12話
出発は深夜だった。
事務所内の冷房を16度に設定し、一花は新しく買ってもらった防寒着へ袖を通しながら落ち着かない様子で立っていた。
黒いダウンに厚手のインナー。
防寒防水ブーツに手袋。
普段の軽装とはまるで違う。
「ちゃんと閉めないと低体温症になるぞ」
ヒロが一花の首元を引っ張りジッパーを上まで閉めた。
「あっ、ありがとうございます……」
「寒冷地は洒落になんねぇくらい寒いからな」
レイも黒い防寒ダウンを羽織りながら言う。
「準備できたか?」
アランが事務所へ入ってくる。
「はい」
ヒロが答えた。
「向こうの管理局とは話つけてある。現地到着後は向こうの誘導に従え」
「分かりました」
そう言いアランは一花を見る。
「無理そうならすぐ帰還しろ。今回は現場経験優先だ」
「はい。頑張ります」
その返事にアランは少しだけ微笑んだ。
「行くぞ」
ヒロが手をかざすと空間がゆらり揺れ、視界がぐにゃりと歪み身体が浮く感覚がする。
「今回は距離があるから少し酔いやすくなる。目を閉じてろ」
ヒロは一花の後ろから片手で目を覆った。
すると足元が雪を踏みしめる感触に変わった。
「……っ寒!」
レイは思わず肩を震わせた。
息が白く頬が痛い。
視界一面が白銀の世界に包まれ遠くには雪山が広がっていた。
「うわー、綺麗……」
一花は大量の雪に囲まれたことがなかったので寒さより雪に感動していた。
「そんなこと言ってられるのも始めだけだ」
ヒロは慣れた様子だった。
近くには現地の管理局職員らしき人達が待機していた。
ヒロたちは職員に許可証を提示しスペイン語で手続きをしていた。
一花は前方の巨大な黒いゲートに目を奪われていた。
「大きい……」
一花は呆然と呟く。
日本で見た二重ゲートとは比べ物にならない大きさだった。
空気が重く寒いはずなのに嫌な汗が滲む。
レイが煙草を咥えながら戻ってきた。
「今回のゲートかなり荒れてるらしい。先に入ったチームが二つ壊滅してるんだと」
「壊滅……」
一花の顔が青ざめる。
ヒロはそんな一花に声をかける。
「怖いか?」
「少し……」
一花が正直に答えるとヒロが一花の頭にぽんっと手を置いた。
「俺らがいるから死なねぇよ」
「はい……」
一花は小さく頷くとヒロが優しく微笑んだ。
その時、ゲートの奥から低い地鳴りのような音が響き渡る。
管理局職員達がざわつき始めた。
「核反応増加!」
「また魔物出てくるぞ!」
切羽詰まった声にヒロとレイの表情が変わる。
「行くぞ。ちゃんとついて来いよ」
二人は迷いなくゲートへ向かい、一花も息を飲みながら後を追う。
ゲートへ足を踏み入れた瞬間、中は吹雪だった。
風が荒々しく吹いていて出ている目のまわりが凍りそうになった。
そして遠くから聞こえる獣の咆哮。
低く重い声が雪原へ響き渡った後、吹雪の奥から巨大な影が飛び出してきた。
「来るぞ!」
レイが声を上げる。
白い毛並みをした大型の魔物だった。
雪を蹴り上げながら猛スピードで突っ込んでくる。
「下がってろ!」
ヒロが一花を庇うように前へ出ると姿が消え、瞬時に魔物の真横へ移動していた。
ヒロのナイフが魔物に刺さる。
しかし動きを止められなかった。
レイは巨大な氷塊を浮かせそのまま魔物に叩きつけた。
轟音と共に地面が揺れる。
魔物は咆哮を上げながら再び立ち上がった。
「倒れねぇな!」
レイの瞳が赤黒く光を帯びると周囲の雪が一気に舞い上がり見えない力が魔物の身体を押し潰していく。
悲鳴と骨が軋む音が響き渡る。
吹雪の中から別の魔物が飛び出してきたのに一花が気付き思わず叫んだ。
「後ろ!」
ヒロは一瞬で転移し魔物の首を斬ると赤黒い血が飛び散った。
一花は震える手を握り締めていた。
そんな時、二人の瞳が淡く光を帯び戦うほど空気が重くなっていった。
暴走前特有の不安定な色に一花は胸がざわついた。
魔物の数は吹雪の奥から次々現れる。
レイは苛立ったように舌打ちした。
「キリがねぇな」
周囲の雪を宙へ浮かび上がらせ圧縮された雪塊が一気に魔物へ叩き込まれると爆発音と共に肉片が飛び散る。
ヒロも空間移動を繰り返しながら魔物を仕留めていくが長時間の戦闘のせいで二人の呼吸が荒くなっていた。
(早くガイディングしないと……)
ようやく最後の魔物が倒れ静寂が訪れると不思議と吹雪が止んだ。
レイは大きく息を吐きその場へ座り込む。
ヒロも壁のような岩へ寄りかかった。
二人の目はまだ淡く光を帯びていて危険な状態だった。
少し休んだあと、ヒロが声をかける。
「移動するぞ」
三人は再び雪原を進み始めた。
しばらく歩いた時、一花が崩れかけた建物を見つけた。
「あそこに建物があります」
木造の古い廃墟だった。
「今日はあそこで仮眠取るか」
「そうだな」
レイが疲れたように呟くとヒロも小さく頷いた。
三人は廃墟の中へ足を踏み入れる。




