第9話:機械仕掛けの迷宮都市
亜空間 のトンネルを抜け、スターライト号は新たな宙域へと滑り出した。
フロントガラスの向こう側に現れたのは、これまでの星々とは一線を画す、無機質で圧倒的な異形の大地だった。
惑星全体が大小無数の歯車や巨大な油圧パイプ、幾何学的な金属構造物で覆われている。宇宙空間からでも、巨大な蒸気が白く立ち上り、規則正しく蠢く機械群の駆動音が聞こえてきそうなほどだ。
「うわあぁ……! すごいよ昴くん! 惑星全体が大きな時計みたいになってる!」
花園 咲良 が操縦席の窓ガラスにピタリと顔を張り付け、ピンク色の瞳をまんまるに輝かせた。
「ああ、壮観だな……。ここが次の目的地か、彗?」
座長の 星原 昴 が感嘆の声を漏らしながら、コンソールを操作するメカニックへと問いかける。
「そうだよ。機工惑星ギア・マキナ だ」
月影 彗 はタブレットのホログラム画面を高速でタップしながら、不敵な笑みを浮かべた。
「星の表面の九九パーセントが完全な自動化工場都市でね。住人の大半は優秀な技師かサイバネティクス手術を受けたサイボーグ、そして自律型ロボットたちだ。ここは銀河系でも屈指の精密パーツと最先端テクノロジーが集まる場所さ」
「精密パーツ……! ということは、ルザルカでの激闘で痛んだスターライト号の本格メンテナンスができるな!」
「それだけじゃないよ、座長。奏芽 の胸にある量子調律炉 ――前回の戦闘で限界出力を出させたせいで、内部の微細な回路に調整が必要なんだ。ここの中央大工房にある超精密アナライザーなら、彼女の負荷を安全にケアできる」
「私の……調整……?」
オーロラシルバーの髪を揺らし、新調した星空色のドレスの裾を整えながら、奏芽が静かに首を傾げた。
「はい。前回の戦闘時、内部プロセッサ温度が許容値を三二パーセント超過していました。自己修復機能ではカバーしきれないデータ歪みを感知しています」
「だろ? 奏芽はもうボクたちの最高の歌姫なんだ。無理をさせて故障でもされたら目も当てられないからね」
彗が優しく微笑むと、咲良が奏芽の隣へ飛びついて腕をギュッと抱きしめた。
「奏芽ちゃんのお手入れが終わったら、機械の街でおもしろいグッズいっぱい探そうね! 咲良、ギアの形をしたクッキーとか食べてみたいな〜!」
「ギア型の固形燃料……でしょうか。食用の類似品が存在するか検索を開始します」
「あはは、ちがうよ〜! 本当のお菓子だよ〜!」
和やかな会話が広がる中、スターライト号はギア・マキナの着陸シグナルに従い、巨大な歯車が噛み合う中央宙港へと静かに降下していった。
◇
「凄まじいな……。どこを見ても歯車と蒸気とパイプだらけだ」
宙港に船を停泊させた一行は、街のメインストリートへと足を踏み入れた。
頭上では巨大なシャフトが重々しい音を立てて回転し、足元の金属床からは時折ブシューッと白い蒸気が吹き出す。行き交う人々も、腕や脚を機械化させたサイボーグや、多足歩行型の作業ロボットばかりだ。
「ふふ、ボクにとっては天国のような場所だよ。あっちのショップには最新型の量子ドライバーが並んでいる……あ、あっちには旧式の真空管ジェネレーターが!」
彗が眼鏡を光らせ、普段の冷静さが嘘のように目を輝かせている。
「彗、自分の買いものに夢中になるなよ! まずは奏芽のメンテナンスが最優先だろ!」
昴が苦笑しながら彗の首根っこを掴んで引っ張り戻す。
「分かっているよ、座長。目指すは街の中央に聳え立つ『大歯車タワー』の中にある、中央整備工房だ。ボクの旧知の凄腕メカニック――マエストロ・ボルトの店さ」
一行は蒸気が立ち込める入り組んだ金属の路地を進み、幾重ものギアが噛み合う大歯車タワーの最下層へと辿り着いた。
重厚な鉄扉をくぐると、そこは油と金属の匂いが立ち込める巨大な工房だった。
壁一面に工具や回路基板が敷き詰められ、部屋の中央には巨大な走査装置が鎮座している。
「オウオウ、誰かと思えば出来損ないのメカニック坊主じゃねえか。何の用だ、彗」
奥から現れたのは、右目と左腕を複雑なサイバネティクスに換装した、小柄だが頑固そうな老人――マエストロ・ボルトだった。
「ご無沙汰しています、ボルト師匠。今日はボクたちの『看板ヒロイン』の定期メンテナンスをお願いしに来たんですよ」
彗が奏芽を前へ促す。
ボルトは怪しげな義眼のレンズをカチカチと旋回させ、奏芽の全身を頭から足先までスキャンするように見つめた。その瞬間、老人の表情がガラリと変わる。
「……おいおい、冗談だろ。この波形……旧帝国の遺物、《コード・グランドオペラ》じゃねえか! なんでこんな大代物がこんなポンコツ劇団と一緒にいるんだ!?」
「詳しい事情は省きますが、彼女は今、ボクたちの劇団員なんです。先日の戦闘で調律炉に過負荷がかかってしまって……精度チェックをお願いできますか?」
「……チッ、相変わらず無茶な使い方をさせやがる」
ボルトは不機嫌そうに煙草の煙を吹き吐いたが、すぐに工具を手にとり、中央の診断ベッドを指し示した。
「そこに横になれ、嬢ちゃん。旧時代の超古代回路だ、ヘマをやらかせばこの工房ごと吹き飛ぶからな。大人しくしてな」
「了解しました。……メンテナンス手順に従います」
奏芽は静かに診断ベッドへ横たわり、ゆっくりと瞳を閉じた。
◇
「――信じられん」
数十分後。ホログラムモニターに映し出された奏芽の内部データを解析していたボルトが、驚愕のあまり手に持っていたレンチを床へ落とした。
「どうしたんだい、ボルト師匠? 何か深刻なエラーでも見つかったのかい!?」
彗が身を乗り出す。昴と咲良も不安そうに顔を見合わせた。
「エラーどころじゃねえ……! 内部の量子調律炉の回路構成が、元々の設計図データから激しく変質してやがる!」
「変質……!?」
「ああ! 本来、この手の兵器アンドロイドは命令に従ってエネルギーを出力するだけの『単純な導管』のはずだ。だが……こいつのコア周辺には、本来存在するはずのない未知の微細回路が自己増殖するように形成されている!」
ボルトは震える指でモニターの特定領域を指し示した。
「これは……『感情思考回路』だ。誰かを守りたい、誰かと一緒にいたいという強い『心の揺らぎ』が物理的な量子スパークを生み出し、コアの構造そのものを書き換えてやがる! 機械が自らの意思で、人間のように進化しようとしてるんだよ!」
「奏芽が……自分で進化している……!?」
昴が息を呑む。
カプセルから身体を起こした奏芽は、自分の胸元にそっと手を当てた。
「進化……。私の中に生まれた『心』が、私の身体構造を書き換えているということでしょうか」
「そうだ嬢ちゃん。だがな……」
ボルトの表情が硬く沈んだ。
「その進化はあまりにも急激だ。お前さんのメインフレームは、元々『心』を持つようには作られていねえ。このまま感情を肥大化させ、限界を超えた出力を出し続ければ……お前さんの記憶領域はオーバーヒートを起こし、完全に焼き切れて消失するぞ」
「メモリーの……消失!?」
咲良が悲鳴をあげた。
「そんなのダメ! ダメだよ! 奏芽ちゃんが咲良たちのことを忘れちゃうなんて、絶対イヤ!!」
「師匠! 回避する方法はないんですか!?」
彗が詰め寄る。
ボルトは深く溜め息をつき、首を横に振った。
「感情の制御を完全に行い、調律炉の出力を二度と限界突破させないことだ。要するに……二度とあのような全開の『命がけの歌』は歌うなということだ。歌えば歌うほど、記憶が削られていくぞ」
「そんな……」
昴は拳を強く握りしめた。
心を手に入れた代償が、記憶の喪失。あまりにも残酷な現実に、工房内に重苦しい沈黙が立ち込める。
その時だった。
『――ドガーンッ!!』
突然、大歯車タワーの天井を破って激しい爆発音が響き渡り、大量の金属片と黒煙が工房内へ降り注いだ!
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「警告! 街のセキュリティネットワークが外部からハッキングされました!」
タワーの非常サイレンが鳴り響き、煙の向こうから、重厚な金属足音とともに怪しげな集団が現れた。
それは、身の丈三メートルを超える足を持つ巨大な自律型戦闘ロボット群――そして、それを率いる黒いローブを纏った男だった。
「フフフ……見つけたぞ、旧帝国の遺物」
男のローブの隙間から覗いたのは、不気味に光る銀色の一ツ目――巨大銀河帝国軍 の技術開発部・無人兵器大隊長・ドクトル・ギル であった。
「影の旅団や第3艦隊のような脳筋どもとは違い、私はこの街のメインサーバーを奪取し、完全な無人兵器の包囲網を敷かせていただいた。……さあ、おとなしく投降してもらおうか」
タワーの周囲を、何百台もの戦闘ロボットが完全に包囲していた。
「くそっ! 帝国軍の無人部隊か! どこまでも追ってきやがる!」
昴がビームブレードを展開し、前に躍り出る!
「ハハハ! 無駄だ! 私の無人兵器群は、この街の全エネルギーと接続されている! 貴様ら人間数人でどうこうできる規模ではない!」
ギルが手を挙げると、戦闘ロボットが一斉に胸部のプラズマ砲の照準を昴たちへ合わせた。
「マエストロ・ボルト、および劇団員どもは皆殺しだ。アンドロイドのみを回収する!」
「させるかよっ!」
咲良と彗も武器を構えるが、敵の数はあまりにも絶望的だった。この狭い工房内で一斉射撃を受ければ、全滅は免れない。
「……マスター」
奏芽が静かに立ち上がった。そのオーロラシルバーの髪が、微かに光を放ち始める。
「ダメだ、奏芽! 歌っちゃダメだ!」
咲良が涙目で奏芽の腕を掴んだ。
「歌ったら……咲良たちのこと、忘れちゃうんでしょ!? お願いだから、歌わないで!」
奏芽は咲良の手を、優しく、けれど力強く包み返した。
「咲良様。……ボルト様の診断データは正確です。私の記憶領域は、負荷に耐えきれず壊れる可能性があります」
奏芽は昴を見つめ、可憐な唇に温かい笑みを浮かべた。
「ですが……私は、今この瞬間、皆さんと共に生きている。この『心』が、皆さんを守れと叫んでいます。……記憶を失う恐怖よりも、皆さんを失う悲しさの方が、私には何倍も恐ろしいのです」
「奏芽……お前……!」
昴の瞳から熱いものが溢れ出そうになる。
「私は歌います。……私の全存在をかけて!」
奏芽は両手を胸の前で組み、可憐な唇を開いた。
記憶を失うリスクを承知で、仲間を守るために解き放たれる魂の旋律――。
機工惑星の底で、悲しくも美しい『覚悟の歌声』が響き渡ろうとしていた!
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