16話
旅行当日の朝。
事務所の駐車場には八人乗りの黒いワゴン車が停まっていた。
夏の日差しが車体へ反射している。
「車で行くなんて久しぶりですね!」
湊が嬉しそうに声を上げた。
運転席にはヒロ。
助手席にサーシャ。
一番後ろの席にはアランと愛菜。
その前にレイと湊が座る。
一花は後部座席の出入口近くへ座り、隣には皆の荷物が積まれていた。
車内は思ったより和やかだった。
愛菜が話し、湊が笑い、レイが適当に返す。
アランも珍しく穏やかな空気を纏っていた。
高速道路も渋滞なく順調に車は進んでいく。
昼過ぎ。
休憩のためサービスエリアへ立ち寄った。
各自トイレへ行ったり煙草を吸ったり自由に過ごし、しばらくして再び車へ戻ると愛菜が後部座席から声を上げる。
「あっ!珈琲飲みたかったのに買うの忘れちゃった~」
「買ってくるか?」
アランが聞くと愛菜は一花に声をかけた。
「一花ちゃん、悪いんだけど買ってきてくれる?」
一花が出入口に近かったからなのか、わざとなのか分からないが素直に従った。
「何がいいですか?」
「私フラペチーノ!」
「俺はアイスコーヒー」
「アイスカフェラテ!」
それぞれ注文を聞き、一花が急いで車を降りると助手席のドアを開けサーシャが声をかける。
「私も一緒に行きますよ」
「……大丈夫です。すぐに行ってきますので」
一花は頭を下げ、小走りで店へ向かった。
しばらくして両手いっぱいに飲み物を提げて戻ってくる。
「お待たせしました」
一人ずつ渡しきった時、レイがふと気づいた。
「あれ? 一花ちゃんのは?」
「あっ、私は大丈夫です」
その言葉に車内の空気が少し止まった。
「えー、なんか私がわがまま言ったみたいじゃない。感じ悪~」
愛菜が不満そうに少し怒ったような声だった。
一花は慌てて首を振る。
「ちっ違うんです。朝飲んだので今はいいかなと思って……すみません……」
するとアランが間へ入った。
「俺も飲みたかったし、愛菜ちゃんが言ってくれてよかったよ」
その言葉に愛菜の表情がすぐ明るくなる。
「アランさんがそう言うなら許します」
「ありがとな」
アランは愛菜の頭を優しく撫でた。
重かった空気は消え、車は再び目的地へ向かって走り始めた。
ヒロは運転しながらバックミラー越しに一花を見ると窓の外を眺めていた。
けれどその目は景色を映していないようだった。
以前よりさらに気配を消しているように見えた。
夕方。
ようやくホテルへ到着した。
海沿いの高級リゾートホテル。
ロビーにはシャンデリアが輝き、夏らしい爽やかな香りが漂っている。
各自荷物を持ちチェックインのため受付へ向かった。
「申し訳ございません。本日お部屋が混み合っておりまして……」
受付スタッフが困ったように説明を始める。
一人部屋だけ露天風呂無し、豪華な部屋食も付いていないらしい。
「えー、俺一人部屋やだ!」
湊が露骨に嫌そうな声を上げた。
「すみません。注意事項読んでなくて……」
予約をしたサーシャが申し訳なさそうに謝った。
「ここは公平に一人部屋はじゃんけんだな」
アランが告げた。
その時、一花が小さな声で話した。
「あの……私、一人部屋でいいです」
皆の視線が向く。
「やった! 決まったじゃん! 俺とレイさんでいいよね」
湊は嬉しそうにレイを見る。
レイは返事をする前に一瞬だけ一花を見たが声はかけなかった。
「早く部屋で休みたーい」
愛菜はアランの腕へ甘えるように手を回す。
一花はサーシャから鍵を受け取る。
「本当に一人部屋でいいんですか?無理してませんか?」
サーシャが心配そうに一花に聞くと、ヒロとサーシャに微笑んだ。
「大丈夫です。ゆっくり休んでください」
ぺこりと頭を下げ、そのまま一人で部屋へ向かう。
部屋は狭かったけれど綺麗で一花には十分すぎるくらいだった。
一花はシャワーを浴び髪を乾かす。
窓の外を見ると、山側の部屋だったから真っ暗闇だった。
一花は小さくため息を吐くと食事を買いに部屋を出た。
ホテルの外へ出ると辺りは暗く、街灯がぽつぽつと遠くに光っているだけで歩いて行くには厳しい距離に見えた。
仕方なく一花はフロント係へ声をかける。
「すみません。この辺に食べ物買える所はありませんか?」
「申し訳ございません。この辺は早くに店が閉まってしまい、タクシーで十五分ほど行った場所にコンビニが一軒あるのみでございます」
「そうですか……」
一花は小さく頭を下げる。
その時、ロビーの端に小さなお土産ショップがあることに気がついた。
一花はそこでクッキーを一箱と大きなペットボトルの水を一本買った。
部屋へ戻るとテレビをつけてクッキーを二枚だけ食べ、コップに水を注ぎ飲み干した。
その後、歯を磨いてベッドへ入った。
しばらくベッドに入りながらテレビを見ていたが、まったく眠れず時間を見るともう深夜近かった。
一花はベッドからゆっくり起き上がる。
静かな部屋にいると余計に色んなことを考えてしまう。
一花は気分転換にホテル内を散歩することにした。
エレベーターホールにあった館内案内を眺めると三階に庭園があると書かれている。
(少し歩けば眠くなるかな…… )
そう思いエレベーターで向かった。
三階で降りるとカフェらしき店があったがすでに閉まっていて、さらに奥へ進むと庭園へ繋がるガラス扉があった。
一花は少し重たいガラス扉を押してゆっくり外へ出る。
「わー、すごい……」
思わず声が漏れた。
庭園一面にライトアップされ、ひまわりが咲いていた。
背の高いひまわり達が夜風に揺れ、淡く照らされ幻想的だった。
一花は少しだけ表情を緩め遊歩道をゆっくり歩き始めた。
すると遠くから話し声が聞こえ一花は足を止める。
暗がりのベンチ付近に人影が見え耳を澄ます。
「愛菜の言うこと聞きすぎじゃないですか」
ヒロの声だった。
「仕方ないだろ」
低くめの声で返事をしたのはアランだった。
「能力を使えば毒素は蓄積される。それを受け止め浄化するガイドが必要なんだ」
「だからって彼女じゃなくてもいいでしょ」
ヒロの声には苛立ちが滲んでいた。
「ならSランクエスパー五人全員のガイディングをできるやつがどこにいる。管理局と手を組んだのだってこの為だろ」
アランの声は冷静だった。
「それでも…… 一花だって頑張ってたじゃないですか」
ヒロが呟く。
だがアランは迷いなく続けた。
「彼女はダメだ。お前も気づいただろ。あの甘い匂い」
「……オルンに……そっくりでした」
「俺はオルンを諦めてない」
「それは俺も同じです」
「だったら今の状況を受け入れろ。愛菜はガイド。一花はオルンを助けた時の身代わりだ」
その言葉を聞いて一花の身体が固まり頭が真っ白になる。
ようやく理解した。
今までの違和感が全部繋がる。
オルンギルドのエスパー達は、やはりSランクだった。
そして皆、オルンという女性を助ける為に動いている。
その為に愛菜のガイディングが必要。
そして自分は ——
(身代わり…… )
心の中で声が漏れた。
自分が必要とされていたわけじゃなかった。
優しかったのも。
厚待遇だったのも。
高い報酬も。
全部、オルンという人の身代わりだったから。
一花は胸の奥で何かが静かに崩れていく音がした。




