10話
窓から差し込む明るい日差しでヒロは目を覚ました。
夏の日差しは夕方になっても眩しかった。
薄く目を細めながら身体を起こす。
「痛っ……」
首と肩が重い。
久しぶりにソファーで寝たせいで疲労が取れていなかった。
ヒロは大きくため息を吐くとシャワーを浴びに行き、気分転換をする。
濡れた髪をタオルで拭きながらリビングの窓を開ける。
「暑っ」
外はまだまだ熱気を帯びていた。
「あいつ、生きてるか」
ぽつりと呟く。
昨夜から一度も起きてくる気配がない。
ヒロは面倒そうにしながらも寝室へ向かった。
ベッドへ腰掛けると一花は静かに眠っていた。
「おい、いつまで寝てるんだ」
ヒロは一花の頭を軽く撫でた。
言葉はぶっきらぼうだが手つきは優しい。
すると一花の目がゆっくり開いた。
ぼんやりと天井を見つめ、そのまままた目を閉じようとした。
「おい寝るな」
ヒロの声に一花は飛び起きた。
「っ!。……すみません……」
反射的に謝るとその様子にヒロはふっと笑い、ぽんっと一花の頭を軽く叩いた。
「もう夕方だぞ。これ以上寝たら夜寝れなくなるから起きろ」
そう言って先にリビングへ戻っていった。
一花は慌ててベッドから降り、その後を追う。
「あの……なんで私、ヒロさんの部屋で寝てたんですか……」
「あー、昨日事務所で寝ちまって、アランさんに部屋に連れて行くよう言われたんだけど、お前の部屋開かなかったから仕方なくうちに運んだんだよ」
「すみません……ご迷惑おかけしました。鍵はポケットに入ってました」
そう言って一花は鍵を取り出した。
「男同士ならまだしも、女性のズボンのポケットに手突っ込むわけにはいかないだろ」
ヒロは苦笑いをしていた。
一花はヒロが笑った顔を初めて見た。
思っていたより優しい笑顔だった。
ヒロはテレビをつけると、冷蔵庫から水のペットボトルを持ってきて一花へ渡した。
「体調どうだ?」
「身体中が痛いです……」
「お前運動不足すぎるだろ」
ヒロは呆れたように言う。
「地下にジムとプールあるから体力つけろよ」
「ジムとプールがあるんですか?」
一花はぱっと目を輝かせた。
「アランさんから聞いてないのか?」
「初めて聞きました」
「一応、アランさんに声かけてから使えよ」
一花は小さい頃から泳ぐのが好きだった。
少し嬉しくなり、ふとヒロを見ると顔色があまり良くないことに気づいた。
「あの……怒らないで聞いてくれますか」
「なんだ?」
「ヒロさん、あまり体調良くないんじゃないですか?ガイディングした方がいいと思います」
その瞬間、ヒロの表情が変わり空気が重くなる。
先ほどまでの柔らかい雰囲気が消え、威圧感が滲み一花は思わず身体を強張らせた。
「暴走してからでは助けられません。力は弱いですが多少でも力になりたいんです」
一花は真っ直ぐヒロを見つめた。
やがてヒロは苛立ったように髪を掻き上げた。
「はぁ……。ハグなら許す。今回だけだからな」
「ありがとうございます」
一花はほっとしたように微笑んだ。
二人はソファーへ向かい合って座り、ヒロが一花を抱きしめた。
一花は集中してガイディングを始める。
その瞬間、凄まじい勢いで毒素が入ってくる。
急いで自身の身体で浄化し戻すが入ってくる力が膨大だった。
「っ……」
(苦しい…… )
だが同時にヒロの身体から重苦しい熱が消えていくのが分かった。
ヒロはゆっくりと息を吐いた。
ずっと身体に張り付いていた不快感が一気に薄れていく。
突如ふわりと甘い香りがしヒロの身体が強張った。
忘れられるわけがない一番恋しい人の香り。
ヒロはゆっくり一花から身体を離し、その顔を見つめた。
視界が揺れると目の前の一花と会いたかった女性が重なる。
「オルン……」
無意識に名前が漏れた。
目の前の女性が優しく微笑んだ気がした。
ヒロは頬を両手で包み込むと優しく口づけた。
甘い香りが頭を狂わせ深く舌を絡めた。
一花はヒロが自分ではない誰かを見ているとすぐに分かり
胸が痛んだ。
咄嗟にヒロの胸を思い切り押した。
「っ……!」
バランスを崩したヒロがソファーから落ち、我に返った。
目の前では一花が小さく震えていた。
「悪い…… 大丈夫か?」
ヒロは慌てて近づいた。
「……っ……」
一花は呼吸が乱れ、涙を流しながら震えていた。
ヒロはそっと一花を抱き締めると背中をゆっくり撫でる。
恐らくガイディング中に別の女性の名前を呼ばれ、心の拒否反応が出てしまったのだろう。
(なにやってんだ俺…… )
ヒロは目を閉じた。
ガイディング中に纏う香りがあまりにも似ていたから一花を別の人と重ねてしまった。
だからといって、別の女性の名前を呼ぶなんて最低だった。
普通のガイドなら二度と関わりたくないと思って当然だ。
ヒロは申し訳なさそうに一花の背中を撫で続けた。
細い肩はまだ小さく震えている。
しばらくするとその震えも少しずつ落ち着いていった。
ヒロはそっと身体を離すと様子を見るように顔を覗き込んだ。
一花の顔は頬も目元も赤く腫れ涙で濡れていた。
それを見てヒロの胸が痛んだ。
「一花」
優しい声で名を呼ぶと一花とようやく視線が合った。
ヒロは安心したように小さく息を吐くと親指で一花の涙を拭った。
乱れた黒髪を指で整え、そのまま頭を優しく撫でる。
「大丈夫か?」
「はい……」
掠れた声だったがやっと返事が返ってきた。
ヒロはその小さな返事に胸の奥で少しだけ安堵していた。




