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27. 目撃者の証言

(注意)本日2回目の投稿です。(4/8)














   27



「くそ、行き止まりか」


 遭遇したモンスターを出会った端から蹴散らして、行き当たった行き止まりで双頭の狼がうめく。


「戻るぞ」


 しなやかに身を翻して、前の分岐点まで戻る。


 この場所はまるで迷宮だ。

 これで道先案内人がいなければ、誰かに合流することなんて絶対にできないに違いない。


「こちらでいいのか」

≪うん。そっち!≫


 低い声の問い掛けに、可愛らしい仔狐の鳴き声が返る。


 ベルタはあやめの言葉に従い、ぼんやりと光る通路を駆けていた。


 向かうのは、あやめの主である真島孝弘のいる場所だ。


 ベルタは別に真島孝弘の眷属というわけではない。

 だが、王命によりその守護の任に就いている。


 ここで身を張って己の義務を果たすことに、王の配下として疑問はない。


 また、ベルタ個人としても、王にとって特別なあの少年を失うわけにはいかないし……付け加えていえば、いまとなってはそれなりに彼を気に入ってもいた。


 そんな彼女に進路を示すのが、狼の頭の一方に座り込んだあやめだった。

 走る速度に振り落とされてしまわないように、触手でお腹を固定されていた。


≪ご主人様はね、あっちのほうにいるの。でもその向こうにローズとロビビアがいてね、ご主人様はそっちに行こうとしてるみたい≫

「同じ方向に移動しているわけか。急がなければ、いつまで経っても合流できんな」

≪うん! 急がないと!≫

「わかっている」


 とはいえ、この場所は構造が複雑で、一直線に行動するわけにもいかない以上、合流にはまだまだ時間がかかる。

 おまけにモンスターまでいるので気も抜けない。


 周囲を警戒しつつ、ベルタは駆ける。


 と、その背中で身じろぎをする者があったのだ。


「う、ううう……」


 呻き声があがった。


 少女の声だ。

 重い疲弊を感じさせる掠れた響きがあった。


「ここは……?」

「目を覚ましたか」


 ベルタが声をかけると、返答までに間があった。

 驚いたのか、それとも、なにか思うところがあったのか。


 特に気にした様子は見せずに、ベルタは声をかけた。


「気分はどうだ、島津結衣」

「……」


 ベルタの背中に載せられ、運ばれていたのは探索隊の『妖精の輪』島津結衣だった。


 真島孝弘一行を呑み込んだ転移の直前に、部屋に突然現れた人物だった。

 また、彼女の『妖精の輪』は、今回の転移を引き起こした能力でもあった。


 そんな彼女の身柄を、ベルタは確保していたのだった。


「これ、どこに向かっているの?」

「真島孝弘のところだ」


 低い声での問い掛けに、ベルタは答えた。


「お前は気を失っていたからな。放っておいたら、そこらをうろつくモンスターに殺されかねなかったので、連れてきた。さすがの転移者と言えど、気を失っていては抗う術はあるまい」

「……」


 ベルタの返答を聞いて、結衣はしばらく口を噤んでいた。


 なにかを思案している様子だった。


 ややあって、彼女は再び口を開いた。


「保護してくれたわけね」

「まあ、そうだが」


 ベルタは認め、問いを返す。


「それがどうかしたか」

「……わたしがこの状況を引き起こしたと疑ってはいないのかな?」


 背中のうえで揺られながら結衣は尋ねた。


 そうした姿は無防備だ。

 声には、悲痛な色があった。


 それを正確に聞き取って、ベルタは鼻を鳴らした。


 馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりに。

 そうする必要があると感じられたからだった。


「疑ってはいない」


 はっきりと否定する。


 そうすることが、ベルタにはできた。


「わたしは転移の瞬間、お前の振る舞いを目撃していたからな」


   ***


 転移に呑み込まれる直前。


 死人のような血の気のない顔で現れた結衣は、ベルタの姿を見るとうろたえる様子を見せた。

 なにか言おうとしたのだろう。


 だが、その機先を制するように、大きな音が響いた。


 近くの部屋で、派手に物が壊れる音。


 結衣はびくりと肩をすくめ、少し怯えたような顔をしたあとで、はっと表情を変えた。


 ――いけない!


 そう叫ぶと、身の裡の魔力を励起させたのだ。


 彼女は転移者であり、その身の裡に宿る魔力は半端なものではない。

 だが、さすがに咄嗟のことでは、駆動できる魔力もたかが知れていた。


 その直後に、恐ろしく膨大な魔力が世界を歪めた。

 それは結衣とはまた別の人間が放った魔力だと、彼女の目の前にいたベルタには判別できたのだ。


「あれは確かに『妖精の輪』による転移だった。しかし、お前は今回の転移を引き起こした犯人ではない。むしろ、お前は転移に抵抗した。違うか?」

「……ええ。その通りだけど」


 躊躇いがちに結衣は答えた。


 疑われることを覚悟していたのかもしれないが、ベルタはそれが気に入らなかった。


「わたしたちをあまり軽んじてくれるな。そもそも、お前が犯人だと考えるには今回の方法は少しお粗末だ」


 ふんと鼻を鳴らしてみせる。


「今回の転移だが、わたしもそうだが魔力で抵抗した。『妖精の輪』は抵抗ができる余地があるのだ。そうだろう?」

「え、ええ。わたしの『妖精の輪』は戦闘向けではないから」


 戸惑いつつも、結衣は認めた。


 その表情に影が落ち、力なくうなだれる。


「実のところ、『妖精の輪』はただ逃げるだけの能力なのよ。より遠くへ、知っている安全な場所に。それだけを願っていたから、それ以外のことはできない」


 それは、ひょっとすると、彼女にとってコンプレックスなのかもしれない。


 転移者の能力が望みにより生まれる以上、そこには心の在り方がもろに出る。

 だったら、そういうこともあるのかもしれなかった。


「『妖精の輪』は、物騒なことには使えない。やろうとすれば、失敗したうえに酷いダメージを受けてしまう」


 結衣が説明をすると、ベルタは頷いた。


「お前は己の能力をよくわかっているな」

「それはまあ、自分の能力だから」

「そこだ」

「え?」


 目を丸くした結衣に、ベルタは語った。


「我が王から聞いたところによると、固有能力持ちというのは、誰に教えられずとも自分の能力がわかるものなのだろう。だったら、こんなことにはならないはずだ」

「というと?」

「転移に抵抗された結果、目標がどこに飛んだかもわからずに、現時点で敵は後手に回っている。もしもお前が犯人なら、必殺の罠を準備したうえで、帝都に向かう旅の途中でそこに飛んだだろう。なにせ、あの時点でわたしたちは転移に対する抵抗をしなかったわけだからな」


 無論、これは結衣が犯人ではないことを知っているからこそ、すぐに気付いた違和感だ。


 とはいえ、こうして当事者として非常事態に陥っているのだ。

 自分以外も早かれ遅かれ気付くだろうとも、ベルタは考えていた。


「もっとも、実際にこうして転移させられたのは事実だ。それが『妖精の輪』によることも」


 ベルタは続けた。


「であれば、犯人は他にいることになる。そんなことができるとすれば――」

「――『万能の器』岡崎琢磨。彼しかいないでしょうね」


 結衣は答えを口にした。


 ひどく苦々しい声だった。


 それも当然だろう。

 自分のものである能力をこんなことに使われたのもそうだが、彼女は陥れられたにも等しいのだから。


「腑に落ちたわ。わたしはね、真島に呼び出されたのよ。部屋に来いって。きっとひどく責められるんだろうって思っていた」

「真島孝弘からは、そんな話は聞いていない」

「……やっぱり。騙されたんでしょうね、わたしは」


 悔しげにする結衣に、ベルタはふと気付いて尋ねる。


「そういえば、飯野優奈がお前に呼び出されたと言っていたが」

「なにそれ。知らないけど」

「ふむ。それでは、そちらも仕込みだったらしいな」


 当事者から話を聞くことで、おおよその輪郭が浮き彫りになりつつあった。


 ベルタは判明した事実から、状況を推察する。


 岡崎琢磨はなんらかの必殺の状況を作り上げたうえで、そこに真島孝弘一行を放り込むことで、殺害を企てたのだろう。


 ただ、計画に絶対はない。

 万が一にも取り逃がしたときに備えて、本来の能力の持ち主である『妖精の輪』島津結衣に、罪をなすり付けられるようにしていた。

 あるいは、結衣当人も殺害の対象だったのか。


 いずれにしても、結衣を巻き込むかたちで計画は実行に移された。


 しかし、そこで把握できていなかった『妖精の輪』の脆弱さが露呈。

 知らなかった岡崎の転移は非常に中途半端なものになり、敵は後手に回っていると。


「もっとも、島津結衣の『妖精の輪』があれば、またすぐに転移して逃げられてしまう可能性があることは計画の穴だが」

「いいえ。それは無理よ」


 ベルタが疑問を口にすると、結衣はそれを否定した。


「わたしの『妖精の輪』は準備に時間がかかる。そのうえ、行ったことのある場所にしか飛べない。知らない遠い場所に飛ばされた時点で、元いた場所に戻るしかなくなるから、長い距離を飛ぶために魔力の溜めが必要になる。咄嗟に逃げることはできないよ」

「必殺の状況は崩れないわけか」


 納得をしたベルタは、ふと引っ掛かるものを感じた。


「しかし、『妖精の輪』による遠隔移動に魔力を励起させる時間が必要なのだとすれば、最初の転移はどうして即座に発動した?」


 ベルタたちは逃げる間もなく転移によって飛ばされた。


 転移の発動まで、ほとんど時間はなかったと言っていい。


「岡崎琢磨の『万能の器』であれば、そうしたことが可能なのか?」


 可能性があるとすれば、これくらいだ。


 しかし、ベルタの問い掛けに結衣は首を横に振った。


「いや。そんなことはないよ。あの『万能の器』は確かに非常に強力な能力だけど、欠点がないわけじゃない。固有能力は大抵、本家よりも出力は落ちるし、真似できない能力だってあるからね」

「そうなのか」

「うん。リーダーの『光の剣』とかがそうだけど……というか、でなければ、あの自己顕示欲の高い子がリーダーの座を渡すわけがないのよ。多分、真島の能力とかも無理だったんじゃないかな。そうでなければ、あれだけ世界で注目されている力だ。真似しようとしないわけがないし、真似できたなら言わずにいられるわけがない」

「なんというか、ずいぶんと器の小さい人間だな」

「うん。ひょっとすると、だからこそ『万能の器』は万能じゃないのかもね。あの子は前に『誰かにできることなら自分にできないわけがない』って言ってたことがあってね。実際、優秀なのは確か。ただ、器が万能なのは事実でも、小さければできることは限られる」


 結衣は溜め息をついた。


「……なんて、実際にそれが理由なのかどうかわからないけれど。とにかく、そうした人間の小ささが、今回の暴挙に繋がったのかもしれないわね」

「だが、たとえ器の小さい人間であろうと、その存在は脅威だ」


 ベルタは話を目の前の問題に戻した。


「お前の『妖精の輪』では即時展開はできない。岡崎も。とすると、どんな可能性が考えられる?」


 これは本来の『妖精の輪』の持ち主である結衣だからこそわかることだ。


 ベルタの問い掛けに、その背中で揺られながら結衣はしばらく考えていた。

 だが、最終的に首を横に振った。


「……少なくとも、わたしたち探索隊だと無理よ。ありえるとしたら、魔力を練り上げて準備万端の岡崎を、わたしが自分の『妖精の輪』で部屋に連れてくるくらいだけど……」

「お前はあいつを連れていなかった。それは、わたしがこの目で確認している」

「だから、ありえるとしたらそれ以外の手段ね。この世界にある魔法道具に、なんらかの手段でそれを可能にするものがあるのかもしれない」


 ベルタは小さく唸りを上げた。


「それはなんでもありではないのか」

「なんでもありよ」


 結衣は認めたが、さらに続けた。


「ただし、なんでもありだからこそ、わかることもある」

「なに?」

「だって、この世界の魔法道具はとても限定的なものよ。せいぜい第三階梯の魔法を発動させるのが精いっぱい。『なんでもあり』はありえない。普通ならね」

「……ふむ」


 ベルタの脳裏に思い浮かんだのは、かつての『狂獣』高屋純との戦いだった。


 彼は魔法道具の宝剣を使用して、地属性の魔法を放っていた。


 あれがこの世界で作られた最高峰の魔法道具だ。

 戦闘の用途で考えれば悪いものではないが、あくまで効果は限定的だ。


 ……というより、あまりにも転移者の固有能力が常識を外れ過ぎているのだが。


「ああ。とすると、お前が言いたいのはこういうことか? ――それがどんなものであれ、『万能の器』が今回使った魔法道具は、お前たち転移者の力と同レベルのものだと」

「そういうこと。そんなの『勇者の遺産』以外にはありえないし、入手する手段は限られてる。保有しているのは、聖堂教会や聖堂騎士団くらいのもので……だけどそれもありえない。聖堂教会にしてみれば、真島には生きていてもらわないと困るはずだから」


 今回の真島孝弘と辺境伯の会談が泣き別れに終われば、世界の安定は遠のく。

 わざわざ招待した真島孝弘が殺されたとなれば、聖堂教会の権威には大きな傷が付く。

 探索隊との関係性にもひびが入る。良いことなんてひとつもない。


「だとすれば、可能性は限られているでしょう」

「……所在の知れない『天使人形』たちか」


 ベルタはすぐにその答えに辿り着いた。


 元聖堂騎士である彼らは『勇者の遺産』を持ち出して使用していた。


 可能性は大いにありえる。


 以前の戦いから大人しくしていた彼らが、ついに動き出したのだ。


「厄介なことだ」

「本当にね」


 ベルタがうめくと、結衣は同意を示した。


「ただ、運が良いことがひとつある。岡崎が『妖精の輪』を不用意に使ったことよ」

「どういうことだ」

「あいつはわたしみたいな便利屋じゃない、本物の探索隊の二つ名持ちだからね。信じられないくらいに強い。だけど、いまは動けない。あんな不用意に『妖精の輪』を使った以上、抵抗されたことによるダメージは相当なはずだからね。それに、ただ抵抗を受けただけじゃなくて、わたしも同じ能力で干渉したものだから、尚更影響は大きかったでしょう。ただ、それは逆に、同じ能力で対抗したわたしにも言えることだけど」


 憔悴の色が濃い少女の顔に、申し訳なさそうな表情が浮かんだ。


「岡崎よりはマシだけど、わたしもダメージがある。体のなかの魔力が空になってるし、なんというか、もっと根本的なところが駄目になっている感覚があってね。あなたたちを『妖精の輪』でここから移動させるのには、最低でも丸一日を回復に費やす必要があると思う」


 つまりは、すぐに逃げ出すことはできないということだ。


 もっとも、岡崎の『妖精の輪』の行使に抵抗した結衣は、転移直後に死にそうなくらいに悶え苦しみ、七転八倒したすえに気を失ったので、その光景を見ていたベルタには、これは予想できたことではあった。


 それに、これも考え方ひとつだ。

 うまく合流したあとで一日逃げ切れば、別に敵を倒すことなくとも、結衣の『妖精の輪』で帰還が可能だということになるのだから。


 この場面、選択肢がひとつ増えることの意味は大きい。


 下手な小細工を弄して結衣を巻き込んだことが、敵にとっては裏目に出ていると言っていいだろう。


 ベルタも含めた真島孝弘陣営の勝利条件は、全員が合流したうえで敵を撃破するか、この不思議な場所を踏破して外に出るか、時間経過を待って『妖精の輪』で脱出すること。


 逆に、確実な敗北条件は、数が揃わないうちに『万能の器』に遭遇すること、あるいは、戦闘能力が上位クラスの眷属以外が『天使人形』たちに襲われること。


 このあたりだろう。


「……なんにしても、まずは合流を急ぐことだな」


 あやめの話では、まず最初に真島孝弘と合流できそうなのが、ローズ、ロビビアだという。

 次が、恐らくはリリィとガーベラだ。


 そして、自分たちがその次。最後がシランだ。


 ……そうして考えてみると、シランだけは他の眷属と最後まで合流できないことになる。


 力量は知っているが、それでも心配なものだとベルタは考えて、ふとそんな自分に気付いた。


 ずいぶんと毒されたものだと改めて感じる。

 転移前に優奈と交わした言葉を思い出した。


 ――真島は嫌なやつだけど、仲間をなにより大事にするやつだから。あなたには、相応しい場所だって思うわ。あいつのところでなら、あなたはきっと幸せに暮らせるでしょう。


 これがきっと、そういうことなのだろう。


 そう納得して、あとはただ駆けた。

◆さらに更新します。

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