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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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80話

一花は初めて地下のプールに足を踏み入れた。


「一花ちゃん! こっちこっち!」


オルネアがすぐに駆け寄ってくる。


「すごいですね……」


「訓練施設だからね」


そこは普通のプールではなく、さまざまな訓練設備が整った施設になっていた。


全員訓練用のラッシュガードを着て待機していた。


「一花さん、お久しぶりです」


橘と玲央が近づいてきた。


二人とはゲート以来だった。


「体調はもう大丈夫?」


玲央が心配そうに声をかける。


「ご無沙汰してます。もう大丈夫です」


一花はニコリと微笑んだ。


「皆さん揃いましたね」


サーシャが伊織を連れて入ってきた。


湊とオルネア、橘と玲央がペアになって並ぶ。


「今回の訓練は、エスパーはパートナーをどのように守るのか、ガイドはエスパーの体力が尽きかけたとき、水中でどれくらいガイディングを行って回復させられるのかを知ってもらえたらと考えています。一花ちゃんと伊織はパートナーがいないので、今日は借りパートナーということでやってもらいます」


「「はい」」


一花と伊織は頷いた。


「よろしくな」


「よろしくお願いします」


伊織が一花に声をかけると、一花はニコッと微笑んだ。


「まずは水に入って身体を慣らしてください。水深が深いので気をつけてくださいね」


サーシャの指示で、六人は水の中へ入った。


一花はゆっくりと水に身体を沈める。


泳ぐことは好きなのに足が着かないからなのか、今日は妙に緊張していた。


「一花ちゃん、こっち」


伊織に呼ばれ、一花は泳いで近くに寄っていく。


すると伊織が一花の手を引き、身体を密着させるようにして支えた。


黒川やアランとは違う、柔らかく優しい雰囲気を持っているのに、近くにいると男性らしい体格に自然と緊張してしまう。


「どお? 辛くない?」


「大丈夫です……」


すぐ近くから聞こえる伊織の優しい声に、一花の胸が小さく高鳴った。


「では、このまま30分、今の体勢でいてもらいます。パートナー同士で話し合いながら、楽な体勢を見つけてください」


一花はふと周りを見ると橘は玲央を抱えて、湊もオルネアを抱え、抱き合いながら楽しそうに話をしていた。


「一花ちゃん、もっと力抜かないと30分もたないよ」


一花自身も頭では分かっていたが、緊張と恥ずかしさから無意識に身体に力が入ってしまう。


伊織はそんな一花の緊張を解そうと声をかけた。


「一花」


名前を呼び捨てにされたことに驚き、一花は伊織の顔を見た。


「やっと目が合った」


伊織は優しく微笑みながら、一花の頬に手を添えた。


その仕草に、一花の鼓動が早くなる。


「一花ちゃんはちゃん付けと呼び捨てどっちがいい?」


「えっ……。どっちでも大丈夫です」


「なら二人の時は一花って呼んでいい?」


「はい……」


一花は戸惑いながらも答えた。

「俺の首に腕を回して、力抜いてもたれかかっていいよ。その方が俺も楽だから」


一花は言われた通り伊織の首に腕を回し、そのまま身体を預ける。


顔が見えなくなったからか、さっきよりも少しだけリラックスできている気がした。


いろいろ世間話しているうちに30分が経過した。


パートナーを支え自力のみで浮いていたエスパーたちは、少しずつ疲労の色が見え始めていた。


一花を抱えている伊織も息が荒くなり疲れているように見えたが、それでも一花の身体をしっかりと支えてくれている。


「それでは、ここから少し負荷をかけますね」


サーシャがそう言うと、プールへ手をかざした。


次の瞬間、鋭い音がエスパーたちの脳内に響いた。



キィーーーーン



「っ……!」



エスパーたちの表情が一斉に歪む。


脳内を刺されているような感覚に湊が耐えきれず声を上げる。


「サーシャ! ムリムリムリ! 頭おかしくなる!」


「もう少しですよ」


サーシャは淡々と答える。


「もう少しって……。めっちゃ長いんだけど!」


湊が苦しそうに訴える。


橘も顔を歪めながら、玲央を抱えたまま必死に耐えていた。


そして伊織も痛みに耐えるように眉間にシワを寄せ、抱きしめる腕に自然と力が入った。


「伊織さん……大丈夫ですか?」


伊織は一花に心配をかけまいと抱きしめたまま顔を見せないようにしていた。


「大丈夫……。一花は気にしなくていいよ」


苦しそうではあるものの、伊織は優しく答えた。




やがてサーシャがゆっくりと手を下ろし力を収めた。


「はい、ここまでです」


鋭い音と痛みが消えると、エスパーたちは一斉に荒い息を吐いた。


「はぁ……はぁ……。死ぬかと思った……」


湊が肩で息をしながら呟く。


「ガイドの皆さんはできる限りのガイディングをして、パートナーを整えてあげてください」


サーシャの指示を受け、それぞれがガイディングを始める。


湊とオルネアは、迷うことなく粘膜ガイディングへと移った。


橘と玲央は、玲央が橘の頬を両手で包み込むようにして、接触ガイディングを行っていた。


その様子を見ながら一花は伊織に抱きついたまま、声をかけてから接触ガイディングを始めた。


「ガイディング始めます」


「頼む」


伊織にガイディングを始めると、一花は他のメンバーとは違う、特殊な構造に気がついた。


(アランさんや黒川さんたちのような底知れない感覚とは違う気がする……)


他のメンバーのように力がすーっと通るわけではなく、まるでいくつもの網目が張り巡らされたような、複雑な線が入り組んでいるように感じた。


(なんか……力の通りが複雑だな……)


一花は一度ガイディングを中断し、身体を離した。


伊織の顔を見ると、先ほどより楽になったようには見えなかった。


「伊織さん、ガイディング効いてますか?」


「ん? 少し楽になった」


伊織は優しく答えた。


「粘膜ガイディングのほうがいいですか? 」


伊織は一花の表情を見て、少し考えるようにしてから答えた。


「無理しなくてもいいよ」


一花の身体を気遣ってくれているのが伝わってくる。


けれど伊織をこのまま苦しい状態にしておきたくはなかった。


一花は思い切って、伊織の唇にそっと口づけた。


伊織の目が驚いたように見開かれる。


その瞬間、先ほどまでとは比べものにならない速さで浄化が進み、今までのガイドたちとは違い、身体が軽くなっていく心地よさが伊織を包み込んだ。


伊織は一花の後頭部に手を添え、優しく舌を絡めた。


すると一花から花のような甘い香りが漂い始めた。


その香りを感じ取った伊織は、一花を抱きしめる腕に力を込めた。


「……一花……」


一花はその変化に気づき少し戸惑った。


「伊織…さん……」


伊織はまるで周囲が見えていないかのように、一花を強く抱きしめ口づけた。


「伊織さん……ちょっ……」


一花はこれ以上はまずいと思い、伊織の肩を押した。


けれど伊織の身体はびくともしなかった。



「伊織!」


その瞬間、橘が伊織の身体を引き離した。


同時に玲央も一花を伊織から離し、身体を支える。


「一花さん、大丈夫?」


「はぁ……はぁ……。はい……」


身体から力が抜け、水に沈みそうになったところを玲央が急いで抱え、一花は力なくもたれ掛かった。


「玲央! プールから上がってここを出ろ! エスパーのいないところに行くんだ! オルネアさんもここから出て! 急げ!!」


橘は焦った様子で玲央に指示をする。


「分かった!」


玲央とオルネアは橘の焦った様子を見て、急いでプールサイドまで一花を連れて泳いでいく。


プールサイドにいたサーシャは、一花を引き上げようとしたとき、ようやく橘が焦っていた理由を理解した。


今まで感じたことのないほど強い甘い香りが一花を包み込んでいた。


サーシャは一花をプールから引き上げると、急いで自分の鼻と口を手で覆った。


その香りに触れた途端、一花をすぐにでも襲ってしまいそうな衝動に駆られたのだ。


玲央とオルネアは一花を連れ、とりあえず近くのトレーニングルームに入るとすぐにドアの鍵をかけた。


「私、また迷惑かけて……すみません……」


一花は申し訳なさそうに二人に謝った。


「悠たちの様子を見る限り、さっきのはおそらくバーストだね」


「バースト……」


玲央は一花の首元に顔を近づけ、漂う香りを確かめた。


「俺でも少し感じ取れる。力が暴発しちゃったんだね。自分で抑えられる?」


玲央は一花の身体を支えながら尋ねた。


「どうしたらいいかわからなくて……」


自分の力に戸惑っていると、オルネアが一花の手を取った。


「一花ちゃん、私の目を見て」


一花はオルネアと目を合わせた。


「ゆっくりでいいから、自分の力の流れを感じ取って。流れが感じ取れたら、鎮めるイメージをするの。少しずつ治まってくるから」


一花は目を閉じるとオルネアに言われた通り、自分の内側へ意識を向けた。


自分の中を流れる力を探り、その流れが穏やかになっていく様子を思い描く。


しばらくすると、一花は先ほどよりも落ち着きを取り戻してきていた。


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