17. 思い出
前話のあらすじ
再び内面世界を訪れた主人公。
散策の最中、思わぬ出来事が起きて……?
17
戦闘訓練の相手をしたい――という幹彦の提案は唐突なものだった。
とはいえ、断る理由はない。
「にしても、なんでまた」
おれが問い掛けると、幹彦は軽く笑って手を振った。
「御大層な理由なんてないよ。遊びに来たっていったじゃん」
「遊びに?」
「そう。遊びに」
「……そうか」
まあ、言っていることはわからないでもなかった。
おれはアケルにいる間、よく騎士や兵士と模擬戦をしていた。
充実した時間だったし、楽しくもあった。
幹彦と……というのは想像もしていなかったので戸惑いはしたものの、そういうことなら理解はできた。
「わかった。やろうか」
「よっし。それじゃあ、レッツゴー」
警護の騎士に話を付けて、おれたちは場所を変えることにした。
ここ大聖堂は、宗教施設ではあるが、同時に聖堂騎士団にとっての本拠地でもある。
訓練のためのスペースはあった。
幹彦はエレナーさん経由で、そのひとつを確保していた。
「それにしても、よかったのか。付き合わせて」
おれが尋ねると、幹彦は肩を揺らした。
「なに言ってんだ。誘ったのはおれだよ」
「それはまあ、そうなんだが」
「孝弘こそ悪かったね。相手してもらっちゃって」
こちらに向けられた顔に、ちょっといやらしい感じの笑みが浮かんだ。
「本当なら、彼女さんとの楽しい時間だったのにさ」
「まあそれはそうだが」
からかうように言われたが、否定はしない。
事実だからだ。
「だけど、幹彦と折角会えたことだしな。これも楽しい時間には違いない。さいわい、そのことを理解もしてもらえているし……もちろん、ちゃんと埋め合わせはするつもりだが」
「照れもせずに普通に返された!」
「と言われても、実際、普通のことだからな。大切な恋人なら大事にもするだろう」
「むしろ甘い関係がうかがえておれに大ダメージ!」
自業自得だった。
幹彦は大袈裟に胸を押さえてみせたあとで、すぐに立ち直った。
「まあ、それはそれとして、始めますかね」
「だな」
幹彦が手配していたのは、同じ建物内にある室内の訓練スペースだった。
道中の人払いもされていたので、ガーベラなども移動が可能だった。
このあたりも、聖堂騎士団側に話を付けておいてくれたのだ。
みんな椅子を用意してもらって観戦モードだった。
護衛の聖堂騎士や、竜の一族もついてきているので、ちょっとした観覧席みたいになっている。
もっとも、アケルで模擬戦をしていたときには、もっとギャラリーがいたこともあるので、あまり気にはならない。
おれは訓練用の木剣と盾を手に取った。
幹彦も木剣を握る。
ただ、おれが片手剣を選んだのに対して、幹彦が手にしたのは両手剣だった。
「幹彦は短剣の二刀流じゃなかったか?」
「ああ、あの頃はそうだったね」
くるくると手首で木剣を回して、調子を確かめるようにしながら幹彦が答えた。
「だけど、あれはリーチのある武器を振るだけの腕力が足りていなくて仕方なくだったかんね。いまは違うよ」
そういえば、そうだったか。
言い換えれば、いまは両手剣を扱えるだけの力を身に付けたということだろう。
それは果たして、どれだけのものなのか。
おれたちは適度な距離を取ると身構えた。
対峙する幹彦を正面から見据える。
その体をしっかり魔力が巡っているのが感じられた。
モンスターと戦えるレベルだと言っていたのだから当然だが、魔力による身体能力の強化は、実戦に耐えるレベルで身につけたのだろう。
それは、見積もるにチリア砦到達時のおれよりも上であり――。
「――ちぇ。あんだけ頑張ったのに、魔力の扱いではやっぱ追い付けてないか」
と、幹彦が言う通り、いまのおれには届いていなかった。
まあ、当然のことではある。
魔力を扱うためには、本来なら相応の時間がかかる。
そこのところを、おれは魔力欠乏で死にかける異常な経験を切っ掛けにして突破した。
それからも、リリィたちの魔力の一部が流れ込んでくるのを無駄にしないように、こつこつ制御と掌握に勤しんできた。
言うなれば、育んできた絆と泥臭い努力、死と隣り合わせの環境が作り出した結晶だ。
そう簡単に追い抜かれてはたまらない。
もっとも、あくまでそれは魔力による身体能力強化に限った話だ。
身体能力の優劣は戦闘における大きな要素のひとつではあるが、それだけでなにもかもが決まるわけではない。
そうして観察をしている間に、幹彦が動いた。
「行くよ」
両手剣をかまえて、距離を詰めてくる。
魔力による身体能力の上昇込みの、素早い動きだ。
いや。予想していたよりも、さらに少し速い。
とはいえ、対応が不可能なほどではない。
油断なくおれは身構えた。
「たあぁ!」
幹彦は距離を詰めると、すかさず一撃を繰り出してきた。
大上段から繰り出された一撃を、おれは盾で受けとめる。
それなりの衝撃が、盾越しに伝わってくる。
危うげなく防ぐことができた。
力も、速度も、こちらが上だ。
そのうえで気付いた。
――技術の面では、話が別だと。
「はぁああ!」
幹彦は両手で握った木剣を引き戻すと、間髪入れずに叩き込んできた。
切り返しが速い。
再び防ぐが、かまわず連続で斬り込んでくる。
「まだまだぁ!」
息もつかせぬ速攻だ。
左右上下。いずれから打ち込む攻撃にも澱みがない。
技術がしっかりとしている証拠だった。
叩き付けられる剣に盾を合わせながら、ほうとおれは吐息をついた。
シランの剣ほどではないものの、十分に綺麗な太刀筋だ。
……はっきり言って、おれより巧い。
身体能力はこちらが明確に上であるにもかかわらず、剣で打ち合えば互角の戦いに持ち込まれるだろう。
そんなレベルだった。
身体能力強化と違い、どうやら剣の腕のほうは追い抜かれてしまったらしい。
もっとも、これは不思議なことでもなかった。
転移から一年近く経ったいま、たかだか一ヶ月程度早く戦闘訓練を始めていたことは、さして大きなアドバンテージにはならない。
あとは研鑽と、才能の差になってしまう。
それが現実だった。
正直言えば、少しだけ悔しい。
けれど、それ以上に感嘆の念が大きかった。
おれと違って、幹彦には才能があったのだろう。
そのうえで、死に物狂いで努力したに違いない。
そういうやつなのだ。
表面上はひょうきんな態度だけれど、必要なところでは力を尽くす。
これはその成果なのだろう。
もっとも……おれも、負けてばかりではいないけれど。
「おいおい」
幹彦がうめいた。
息を切らして苦しそうながらも、どこか楽しげに叫ぶ。
「孝弘、ちょっと堅すぎっしょ!」
「……得意分野だからな」
大体は盾で、間に合わないときには剣で。
繰り出された攻撃のすべてを捌いていく。
おれは別に剣士というわけでもなし、剣の腕で負けていようがかまわない。
ガーベラに散々打ちのめされて鍛えた成果、防御の技術に限っては自信がある。
ましてや、この場合はこちらのほうが身体能力は明確に上なのだ。
おくれを取る理由がなかった。
これが実戦であれば、防御を固めている間にリリィたちが駆け付けてもらって、こちらの勝ち。
この場においては、より勝敗は明白だ。
「ここだ!」
シランほどの達人であればともかくとして、攻撃の間に隙がまったくないなんてことはありえない。
連撃のほころびに一撃を差し込む。
「うおっ!?」
幹彦は咄嗟に反応して、危うく攻撃を受けとめた。
だが、無理に回避をしたために、体勢がくずれてしまう。
「っぐ、まだまだ!」
そこから立て直してみせたのは、見事だった。
踏ん張りがきくのは、地力のある証拠だろう。
だが、そのぶんの皺寄せは生まれた。
攻撃のほころびが多くなる。
それだけ付け入る隙が大きくなる。
あとは崩していくだけだ。
かんっと音がして、木剣が宙を舞った。
***
「……参った」
武器を失い、幹彦が両手を上げた。
あっさりと勝負はついた。
それだけ、戦闘力に差があった。
「勝負ありだね」
幹彦は潔く続けた。
「おれの負けだ」
ひとつ溜め息をつく。
悔しそうな、だけど、どこか清々しそうな表情をしていた。
「負けた負けた。完封だ。強くなった気でいたんだけど、駄目駄目だなあ」
「なにを言ってるんだか」
かまえを解いて、おれは返した。
「まだ幹彦には『エアリアル・ナイト』があるだろう」
「はは。それをいうなら、孝弘だってアサリナと一緒に戦ってなかったっしょ」
確かにそうだ。
今回のあくまでも模擬戦。
技術を高めるためのものだったので、趣旨に反することはお互いにしていない。
そのうえでの、この結果だった。
「孝弘は強いなあ」
幹彦は言った。
どこか奇妙なくらいに、嬉しそうな物言いだった。
「なんだか思い出しちゃったな」
「なにを?」
不思議に思って尋ねると、幹彦は笑顔を向けてきた。
「ほら。中学の頃、昼休みによくバスケをして遊んだじゃん?」
「……」
懐かしそうに告げられた言葉に、おれは不意打ちを喰らった気持ちで沈黙した。
もちろん、幹彦にそのつもりはないだろう。
問題はこちら側にあった。
昨夜の内面世界でも実感したことだが、おれは元いた世界の記憶を一部失っている。
普段はあまり気にしないようにしているが、こんなふうに思い出すようなことを言われると、実感せずにはいられない。
「……それは」
無論、自覚していることではあるから、動揺を抑え込むことはできた。
対処することも。
おれはうすら寒い感覚を振り払って、心を落ち着けて記憶を探った。
欠落した箇所は大きい。
特に『霊薬』トラヴィスを粉砕したときの変化は、あまりにも真島孝弘という存在を損ない過ぎていた。
とはいえ、まだすべてが失われたわけではない。
それほど時間が経ったわけでもない中学の頃の、それも日常のことだ。
本来なら思い出のページはまだ新しく、刻まれた記憶は克明だ。
たとえ急速にページが風化してしまっても、目を凝らせば読める文字はあった。
「……ああ。そうだな」
数秒程度かかったものの、思い出すことには成功した。
「南校舎の脇にあったバスケット・ゴール。みんなで遊んでた」
「それそれ」
幹彦は顔をほころばせた。
「たまに1on1をしたりもしたじゃん。なんだかそれ、思い出しちゃったんだよね」
言われてみれば、確かにシチュエーションは似ていた。
「懐かしいな」
「ずいぶん遠くまで来ちゃったもんね。なにもかも変わって、でも変わらないものもある」
幹彦は言いながら、飛ばされた木剣のところに歩いていく。
拾い上げたところで、こちらを振り返った。
「もう一戦どう?」
にっと笑うその顔は、いつかのままだった。
おれも笑顔を返した。
「もちろん。まだ時間はたっぷりあるしな」
口にした言葉が懐かしかったのは、かつてもこんなやりとりをしたからかもしれない。
遠い場所。
変わってしまった環境に立場。
やっていることだって違う。
けれど、それでも同じものを感じられる。
それはきっと、なににも代えられない貴重なことに違いなかった。
***
それから、おれは何度か模擬戦をしたあとで、幹彦と別れた。
リリィたちを連れて、部屋に戻る。
昼食を摂ったあとは、探索隊への挨拶だ。
その前に一息ついていると、リリィが幹彦との模擬戦のことを話題にした。
「鐘木くん、強くなってたねー。びっくりしちゃった」
「そうか? あやつ、もともと才はあったであろ」
ガーベラが返した。
「セラッタまでの道中で見ておる限り、才能はありそうだったしの」
「そうなの? ……ああでも、言われてみれば、チリア砦の騒動のときは、うまくご主人様のフォローをしてたっけね。あのときは、戦闘経験なんてまともになかったはずなのに」
「魔力の扱いさえ覚えれば、伸びるだろうと思っておったよ。もっと伸びておっても驚きはせんかっただろう」
「へえ。そんなに」
「うむ。本人にもそんな話をした覚えがある。もっとも、妾は人間の尺度ではモノを測れんから、それが実際にどの程度のものかはわからんが」
「いや。きっと、あいつは強くなるよ」
首を傾げるガーベラに、おれは請け負った。
「あいつには才能があるみたいだし、なにより努力する理由があるからな。今回はおれの勝ちだったけど、それもいまだけだろう」
そう遠くない未来、ああした純粋な個の力を競う試合であれば追い抜かれるだろう――なんでもありの実戦であれば、また話は別だが。
そんなことを考えていると、ロビビアが不思議そうな声をあげた。
「孝弘、追い抜かれるのに嬉しそうだな」
「嬉しそうにしてたか?」
「ん」
「……そうか」
少し照れくさい。
おれは頬を掻きつつ、ロビビアの疑問に答えた。
「前に幹彦が言っていたんだけどな。あいつは騎士になりたいんだそうだ」
――目指すは武芸百般。おれは団長の騎士になりたいかんね。
チリア砦で再会したばかりの頃、幹彦はこんなことを言っていた。
おれと同じで、あいつはこの世界で大事なものを見付けたのだ。
「樹海を彷徨っていたのを助けた団長さんに惚れ込んで、彼女を助けられるような騎士になるために、あいつは頑張ってた。その努力が実を結ぼうとしているんだなって思ったらな。悔しいよりも、嬉しい気持ちのほうが大きいんだと思う」
「そんなもんか」
「友達だからな」
ロビビアの頭を撫でてやってから、おれは立ち上がった。
朝から気が滅入ることもあったが、いまはすっきりした気分だった。
体を動かしたことばかりが、その理由ではないだろう。
幹彦には感謝しなければいけない。
おれはみんなに声をかけた。
「さて。それじゃあ、そろそろ探索隊のところへ行こうか」
◆ご報告です。書籍版『モンスターのご主人様』は、この月末になります。
書店にてお買い求めいただければさいわいです。
今回は書き下ろしの巻末番外が、お酒の席の話。
また、それ以外にも村でのエピソードが挟まっていますのでお見逃しなく!
※ 29日更新の予定でしたが、更新されてしまったのでこのままで……






