9話
部屋へ戻ると一花は急いでシャワーを浴びた。
熱いお湯を浴びても疲労は抜けない。
身体が重く指先すら上手く動かない感覚があった。
初めてのゲート同行でいきなり二重ゲート。
普通ではあり得ない任務だった。
皆の戦闘能力の高さにも圧倒され続けていた。
シャワーを終え、Tシャツにショートパンツの軽装に着替える。
濡れた髪をタオルで拭きながらダイニングチェアーへ腰を下ろし目を瞑る。
すると疲れと安堵感から一瞬で眠りに落ちた。
はっとして目を覚まし時計を見るとすでに二十分が経っていた。
「やばっ!」
一花は慌てて立ち上がり、急いで部屋を出た。
事務所の扉を開けるとアラン、ヒロ、サーシャの三人しかいなかった。
「すみません……遅くなりました」
一花は小さく頭を下げる。
きっと何か言われるとそう思っていた。
「大丈夫ですよ。まだ湊とレイが来てませんので」
サーシャは穏やかに微笑んだ。
「それより……」
そう言いながら一花へ近づくとサーシャの指先が髪へ触れた。
「やっぱり。冷房入れてるので濡れてると風邪引きますよ」
「えっ……」
サーシャはそのまま奥へ向かい、戻ってくると手にはドライヤーを持っていた。
「座ってください」
一花は戸惑いながら椅子へ座ると温風が髪を優しく揺らし丁寧に乾かしてくれる。
「すみません……」
「また謝ってますね」
サーシャが小さく笑う。
「このくらい気にしなくていいんですよ」
優しい声だった。
一花は胸の奥が少し苦しくなる。
母を亡くしてから他人へ甘えるという感覚が分からなくなっていた。
だからこそ、この優しさに戸惑ってしまう。
髪を乾かし終わると一花がサーシャに恐る恐る聞いてみる。
「ありがとうございます。あの……ガイディングしましょうか?」
「いいんですか?ありがとうございます」
サーシャは素直に手を差し出した。
一花はその手を両手で包み、ガイディングを行うと柔らかな空気が流れた。
その様子をアランは少し離れた場所から見ていた。
椅子から立ち上がるとキッチンへ向かい、珈琲を淹れるついでに別のカップへホットミルクを注いだ。
それを一花の前へ置く。
「あっ、ありがとうございます」
一花は驚いた顔をしたあと嬉しそうに微笑んでいた。
アランは自分の席へ戻り、珈琲を口へ運んだ。
しばらくして事務所の扉が開いた。
「こいつ寝て起きないから連れてきた」
レイは肩に湊を抱えている。
「……んー……」
完全に寝ていた。
レイは湊をソファーへ適当に下ろすとそのまま一花へ手を差し出した。
一花は慣れた様子でガイディングを行う。
「ありがとう」
レイは短く礼を言いそのままソファーへ座った。
「そろそろ始めるぞ」
アランの一声で各自今回のゲートについて報告を始めた。
一花はパソコンへ内容を入力していく。
二重ゲート。
魔物の種類。
異常魔力反応。
「一花ちゃん、核の回収については報告書に書かないでくれ。それと他言無用だ」
「分かりました」
アランからの指示に一花は従った。
話は次第に次のゲートへ移っていった。
だが一花の身体は限界だった。
目の前の画面がぼやけていき、重たい瞼が何度も閉じそうになる。
ソファーの背へ身体を預けると、全身の力が抜けそのまま眠りに落ちた。
隣に座っていたヒロが一花の様子に気づいた。
「こいつ寝ましたよ」
アランが一花へ目を向ける。
「初めてのゲートが二重ゲートでガイディングだって頑張ったんだ。限界だろ」
レイが肘掛けへ頬杖をつきながら口を開く。
「アランさん、一花ちゃんって本当にDランクガイドだと思います?」
「そうだな。俺も不思議に思ってる。DランクガイドがSランクエスパーのガイディングなんて普通は無理だろ。それなのに何人か続けてやっても倒れないしな。どうゆうことか様子見だな」
そう言い、アランは考え込んだ。
眠っていた一花の身体がゆっくり傾きヒロの肩へもたれかかった。
「っ、おい!」
ヒロが迷惑そうに振り向くとその瞬間、ふわりと甘い香りがした。
ヒロはその匂いに一瞬固まった。
忘れられない人の香りだった。
「こいつ……甘い匂いが……」
思わず口から漏れる。
向かいに座っていたレイが咄嗟に声をかけた。
「ヒロ!しっかりしろ」
その声ではっと我に返るとヒロはすぐに顔を逸らした。
アランはその様子を静かに見ていた。
「ヒロ、一花ちゃん風邪引くから部屋に連れて行って寝かせてやれ」
「なんで俺なんですか!」
「たまにはいいだろ。お前もそのまま部屋帰っていいから」
ヒロは深いため息を吐いた。
「……はぁ」
膝上に置いてあったパソコンをサーシャに手渡し、しぶしぶ一花を抱き上げる。
「手はだすなよ」
アランが釘を刺した。
「はいはい」
ヒロは面倒そうに返事をし事務所を出た。
エレベーターへ乗り込むと腕の中の一花に目を向ける。
一花は穏やかな寝息を立てていた。
小柄だとは思っていたが想像以上に軽くて驚いた。
(ちゃんと食ってんのか?)
そんなことを考えてしまう。
やがて七階へ着くと一花の部屋の前へ立ったところでヒロは気づいた。
(鍵……)
試しにドアを引っ張ってみても当然開かなかった。
悩んだあと、仕方なく自分の部屋へ入りそのままベッドへ一花を寝かせた。
「はぁ……めんどくさっ」
ベッドの端へ腰を下ろし大きくため息を吐く。
その時、小さな声が聞こえ振り返る。
「ごめん…なさい……お母さん…おか…さ……」
一花が涙を流しながら苦しそうにうなされていた。
ヒロは黙ってその姿を見ていたがそっと手を伸ばし一花の頭をゆっくり撫でた。
「大丈夫だ」
落ち着かせるようにそう告げると、一花の苦しそうだった表情が少しずつ和らいでいく。
涙も止まり、静かな寝息へ変わった。
ヒロはしばらくその頭を撫で続け、涙で濡れた目元を指でそっと拭った。
静かに立ち上がり寝室のドアを閉めると、ヒロはリビングのソファーへ横になった。
薄暗い部屋の中、ヒロは天井を見つめ、しばらく眠ることができなかった。




