14話
洞窟の中は体格のいいヒロとレイには少し窮屈そうだった。
ヒロは昨夜の廃墟から持ってきた薪を使い火を起こした。
ぱちぱちと火が弾け、冷え切った空気を少しずつ温めていく。
三人は濡れた手袋を外し焚き火の側へ置いた。
一花は空間ホルダーからペットボトルの水を取り出し蓋を開けようと何度か試すが指先が思うように動かなかった。
諦めるように小さく息を吐き、再び空間ホルダーへ戻しそのまま壁へもたれ掛かり目を閉じる。
レイはその様子を見て呆れたようにため息を吐いた。
「一花ちゃん、食べてから寝な」
そう言って空間ホルダーから保存食を取り出すと開けやすいように少しだけ開封してから一花へ差し出した。
「ありがとうございます……」
一花は慌てて両手で受け取った。
レイがくれたシリアルバーを開け、食べ始めたが味がしなかった。
身体が重く頭もぼんやりする。
「水分もちゃんと取らないと」
レイはペットボトルの蓋を開けそのまま渡した。
「すみません……」
一花は小さく頭を下げる。
冷たい水が喉を通る感覚だけは分かった。
食事を終えると、ヒロとレイは洞窟の外へ出ていった。
一花は邪魔にならないよう洞窟の奥側へ移動し壁へ背中を預けると一気に力が抜けた。
眠気というより、身体の機能が落ちていくような感覚だった。
そのまま静かに眠りに落ちる。
ヒロとレイは吹雪の止んだ外へ出ると白い雪原が月明かりに照らされていた。
「お前、あいつに謝れよ」
ヒロが低い声で言うとレイは煙草へ火をつけながら笑った。
「なんでだよ。本当の事知って苦しむのは一花ちゃんなのにか」
「それとこれは話が違うだろ」
「違くないだろ。俺たちはオルン……オルネアを助けるために身代わりのガイド探してたんだろ」
「それは……」
ヒロは言葉に詰まったが事実だった。
オルネアを失ってから助け出す為に出来ることを探してきた。
だが一花に対して芽生え始めた感情もまた本物だった。
レイは煙草を雪へ落として踏み消した。
「とりあえず今日は寝るぞ。さすがに疲れたわ」
先に洞窟へ戻ると一花の様子がおかしいことに気がついた。
「一花ちゃん……?」
レイの顔色が変わり一花の肩を揺らすと手が力なく落ちた。
「拒否反応か……っ……くそ……」
レイは舌打ちし、すぐヒロを呼ぶ。
「ヒロ!寝袋広げろ!」
ヒロは一瞬で状況を理解して急いで寝袋を広げる。
レイは一花の防寒ダウンと裏起毛のトレーナーも脱がせると冷え切った身体をそのまま寝袋へ寝かせ自分も薄着になり一花を強く抱きしめた。
能力を使い自身の体温を一気に上げるとじわりと熱が広がった。
ヒロはもう一枚の寝袋と毛布を取り出し二人へ掛けた後、焚き火の近くへ横になり目を閉じた。
拒否反応で氷みたいに体温が下がった一花を守れるのは自分ではないと分かっていたからだった。
レイは一花を抱きしめていると少しずつ一花の体温が戻っていくのを感じていた。
一花は夢を見ていた。
母が食べられている光景。
家では父や兄妹達から責められる日々。
『なんでお前が生きてるんだ』
耐えられなくなって祖母の家へ逃げた時向けられたのは嫌悪の目だった。
どれだけ頑張っても努力しても誰も助けてはくれなかった。
その度に静かに心が閉じていく音がした。
一花はふっと目を覚ますと誰かに抱きしめられていた。
ゆっくり顔を上げるとレイも一花が動いたことに気づき視線を落とすと目が合った。
レイは一花の頭をゆっくり撫でる。
「寒くないか?」
「はい……」
一花は俯きながら小さな声で答えた。
「一花ちゃん」
名前を呼ばれゆっくり視線を上げるとレイはじっと一花を見つめていた。
そしてそっと額へ口づける。
「ごめん……」
ゆっくり唇が離れるとレイは苦しそうな顔で一花を見つめた。
そのままぎゅっと胸へ抱きしめると深くため息を吐きながらしばらく離そうとはしなかった。
しばらくしてヒロが一花の横へ来ると首に手を当てた。
「まだ体温は低そうだが起きれそうか?」
「はい」
一花はレイの腕の中から起き上がると視界がぐわんっと揺れ吐き気に襲われた。
「……っ……」
一花は咄嗟に口元を手で押えた。
「ダメそうだな」
レイも起き上がり一花の背中を撫でた。
「お前のせいだろ。やはり一度戻ろう」
「そうだな……」
ヒロとレイで荷物を片付ける。
レイは一花に水を飲ませた。
「ゆっくり少しずつ飲んで」
一花は言われた通りにした。
「すみません……」
小さく謝るとレイに支えられながら立ち上がった。
ヒロが手をかざすと一瞬でゲートの外に出られた。
現地の管理局員に事情説明を終えたヒロが二人の元に戻ってきた。
「帰るぞ」
そう告げるともう一度手をかざすと次の瞬間オルンギルドの事務所に戻ってきた。
事務所にはアランしかいなかった。
一花はぐったりして立っていられず、足から力が抜けた。
レイが支えてくれていたお陰で倒れずにはすんだ。
「どんな状況だ?」
アランが一花の傍に様子を見にくると眉をひそめる。
「これは……お前たちがやったのか」
二人は黙ったまま答えない。
レイの腕の中の一花を抱き上げソファーに静かに寝かせると苦しそうに息を漏らした。
「……っ……」
頬は熱を持っているのに指先は冷たい。
アランは一花の額へ触れると小さく息を吐いた。
「拒否反応だな……」
そのまま一花の頬へ手を添える。
「少し我慢しろ」
そう告げると迷いなく唇を重ね逆ガイディングを始めた。
ヒロとレイは思わず視線を逸らし後ろを向く。
「ん……っ……」
アランは優しく絡め取るようにゆっくり舌を差し入れた。
一花の身体がびくりと震える。
枯渇していた体内から少しずつ黒い靄のような感覚が抜けていく。
「んっ……はぁ……」
一花から苦しそうな吐息が漏れる。
アランは片手で一花の頭を押えさらに深く口づけた。
甘い呼吸音が静かな事務所へ落ちる。
一花の指先が微かにアランのシャツを掴んだ。
拒否反応で重苦しい身体から別の感覚へ変化する。
「ん……ぁっ……ん……」
アランは一花の様子を見ながら唇を離さないままゆっくり毒素を引き抜いていくが一花は甘い感覚に包まれ声が漏れ始めた。
「もう……や……んっ……」
一花から甘い匂いが纏い始めるとアランの手に力が入り止められなくなった。
ヒロは後ろを向いたまま拳を握る。
レイも黙ったまま俯いていた。
「ん……アラン…さん……い…や…っ…ぁ……ん……」
一花の身体がびくりと力が入った後、完全に力が抜けた。
苦しそうだった呼吸も少しずつ落ち着いていき眠りに落ちた。
アランはゆっくり唇を離すと透明の糸が細く切れる。
「……はぁ……っ……」
アランが髪をかきあげ苦しそうに息を吐いた。
逆ガイディングはアラン自身にも大きな負担がかかることを二人は分かっていた。
ヒロはアランに向き直ると頭を下げた。
「すみませんでした」
レイもヒロに続き頭を下げる。
「何があったか説明しろ」
ヒロは今回の経緯を話すとアランは光を帯びた目で鋭く睨んだ。
「俺はオルンを助ける為に管理局と手を組んだんだ。それを邪魔するなら出ていけ」
「今後はこの様なことにならないように気をつけます」
二人もオルンを助けたい気持ちは同じだったため、頭を下げ続けた。
「罰として一晩、一花ちゃんの面倒はレイが見ろ。以上だ」
そう言いアランは事務所を出ていった。
レイはため息を吐くと一花を抱え部屋に戻って行った。
ヒロは一人になると事務所のソファーに座り込み、天井を眺めた。
オルンは、オルネア・ライドネスといい、オルンギルドの前のルーフェスギルド創設時のSランクガイドだった。
ヒロ、レイ、サーシャ、湊とも相性が良く、皆オルネアに恋愛感情を抱いていたがパートナーはアランだった。
五年前、異空間のSSランクゲートにオルネアだけ魔物の罠にはまり取り残されてしまったのだった。
どうにかして助けようとアランは幼馴染みの、国家特務保安管理局ギルドマスター・黒川誠一に助けを求めると閉じ込められたゲートの核か別ゲートの千の核を集めればSSランクのゲートが開けられると言われ、数あるゲートを閉じ魔物を倒す代わりにCランクギルドとして形を変え、秘密裏に二重ゲート専門に扱ってきていたのだ。
SSゲートは特別な異空間のため時間の流れがゲート内の方が遅い為、生きている可能性が高かった。
そのために今まで皆で頑張ってきたのにな……とヒロは目を瞑り考えていた。




