第3話:街に現れた歌姫
亜空間 の航行を終え、スターライト号は目的地の宙域へと無事到着した。
フロントガラスの向こう側に広がるのは、漆黒の宇宙空間に浮かび上がる光の巨大都市―― 中立宙域 最大のメガフロート、惑星ネオン だ。
無数のホログラム看板が鮮やかな赤や青、紫の光を放ち、様々な形状の宇宙船が巨大な宙港へと吸い込まれていく。あらゆる星々から集まった商人や冒険者、そしてアウトローたちがひしめく、文字通りの不夜城であった。
「うわあぁぁっ! 見て見て奏芽ちゃん! 街全体がキラキラしてるよ〜っ!」
花園 咲良 が、子供のように瞳を輝かせて窓ガラスに張り付いている。
「観察データ受信……。直径四二キロメートルの人工メガフロート構造体。外部ホログラムの総発光量は……分析完了。視覚刺激が強烈です」
奏芽 は淡々と数値を読み上げながらも、そのオーロラシルバーの瞳を一度も逸らすことなく、窓の外の光の街を見つめていた。
「よし、着陸許可が出たぞ! 宙港の第三ブロックへ滑り込む!」
座長の 星原 昴 が操縦桿を鮮やかにさばき、スターライト号を着陸パッドへと静かに滑り込ませた。
「ふう、ひとまず安全圏だね」
助手席でタブレットを叩いていたメカニックの 月影 彗 が、背もたれに深く体重を預けて息をつく。
「この街は中立地帯だ。巨大銀河帝国の軍隊だって、表立って軍事行動を起こすことはできない。もちろん、裏で暗躍する執拗な追っ手には注意が必要だけどね。さて座長、ここからの行動計画は?」
「決まっているだろ!」
昴は力強く立ち上がり、腰の指揮棒端末をビシッと掲げた。
「まずはこの街で船の補修資材を調達する! そして……今夜、このネオン街の路頭で、我がスターライト劇団の『ゲリラ・ライブ』を決行する!」
「ゲリラ・ライブ……!? ちょっと待ちなよ座長、本気かい!?」
彗が呆れたように眉をひそめた。
「ボクたちは帝国軍に追われる身なんだよ? 目立つ行為は極力避けるって約束じゃなかったのかい?」
「逃げ隠れしているだけじゃ、俺たちの夢は一歩も前に進まない! 奏芽の歌声をこの街の人々に届けるんだ! 奏芽、準備はいいか?」
突然振られた奏芽は、静かに首を傾げた。
「理解不能です。……私は命じられれば歌唱を出力しますが、何故この不特定多数の民間人に向けてパフォーマンスを行う必要があるのですか? 目的関数が設定されていません」
「目的? そんなの簡単さ!」
昴は膝をつき、奏芽と目を合わせた。
「君の歌で、この街のみんなを『笑顔』にするためだよ」
「笑顔……。顔面筋肉の収縮による感情表現の一種。私の歌唱行動が、何故そのような生体反応を引き起こすのですか?」
「それを……これから自分の目で確かめるんだ」
昴の言葉に、奏芽の回路がかすかに処理ノイズを起こす。
(自分の目で……確認する……?)
「あ! その前にお買いものだよ、お買いもの!」
咲良が割り込み、奏芽の手を引いて跳ね上がった。
「こんなに素敵な街なんだから、奏芽ちゃんもとびきり可愛い服に着替えなきゃ! 咲良がコーディネートしてあげる!」
「衣服の変更……。現在の防護服で機能的支障はありません」
「ダメダメ! おしゃれは心の栄養なんだから! さあ行こう、ネオン街へ出発〜っ!」
◇
スターライト号を宙港に預けた四人は、熱気と活気に満ちたネオン街のメインストリートへと繰り出した。
頭上を行き交うエアカーの群れ、飛び交う異星人たちの歓声、香辛料の香る露店の煙。すべてが鮮やかで、そして圧倒的な情報量となって奏芽のセンサーへと流れ込んでくる。
咲良に連れられて入ったのは、サイバーファッションの専門店だった。
「う〜ん、これも可愛いし……あっ、こっちのドレスも奏芽ちゃんに似合いそう!」
咲良が次々と服を選び、奏芽の体に当てていく。
「個体:咲良。……服の選択基準が不明です。装甲値や耐熱性能の記載が見当たりません」
「機能なんて後回し! 直感だよ、直感! 奏芽ちゃんが一番『ワクワク』する服を選ぶの!」
「ワクワク……。該当するパラメーターを認識できません」
「じゃあね、咲良が選んであげる! はい、これ着てみて!」
押し切られるようにして着替えさせられたのは、夜空の星々をモチーフにした群青色と銀色のフリルドレスだった。動きやすさを重視しつつも、光の加減で星屑のようにキラキラと輝く美しい衣装だ。
試着室の幕が開くと、外で待っていた昴と彗が息を呑んだ。
「おお……! すごいじゃないか、めちゃくちゃ似合ってるぞ、奏芽!」
「やあ、これは参ったね。無機質なアンドロイドというより、本物の『星の歌姫』に見えるよ」
「ね! 咲良の目に狂いはなかったでしょ〜! わんだほーっ!」
鏡の前に立った奏芽は、映し出された自分の姿をじっと見つめた。
(機能性は変化していない。……けれど、何故だろう。胸の奥のジェネレーターが、かすかに温かい……)
「よし! 衣装もバッチリ決まったところで、メインストリートの中央広場へ移動するぞ!」
昴の宣言とともに、一行は街で最も賑わう巨大ホログラムタワーの足元へと向かった。
◇
ネオン街の中央広場。行き交う人々で溢れ返るその場所で、彗が手際よく簡易型の音響ドローンとホログラムステージを展開した。
「準備完了だよ、座長。街の警備警察に見つかったら一発アウトだからね。演奏時間は最高でも五分だ」
「五分あれば十分だ! 全銀河を揺らすショーを見せてやる!」
昴が広場の中心へ飛び出し、指揮棒端末を空へ向けて掲げた。
「街を行く人々よ、しばし足を止めてくれ! 今宵、スターライト劇団が贈る――銀河最高の奇跡の歌劇をお届けしよう!」
昴の大絶叫に、通行人たちが「なんだなんだ?」と不審そうに足を止める。異星人やならず者たちが嘲笑混じりに視線を向けた。
「さあ、咲良! 奏芽!」
「はーいっ! みんな、咲良たちの歌を聴いてね〜っ!」
咲良が軽快なステップを踏みながらステージ中央へと躍り出る。そして、その隣へ奏芽を招き入れた。
「奏芽ちゃん、ううん……劇団員・奏芽! 歌って!」
「……了解。楽曲データ『プレリュード・ゼロ』を出力します」
彗のキーボードからイントロのメロディが流れ出す。
奏芽は静かに息を吸い込み、口を開いた。
「――♪」
その瞬間、広場を包んでいた雑音が一瞬にして掻き消えた。
奏芽の口から紡ぎ出されたのは、あまりにも澄み切った、銀河の静寂そのものを切り取ったかのような美しい歌声だった。胸部の 量子調律炉 が共鳴し、彼女の全身から眩い銀色の光の粒子が溢れ出す。
「な……なんだ、あの綺麗な歌声は……?」
「アンドロイド……? いや、本物の歌姫か!?」
足を止めた人々が、吸い寄せられるようにステージへと集まってくる。最初は冷ややかだった観客の目が、驚きと感動へと変わっていく。
咲良が笑顔でダイナミックなダンスを披露し、歌声に彩りを加えていく。昴の情熱的な演出と、彗が放つ幻想的なホログラムの星空が広場全体を包み込んでいった。
完璧なピッチ、一切の狂いがない旋律。
けれど、奏芽の胸の内部では、激しいエラー警告が点滅していた。
(何故……? 私はただ、インプットされた音像データを正確に出力しているだけ。……なのに、何故この人たちは、そんな目で見つめてくるの……?)
観客たちの顔。
驚きに目を見張る人、涙を流す人、そして――溢れんばかりの『笑顔』を浮かべる人々。
(これが……笑顔……? 私の歌が、この人たちの表情を変えている……?)
奏芽の瞳に、初めて「知的好奇心」を超えた小さな揺らぎが生まれた。
歌がクライマックスを迎えたその時――。
『――警報。警報。無許可の街頭パフォーマンスを検知。即時停止しなさい』
広場の空域から、赤と青のパトランプを点滅させた街の自動警備ドローンが数機、集会を散らしに降下してきた。
「おっと、お巡りさんのお出ましだ! カーテンコールにはまだ早いが、引き上げ時だね!」
彗が手早く機材を撤収する。
「よし、退散だ! 観客のみんな、ありがとう! スターライト劇団のショーは、またいつかどこかの星で!」
昴が観客に向かって深々と一礼すると、広場からは惜しみない拍手と大歓声が巻き起こった。
「すごかったぞーっ!」「また歌ってくれーっ!」「感動したぞ、歌姫ちゃん!」
人波の歓声を背に受けながら、四人は裏路地へと駆け込んでいく。
ドローンの追撃を撒き、薄暗い路地裏で肩で息をつく昴、咲良、彗。
「はぁ……はぁ……! 楽しかった〜〜っ! 咲良、すっごく興奮しちゃった!」
「やれやれ、心臓に悪いよ。でも……大成功だったね」
彗が苦笑しながらタブレットを仕舞う。
そして昴は、静かに佇む奏芽の前に歩み寄った。
「どうだった、奏芽? 観客の笑顔は見えたか?」
奏芽は自分の胸元に手を当て、そっと俯いた。
「はい。……認識しました。多くの人間、および異星人個体が、私の歌唱中にポジティブな感情表現を示しました」
「それが、歌の力さ。君の歌には、世界を変える力があるんだよ」
「……分かりません」
奏芽は首を振った。オーロラシルバーの髪が、暗い路地裏で微かに光る。
「私の出力した音波データは、過去に記憶されたプログラミングの域を出ていません。私自身には、喜びも、感動も……心が存在しない。……今の私では、完璧な『音』は出せても、本当の『歌』を歌うことはできません」
奏芽の瞳には、まだ深い孤独の影が落ちていた。
自分は完璧な機械であり、心を持たない存在なのだという、悲しいほどの客観的データ。
「……奏芽」
昴は優しく微笑むと、彼女の頭にポンと手を乗せた。
「焦らなくていいさ。最初から完璧な役者なんていない。……俺たちの旅は、まだ始まったばかりなんだからな!」
その温かい手触りに、奏芽は静かに目を伏せた。
自分には心がない。……けれど、この温もりを「温かい」と感じるこの回路の熱さを、何と呼べば良いのか。
言葉を持たない歌姫の胸の奥で、まだ誰も知らない「感情の種」が、確かに芽吹き始めていた。
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