25. いまとむかし
前話のあらすじ
それと知らず交流する、因縁のひとりと一匹。
再び現れる謎の人物と、直後の転移。
合流を目指す眷属たちの前に、モンスターが現れる。
25
モンスターとの遭遇は、強制的に転移させられて、ようやく状況を把握したところで起こった。
「先輩! 向こうからなにか来ます……!」
加藤さんが押し殺した声をあげた。
彼女の視線の先に、人影らしきものがあった。
薄暗い通路の向こうにいたために、最初は人間かと思った。
だが、それにしては手足の動きが不自然だった。
「……パペット・タイプのモンスターか」
無機質な人形の姿をしたモンスターだ。
もっとも、樹海深部にいたマジカル・パペットとは違って、現れたパペットの体はこの通路の材質と似たもので構成されていた。
おれは思わず眉を顰めた。
敵が後手に回っているようだと安心した直後にこれだ。
まさかモンスターがいるとは思わなかった。
おれたちを強制的に飛ばしてくれた敵は、どうやらひどく危険な場所を選んだらしい。
現れたパペットは、三体もいた。
こちらを認識したのだろう。
隠れるものもない通路の向こうから駆けてくる。
「せ、先輩!」
加藤さんが切羽詰まった様子で呼び掛けてきた。
「わたしのことは気にせず逃げてください!」
この場面で、自分が足手纏いだと判断したのだろう。
彼女は即座にそう告げた。
確かに現状、頼りになる仲間たちはいない。
数においても、こちらが不利だ。
それは認めるほかない。
……とはいえ、ここで加藤さんを見捨てて逃げるというのは、いろんな意味でありえなかった。
「ちょっと待った、加藤さん」
せめて囮にでもなろうとしたのか、前に出ようとした彼女の肩を、おれは引きとどめた。
「せ、先輩?」
「その必要はないよ」
この状況は良いものとは言えない。
だが、そんな悲壮な覚悟が必要な場面でもなかった。
いまは、もう。
おれはすでに、モンスターを相手取って戦えるのだから。
……とはいえ、加藤さんを庇いながら三体同時は少し荷が勝ちすぎるが、それだってやりようはある。
「悪いけど、ちょっと我慢していてくれ」
さすがにモンスターが迫っているなか、悠長に説明をしているほどの余裕まではない。
あらかじめ謝っておいてから、おれは加藤さんの体をひょいっと抱き上げた。
片手は開けておきたいので、右腕一本で抱くかたちだ。
幼い子供を抱き上げるときに近い。
さいわい、加藤さんは女性にしてもかなり小柄なほうなので、気を付ければ足をひきずることもない。
おれのいまの身体能力強化なら、片腕でも簡単に持ち上げられた。
もっとも、両腕で横抱きにするのと違って、どうしても体は密着してしまうが、そこは我慢してもらうしかない。
「わっ、ひゃわっ、先輩!?」
抱き上げられた拍子に、加藤さんがあげた声が耳に近かった。
少し気恥ずかしい。
とはいえ、いまはそんなことを考えているような場合ではないが。
「首に腕を回して、しっかり掴まっていてくれ!」
告げた直後に、パペットが襲いかかってきた。
まずは距離を取る。
おれは地面を強く蹴って、後方に跳躍した。
それと同時に、加藤さんは素直に指示に従い、首に腕を回してきた。
ぎゅっと抱き合って、ひとつになって後退するおれたちを、パペットが武器の棍棒を手に追い掛けてくる。
だが、そう簡単には近付けさせない。
おれは後方に移動しつつ、追いかけてくるパペットたちに、籠手を装着した左手を向けた。
以前に『薔薇の懐剣』とともにローズから贈られたこの『アサリナの籠手』は、普段から魔法の道具袋に入れており、常に持ち歩いている。
ここに飛ばされてすぐに、おれは籠手を装備していた。
この籠手は、ローズがおれを守るために作製した魔法道具だ。
魔力を流せば、各種属性の弾丸を形成できる。
「喰らえ!」
おれは風の弾丸を形成し、こちらに突っ込んでくる一体を狙い撃った。
狙いは的中し、風の弾丸を頭部に喰らい、人形がもんどりうって倒れた。
倒したわけではないが、足留めは成功する。
しかし、その間に他の二体が距離を詰めてくる。
そこに、おれが伸ばした左手の甲から蔓が飛び出して、鞭のように襲いかかった。
「サマァ!」
アサリナがパペットの一体を絡め取る。
動きを完全に封じられたわけではないが、多少は移動を妨害することができた。
結果、残りの一体が突出するかたちになった。
狙い通りだ。
そこで、おれは初めて前に出た。
このまま逃げ続けていても埒があかない。
撒いてしまう前に新手に遭遇すれば、相手にする敵の数が増えてしまい厄介なことになりかねない。
だからここで、一体ずつ倒す。
左腕には、すでにアサリナの蔓の体が巻き付いて、強化外骨格として働いている。
アサリナに寄生されたあと、何度も強化を重ねていくうちに、根が深く張り巡らされた左腕だ。
その代償として、指先が器用には動かせなくなり、最近ではもう大雑把に物を掴むことくらいしかできなくなってしまった。
だが、その代わりに得たものは大きい。
繊細さを失った分だけ頑丈に。
それに見合うだけの出力があっても耐えられるように。
魔力を行き渡らせて、再現する白い蜘蛛の暴虐の力は本物の四割。
これくらいならもう大した負担にもならない。
振り下ろされる棍棒を、籠手を利用して受け流して、すれ違いざまに腕を振るう。
「砕けろ」
籠手に包まれた拳が、パペットの胴体を粉砕した。
***
「怪我はないか」
「……はい」
一対一の戦いに持ち込み、パペット三体を倒したあとで、抱えていた加藤さんを地面に下ろすと、彼女はぽつりと声をこぼした。
「驚きました」
珍しくきょとんとした表情をしていた。
「先輩、こんな強くなってたんですね。モンスターを何体も同時に相手取って、それもわたしを庇ったまま、倒しちゃうなんて……」
「そういえば、加藤さんの目の前でモンスターと戦ったことはなかったか」
アケルでは村の周辺のモンスターの討伐に何度も行っているが、その際には加藤さんを伴っていない。
旅の間、モンスターと遭遇したときには、大抵、リリィかガーベラあたりが戦っていた。
それを考えれば、こんな反応になるのも無理ないことなのかもしれない。
「あれくらいならどうにかなるよ。それに、敵もあまり強くなかったしな」
せいぜい、樹海表層部のレベルだった。
あれが深部のモンスターであれば、少しは苦戦したかもしれない。
「ただ……」
「ただ?」
「いや。なんでもない」
懸念がひとつ胸に浮かんだが、おれはそれを呑み込んだ。
言っても仕方のないことだったし、この場でどうしようもない以上、不安がらせるだけの結果にしかならないからだ。
「とにかく、いまのおれはモンスターとも渡り合える。加藤さんがいても大した問題じゃないってことだ」
代わりにおれは、少しだけ語調を強くして言った。
「だから、自分を置いて逃げろなんて言うのはやめてくれ」
「それは……はい。わかりました」
素直に加藤さんは頷いてくれた。
とはいえ、本当の意味でわかってくれたのかどうかといえば微妙だろう。
「すみません。逃げる必要なんてなかったんですね。先輩は強いですから」
「……いや。別に強くなくても、加藤さんを置いて逃げるなんてありえないんだけどな」
おれが言うと、加藤さんは瞬きをしたあとで、好意的な微笑みを浮かべた。
「先輩は仲間想いですものね。ありがとうございます」
「……」
そういうことではないのだが。
とはいえ、ここで自分の想いを告げるのもちょっと違うだろう。
そもそも、いまはそんな場合ではない。
「さて。それじゃあ、移動しようか」
強制転移前に告げようとしていた言葉は、ここを出てから伝えるとして、とりあえず、いまは彼女がさっきみたいな自己犠牲的な行動に出ないように説得できただけでよいとしよう。
そう判断して、おれは移動を提案した。
「モンスターがいたのは予想外だったが、おれたちのやることは変わらない。敵が後手に回っているうちに、みんなと合流しないとな」
「そうですね」
「というわけで、悪いが加藤さん。もう一度、抱えるから」
「はい。……はい?」
目を丸めた加藤さんを、おれは再び抱き上げた。
今度は横抱きなので、さっきみたいに密着することはないが、その代わりに互いに近くで顔を見合わせるかたちになる。
「せ、先輩? なにを……」
加藤さんは薄暗い通路でもわかるくらいに赤くなっていた。
可愛いなと思う。
今更、自分の気持ちを誤魔化すつもりもなかった。
「突然なにかあったときに、加藤さんだと反応できないだろう。おれはリリィたちほど強くはないから、そういう場面だと守り切れるかわからないしな」
「……不意打ち対策ってことですか?」
恥ずかしがってはいても、そこは賢い加藤さんだ。
顔は赤いまま、思案する様子を見せた。
「ですけど、先輩には『霧の仮宿』の魔法があるんじゃないですか」
「ああ。加藤さんの言う通りだ」
頷きつつ、おれは少しだけ眉を顰めた。
魔法『霧の仮宿』には、霧に包んだ空間を認識する能力がある。
それを広範囲に展開すれば、不意を突かれる可能性は少ない。
本来なら。
「実のところ、さっきから『霧の仮宿』は展開してるんだがな……どうも空間認識がうまく働いてない。近くはどうにかなるんだが、遠くなると駄目だ」
「え? それって、どういうことですか」
「……わからない」
おれは首を横に振って、付け加えた。
「ただ、ひょっとしたら、この場所の特性かもしれない」
言いながら、あたりを見回した。
おれの知識にあるなかでは、地下鉄にあるコンクリートのトンネルが近いだろうか。
矩形の広い通路が、視界にある限りどこまでも続いており、たまに分岐している。
滑らかな石の壁面は、薄っすらと光を帯びている。
静謐で、清潔で、ある種の神秘性を感じさせる光景だ。
魔法の力が働いていることは明らかだった。
これなら、魔法『霧の仮宿』の認識を阻害するような働きがあるとしてもおかしくはない。
「……なんなんだろうな、ここは。不思議な場所だが」
「そうですね」
加藤さんも同意して、目を細めた。
「見た目もそうですけど、これだけ広い場所なのに、埃っぽい感じがしないのも妙です」
「そういえば……」
言われてみれば、空気が埃っぽかったり、黴っぽかったりすることがない。
まさかモンスターが生息している場所を、掃除して回っている何者かがいるわけでもないだろう。
これもなんらかの魔法的な作用だろうか。
少し考えかけてから、おれはかぶりを振った。
「……まあ、なんにしてもいまは合流と脱出が先決だな」
考えるのはそのあとでいい。
疑問はひとまず棚上げにして、おれは歩き出した。
「こうして誰かを抱えて歩くのは初めてだな」
逆に抱えられることや、なにかに乗ったりといったことは、よくあったのだが。
ちょっとバランスが取りづらい。
「加藤さん、悪いけど首に手を回していてくれるか」
「は、はい」
腕のなかの加藤さんは従順だった。
胸の前でちょこんと畳むようにしていた腕を、おずおずと首のうしろに回してくる。
彼女自身がバランスを取ることで、だいぶ歩きやすくなった。
「ありがとう。これなら大丈夫だ」
「ど、どういたしまして……」
これなら、すぐにさっきみたいに片手で抱えるかたちにも移行しやすい。
それに、この場所はダンジョンめいた構造をしているようだし、合流までにはかなり時間がかかるだろう。
加藤さんの消耗を抑えるという意味でも、これがベストな選択だ。
まあ、少し気恥ずかしくはあるが。
文字通りの目と鼻の先で、加藤さんが口元をもにょもにょさせた。
「……先輩。わたし、重くないですか」
「全然。軽いよ」
鍛えているし、これなら素の力でも抱き上げて歩くくらい簡単だ。
魔力で身体能力を著しく強化しているいまでは、まったく支障はなかった。
腕のなかの少女の体は、細くて、小さくて、柔らかくて、温かい。
ローズがよく加藤さんのことを、触れたら壊れてしまいそうだと言っている気持ちが、こうしているとよくわかった。
加藤さんと出会ったばかりの頃、おれたちはともにリリィたちに守られていた。
だけど、いまはリリィたちはおらず、代わりにおれには戦う力がある。
守らなければならなかった。
たとえ、なにがあってもだ。
そう改めて決意を固めて、おれはパスに意識を集中させた。
仲間たちと合流するために、どう移動するか。
パスの情報を最も詳しく取得できるおれは、位置関係も大体把握できていた。
一番近くにいるのは――
「――ローズとロビビアが比較的近いな」
「あ。ローズさんがいるんですね。それに、ロビビアちゃんも」
加藤さんが少し嬉しそうな顔をした。
親友のローズと合流できるのが心強いのだろう。
「ふたりとも、こっちに近付こうとしているみたいだ」
「そうですか。……先輩? どうかしましたか?」
加藤さんが尋ねてきたのは、おれが少し難しい顔をしたからだろう。
「いや。ロビビアは岡崎の一件があってすぐだからな。少し心配だと思って」
安定するまではと思って時間を取っていたし、これからも気を付けるつもりではあった。
まさかこんな事態に陥るとは思わなかったので、どうしても心配だった。
「そうですね。ロビビアちゃんはしっかりしてますけど、年相応のところはありますから」
「早く合流して安心させてやらないとな」
愁眉を曇らせる加藤さんに頷いてみせて、おれは合流を目指して歩を進めた。
◆加藤さん回でした。
ふたりで合流を目指します。
◆コミカライズ版、書店にて並んでいます。
お手に取っていただければさいわいです。






