8話
小さな洞窟の中で皆は仮眠を取っているが、一花はほとんど眠れないまま時間を過ごしていた。
この一ヶ月で少しは馴染めてきたと思っていた。
オルンギルドの空気にも慣れてきた気がしていたが、あれは自分だけだったのかもしれない。
ヒロの拒絶が頭から離れない。
『ガイディングを許すのはあいつだけだ』
その言葉が胸に刺さっていた。
けれど、こんな好条件で雇ってくれるギルドなんて他にはない。
(極力嫌われないようにしないと……)
一花はぎゅっと身体を丸める。
自分には大した力なんてないけど、暴走だけは止めたかった。
誰かが壊れていくのを見るのは嫌だった。
そんな考えが頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
その時。
「一花ちゃん、お水どうぞ」
優しい声が降ってくる。
顔を上げると、サーシャがペットボトルを差し出していた。
一花は慌てて身体を起こし受け取った。
「ありがとうございます」
冷たい水が火照った身体へ染み込んでいく。
サーシャは一花の隣へ静かに座った。
「あまり悩まないでくださいね。ヒロは態度はあんなですけど優しいんですよ」
穏やかな声だった。
一花は少しだけ目を伏せ、小さく頷く。
「あんまりうだうだ考えるなよ」
冷たい声が落ちた。
少し離れた場所で横になっていた湊がこちらを見ている。
「サーシャに迷惑かけるだけだよ」
「湊!」
サーシャが止めるように名を呼ぶが、湊は気怠そうに続けた。
「だって言わないと分からないでしょ。サーシャはテレパシーで人の感情受け取っちゃうんだから」
一花は息を呑んだ。
サーシャの能力はテレパシー。
良くも悪くも、人の感情に敏感だった。
だから一花の不安や自己嫌悪も伝わってしまう。
一花は慌てて頭を下げた。
「すみませんでした……」
胸が苦しくなる。
何も考えないようにしようとしても、余計に感情が溢れてくる。
(また迷惑をかけてしまった……)
するとサーシャが困ったように微笑んだ。
「心の感情を勝手に聞いたりはしないので安心してくださいね」
最後まで優しい声だった。
その気遣いが逆に申し訳なくなる。
湊は呆れたように小さく息を吐くと、再び横になり目を閉じた。
洞窟の中に静かな空気が戻る。
しばらく経った頃、アランが立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
全員が静かに立ち上がる。
仮眠を終えた男たちの空気は、先ほどよりさらに鋭くなっていた。
一花も慌てて立ち上がる。
再び洞窟の奥へ進み始め、しばらく歩いた時だった。
突然地面が大きく揺れ始めた。
「……っ!」
前方の空間が裂けるように歪み、新たな黒いゲートが現れた。
ゲートの中に、さらにゲート。
このゲートの本当の正体は"二重ゲート"だった。
「やっとお出ましか」
レイが笑みを浮かべた。
皆、躊躇なくゲートへ入っていく。
一花も慌てて後を追った。
中へ入った瞬間、さらに空気が変わる。
濃密な魔力に息苦しいほど重い圧迫感。
「っ……」
一花は思わず顔を歪めた。
昨夜とは比べ物にならなかった。
暗闇の奥から、無数の赤い目が浮かび上がった瞬間、魔物達が一斉に飛び出してくる。
「数やばっ!」
湊が笑いながら前へ飛び出した。
短剣が閃き一瞬で魔物の視界が奪われ、そのまま喉が裂ける。
レイは巨大な岩を持ち上げ、そのまま魔物の群れへ叩き落とすと肉が潰れる音が響く。
ヒロは瞬時に空間を移動し、死角から魔物の核だけを正確に破壊していく。
サーシャは後方で一花を守りながら精神干渉を行っていた。
緑色の光が走る度に魔物達が苦しみ始め、泡を吹き、自ら頭を打ち付けながら絶命していった。
そしてアランは黒い影が床を這うと次の瞬間、魔物達の身体が重力に押し潰されたように地面へ叩きつけられる。
骨が砕ける音に悲鳴。
さらに影が飲み込むように広がり、魔物達を侵食していく。
一花は固まっていた。
(強すぎる…… )
まるで人間ではないみたいだった。
激しい戦闘の末、ようやく最奥へ辿り着いた。
そこは空間そのものが歪んでいるような不安定な場所だった。
空気は重く息をするだけで肺が締め付けられる。
その中央に赤く輝く小さな結晶があった。
一花は初めて実物を見た。
(これが……)
二重ゲートにしか存在しない核の塊。
管理局でも滅多に見られない高濃度エネルギー体。
アランは迷いなく近づくと黒い影を伸ばし核を包み込んだ。
「今回はこれで終わりだ。帰るぞ」
アランの纏う空気が重く息が詰まるようだった。
まるで暴走前のエスパーのような不安定さを感じる。
一花は思わずアランを見ると、金色の瞳がどこか鋭く光って見えるのに、誰も何も言わなかった。
慣れているような雰囲気だった。
ゲートの外へ戻ると夜風が肌を撫でる。
湿ったゲート内とは違う現実の空気に一花はほっとした。
振り返ると巨大な裂け目はゆっくり閉じていき、やがて完全に消えた。
一花はしばらくその場所を見つめていた。
「置いてくぞ」
ヒロが振り返り、一花へ声をかける。
「あっ……はい」
一花は慌てて駆け寄った。
帰りもヒロの空間移動を使い事務所へ戻る。
視界が切り替わった瞬間、見慣れた事務所内が広がった。
皆疲れ切っている様子だった。
「各自シャワー浴びたら再度集合な」
アランが声をかける。
「まだ寝れないの~」
湊がソファーへ倒れ込みながら不満そうに言った。
「まだ書類作成の為の聞き取りが残ってますからね」
サーシャが静かに諭す。
「はぁ……だる」
レイも面倒そうに髪を掻き上げた。
そんな中、一花だけはまだどこか落ち着かない気持ちだった。




