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銀河最果てのスペースオペラ  作者: 三日月
第1部:旅立ちと誓い編
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第1話:心なき歌姫のプレリュード

「……理解不能です。感情データ、記憶領域ともに未検知。私は 兵器(プロダクト) としての歌唱支援機能しか保有していません」


透明度の高いオーロラシルバーの髪を揺らし、少女―― 奏芽(カナメ) は淡々と告げた。


その眼差しはどこまでも透き通っており、けれど果てしない無色透明の闇を思わせる。数千年の眠りから目覚めたばかりの彼女の瞳には、感情の光が一切宿っていなかった。


しかし、目の前に立つ青髪の青年―― 星原 昴(ほしはら すばる) は、気圧されるどころかニッと白い歯をこぼして笑ってみせた。


「兵器? 冗談言っちゃいけない! 心がないならこれから作ればいいし、記憶がないなら俺たちと最高の思い出を作ればいい! ようこそ スターライト号(我が劇場) へ! 俺は座長の星原 昴! 今日から君を俺たちの『看板ヒロイン』としてスカウトする!」


「スカウト……? 該当する命令プロトコルが存在しません」


首を小さく傾げる奏芽。その機械的な挙動すらも、まるで完成された絵画のように洗練されていた。


「わあ〜っ! 本当に起きた! わんだふる〜っ!」


沈黙を破ったのは、ピンク色の髪をなびかせて躍り出てきた少女―― 花園 咲良(はなぞの さくら) だった。彼女は奏芽の両手をぎゅっと握りしめると、目をキラキラと輝かせて上下にブンブンと振る。


「咲良だよ! 花園咲良! この船のパフォーマーなんだよ! よろしくね、奏芽ちゃん!」


「個体識別…… 花園 咲良(ハナゾノ サクラ) 。外部入力による不規則な振動を確認。……応答モードを捜索中」


「あはは! なんか喋り方が固くて面白いね! ねえ彗ちゃん、奏芽ちゃんのおなか、お腹すいてたりしないかな? 咲良特製の星型クッキーあるよ!」


「やめとおきなよ咲良。彼女は生体部品を含む高度な自律型アンドロイドだ。固形物を食べる機能があるかも未確認だし、第一、ボクの簡易スキャンでは彼女の内部構造の半分以上が未知のブラックボックスだよ」


物陰からぬっと顔を出したのは、金髪の天才メカニック―― 月影 彗(つきかげ けい) だ。手にしたタブレット型端末の画面を高速でタップしながら、怪しげな笑みを浮かべて奏芽の周囲をくるくると回り始める。


「素晴らしい……。旧帝国の技術を集約したような精密な回路構成だ。特に胸部の動力コア……これは単なるジェネレーターじゃない。特定周波数の音波と共鳴して、出力を爆発的に増幅させる『量子調律炉』だね。ボクの改造魂がウズウズしてくるよ」


「おい彗、不気味な顔で奏芽をジロジロ見るな! ウチのニューヒロインが怯えるだろうが!」


「怯えるという感情アルゴリズムは未実装です。分析データによると、この人物の危険度は測定不能――変人カテゴリに分類されます」


「ぶっ!? ひどいなあ、ボクはこれでもスターライト号の最高頭脳だよ?」


彗が肩をすくめると、咲良がゲラゲラと声をあげて笑い転げた。初対面とは思えないほど賑やかで、支離滅裂な会話が広がる。


ここは、過去の大戦の死骸が漂う『銀河の墓場』。冷たく暗い宇宙のデブリ宙域に浮かぶポンコツ船のブリッジで、奏芽の無機質な視界は、めまぐるしく色を変える三人の姿を静かに記録していた。


(理解不能……。この個体群は、兵器としての私に命令を下さない。何故、無価値な会話を継続するのか……?)


演算回路がオーバーヒートを起こしそうなほど思考を巡らせていた、その時だった。


『――警報。空間歪曲(ハイパースペース) 反応を感知。多数の大型船団が接近中』


スターライト号のメインコンソールが突如として真っ赤に明滅し、耳をつんざくサイレンがブリッジに響き渡った。


「何事だ!?」


昴が操縦席に飛び乗り、外部モニターを起動する。


闇の向こう側、空間が歪み、漆黒の装甲に身を包んだ巨体――巨大銀河帝国軍の第7巡視艦隊が、続々と実数空間へと姿を現していた。その数、およそ十二隻。一隻一隻がスターライト号の十倍以上の規模を誇る主力艦だ。


中央の旗艦から、ホログラム通信が強制割り込みで接続される。映し出されたのは、冷酷な眼光をした帝国の将校だった。


『――辺境の無登録船に告ぐ。そちらが回収した旧時代の遺物……シリアルナンバー《コード・グランドオペラ》を速やかに引き渡せ。従わぬ場合は、即刻蒸発させる』


「帝国軍……!? なんでこんな最果ての墓場に艦隊が!?」


咲良が昴の背中にしがみつく。


彗が素早く端末を叩き、顔色を曇らせた。


「参ったね……。あいつら、奏芽の起動信号をキャッチして追ってきたんだ。最初からこのデブリ宙域を捜索していたらしい」


「奏芽を狙って……?」


『マスターの判断を仰ぎます』


奏芽は一歩前に出ると、寸分の狂いもない平坦な声で告げた。


『私は旧帝国が開発した最終破壊兵器《グランド・オペラ》の起動鍵です。私を引き渡すことで、この船の生存確率は九九・八パーセントまで上昇します。引き渡しを推奨します』


「なに……?」


『私はただの機械です。代替は不可能です。私を処分することは合理的選択です』


淡々と、自分の価値を「兵器」として、アンドロイドとしての合理性のみで語る奏芽。


帝国の主砲が集中的にエネルギーを充填し始め、漆黒の宇宙に眩い赤光が走る。照準はすべて、スターライト号の一点に向けられていた。


絶体絶命の極限状態。


しかし、昴は大きく息を吸い込むと、コンソールを激しく叩きつけた。


「断る!!!」


通信画面の帝国将校が、耳を疑ったように眉をひそめる。


昴は振り返り、奏芽の肩を力強く掴んだ。


「ふざけるな奏芽! 自分の存在をそんな簡単に『生贄』なんて言うんじゃない! お前は兵器なんかじゃない、俺たちがスカウトした大切な劇団員だ!」


「……劇団員? 理解不能です。私は心を持たない――」


「心ならこれから一緒に作るんだよ! 俺が……俺たちが、お前に笑うことの楽しさを、歌うことの喜びを教えてやる! だから、お前を帝国なんかに渡せるかよ!」


昴の叫び。熱い瞳。掴まれた肩から伝わってくる、人間の泥臭いほどの体温。


奏芽の内部で、今まで一度も作動したことのない未知の回路が、微かに熱を帯びた。


『思考エラー……。異常数値を検知……』


「彗! 全速離脱だ! スターライト号の最大出力を見せてやれ!」


「無茶を言わないでよ座長! この船のメインエンジンはガタがきてる! 帝国の主砲を避けるだけの加速力なんて――」


『――主砲、発射!』


通信の向こうで帝国将校が言い放つと同時に、光の束がスターライト号を飲み込まんと迫る!


「咲良! 奏芽!」


昴が二人を抱き寄せるようにかばった、その瞬間。


奏芽の口が、彼女自身の意思を超えて勝手に開いた。


「――♪」


それは、言葉にならない一筋の音節。


透き通るような、けれど宇宙の深淵まで届くかのような美しき『歌声』の欠片。


『……量子調律炉、共鳴を開始。スターライト号エンジン出力……三〇〇パーセント上昇!?』


彗が叫ぶ。


奏芽の歌声に反応したスターライト号の船体が、黄金色の光のバリアに包まれる。迫り来る帝国のレーザー光線は、バリアに接触した瞬間に粒子となって霧散していった!


「な……何だと!?」


愕然とする帝国艦隊をよそに、スターライト号のエンジンが爆音を上げる。


「見ただろ彗! これが俺たちの歌姫の力だ!」


昴が操縦桿を限界まで引き絞る!


「行くぞお前たち! 星海の果てまで、幕開けのドライブだーっ!」


「わんだほー――っ!!」


咲良の歓声とともに、スターライト号は閃光となって亜空間へと 跳躍(ハイパージャンプ) した。残された帝国艦隊の目の前から、一瞬にして消え去る。


静まり返ったハイパースペースの光の中で、奏芽は自分の胸にそっと手を当てていた。


(……今のは、何? 胸の奥が……温かい。プログラムにない情報が、溢れてくる……)


「大丈夫か、奏芽?」


覗き込んでくる昴の、真っ直ぐで暖かい瞳。


感情を持たないはずのアンドロイドの胸の奥で、小さく、けれど確かに――物語の最初のメロディが鳴り響いていた。

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