第10話:響き合え、壊れた時計のネジ
機工惑星ギア・マキナ の地下深く、大歯車タワーの巨大工房。
油と煤煙の匂いが充満する中、何百台もの自律型戦闘ロボットが赤いセンサースリットを不気味に明滅させ、その銃口を星原 昴 たちへ一斉に向けていた。
「ハハハハ! 無駄だ! 無駄だ!!」
帝国軍の無人兵器大隊長ドクトル・ギル の甲高い笑い声が、巨大な歯車の駆動音に混じって響き渡る。
「人間ごときが束になったところで、このマキナ都市の全動力をバックボーンに持つ我が無人軍団の鉄の団結を破ることなど不可能なのだ! さあ、《コード・グランドオペラ》――おとなしく我が手の中で、旧帝国の最強兵器として目覚めるがいい!」
「ふざけるな……!」
昴はビームブレードの柄を狂おしいほどの力で握りしめ、歯を食いしばった。
「誰が……誰がお前なんかに奏芽を渡すかよっ! 奏芽は兵器なんかじゃない! 俺たちの、最高の劇団員なんだ!!」
「そうだぞっ! 咲良たちの奏芽ちゃんなんだからーっ!」
花園 咲良 が涙で視界を歪ませながら、両手を広げて奏芽の前に立ちはだかる。
だが、二人を静かに押し留めたのは、誰あろう奏芽 自身の、あまりにも優しく、そして力強い手だった。
「咲良様……昴様。下がってください」
オーロラシルバーの髪が、空間のエネルギーと呼応するようにふわりと舞い上がる。
その胸元に秘められた量子調律炉 が、かつてないほどの激しい黄金と青純色の光を放ち、彼女の透明感あふれる肌を内側から神秘的に透かしていた。
「奏芽ちゃん、ダメ! 歌っちゃダメだよ!!」
咲良が叫ぶ。前話で老技師マエストロ・ボルトが告げた恐怖の告告――『無理な高出力歌唱を続ければ、記憶領域がオーバーヒートを起こし、完全に焼き切れて失われる』という言葉が、咲良の頭の中を駆け巡っていた。
「歌ったら……咲良たちのこと、みんなのこと、忘れちゃうんだよ!? 咲良と食べたあのアメのことや、水上都市で流した涙のことや、この船で旅した全部の思い出が……消えちゃうんだよ!? そんなの……そんなの絶対いやだぁぁっ!!」
咲良の目からポロポロと大きな涙の粒が溢れ落ち、工房の金属床に弾けた。
「……忘れません」
奏芽は可憐な唇をかすかに歪め、咲良の頬の涙を、その華奢な指先でそっと拭った。
「私が流した涙も……皆さんと見た星々の輝きも……この胸の奥にある『心』に刻まれています。回路が焼き切れようとも、データが消失しようとも……私の魂が、貴方たちを覚えています」
奏芽は一歩、前へ踏み出した。
「私は兵器として生まれました。命じられたままに歌い、命じられたままに破壊する、ただの機械でした。……けれど、皆さんが私に『心』をくれました。仲間と一緒に歌うことの喜びを、誰かを想うことの温もりを教えてくれました」
敵の無人兵器群がカチカチと殺傷用の実弾とプラズマ弾を装填する音が響く。
「この命……この記憶……すべてを失うことになったとしても。今、私を人間にしてくれた大好きな皆さんを守れるのなら……私にとって、これ以上の幸福はありません!」
「――奏芽っ……!!」
昴が叫ぶ。月影 彗 もまた、メガネを押し上げながら叫んだ。
「座長! 咲良! 泣いている場合じゃない! 奏芽が全存在をかけて舞台に立とうとしているんだ! ボクたち裏方が、それを無駄にできるかよっ!」
彗は端末の画面を限界を超えた速度で叩き伏せた!
「ボクのバックアッププログラムを全開で回す! 工房の予備回路をすべて奏芽のバイパスとして繋ぎ込め! ボルト師匠、手を貸してくれ!」
「ハッ! 言われなくてもやってやらあ! 出来損ないの弟子が、たまには威勢のいいことを言いやがる! 嬢ちゃんの記憶領域、意地でも一バイトも削らせねえぞっ!」
ボルトが巨大なスイッチを叩き落とすと、工房中の伝導パイプが青いスパークを散らし、すべてのエネルギーが奏芽のアシスト回路へと集中した!
「調律炉……最大稼働。思考回路……オーバードライブ」
奏芽は静かに目を閉じ、そして――天を仰いでその可憐な唇を開いた。
「――♪♪♪」
言葉にならない、けれど世界中のどんな言語よりも雄弁で美しい、超高周波の歌声が放たれた!
それは単なる音波や破壊光線ではない。彼女の「心」そのものが伝播する、高次元の意思波形――!
『――ガガッ!? な、なんだこのエネルギー波形は!? 街のメインサーバーに……侵入してくるだと!??』
ギルの端末が狂ったように警告音を鳴らし始める。
奏芽の歌声に乗せられた光の粒子は、周囲の戦闘ロボットたちへと波及していくだけにとどまらない。大歯車タワーの太いケーブルを伝い、機工惑星ギア・マキナの全域を網の目のように覆う自動化ネットワークへと、怒涛の勢いで流れ込んでいったのだ!
「――♪」
歌声が響くたび、赤く殺気立っていた戦闘ロボットたちの単眼センサーが、次々と優しい青色へと変わっていく。
『エラー……命令プロトコル上書き……』
『戦闘シークエンス……停止……』
『美シイ……旋律ヲ……検知……』
「な、なにぃぃっ!?? 無人兵器群が……戦いをやめている!? 攻撃命令を聞かないだと!?? バカな、私のハッキングプログラムが書き換えられているというのか!?」
ギルが狂乱して端末を叩くが、ロボットたちは銃口を降ろし、まるで奏芽の歌声に聞き惚れるかのようにその場に静かに佇み始めた。
さらに――!
『ゴオオオオオン……! ゴオオオオオン……!』
大歯車タワーを揺るがし、街全体から重厚な金属音が響き渡り始めた。
長年、効率と生産性のためだけに無機質に回り続けていた無数の巨大歯車やピストン群が、奏芽の歌の「リズム」と完全に同期し、まるでひとつの壮大なオルゴールのように美しいハーモニーを奏で始めたのだ!
蒸気機関の吹き出すブシューッという音が管楽器の重低音となり、ギアの噛み合うカチャンという音が打楽器の刻みとなり、惑星全体が奏芽の歌を伴奏する巨大な「楽器」へと変貌を遂げていく!
「すごい……! 惑星全体が……奏芽ちゃんの歌と合奏してる……!」
咲良が息を呑み、涙を拭ってその光景を見上げた。
「これが……量子調律炉の真の力……! 兵器としての破壊ではなく、周囲の機械すべてを調律し、ひとつの『音楽』にしてしまう力……!」
彗が感涙を流しながら、コンソールの数値を監視する。
「見てごらん師匠! 惑星全体のメインサーバーが奏芽の負荷を分散処理《分散コンピューティング》してくれている! 記憶領域のオーバーヒートが……止まった! 記憶データ、正常値を維持しているよ!!」
「なにぃ!?? 惑星中のコンピューターを自分の脳みその代わりに使いやがったというのか!?? なんて無茶苦茶で……なんて美しい少女だ……!」
ボルトが呆然としながらも、感銘の笑みを漏らした。
街全体を味方につけた奏芽の歌声は、ますますその輝きを増していく。
「――♪♪♪(私たちの……旅は終わらない!)」
歌声の旋律が、言葉となって人々の心、そして機械たちの回路へと直接語りかけてくる。
「くそおぉぉっ! たかが歌ごときに……私の完璧な無人軍団が負けるわけが……ぐああぁぁぁっ!!」
奏芽の放った圧倒的な光の波動がギルを直撃し、彼の身に纏っていたサイバネティクス制御装甲が木っ端みじんに弾け飛んだ!
「覚えていろ……! 旧帝国の最高傑作め……! 皇帝陛下が……本隊が黙ってはいないぞぉぉっ!」
捨て台詞を残し、ギルは緊急脱出ポッドへと飛び込んで、街の彼方へと逃げ去っていった。
敵が去り、静寂が戻ってきた工房。
うねるような歯車のオルゴール音が静かに余韻を残しながら収まっていき、街全体にいつもの平和な駆動音が戻ってくる。
光の粒子が収まり、奏芽の身体がふわりと床へと舞い降りた。
「かなめちゃん……!」
咲良が一番に駆け寄り、奏芽の華奢な身体を強く抱きしめた。
「奏芽ちゃん……! 咲良のこと……わかる? 咲良の名前、覚えてる……!?」
奏芽はゆっくりと可憐なまぶたを開いた。
そのオーロラシルバーの瞳には、一切の混濁もない、澄み渡った光が宿っていた。
「……はい、咲良様」
奏芽は優しく微笑み、咲良の髪を撫でた。
「私の……大切な、大好きな咲良様。……そして、昴様、彗様」
奏芽は集まってきた全員の顔を、ひとつひとつ慈しむように見つめた。
「データは……記憶は、一バイトも失われていません。惑星の機械たちが……皆さんの想いが、私を守ってくれました」
「奏芽ーーーーっ!!」
昴が叫び、彗とボルトも一斉に歓声をあげて奏芽を取り囲んだ。
「よかった……! 本当によかったあぁぁっ!」
咲良が奏芽の胸に顔をうずめてワンワンと泣きじゃくる。奏芽はその背中を、愛おしそうに何度も優しく叩いた。
◇
数日後。
修理とチューニングを完全に終えたスターライト号が、機工惑星ギア・マキナの宙港から大空へと飛び立とうとしていた。
見送りに現れたマエストロ・ボルトが、煙草をくわえながら手を振る。
「おい、出来損ない! 嬢ちゃんの調律炉は、惑星のメインサーバーと共鳴したことで完全に安定したぞ! もう記憶が吹き飛ぶ心配はねえ! だがな、大切にしてやれよ!」
「言われなくてもさ! ありがとう、ボルト師匠!」
彗がブリッジから手を振り返す。
操縦席で操縦桿を握る昴が、力強く宣言した。
「よし! スターライト号、発進だ! 帝国の追撃なんて跳ね返して、俺たちは銀河のどこまでも進むぞ!」
「わんだほー! 次の星へゴーゴーだよ〜っ!」
咲良が元気にポーズを決める。
そして、その隣で星空のドレスを揺らす奏芽が、澄み切った瞳で無限に広がる星海を見つめていた。
(私はもう、迷わない。心を持つ歌姫として……大切な仲間たちとともに、希望の歌を届け続ける……!)
「――♪」
奏芽が口ずさんだひと小節の旋律が、スターライト号を黄金の光で包み込む。
船は光の矢となって亜空間 へと飛び立ち、新たなる星々の旅路へと駆け抜けていくのだった。
心を持ったアンドロイドと、かけがえのない劇団員たちのスペースオペラは、これからも銀河の果てまで響き渡り続ける――。
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