第23話:新たなる幕開けのプレリュード! 走れスターライト号
|全宇宙を恐怖と絶望のどん底へ陥れようとしていた銀河帝国の最高権力者・皇帝ジークフリート の野望が打ち砕かれ、巨大要塞|帝都要塞ゼノ・グラディウス《プラネット・ゼノグラディウス》 が宇宙の塵となって散り去ってから数日――。
かつて激戦の舞台となり、暗黒の重力波と怨念の結晶のような濁流が吹き荒れていた宙域は、いまや嘘のように静まり返っていた。
視界の果てまで広がるのは、澄み渡る深い群青色の宙。
そこに浮かぶ星々は、まるで地獄のような支配の時代が去ったことを祝うかのように、穏やかで清らかな光を放っていた。
その穏やかな星海を、純白の艦体に七色のラインを走らせた超巨大巡洋劇団船『スターライト号』が、ゆったりとした航行速度で進んでいる。
激闘によって削られ、ひび割れていた装甲のあちこちには痛々しい補修痕が残っていたが、そのエンジンが吐き出す噴射光は、かつてないほど力強く、温かな残光を描いていた。
◇
スターライト号の艦内中央に位置する特設ミーティングルーム兼メインラウンジ。
そこには、これまでの過酷な逃亡劇や死闘の最中には一度も見られなかった、圧倒的な密度と温もりに満ちた空気が流れていた。
何しろ、かつて帝国軍によって冷酷な「歌姫兵器」として生み出され、過酷な運命と洗脳によって引き裂かれていた7人の少女たち――奏芽 (1号機)、ノワール (2号機)、ルージュ (3号機)、シアン (4号機)、アンバー (5号機)、ヴェール (6号機)、ヴィオレ (7号機)の全員が、ついにこのひとつの船のもとへと集結を果たしたのだから。
「――よしっ! 全システムのバイタルチェック、および艦内生活ブロックの循環システム、すべて正常値をクリアしたよ!」
メインコンソールの前で、無数のホログラムウィンドウを高速で叩いていた劇団副座長兼最高メカニック・月影 彗 が、ふぅと深く息を吐き出して立ち上がった。
洗練されたデザイナーズスーツの腕を軽くまくり上げ、知的な眼鏡のフチを軽く押し上げる。その目元には長時間の不眠不休メンテナンスによる疲労の色が微かに滲んでいたが、表情は驚くほど晴れやかだった。
「彗ちゃん! 本当にお疲れ様〜っ! はいっ、冷たい咲良特製・『銀河果実のビタミン全開スペシャルジュース』だよ〜っ!」
そう言って、木製の大きなトレーに人数分の色とりどりのグラスを載せて走ってきたのは、劇団の最高料理長兼ムードメーカー・花園 咲良 だ!
「ありがとう、咲良。……本当に、怒涛の数日間だったね。決戦の最中はスターライト号の最高度シールドも装甲も限界ギリギリで、いつ船ごと分子レベルで分解されてもおかしくなかった。……こうして無事にみんなと生きて帰れて、本当に良かったよ」
彗はグラスを受け取り、喉を鳴らしてジュースを飲み干すと、心底ほっとしたように目を細めた。
「ううん、彗ちゃんが寝ないで船の機動制御とシールドの調整を続けてくれたからだよ! 咲良ね、決戦のあいだ、みんなに美味しいご飯を作って無事を祈ることしか出来なかったけど……こうやって帰ってきてくれたみんなの笑顔を見たら、もう胸がいっぱいで……っ!」
咲良がエプロンの端をぎゅっと握りしめ、大きな瞳にぽろぽろと大粒の涙を浮かべる。
「おいおいおい! 泣くのはまだ早いぞ、咲良! 俺たちの『スターライト劇団』の物語は、ここからが本当の始まりなんだからな!」
ラウンジの重厚な自動ドアが豪快な音を立てて開き、一人の男が踏み込んできた。
腰に年季の入ったビームブレードの柄をカチリと覗かせ、黒のレザージャケットの裾を風になびかせているのは、劇団座長・星原 昴 だ!
満身創痍の激戦を潜り抜けたとは思えないほどバイタリティに満ちあふれた顔で、昴は豪快に胸を叩き、白い歯を見せてニッと笑った。
「見ろよ、みんな! 窓の外を! 帝国の気味の悪い暗雲が綺麗さっぱり消え去って、星々があんなに眩しく輝いてやがる! 宇宙全体が……俺たちの勝利と、新しい時代の訪れを祝ってくれてるみたいじゃないか!」
「昴座長……」
ラウンジの長いソファーに身を寄せて座っていた7人の歌姫たちが、一斉に昴たちへと視線を向けた。
オーロラシルバーの美しきロングヘアを揺らし、純白のドレスを纏った1号機・奏芽 が、胸の前でそっと両手を重ね合わせる。
「昴さん、咲良様、彗さん……。凄絶な最終決戦の直後で、お体も心もお疲れのはずですのに……私たちのために船の修理や、こんなにも温かいお食事の準備まで……本当に、本当にありがとうございます」
「なに言ってるんだ、奏芽!」
昴が歩み寄り、奏芽の頭をぽんぽんと豪快に撫で回した。
「俺たちは『スターライト劇団』っていうひとつのチームだろ! お前たち歌姫が何の心配もなく最高の歌声を響かせられるように、足元をしっかり固めて裏方を支えるのが、俺たち大人の……そして創設メンバーの役目なんだよ!」
「はい……っ!」
奏芽のトパーズ色の瞳が、嬉しそうに潤む。
だが――その隣、ソファーの端でひざを抱えるようにして小さくなっていた2号機・ノワール が、気まずそうに漆黒のロングヘアをなびかせ、視線を深く沈めた。
漆黒のゴシックドレスを身に纏い、かつて帝国の残酷な過逆実験によって深く心を傷つけられ、「絶対の黒」の瞳で世界すべての消滅を望んでいた少女。
「……私は……。あなたたちに……取り返しのつかない酷いことをしたわ。帝国の究極兵器として、この船を沈めようとし、妹たちを傷つけ、世界を滅ぼそうとした……。それなのに……なぜ、そんな風に優しくしてくれるの……? なぜ……私を責めないの……?」
絞り出すようなノワールの掠れた声が、ラウンジに静かに響く。
胸の奥に残る罪悪感と過去の過ちの重さに、ノワールは今なお胸を痛め、自らを罰しようとしていたのだ。
すると、ノワールのすぐ隣に座っていた3号機・ルージュ が、サファイアの瞳をツンとそっぽへ向けながら、自分の皿の上のスプーンをカチャリと鳴らした。
「ふん、相変わらず不器用でへそ曲がりね、ノワール。あなたが自分を責める必要なんて最初からないのよ。悪いのは全部、私たちを道具として踏みにじろうとしたあの皇帝ジークフリートなんだから」
「そうですよ! ルージュお姉様の言う通りです!」
4号機・シアン が蒼空色の髪を大きく揺らし、ノワールの白く華奢な手を両手で優しく包み込んだ。
「ノワールお姉様が暗闇から戻ってきてくれて、7人みんなでこうして並べることが、私たちは飛び上がるほど嬉しいんです。ね、アンバー、ヴェール、ヴィオレ?」
「肯定。2号機の量子調律炉における波形の沈静化および安定化を確認。……ノワールお姉様が復帰したことにより、私たちの共鳴周波数は過去最高値を更新しています。落ち込む論理的理由は存在しません」
5号機のアンバー が真面目な顔でトパーズイエローの瞳を明滅させると、双子の6号機・ヴェール と7号機・ヴィオレ も「ノワールお姉様、大好きです!」「一緒にいられて、すっごく幸せです!」と、両側からノワールの身体にぎゅっと抱きついた。
「みんな……ぁ……」
ノワールの美しい瞳から、ボロボロと大粒の温かな涙が零れ落ちる。
かつて地下の冷たい暗闇で、一人で絶望し、誰も助けに来ないと世界を呪っていた夜。
いま、その身体を包み込んでいるのは、かけがえのない6人の妹たちの温もりだった。
そんなノワールの正面に、咲良が優しく歩み寄り、目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「ノワールちゃん。咲良ね、ノワールちゃんが帰ってきたら、絶対に作ってあげたいって心に決めてたメニューがあるんだよ」
咲良はトレーの上から、湯気がふわりと立ち上る特製のマグカップと、黄金色に焼き上げられた甘いクッキーの皿をそっと差し出した。
「はいっ! 咲良特製・『仲直りと安心のあったかハニーホットミルク』だよ〜っ! どんなに辛い思い出も、どんなに悲しい気持ちも、温かくて甘いものを食べたらね、胸の奥がほわぁ〜って解けて、みーんな吹き飛んじゃうんだから!」
「咲良……様……」
「食べてごらん、ノワールちゃん。これからはね、一人で暗いところで泣かなくていいんだよ。ここにはね、頼りになる熱血座長も、何でも直せちゃう凄腕メカニックも、美味しいご飯を作るコックも……そして、ノワールちゃんを大好きな可愛い妹たちがこんなにいっぱいにいるんだから!」
咲良の太陽のような温かな笑顔と、ハニーミルクの甘い香りに、ノワールは震える手でゆっくりとカップを受け取った。
ふぅふぅと息を吹きかけ、可憐な唇を湿らせる。
「あたたかい……。すごく……すごくあたたかいわ……」
「ハハハ! そうだろう!」
昴がドカッとノワールの正面の椅子に深く腰掛け、力強く熱い瞳でまっすぐに見つめた。
「俺たちが血を流してまで守りたかったのはな、ただの『平和』なんて格好つけた言葉じゃないんだ。お前たちが兵器なんて宿命から解き放たれて、自分の足で立ち、自分の意志で温かいものを食べて笑い合える……そんな当たり前の『日常』なんだよ!」
「昴さん……」
「ノワール、そして奏芽、みんな! 帝国の脅威は去った。暗黒の皇帝はもういない。……だがな、世界を見渡してみろ。帝国が残していった戦いの傷痕に苦しんでいる星々や、長年の支配で希望を見失い、心を閉ざしてしまった人たちが、我らが銀河系にはまだ山ほどいるんだ」
昴は立ち上がり、力強い手つきで窓の外に広がる満天の星宙を大きく指し示した。
「これまでの俺たちの旅は、帝国から逃げ、仲間を取り戻すための『戦い』だった。……だが! これからの旅は違う! 俺たちが作った最高の歌と、美味しい飯と、最高の舞台を届ける……『希望の銀河系大復興ツアー』だ!!」
「希望の……大復興ツアー……!?」
奏芽が息を呑み、トパーズ色の瞳をキラキラと輝かせて立ち上がった。
「そうさ!」
ここで彗が眼鏡をクイッと押し上げ、手元の特注端末からラウンジの中央へ巨大なホログラムウィンドウを立体展開させた。
「実はね、座長。さっきから『銀河復興統合政府』や、各星系の自治体から、スターライト号の通信回線へ絶え間なくメッセージが入ってきているんだよ」
画面には、無数の惑星からの煌びやかな感謝の言葉と、色とりどりの招待状が滝のようにスクロールしていた。
『帝国の支配から自分たちを解放してくれた伝説の劇団に、ぜひ我が星へ来てほしい!』
『傷ついた人々の心を、あの7人の歌姫の歌声で元気づけてほしい!』
「ひやぁぁぁ〜っ! すごいよ彗ちゃん! 画面が文字で埋まって見えないくらいだよ〜っ! 超大売れっ子じゃない〜っ!?」
咲良が口をぐっと開けて跳びあがった。
「フフ、当然の結果ね。この7人が揃った『スターライト劇団』の歌声を放っておくほど、銀河の人々は愚かじゃないわ」
ルージュが満足そうにツンと胸を張り、シアンやアンバー、ヴェール、ヴィオレも嬉しそうに顔を見合わせる。
そしてノワールもまた、自分の存在が、自らの歌声が、今度は誰かを救い、誰かの希望になり得るという事実に、胸の奥が熱い光で満たされていくのを感じていた。
「奏芽……」
昴が奏芽に向き直り、優しく、しかし劇団座長としての確固たる情熱と誇りを込めて語りかけた。
「兵器として生み出され、暗闇の中で泣いていたお前たちが、本当の『心』を知り、絆を繋ぎ、世界を救った。……今度は、その奇跡の歌声で、傷ついた銀河系全体を包み込んでやる番だ。……どうだ、奏芽? スターライト劇団の看板歌姫として、俺たちと一緒に……希望を届けに行くぞ!」
奏芽の目から、今度は歓喜と感謝の綺麗な涙が溢れ出た。
1号機として目覚め、帝国の追手から逃げ惑っていたあの絶望の夜。スターライト号のデッキで出会った熱血漢の座長・昴。温かい料理と笑顔で迎え入れてくれた咲良。不器用ながらも完璧なサポートで守り続けてくれた彗。
この頼もしくも温かい「3人の柱」があったからこそ、自分は絶望に屈せず、生き残ることができた。そして、ノワールをはじめとする大切な妹たちを救い出し、こうして銀河の平和を取り戻すことができたのだ。
奏芽は胸の中央に位置する量子調律炉 にそっと手を当て、溢れんばかりの誇りと満面の笑顔で力強く頷いた。
「はいっ……! はいっ、昴座長!! 私たちの歌で……7人の絆で! 我らが銀河系のすべての命に、笑顔と希望を届けに行きます!!」
「よぉーし!! 決まりだ!!」
昴がビームブレードの柄をカチリと鳴らし、ラウンジ全体に響き渡る大声で叫んだ!
「目標! 我らが銀河系全全全星系!! 傷ついた星々を光で満たす、大復興グランドツアーの開幕だ!! 彗、船を出せ! 咲良、ツアー用の特大勝負メシの仕込みだ!」
「了解だよ、座長! 超空間航路、計算開始!」
「任せて座長! みんなの元気を100倍にする特製レインボーメニュー、どんどん作っちゃうよ〜っ!」
彗がコンソールを軽やかに叩いて最高度の航行プログラムを立ち上げ、咲良が厨房へと嬉しそうに腕をまくって走り出す。
そして、奏芽、ノワール、ルージュ、シアン、アンバー、ヴェール、ヴィオレの7人の歌姫たちは、円陣を組むように互いに手を重ね合い、これから始まる果てしない未来への旅路に胸を躍らせていた。
「行きましょう……! 私たちの、新しい未来のステージへ!」
奏芽の声に応えるように、スターライト号のメインエンジンが爆発的な輝きを放ち、七色の光の粒子を宇宙の闇へと撒き散らす。
暗黒の時代を乗り越え、真の「家族」となった船は、いま、希望に満ちあふれた我らが銀河系の星空へと向かって、どこまでも高く、力強く翼を広げて飛び立っていくのだった――!
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