プロローグ:壊れかけの星海と、眠れる歌姫
かつて人類の栄華を極めた『旧銀河帝国』が崩壊してから、どれほどの年月が経ったのだろうか。
星々の光すら届きにくい銀河の辺境――通称『銀河の墓場』と呼ばれるデブリ宙域には、過去の大戦で撃沈された宇宙戦艦の残骸や、打ち捨てられた人工衛星が幾重にも積み重なり、静かで冷たい墓標のように漂っていた。
音のない無重力の暗闇の中を、ひとつの影がゆっくりと滑るように進んでいく。
赤と青の派手なネオンサインが外装に踊り、船体の横には大きく《スターライト号》と殴り書きされた、お世辞にも新車とは言えないポンコツの小型貨物船だ。
「よし……見ろ、彗! あそこにある大型戦艦のメインブリッジ! あんなところに手つかずの旧文明コンテナが残っているぞ!」
操縦席で、操縦桿を握りしめながら目を輝かせているのは、青い髪と情熱的な瞳を持つ青年――星原 昴だ。
彼は腰に下げた指揮棒のような端末をビシッと掲げると、大げさな身振り手振りで声を張り上げた。
「この銀河の最果てで、俺たちの新たなる演目の『大道具』が手に入る予感がする! 全銀河の観客を驚かせる最高の舞台を作るため、さっそく回収作業に入ろうじゃないか!」
「はいはい、座長。相変わらずテンションが高いのは結構だが、ここは精密機械の墓場だからね。あんまり大きな声を出すと、眠っている自動防衛ドローンが起きちまうよ」
隣のサブモニターからひょっこりと顔を出したのは、助手席で端末を叩いていたメカニックの青年、月影 彗だった。金色の髪を軽く揺らし、怪しげな微笑みを浮かべながら、手際よくロボットアームを操作していく。
「わんだふる〜っ! 宝探しだね、昴くん! 咲良も一緒に行く〜っ!」
後部座席から元気いっぱいに飛び出してきたのは、ピンク色の髪を揺らす少女、花園 咲良だ。彼女は宇宙服のヘルメットを抱えながら、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
「咲良、足元に気をつけろよ! よし、エアロックを開放する! スターライト劇団、出撃だ!」
◇
静寂に包まれた戦艦の残骸内部は、薄暗い非常用ライトが微かに点灯するだけの、氷のように冷たい世界だった。
壊れた扉をこじ開け、昴たちがブリッジの最深部へと足を踏み入れたとき――その「光」は現れた。
「これは……何だ……?」
昴の足が止まる。
廃墟の真ん中に、幾重もの太いエネルギーコードと重厚な装甲で厳力に封印された、円筒形のコールドスリープ・カプセルが鎮座していた。
カプセルの表面には、現在の銀河では使われていない古代帝国の紋章と、赤く点滅する『DANGER』の警告表示。
「へえ……おどろいたな。旧帝国軍の特殊超規格カプセルだ。半量子ロックがかかっている……普通なら解除に三日はかかる代物だよ」
彗が興味深そうに目を細め、指先で端末を操作する。
「でも、ボクの改造ツールにかかれば――ほら、一丁上がり」
『シューーーーー……』
重厚な電子音とともにロックが外れ、白い気体がカプセルの隙間から勢いよく吹き出した。透明なガラスカバーがゆっくりと上部へとスライドしていく。
中に横たわっていたのは――一人の少女だった。
透き通るような白い肌。極光のように神秘的な光を放つオーロラシルバーの長い髪。まるで精密な精巧な美術品のように整った顔立ちをした彼女は、胸元で静かに手を組み、深い眠りについていた。
「わあ……キレイ……。お人形さん……?」
咲良が息を呑み、ぽつりと呟く。
「いや、人間じゃないね。肌の生体反応と関節の構造を見るに……旧時代に作られた、極めて高度な『自律型アンドロイド』だ」
彗の言葉と同時に、少女の長いまつ毛がかすかに震えた。
ゆっくりと開かれた瞳は、宇宙の星々をそのまま映し取ったかのような、深みのあるシルバー。
『――システム起動。個体識別コード……奏芽。マスター認証を実行します』
無機質で、けれどどこか透きとおるように美しい声が、静寂のブリッジに響く。
彼女はゆっくりと身体を起こすと、焦点を昴へと合わせた。
『命令を入力してください。私は歌唱支援アンドロイド。……感情データ、記憶領域、いずれも未検知。プログラムに従い、指示された楽曲を出力します』
彼女の瞳には、一切の感情の光が宿っていなかった。
悲しみも、喜びも、恐怖すらも持たない、ただ歌うためだけに作られた「完璧な機械」。
「記憶も、心もない……か」
昴は少女――奏芽の前にゆっくりと歩み寄ると、膝をついて目線を合わせた。
そして、ニッと歯を見せて眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「いいや、違うね! 心がないなら、これから一緒に探せばいい! 記憶がないなら、俺たちと最高の思い出を作ればいいんだ!」
『……理解不能です。私は兵器としての歌唱機能しか保有していません』
「兵器? 冗談言っちゃいけない! 君のその声は、全銀河の人々を笑顔にするためにあるんだ!」
昴はビシッと指を突きつけ、朗々と宣言した。
「ようこそ、スターライト号へ! 俺は座長の星原 昴! 君を俺たちの『看板ヒロイン』としてスカウトする!」
これが、すべての始まりだった。
壊れかけた銀河の片隅で出逢った、熱血座長と心なき歌姫。
彼らが織りなす、笑いと涙、そして絆の超銀河スペースオペラの幕が、今まさに上がろうとしていた――。
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