11話
一花は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
自分でもなんでこんなに泣いているんだろう。と不思議だった。
頭では分からず、心と身体が別々になってしまったみたいだった。
目の前には見たこともないくらい優しい顔をしたヒロが一花の頭を撫でていた。
「ご迷惑おかけしてすみません…… 部屋に帰ります」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれる。
「今日はここで寝ろ」
「えっ……」
一花は目を見開いた。
「体調悪くなっても一人じゃ困るだろ」
「もう大丈夫です」
「いいからここにいろ。とりあえず顔洗ってこい。タオルは洗面台横の棚の使っていいから」
有無を言わせない口調だった。
一花は大人しく洗面所へ向かい冷水で顔を洗い、タオルで拭いて鏡を見ると目元は真っ赤で酷い顔だった。
(泣きすぎた……)
恥ずかしくなりながらリビングへ戻るとヒロがキッチンに立っていた。
フライパンの音が響く。
しばらくしてテーブルへ置かれたのは、炒飯とスープだった。
「こんなのしか作れなくて悪いな」
ヒロは少し照れくさそうに言った。
「いいえ。ありがとうございます。いただきます」
一花はスプーンを手に取り一口食べた瞬間、目を丸くした。
「美味しいです!」
嬉しそうに笑いかける。
「そりゃよかった」
二人で食事を終え、一花が食器を片付けようとすると、
「座ってテレビでも見てろ」
そう言われてしまった。
一花は戸惑いながらもソファーへ座る。
ニュース番組をぼんやり見ていると、洗い物を終えたヒロが戻ってきた。
手にはアイスが二つ。
「ほら」
「ありがとうございます」
二人で並んでアイスを食べる。
それから寝る前に新品の歯ブラシを貰い二人で並んで歯を磨いた。
こんな風に誰かと穏やかに過ごすことなんていつぶりだろう。
なんだか不思議な空気だった。
やがてヒロが寝室へ向かい、一花はソファーで寝ようと毛布を探していた。
「早く来い」
「えっ……?」
呼ばれて寝室へ入る。
「ベッドにうつ伏せで寝ろ」
戸惑いながらも言われた通りにすると、ヒロが一花の上に跨がった。
「うっ!」
肩。
背中。
腕。
ヒロの大きな手がゆっくり筋肉をほぐしていく。
「凝りすぎだな」
「痛っ……」
「力抜け」
ぶっきらぼうに言いながらも手つきや力加減は優しかった。
疲労や緊張で固まっていた身体が少しずつ軽くなっていく。
「ヒロさん」
「ん?」
「なんでこんなに優しくしてくれるんですか?」
一花は戸惑いながら聞くとヒロは少しだけ黙ってから答えた。
「辛い思いさせたし、今日だけ特別だからな」
そう言ってマッサージを終えると一度リビングへ向かい、戻ってきた時には氷嚢を持っていた。
「上向け」
今度は泣き腫らした目を冷やしてくれた。
(冷たくて気持ちいい…… )
ヒロはそのまま一花の頭を一定のリズムで撫で続ける。
一花はあっという間に眠りへ落ちていった。
ヒロは静かな寝息を確認すると氷嚢をサイドテーブルに置き隣で横になった。
久しぶりに少しだけ穏やかな気持ちで眠れる気がした。
朝。
カーテンの隙間から薄く光が差し込んでいた。
薄暗い寝室でヒロが先に目を覚ます。
ぼんやり視線を落とすと腕の中に一花を抱き締めたまま眠っていた。
自分はオルネア一筋なはずだったのに、なぜか一花を放っておけなかった。
昨日泣かせてしまったからか守ってやりたいと思ってしまった。
そんな感情が少しずつ芽生え始めていた。
頭を撫でると小さく身動ぎしゆっくり目を開けた一花と視線が合う。
「おはよ」
「おはよう…ございます……」
眠そうな声だった。
その様子が可愛くてヒロは思わず一花のおでこへ口づける。
「っ……!」
一花は目を見開いた。
「そろそろ起きないとアランさんに見つかるな」
「……」
「見つかったら二人で怒られるぞ」
意地悪そうに笑うと一花は慌ててベッドから起き上がった。
急いで支度を整え、玄関で頭を下げる。
「お邪魔しました……!」
ヒロは見送りながら手を振った。
「またあとでな」
一花は自分の部屋へ戻り、ソファーへ座りながら昨夜のことを思い返していた。
ヒロには嫌われていて、冷たい人だと思っていた。
『オルン……』そう呼んだ声はとても優しかった。
(恋人だったのかな……)
以前にも『あいつだけだ』そう言っていた。
ならどうして自分にあんなに優しくしてくれたんだろう。
恋愛経験のない一花には分からなかった。
考えているうちに時間はあっという間に過ぎていく。
「あっ、急がないと」
一花は急いで支度をし事務所へ向かった。
事務所にはアランだけがまだ来ていなかった。
掃除を終えサーシャと一緒に書類整理を進めていると夕方になりようやく事務所にアランがやってきた。
「ヒロ、レイ。二人は一花ちゃんを連れてパタゴニアにあるゲートに入ってきてほしい」
「はぁ?パタゴニアってどこですか?」
「アルゼンチンとチリにまたがるとこですよね」
「ヒロよく知ってんな」
「お前が地理に疎いだけだろ」
ヒロとレイは軽く言い争いが始まる。
アランは呆れたように続けた。
「今は冬の極寒地域だ。ゲート内も寒冷地だろう。そこのゲートには核が三つある。それを頼む」
「なんで一花ちゃん連れてくんですか」
レイが眉をひそめる。
「現場が過酷なのもあってガイディングが必要なのと、現場経験を踏ませる為だ」
「ちょっと過酷すぎませんか?」
ヒロも険しい顔をした。
「二人は厳しいと言ってるが一花ちゃんはどうだ?」
アランが一花に問いかける。
「私……頑張ります!」
一花が真っ直ぐに言うとヒロとレイは顔を見合わせ小さくため息を吐いた。
「分かりました。これから準備して向かいます」
ヒロとレイが装備について話し合っていると、サーシャが一花の方へ歩いてきた。
「これどうぞ」
差し出されたのは黒い小さなポーチだった。
「ポーチですか?」
「これは小型空間ホルダーです」
サーシャが丁寧に説明する。
「容量は見た目以上ですよ。大きいものや重たい物も入れておけます」
「すごいですね……」
一花は驚いたように目を丸くするとサーシャは少しだけ微笑んだ。
「腰ベルトに通して使ってくださいね」
「ありがとうございます」
一花は大事そうに受け取った。
レイがちらっとその様子を見ながら笑う。
「サーシャ、それ結構高いやつじゃないか?」
「予備で持っていた物なので大丈夫ですよ」
「相変わらず過保護だね」
湊が呆れたように呟く。
「一花ちゃん、寒冷地装備ちゃんとある?」
レイが一花に聞いた。
「えっ……」
一花は固まった。
その反応だけで全員察した。
「持ってないんだな」
ヒロが額を押さえる。
「お前寒冷地舐めすぎだろ。死ぬぞ」
「す、すみません……」
「とりあえず防寒着はこっちで準備する」
レイがため息を吐きながら立ち上がった。
「一花ちゃんの持ち物は私と一緒に確認しましょう」
サーシャが準備を助けてくれることになった。
慌ただしく準備が進み、次の任務が始まろうとしていた。




