13話
三人が廃墟の中へ足を踏み入れると中の天井は所々崩れていた。
床には雪が入り込み壁もひび割れているがそれでも外よりは遥かにマシだった。
「……寒っ」
レイが濡れた前髪をかき上げながら呟く。
白い息が薄暗い空間へ広がった。
いくつか部屋があり、一花たちはリビングのような部屋へ入る。
ヒロは各部屋を見回しながら安全確認をしていた。
「魔物の気配は今んとこ無し」
「中はあんまり荒らされてないな」
レイも辺りを見回す。
一花は少しだけほっと息を吐いた。
緊張しっぱなしだったせいで足が震えている。
ヒロは古い暖炉を見つけると近づいた。
「これ使えそうだな」
その時、レイが別部屋から薪を抱えて戻ってくる。
「向こうの部屋に薪積んであった」
「乾いた木があってよかったな」
二人は慣れた様子で火を起こすと、ぱちぱちと薪が弾け廃墟の中へ少しずつ暖かい空気が広がっていく。
一花は手袋を外し防寒着のダウンを暖炉の近くへ掛けるとそこでようやく自分の指先の感覚がなくなっていたことに気づいた。
「手真っ赤じゃん」
「ほんとだ……」
レイが眉をしかめた。
「貸して」
レイは一花の両手を掴み、自分の掌で包み込むとじんわり熱が伝わってきた。
レイの能力による熱操作だった。
「わっ……」
一花は驚いて目を見開く。
「凍傷になったら大変だろ」
レイは軽く笑うと瞳がまた淡く赤黒く光を帯び始めたのに気がついた。
「ガイディングしますか?」
一花は心配になり声をかけるがレイは視線を逸らした。
「今日は一花ちゃんも疲れてるし無理しなくていいよ」
そう言ってさっと離れると自身の空間ホルダーから寝袋を取り出す。
「じゃあ俺先寝るわ」
「でも……」
一花は納得できなかった。
レイの纏う空気は明らかに不安定だったからだ。
「お前も早く寝ろ」
ヒロに後ろから声をかけられ振り返ると、ヒロの瞳も淡く光を帯びていた。
「お二人とも瞳の色が違います……大丈夫なんですか?」
「俺たちはこのくらい慣れてるから大丈夫だ。気にしないで寝ろ」
ヒロは暖炉の近くへ座り込んだ。
一花は釈然としないまま寝袋へ入ったがまったく眠れなかった。
暖炉の火を見つめながら二人のことばかり考えていた。
ヒロはそんな一花に気づき静かな声で話しかける。
「眠れないのか」
「緊張が抜けなくて……」
「そのうち慣れる」
沈黙が流れ、薪の爆ぜる音が響く中、一花は意を決したように口を開いた。
「ヒロさん……聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「どうして皆さんはガイディングを嫌がるんですか?管理局にいた時はそんな方いなかったので……」
その瞬間、空気が止まりヒロは何も答えない。
返事がないことに一花は恐る恐る顔を見ると険しい顔をしていた。
「一花ちゃん、ちょっと起きて」
振り返るとレイが寝袋から起き上がっていた。
瞳は赤黒く光を帯び、纏う空気もいつもの軽さがなかった。
一花はゆっくり寝袋から出ると部屋の冷たい空気が肌へ刺さった。
レイはそのまま一花を跨ぐようにしゃがみ込み、顎を片手で掴む。
「なんで俺たちがお前のガイディング嫌がるか教えてやるよ」
赤黒い瞳が一花を見下ろしていた。
「Dランクだから分からないんだよね。本当の辛さがどんなものなのか」
「おいっ」
ヒロが止めようと声を上げる。
だがレイは視線を逸らさなかった。
「やりたいって言ってんだからいいだろ。ガイディング始めろよ」
そこでようやくレイは怒っていると一花は気づいた。
けれどもう遅かった。
一花は震える手で顎を掴まれているレイの腕を掴みガイディングを始めた瞬間。
「っ……!」
一瞬で体内に膨大な量の毒素が流れ込んでくる感覚に襲われ力が抜け呼吸が乱れる。
レイの瞳は怒りで満ちていた。
「ごめ…な…さい……」
一花は小さく謝る。
「この程度のガイディングしかできないのによく言えるわ」
冷たい声だった。
身体の奥へ無理矢理異物を流し込まれるような感覚に一花の手が震え視界が歪む。
咄嗟に一花は俯いた。
「っ……ぁ……」
(息ができない…… 身体が熱くて苦しい…… )
頭の中にレイの感情が流れ込んでくる。
怒りや破壊欲の感情の濁流だった。
「レイ…さん…ごめ…ん…なさ…っ……」
一花は必死に謝り続けた。
限界を超えた瞬間、身体が震え視界が真っ暗になった。
その様子に気づいたヒロがレイを突き飛ばした。
「やりすぎだ!」
レイは舌打ちしながら後ろへ下がる。
一花は力なくヒロの腕へ倒れ込んだ。
「分からせるのも大事だろ」
レイは不貞腐れたように暖炉の近くへ座り込む。
ヒロは一花を支えながら顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か」
一花の瞳は色を失い一点を見つめたまま涙を流していた。
「大丈夫……です……すみません…でした……」
小さな声だった。
そのまま一花は力なく寝袋へ潜り込み身体を小さく丸めた。
だがレイの流れ込んだ感情が抜けない。
息ができないような苦しい感覚に胸を握り潰されるような痛みと焼けるような熱に包まれていた。
翌朝、一花はほとんど眠れないまま目を覚ました。
身体が重く頭もぼんやりして熱を出した時みたいだった。
昨日レイに怒りの感情をぶつけられて気づいたことがあった。
初めてガイドとして必要とされて、頼ってもらえて、少しだけ自分にも誰かを助けられる力があるのかもしれないと思っていた。
でもそれは違った。
結局、自分には人を助けられる力などないのだと思い知らされた。
だからこそこれ以上、必要以上に近づいてはいけない。
今まで通り、影のように静かにそこにいるべきなのだと思い出した。
寝袋の中で小さく息を吐き、一花は何事もなかったように起き上がった。
「おはようございます……」
声は少し掠れていた。
「体調大丈夫か」
「平気です」
ヒロは寝袋を片付けながら一花を見ると顔色が悪かったが
本人は隠しているつもりらしかった。
レイもちらっと一花を見たが昨夜のこともあり、何も声をかけなかった。
三人は簡単に食事を済ませると再び吹雪の中を進み始めた。
この日のゲート内は昨日以上に危険だった。
視界を奪う吹雪に絶え間なく現れる魔物。
ヒロとレイはほとんど休まず戦い続けていた。
二人とも圧倒的強さだった。
一花は後方で必死についていく。
身体がふらつくが弱音だけは吐かなかった。
やがて吹雪の奥に赤い光が見えた。
「核だ」
巨大な氷壁の中央に小さな核が埋め込まれていた。
周囲には大量の魔物。
「一気に片付けるぞ」
ヒロとレイは容赦なく魔物を殲滅していく。
一花は息を呑みながらその戦いを見ていた。
そして数十分後。
二つ目の核を回収した。
「これで残り一つか」
レイが荒い息を吐く。
「今日はここまでだな」
ヒロは核を空間ホルダーへ収納してから辺りを見回した。
しばらく進んだ先に岩壁の奥に小さな洞窟を見つけた。
「今夜はここで仮眠取るぞ」
三人は吹雪から逃げるように洞窟へ入っていった。




