第2話:スターライト号、発進!
亜空間 のトンネルを抜け、スターライト号が実数空間へと滑り出した。
窓の外に広がるのは、先ほどまでの荒々しいデブリ宙域とは打って変わり、群青色の宙に色とりどりの星雲がゆらゆらと揺らめく静かな星海だった。追撃してきていた巨大銀河帝国軍の艦隊は一隻たりとも追いついておらず、レーダーにも敵影は映っていない。
「ふう……! たすかった〜〜っ! 咲良、心臓が口から飛び出るかと思ったよ〜っ!」
ピンク色の髪をなびかせ、花園 咲良 が操縦席の床に大の字になってひっくり返る。胸を大きく上下させながら、天井の照明を仰ぎ見ていた。
「よくやってくれた、スターライト号! そして……奏芽!」
座長の 星原 昴 は、深く溜め息を吐き出してシートから立ち上がると、すぐさま振り返って 奏芽 の華奢な手をとった。
「君の歌のおかげで命拾いした! 本当にすごいぞ! ありがとう、奏芽!」
「……感謝の言葉は不要です。私はただ、内部の 量子調律炉 が外部音波に反応し、自律駆動したに過ぎません。……ですが」
奏芽は自分の胸元にそっと両手を添え、首を小さくかしげた。オーロラシルバーの美しい髪が、無重力のようにふわりと揺れる。
「演算プログラム内に、説明のつかない不規則なデータノイズが発生しています。……この現象が何に該当するのか、私のデータベースには解析データが存在しません」
「ははっ、それが『心』の芽生えってやつさ!」
昴が鼻を高くしてニッと笑うと、脇からタブレット端末を連打していた 月影 彗 が興奮気味に割り込んできた。
「素晴らしい! 実に素晴らしいよ、奏芽! ボクの予想通りだ! 君の歌声は、スターライト号の旧式エンジンと共鳴して、エネルギー変換効率を極限まで跳ね上げる! 言ってみれば、君自身がこの船の『最高のメインエンジン』であり『指揮者』なんだ!」
「メインエンジン……? 私は動力機関としての登録をされていません。私はあくまで歌唱支援用の 兵器 です」
「細かいことは気にしないの! 要するに、君が歌えばこのポンコツ船は銀河一の快速船になれるってことさ!」
彗は金色の髪を軽くかき上げ、怪しげな笑みを浮かべながらコンソールに新しい星図を映し出した。
「さて座長。帝国軍の巡視艦隊を振り切ったとはいえ、あいつらは間違いなくボクたちの 量子波形 を追ってくる。追撃を完全に撒くためには、船の装甲を強化し、ハイパージャンプの冷却システムを改修する必要があるね」
「よし、彗! 必要な資材と燃料はどこで手に入るんだ?」
「目指すはここ―― 中立宙域 のメガフロート都市、惑星ネオン だ」
コンソールの立体ホログラム画面に浮かび上がったのは、何重もの煌びやかなネオンサインと巨大なホログラム広告が宇宙空間を彩る、サイバーパンクな人工惑星だった。あらゆる種族、商人、そして裏社会の人間が集まる、銀河最大の不夜城だ。
「わあ〜〜っ! ネオン街だ〜〜っ! 綺麗〜っ!」
咲良が床から勢いよく跳ね起き、モニターに顔をすり寄せるようにして目を輝かせた。
「あそこなら美味しい食べ物もいっぱいあるよね!? 咲良、奏芽ちゃんとお買いものがしたいな〜!」
「お買いもの……? 装備の調達でしょうか。どのような弾薬や装甲パーツが必要ですか?」
「ちがうよ〜! お洋服とか、可愛いリボンとかだよ! 奏芽ちゃん、ずっとそのカプセルの服のままだし!」
咲良は奏芽の周りをくるくると回りながら、自分の衣装を見せつけるように裾を可愛らしく広げた。
「見て見て! 咲良の服、可愛いでしょ? 劇団員はね、舞台の上でも街の中でも、みんなをワクワクさせる格好をしなきゃいけないんだよ!」
「衣服の変更……。機能性に顕著な差がない場合、リソースの無駄と判断します」
「無駄じゃないよ! 『テンション』が上がるんだから!」
「テンション……? 精神的パラメーターの変動ですか? 該当する数値は出力向上に寄与しません」
「ううん、寄与するの! テンションが上がるとね、心がぽかぽかして、歌もダンスもずーっと楽しくなるんだよ!」
かみ合っているようで全くかみ合っていない二人の会話に、昴と彗は顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、咲良の言うことも一理あるな。我がスターライト劇団の看板ヒロインが、初期装備のままじゃ格好がつかない!」
昴は腕を組み、力強く頷いた。
「惑星ネオンで船の補修資材を集めると同時に、奏芽の衣裳も調達しよう! そして……そこが俺たちの『旗揚げ公演』の舞台だ!」
「旗揚げ公演……!?」
彗が呆れたように眉をひそめ、タブレットを操作する手を止めた。
「おいおい座長。ボクたちは帝国軍に追われている指名手配犯予備軍なんだよ? 街で目立つような真似をしてどうするのさ。隠密行動こそが生存確率を高める最善手だよ」
「なにを言っているんだ彗! 俺たちの目的は帝国からコソコソ逃げることじゃない、『全銀河の人々を笑顔にする』ことだろ!」
昴は腰の指揮棒端末をビシッと星図へ向けた。
「逃げてばかりの旅なんて退屈だ! 立ち寄るすべての星で最高のショーを見せ、ファンを増やし、銀河中に俺たちの名を轟かせる! 帝国軍だって、全銀河の観客が俺たちの味方になれば、おいそれと手を出せなくなるはずだ!」
「うーん、相変わらず無茶苦茶な論理だけど……座長らしくて嫌いじゃないね」
彗はくすりと笑い、諦めたように肩をすくめた。
「わんだほー! さすが昴くん! 咲良、街の人みーんなを笑顔にしちゃうよ〜!」
咲良がバンザイをして歓声をあげる。
二人の圧倒的な熱量に押されるように、奏芽は自分の白い手をじっと見つめた。
「理解不能です。逃亡行動中に不特定多数へ露出することは、捕縛リスクを著しく増大させます。何故、そこまでして危険を冒し『歌う』のですか? 効率的ではありません」
「歌うのが、楽しいからさ!」
昴は迷いなく、真っ直ぐな瞳でと言い切った。
「誰かのために歌って、誰かが笑顔になる。それ以上に最高なことなんて、この宇宙のどこにもないんだよ。奏芽、お前にも絶対にその瞬間が訪れる。俺が保証する!」
「……保証。根拠となる客観的データが存在しません」
「データなんてなくても、俺のハートがそう言ってる!」
昴の胸を力強く叩く音と、屈託のない太陽のような笑顔。
奏芽の精密な演算思考回路は、本日何度目かの定義不能なエラーを弾き出した。理屈も、感情の計算式も通らない。けれど、この青髪の青年が発する言葉には、どのような論理的プログラムよりも深く胸へ響く奇妙な説得力があった。
「ふふ、まあ分析は後回しにしておきなよ。惑星ネオン到着まで、あと三時間というところだ」
彗が操縦桿を握り直し、進路を人工惑星の宙港へと固定する。
「それじゃあ座長、到着までに奏芽の『歌唱データ』の基礎チェックと、スターライト号の出力を調整しておこうか。途中でまたエンジンが止まられたら堪ったもんじゃないからね」
「よし! 奏芽、発進前のウォーミングアップだ! 咲良、発声を教え込んでやってくれ!」
「お任せあれ〜っ! いー、えー、おーっ! って言うんだよ、奏芽ちゃん! 大きなお口を開けてね!」
「発声練習……プロトコルを開始します。……いー、えー、おー。音程および音量は正常値です」
「あはは! やっぱりまだちょっと機械的〜! でも声がすっごく綺麗だから、絶対素敵な歌になるよ!」
賑やかな笑い声と和やかなやり取りが、宙を駆けるスターライト号のブリッジに満ちていく。
窓の外では、無限に広がる星海が彼らの新たな旅路を祝福するように、静かに、けれど雄大に光を放っていた。
記憶をなくした歌姫と、夢を追う熱血座長。そして愉快で頼もしい仲間たちの、星々を巡る大航海は――今、始まったばかりだ。
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