移させられた場所には、モンスターが生息していた。
主を求めて移動する以上、どうしても戦闘は避けられない。
そのはずだった。
だが、ローズは斧を携えこそしているものの、ここまで一度もモンスターと戦闘を行っていなかった。
ロビビアも同様だった。
彼女たちは戦う必要がなかったのだ。
「やあぁあ!」
広い通路を、人の形をした旋風が吹き抜けた。
手にした剣が、行く手を阻むパペットたちに振るわれる。
樹海深部のモンスターであり、人間の武術を身に付けつつあるローズでも、一合打ち合えるかどうかという斬撃だ。
ただのパペットたちに対抗できるはずもなく、呆気なく武器ごと体を両断にされていった。
振るわれる剣の主は、長い黒髪の少女だった。
探索隊の最速。『韋駄天』の飯野優奈。
ローズたちは、偶然、彼女と合流していたのだった。
「これで全部ね」
敵を全員切り伏せて、優奈が戻ってきた。
当然、怪我ひとつない。
時間もほとんどかかっていなかった。
今更ながら、ローズはそのすさまじさに驚嘆せずにはいられない。
幸運だったとも思う。
リリィ、ガーベラ、シランと比べると、ローズやロビビアの戦闘能力は劣っている。
ふたり纏めて転移させられたのは運が良かったが、それでも状況としては心許ない。
そんな自分たちが優奈と合流できたのは、戦力の面で非常に心強いものがあった。
もっとも、この状況に懸念がなにひとつないかといえば、そんなことはなかったのだが。
「怪我はない?」
「はい。問題はありません」
優奈の問い掛けにローズは答えて、傍らに視線をやった。
「ロビビアも大丈夫です」
そこには、むっつりと黙り込む少女の姿があった。
「……」
優奈と合流して以来、彼女はずっとこんな感じだった。
ほとんど喋ろうとしないし、基本、ローズの傍を離れない。
ただじっと、あたりの様子を窺い、優奈の行動とを目で追っている。
人見知りの子供にありがちな態度と見えるが、あまり印象の良いものではない。
「そう。大丈夫ならよかったわ」
優奈がそうしたロビビアの態度に気を悪くはしていないようなのが、さいわいだった。
ともあれ、ここまでは順調に、ローズは主のもとに近付いていた。
移動の間、最も敵との接触が多い先頭は、優奈が買って出ていた。
彼女がたまに振り返って進路の確認を取るたびに、ローズは指示を出した。
優奈にはパスがないため、進むべき方角を伝える必要があったからだ。
その代わりというわけではないが、戦闘はすべて優奈が請け負っていた。
道中のモンスターの存在は、本来ならそれなりの足留めになりかねなかったが、優奈のお陰でほとんどタイムロスはなかった。
さらにいえば、優奈の存在はそれ以上の意味を持っていた。
探索隊でも最強クラスの『韋駄天』を主のもとへ連れていければ、それだけで状況は一気に好転するからだ。
そういう意味では、主と一番近い位置に飛ばされたローズたちが優奈と合流できたことは、非常に運の良いことと言えただろう。
「大丈夫よ、ロビビアさん。わたしが合流すれば、真島の身の安全は保障するから」
と、優奈が声をかけたのは、そうした状況を踏まえたうえで、押し黙ったロビビアの態度を不安によるものと解釈したからに違いなかった。
これはあながち、的外れな推察でもない。
実際、転移直後のロビビアの様子は酷かったからだ。
――孝弘? え? 嘘。
最初、呆然として、すぐに真っ青になって、ひどく取り乱した。
――孝弘、孝弘、孝弘。
――どうしよう、ローズ。孝弘が死んじゃったら、おれ……。
――やだよ。どこ、孝弘ぉ。
ほとんどパニック状態になっていた。
この反応には、ローズも少なからず驚いた。
慕う少年を失うことを、ロビビアは極端に――ある種、病的なまでに――恐れているようだったのだ。
もっとも、最近の彼女の身に起きたことを考えれば、不思議というほどのこともなかった。
母親であるマルヴィナを無残に殺されたことが、それだけ幼い心に傷を残していたということだ。
割と早いうちに、ロビビアは母親の死から立ち直っていたように見えたし、最近では孝弘を守るのだとしきりに言って、前向きな姿勢を見せていた。
だが、実のところ、それは『落ち込んでなどいては最後に残された大事なものも失いかねない』という恐怖心と強迫観念ゆえのものだったのだろう。
そんな彼女を、ローズはどうにか落ち着かせて、そのあとで優奈と合流したという流れになる。
だから、ロビビアが慕う少年の安否を不安に思っているというのは間違いではない。
間違いではないが……。
「……保証する? 孝弘の安全を、お前が?」
低い声でロビビアが尋ねるのに、優奈は頷いてみせた。
「ええ。さっきの戦いを見たでしょう? わたしはこれでも強いんだから」
優奈は笑顔で言ったが、対するロビビアは無表情だった。
「強いのはわかってる」
返答は素っ気なく、さらに問い掛けが続いた。
「だけど、お前、信用していいのか?」
「え?」
それは、ひどくぶしつけで、協力者に向けるには失礼な問い掛けだった。
「ロビビア」
注意するつもりでローズは声をあげたが、ロビビアは口を引き結んだまま応えない。
戸惑うような表情が、優奈の顔に浮かんだ。
「……ええ。もちろん。信用してくれていいわ」
こんなことを尋ねられるなんて、思いもしなかったのだろう。
ちょっと心外にも思ったのかもしれない。
ただ、優奈が怒り出すことはなかった。
恐らくだが、相手が子供であることを慮ったのだろう。
それも、こんなよくわからないところに無理矢理連れてこられて、情緒不安定になっている子供だ。
優奈が選択したのは、優しく声をかけることだった。
「大丈夫。わたしはこれまでだって、ずっと正義のために戦ってきたのよ。信用してくれていいわ」
ひょっとすると、これまでも彼女は怯える人々に、このように声を掛けて、励ましてきたのかもしれなかった。
その言葉には自負があり、誇りがあった。
単にこの世界で勇者として扱われる転移者だからというだけでなく、相手を説得させるだけの力があった。
ここにいるのがロビビアでさえなければ、感銘さえ受けたかもしれない。
だが、この場においては話が別だった。
「……正義?」
底冷えのする声がした。
「お前は正義のために、孝弘を守るっていうのか?」
そこに込められているものは、苛立ちや怒りというより、もはや殺気めいていた。
間違っても、協力者に向けるものではない。
……だからつまり、最初からロビビアは優奈を協力者とは思っていなかったのだ。
「おれの里は、正義のためにって言って、お前たちに潰されたぞ」
恐ろしく冷たい声だった。
里が転移者によって壊滅させられたと知ったときから、ロビビアにとって、真島孝弘と加藤真菜以外の転移者は、ただ疑いの対象だったのだろう。
おまけに、里を襲撃した者のひとりが探索隊の幹部メンバーだと判明した。
探索隊に対する敵意を抱くには十分で、それを押さえつけていたのは、あくまで慕う少年の立場を思ってのことに過ぎなかった。
加えていうと、ロビビアと優奈が出会った時期も悪かった。
これがたとえばローズであれば、優奈のひととなりを以前から知っていた。
姉のリリィを高屋純から奪還する作戦で共闘したこともあった。
だから裏切ったりしないと思えるし、この場面で、圧倒的な力を持つ彼女の助力を得ない手はないと判断できたのだ。
だが、ロビビアは違う。
彼女が優奈と会ったのは、故郷を転移者に奪われたあとのことだった。
それだけで、転移者である優奈への印象は悪かったし、交流を持つような機会もなかった。
そこに追い打ちをかけるように、今回の岡崎の件があったのだ。
これで優奈を信用しろというのは、どうしたって無理がある。
そして、まったく信用していない以上、力を持つ優奈の存在は、むしろこの場面で大きな脅威と感じられてしまうのは自然なことだった。
だからロビビアは怯えている。
それだけでなく、仲間を守らなければいけないと思い定めている。
実際、さっきからロビビアがローズの傍を離れずにいるのは、幼い子供が人見知りをしているのではなく――優奈が襲い掛かってきたときにローズを守れるように立ち回っているのだった。
「やっぱり、お前たちは信じられない」
少女の目元がドラゴンのものに変化した。
いまのロビビアは、このまま優奈を連れて行っては、大切な少年に悪いことが起きるのではないかと危惧している。
優奈は優奈で、純粋に気遣いと好意を向けた相手からの思わぬ反応を前にして、ひどく混乱している様子だった。
蒼褪めてしまって、弁明の言葉も口にできずにいる。
最悪、このままではロビビアと優奈との間で戦闘になりかねない。
この場を収めることができるとしたら、そうしたロビビアの内心を理解しているローズだけだった。
「やめなさい、ロビビア。飯野さんはそのような方ではありません」
「……信用できない」
慎重な口調でローズが言うと、ロビビアは言い返した。
「実際、こいつと一緒に行動してた島津ってやつだって、おれたちのことを裏切って、こんなところに連れてきたんだ。信用なんてできるか」
頑なな返答だったが、主張にはそれなりの理があった。
ロビビアも考えなしではない。
これは彼女なりに、大事なものを守ろうとした結果なのだ。
だから、そう簡単には譲らない。
ただ、ローズには切り札があった。
こうしたときに、相手のどこを突けばいいのか、彼女は親友の振るまいを見て知っていたからだ。
「ロビビア。もう一度言います。やめなさい」
「だけど……!」
「あなたより飯野さんのことをよくご存知のご主人様は、彼女を信頼できると判断されています」
「――」
ローズの言葉を聞き、ロビビアが反論を呑み込んだ。
頑なだった表情に動揺が現れ、目が揺らいだ。
「孝弘が……」
「そうです」
効果は覿面だった。
みるみるうちに、ロビビアの小さな体を内側から弾け飛ばしてしまわんばかりだった敵意が萎んでいく。
「孝弘……」
結局のところ、彼女にとって一番大きいのが、あの少年であることだけは間違いないのだ。
それを、ローズはよく知っていた。
あともうひと押しだ。
「あなたはご主人様を信じられませんか?」
「……そんなことない」
「だったら、わかりますね」
ロビビアはわずかな逡巡のあと、こくりと頷く。
ローズは、ほっと胸を撫で下ろした。
「良い子です」
ロビビアのなかから、探索隊への敵意と、転移者への疑念がなくなったわけではないだろう。
それでも、とりあえずこの場で矛を収めてくれたのは助かった。
ローズはロビビアの頭を撫でると、優奈に顔を向けた。
こちらにもフォローが必要だった。
「申し訳ありません。協力してもらっているのに、仲間が失礼なことを言いました」
「……ううん。わたしも不注意だったわ」
そう返した優奈の顔色は悪かった。
「そうよね。岡崎くんの件があったものね。それに、結衣先輩だって……」
「どれも飯野さんが悪いわけではありません」
ローズは首を横に振った。
実際、いまのはどちらかといえばロビビアが悪い。
正義そのものは悪いものではない。
確かに自分たちの主は身近なものを守ることに全力を尽くす人間だが、見も知らぬ誰かのための行いを否定はしていない。
自分にはできないことだと評価しているし、ある種の憧れさえ抱いているかもしれない。
それが飯野優奈への複雑な感情に繋がってもいる。
とはいえ、家族を失った直後に、幼いロビビアに理性的な振る舞いを求めるのは酷だろう。
状況があまりにも悪過ぎた。
付け加えれば、ひとつ彼女は誤認をしてもいた。
「それと、島津さんのことについてはまだわからないと思います」
「え?」
ローズが指摘すると、優奈は目を丸めた。
思いがけないことを言われたといったふうだった。
「どういうことだ?」
優奈だけでなく、ロビビアも意外そうな顔をしていた。
答えてもよかったが、ローズは状況を忘れていなかった。
「これ以上の話は移動しながらにしましょう」
提案をして、向かうべき方向を斧で指し示す。
「さいわい、ロビビアの疑念も当面は解消されました。ご主人様との合流を妨げる理由は、もはやありません。そうですね?」
ローズが尋ねると、ロビビアは優奈と視線を合わせた。
「ああ。文句はねえ」
「それでは行きましょう」
問題は解決された。
そうして三人は移動しようとする、そのときだった。
優奈がぴくりと眉を顰めた。
「なにか近付いてきてるわね」
「またモンスターですか」
「でしょうね」
ローズの言葉に相槌を返し、優奈は剣を握り直した。
顔色はまだ少し悪いが、気持ちを切り替えようとはしているようだ。
もっとも、多少調子を崩したところで『韋駄天』にとって、あの程度のモンスターは相手にならない。
障害物以下。合流はすぐにでも成るだろう。
「まずは邪魔者をどけないとね」
まるで掃除でもするように言って、優奈が駆け出した。
◆お待たせしました。
年度で生活に変化がありまして、更新が遅れました。
◆また更新します。






