15話
今日はレイの部屋から一緒に事務所へ降りてきた。
エレベーターの中は静かだった。
一花は昨夜のことを思い出してしまい、落ち着かない気持ちのまま俯いている。
レイは横目でそんな一花の様子を見ていたが声はかけなかった。
黙ったまま事務所の前へ着くと扉を開けた。
中にはすでにヒロ、サーシャ、湊が揃っていた。
「おはようございます……」
一花とレイが一緒に入ってきた瞬間、空気が少しだけ止まる。
湊はソファーへ座ったまま冷たい目線を向けた。
「一花ちゃんはさー、男好きなの?」
「えっ……」
突然の言葉に一花は固まった。
「だってこの間はアランさんにヒロさん。今日はレイさんと一緒だし」
「そっ、そんなつもりじゃないです……」
一花は慌てて否定したが湊は視線を逸らさなかった。
「誰か狙ってるなら意味ないから止めなよ。あんたを好きになる人なんてうちのメンバーにはいないからさ」
その言葉は静かに胸へ突き刺さり、一瞬だけ言葉を失い俯いた。
「そう……ですね……。不快な気持ちにさせてしまい、すみませんでした。今後は気をつけます」
そう言って深く頭を下げた。
レイが眉をしかめ、ヒロも湊を睨んだが誰も口を出さなかった。
重たい空気が流れる。
その空気を変えるようにサーシャが優しく一花へ声をかけた。
「体調は平気ですか?」
「はい。ご迷惑おかけしてすみませんでした。すぐに掃除を始めます」
一花はすぐに働き始めた。
逃げるように掃除道具を取りに行き、黙々と床を掃除する。
湊はそんな一花をちらりと見たあとソファーへ深く座り込むと聞こえるように言う。
「被害者面しちゃってさ。最悪っ」
ヒロは苛立ったように舌打ちした。
「湊!いい加減にしろ」
「だって事実でしょ」
湊は悪びれもしない。
「俺たちはオルンを助けるためにやってんのに、中途半端な感情持たれたら迷惑でしょ」
その言葉にヒロは黙り込み、何故か否定できなかった。
一花は掃除が終わると書類整理に報告書作成をこなし誰とも目を合わせなかった。
その時、事務所の扉が開くとアランが入ってきた。
「皆いるな。紹介したい人がいる。入ってくれ」
アランの後ろから小柄な女性が顔を出す。
一花と同じくらいの背格好にピンク色のボブ髪、大きな瞳で愛らしい雰囲気を纏っていた。
女性はにこりと笑う。
「お久しぶりです。新島愛菜です。Sランクガイドです。よろしくお願いします」
一花は思わず手を止めた。
(Sランク…… )
自分とは真逆の存在だった。
「皆知ってると思うが、黒川のパートナーだ。愛菜ちゃんには急遽、ガイディング担当で入ってもらうことになった」
アランが静かに告げる。
「一花ちゃんは事務所で雑務だけでいいから」
その瞬間一花の思考は止まった。
自分では少しでも役に立ちたいと思って頑張ってきたつもりだった。
けれど結局ガイドとしては必要なかったのだと理解する。
一花は力なく俯くと小さな声で返事をした。
「分かりました……」
アランは淡々と続ける。
「早速、愛菜ちゃんには皆のガイディングを頼む。ヒロ、湊、サーシャはゲートに向かってくれ」
「「はい」」
三人は短く返事をした。
一花はなるべく気配を消すように静かに書類を持つと奥の棚へ移動した。
すると後ろから明るい話し声が聞こえてくる。
「愛菜ちゃん久しぶりだね」
レイが話しかけると愛菜はふわっと笑う。
「レイさんは相変わらず格好いいですね」
「えー、俺は?」
湊が不満そうに口を挟む。
「湊さんはかわいいですよ」
愛菜は楽しそうに笑った。
「あっ、アランさんもちゃんとガイディング受けてくださいね!」
「ああ。よろしく頼む」
アランは自然に笑みを返していた。
その光景を見て一花は視線を落とす。
Dランクの自分がどれだけ頑張っても結局皆の力にはなれないと思い知らされた気がした。
一度もガイディングをさせてもらえなかったアランでさえ、愛菜には素直に応じている。
厚待遇や優しい言葉に少しでも仲間として受け入れてもらえたと思っていた自分が恥ずかしくなった。
(今後はクビにならないようにしないと…… )
一花は静かにそう思った。
それから数日が経った。
ヒロ、湊、サーシャの三人がゲート任務から戻ってきた。
扉が開いた瞬間、三人とも疲労が色濃く重たい空気が流れ込んだ。
「皆さん、お疲れ様です!」
愛菜は慣れた様子でガイディングを始める。
触れられた瞬間、三人の顔色が目に見えて良くなっていった。
一花はその様子を黙って見ていた。
ガイディングを終え愛菜はソファーへ腰掛けると一花へ声をかける。
「一花ちゃん、お茶持ってきて」
「はい」
一花はすぐに立ち上がり、冷蔵庫からペットボトルのお茶を四本取り出し一人ずつ前へ置いた。
「どうぞ」
愛菜は特に気に留める様子もなくお茶を飲み始めた。
サーシャだけが一花の表情の薄さに気づいていた。
「一花ちゃん、お茶ありがとうございます。何か困っていることはないですか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
一花は頭を下げそのまま自分の机へ戻り静かに報告書の準備を始めた。
以前のように自分から話しかけることもなくなっていた。
その後、三人の報告が終わると愛菜はソファーへ身体を預けながらアランに声をかけた。
「アランさん、皆でどこか行きませんか?毎日毎日仕事なんて疲れます……」
甘えるような声だった。
アランは少し考える素振りを見せる。
「たまにはいいか。温泉とか行くか?」
「夏なのに温泉って暑くないですか~」
愛菜は不満そうに頬を膨らませた。
「リゾート地の露天風呂付きホテルとかいいんじゃないですか」
サーシャが提案すると愛菜の表情がぱっと明るくなった。
「それならいいです!」
嬉しそうに身を乗り出す。
「私はアランさんと同室がいいな!」
その言葉に空気が少しざわつくがアランは困ったように笑っただけだった。
「しょうがないな」
「やったー!」
愛菜は嬉しそうに笑っていた。
その賑やかな空気の中、一花だけが静かにキーボードを打ち続けていた。




