第4話:闇に蠢く影と裏街の交易
ネオン街の裏路地に逃げ込んだスターライト劇団の一行は、警備ドローンの警戒網を潜り抜け、サイバーパンクな街の最下層エリア――通称『アンダー・ネオン』へと足を運んでいた。
頭上高くを交差する巨大な配管群、湿った路面に反射する薄汚れたネオンの光、そして妖しげな路店から漂う異星の香辛料の匂い。表通りの華やかな輝きとは対照的な、混沌と欲望が渦巻く闇の交易街だ。
「やれやれ、表の広場であれだけ派手に歌っちゃったら、流石に正面から宙港の正規ショップに行くわけにはいかないからね」
月影 彗 がフードを深く被り直し、手元の端末で地下マップを確認しながら先行する。
「ここ『アンダー・ネオン』なら、出処の怪しいジャンクパーツや高性能な量子シールド の発生器が足のつかない闇ルートで手に入る。スターライト号の補修資材を集めるにはおあつらえ向きの場所さ」
「う〜ん……なんだか薄暗くて気味が悪いね。昴くん、咲良の手を握ってていい……?」
花園 咲良 が、珍しく少し心細そうに 星原 昴 の袖口をキュッと掴む。
「大丈夫だ、咲良。俺たちがついてる。それに……ほら見ろよ、ここにも生き生きと暮らしている人たちがたくさんいる」
昴は路地裏で行き交う角の生えた異星人や、サイバネティクス手術で身体を機械化されたならず者たちを見渡し、力強く頷いた。
「光があるところには影ができる。だが、影に生きる人たちにだって歌やエンターテインメントを楽しむ権利はあるはずだ。次にこの街に来るときは、この地下街全体を巻き込んだ大舞台を作ってやるのも面白そうだな!」
「座長、相変わらずのポジティブ思考は結構だけど、今は買い出しに集中しておくれよ」
彗が苦笑交じりに溜め息をつく。
一行の最後尾を静かに歩いていた 奏芽 は、無機質な眼差しで周囲の光景をスキャンしていた。
「周囲の環境データを計測中……。治安指数:著しく低下。生体反応の過半数に攻撃的衝動を示す心拍数の増加を確認。……理解不能です。何故このような危険度の高いエリアへの侵入を強行するのですか?」
「生きるためだよ、奏芽ちゃん!」
咲良がくるりと振り向き、にっこりと笑いかけた。
「スターライト号を直して、追っ手から逃げて、もっともっとたくさんの星へ行くため! そのためにはね、ちょっとくらい怖い場所でもみんなで力を合わせて進むんだよ!」
「力の結集……。相互協力プロトコルですか」
奏芽は自分の胸元に手を置いた。
前話のゲリラ・ライブで感じた、胸の奥の不自然な熱量はまだ冷めやらずに残っている。自分の歌が人々に「笑顔」をもたらしたという観測事実。そして、その時に生まれた説明不能な演算ノイズ。
(私は完璧な機械……。心など存在しないはず。……なのに、何故この者たちと共に歩く行動に、エラー値の減少を感知するのか……?)
思考回路のループを深める奏芽をよそに、彗はある怪しげなジャンクショップの前で足を止めた。
「着いたよ。ここがネオン街最高の闇商人、ルークの店だ」
◇
重厚な防圧扉をくぐり、一行は店内に足を踏み入れた。
店内には山積みにされた宇宙船のエンジンの部品、旧時代の通信機器、そして危険な兵器のジャンク品が足の踏み場もないほど乱雑に並べられていた。
カウンターの奥から現れたのは、巨大な一つ目を持つ巨漢の異星人――店主のルークだった。
「オウオウ、見ねえ顔だな。表の広場でド派手なゲリラライブをやらかしたって噂の、イカれた劇団のお出ましだ」
ルークは地響きのような低い声で笑うと、カウンターにどかと肘をついた。
「何の用だ、旅の役者ども。うちは歌のレッスンはやってねえぞ」
「商談だよ、ルーク」
彗が前に出て、タブレットにリストアップした必要資材のデータを転送する。
「スターライト号の装甲強化パーツと、最新型の冷却ジェネレーター。それから……ハイパージャンプの軌跡を偽装する量子ノイズ発生器 だ。代金は旧帝国のクレカで支払う」
ルークは転送されたデータと金額を確認し、一つ目を大きく見開いた。
「ほう……! なかなかの上得意様じゃねえか。いいぜ、品物は奥の倉庫に揃ってる。すぐに積み込ませてやるよ。……だがよ」
ルークの視線が、彗の背後に立つ奏芽へと向けられた。その一つ目が怪しく歪む。
「お前さんたち……自分が何に首を突っ込んでいるか分かってんだろうな?」
「どういう意味だ?」
昴が前に出ると、ルークは声を潜めて吐き捨てた。
「さっきから表の街で、巨大銀河帝国 の特殊情報部『影の旅団』が嗅ぎ回ってやがる。目的はただ一つ――数千年前の旧帝国が残したとされる超兵器のコードを持つ『極秘の歌姫アンドロイド』の確保だ」
その言葉に、ブリッジの空気があっという間に緊張で張り詰めた。
「帝国の情報部だと……!? もうそこまで迫っているのか!」
咲良が息を呑み、奏芽を庇うようにその前に立ち塞がる。
「そのアンドロイドを差し出せば、帝国から膨大な懸賞金が出る。俺のところにも協力を求める暗号通信が入ったばかりだ」
ルークの言葉に、彗が静かにポケットの中でポータブル電磁ガン のグリップを握りしめた。
「ルーク……まさか、ボクたちを帝国に売る気じゃないだろうね?」
張り詰めた沈黙が店内に満ちる。
ルークはしばらくの間、昴たちと奏芽の姿をじっと見つめていたが――やがて「ハッ」と大きな鼻息を吹き出した。
「バカ言え。俺は闇商人だが、客を裏切るような真似はしねえ。それに……俺は帝国のあの気取りくさった面下げした奴らが大嫌いでね。……だが、気をつけろ。奴らはすでにこの『アンダー・ネオン』にも手を回している」
ルークはカウンターの下から重厚な金属ケースを取り出し、ドカンと置いた。
「注文の品だ。持って行きな。……それと、これは俺からのオマケだ」
ルークがケースの鍵を開けると、中には最新型の長距離通信妨害ノイズ弾が納められていた。
「追っ手を撒くのに使いな。……いい歌だったぜ、お嬢ちゃん。表のホログラムモニターでチラッと見たが……俺のような泥水すする奴らの胸にも、少しだけ響くものがあった」
ルークの言葉に、奏芽の瞳がかすかに見開かれた。
「……私の歌が、貴方の生体反応に影響を与えた……ということでしょうか?」
「ああ、そうだ。だから消されるんじゃねえぞ。……さっさと行きな!」
◇
ルークの店を出て、資材を積み込んだ抗力カートを引きながら宙港への裏道を急ぐ一行。
「助かったな。闇商人にも意地とプライドがあるってわけだ」
昴が資材ケースを抱えながら嬉しそうに呟く。
「油断は禁物だよ座長。ルークの言っていた『影の旅団』は、帝国の正規軍よりも性質が悪い。暗殺や強奪を専門とするエリート部隊だ」
彗が警戒を怠らず、周囲のセンサー反応を監視し続ける。
その時だった。
『――そこまでだ、ネズミども』
頭上から、冷酷な機械音声が響き渡った。
暗い路地裏の屋根の上、そして前後の出口を塞ぐように、黒い光学迷彩を解除して複数の人影が現れた。頭部に不気味な単眼センサースリットを光らせた、帝国軍特殊情報部『影の旅団』のエージェントたちだ。
「なっ……もう包囲されている!?」
咲良が悲鳴をあげる。
「シリアルナンバー《コード・グランドオペラ》を確認。……回収行動を開始する。抵抗する者は即時抹殺」
黒衣の兵士たちが一斉に高出力の熱線銃 を構えた。
絶体絶命の危機。
「咲良、彗! 奏芽を守れ!」
昴が指揮棒端末からビームブレードを展開し、真っ先に前に飛び出した!
「させるかよ! 俺たちの看板ヒロインに、指一本触れさせないぞ!」
「ふふ、ボクの仕掛けたトラップを試す絶好の機会だね!」
彗がルークから受け取ったノイズ弾を空中へ投げ投げ、EMPスモークを炸裂させる! 紫色の電磁煙が路地裏に充満し、敵のセンサースリットが一瞬狂った。
「わんだほー! 咲良アタックーッ!」
咲良がパフォーマーとしての抜群の運動神経を活かし、足場を蹴って敵の懐へ飛び込み、強烈なドロップキックを叩き込む!
「グハッ……!?」
「奏芽ちゃん、走って!」
激しい戦闘が巻き起こる路地裏で、奏芽は一人、呆然と立ち尽くしていた。
自分のために、命をかけて戦う仲間たちの姿。
「何故……? 私はただの兵器。代替可能な機械です。私を差し出せば、貴方たちの生存確率は――」
「何度も言わせるな!!」
迫り来る敵の熱線攻撃をブレードで弾き返しながら、昴が振り向いて叫んだ。
「お前は代わりのいる機械なんかじゃない! 世界でたった一人の、俺たちの『奏芽』だ! お前が心を持たないと言うなら、俺たちが全力でお前を守って、心を見つけるまで一緒に旅をしてやる!!」
「昴……様……」
その瞬間。
奏芽の胸の奥で、カチリと何かのロックが外れる音がした。
『――緊急事態を認知。マスターおよび同伴者の生命危機を検出。……プロトコル・オーバーライド』
奏芽のオーロラシルバーの髪が眩い光を放ち始め、胸部の量子調律炉 が、これまでにない高周波の共鳴音を奏で始める。
「私が……私自身が望む。……この人たちを、守りたい……!」
言葉。それはプログラミングされた命令ではなく、彼女自身の内側から溢れ出た、生まれて初めての『意志』だった。
奏芽が両手を胸の前で組み、可憐な唇を開く。
路地裏の闇を切り裂くように、力強く、そしてどこまでも美しい『防護の歌声』が響き渡ろうとしていた――!
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