77話
一花が支度を終えてヒロの部屋に戻ると、男性陣はすでに飲み始めていた。
「一花ちゃん来た来た。こっちおいで」
レイに呼ばれ、一花はレイとアランの間に座った。
「あっ、クロ。ここにいたんだ」
「ニャー」
クロはアランの足の間に座っていた。
「ここで一花ちゃん待ってたんだよな」
アランが優しくクロの背中を撫でる。
「ニャッ」
ゲートから戻ってきてからクロは自由に歩き回るようになっていた。
ヒロが一花の分の食事を取り分けてくれる。
「このくらいでいいか?」
「はい! ありがとうございます」
「湊とオルンは居ないが、今日はこれで揃ったな。伊織、ルーフェスはお前を歓迎する。乾杯!」
「「 乾杯! 」」
アランの掛け声に皆が飲み物を掲げた。
伊織も皆と談笑しながら楽しそうに笑っている。
明るく優しい雰囲気の伊織を見ていると、なぜ彼があんなことになってしまったのか、不思議に思えてならなかった。
「なあ、伊織。なんで魔物に取り憑かれたんだよ」
皆が思っていた疑問をレイが酔った勢いで口にした。
「んー……、管理局でも話したんですけど、ゲートに入るまでは普通だったんですよ。仲間たちと戦っていた時、目の前に突然黒いモヤが見えて『我の力を貸してやろう』って言われたんですよ」
「まさか、それを受け入れたのか?」
「いやいや! さすがに気味悪くて断ったら、急にモヤに喰われるような感覚になって……。それ以降の記憶は断片的にしか覚えてなくて……目が覚めたら一花ちゃんが横たわっていて、皆さんが助けてたんですよ」
「そうだったのか……」
すると突然、クロの声が皆の脳内に響いた。
『彼の話は嘘じゃない。やつらは人の弱味を食べて成長する魔物だ。もとは神獣だった者たちだ』
「そうなのか。なら黒川にも伝えておかないとな」
アランがクロに答える。
するとアランと一花以外のメンバーが驚いた顔をした。
「今、聞こえたのってなんだ?」
「酔っ払った幻聴か?」
ヒロとレイが戸惑っている。
「今、聞こえたのはクロです。神獣だから時々話せるんですよ」
一花は驚いている皆に説明した。
「すごいですね……」
サーシャはクロを見て感心していた。
『彼女も彼も、他の人より重い感情を心に抱えていたんだろ。だから喰われたんだ』
その言葉を聞いて、アランが伊織に問いかける。
「何か悩みがあるのか?」
伊織はしばらく悩んだあと、ゆっくりと話し始めた。
「俺の力はAランクなんですけど、固有の力は無いに等しくて……。他人の力を吸い取ることで、技を使えるようになるんです。だから先輩たちから盗人って言われるようになって、仲の良かった仲間たちからも距離を置かれるようになっていったんです」
伊織の話を聞き、皆の胸が痛んだ。
伊織はそんな皆の反応を見ると、おどけるように笑ってみせた。
「だから魔物に狙われたんすね。もう今は大丈夫なんで。迷惑かけてすみませんでした」
伊織は目を伏せて頭を下げた。
「エスパーの世界は力が全てだ。だけど皆、心を持った人間なんだ。辛かったら無理して笑うな。お前はもう一人じゃない。俺たちがついてる」
アランは伊織の目を見て静かに言った。
すると、伊織の目から涙が流れた。
「ありがとうございます……」
「何かあれば言ってくださいね」
サーシャが伊織の背中を優しくさすった。
しばらくして、一花が明るい声をかける。
「今日は飲みましょう! ビール取ってきますね」
冷蔵庫から一花とヒロが数本のビールを取ってきてテーブルに並べた。
その後は、久しぶりに皆で笑いながら酒を飲んだ。
気づけば深夜になっていた。
アラン以外の皆はいつの間にか床に転がり眠ってしまっていた。
一花もアザラシのぬいぐるみを枕にして眠っている。
アランは眠っている一花の頭をそっと撫でると、皆を起こさないようにビールを数本持ってベランダへ出た。
ベランダには椅子とテーブルが置かれていた。
アランはテーブルに持ってきたビールを置くと、椅子に腰かける。
(今日はいろいろあったな……)
アランは一人で考えていた。
罪人となった伊織を受け入れたこと。
何かあれば自分が責任を取ること。
そして黒川の記憶が戻らないことで、一花が悩んでいることにも気づいていた。
なんとかしてやりたいが、その方法が分からない。
それだけではない。
疲れのせいなのか、体内に毒素が溜まる速度も以前より早くなっている気がしていた。
(本気でパートナーを探したほうがいいのか……)
ただでさえSやSSランクのガイドは少なく、そのほとんどがすでにパートナーを持っている。
パートナー持ちのガイドと契約することもできなくはない。
だが、アランの体調を整えられるほどのガイディングは期待できないだろう。
(どうするか……)
そんなことを考えているせいか、今日はなかなか酔えなかった。
その時、背後で窓が開く音がした。
「眠れないんですか?」
声をかけたのは一花だった。
「まあな……」
一花は皆を起こさないようにベランダへ出ると、静かに窓を閉めた。
「そんな薄着だと冷えるぞ」
アランは一花の腕を取り、自分の膝に横向きに座らせた。
「アランさんこそ寒くないんですか?」
「筋肉あるから寒くないんだよ。あっ、そうだ。来週、うちに黒川たちが来るぞ。一花ちゃんの調査をするって」
「分かりました」
一花は少し寂しそうな顔をした。
「早く黒川の記憶が戻るといいな」
アランはそう言いながら、一花の頭を優しく撫でる。
一花は以前から思っていたことを尋ねた。
「アランさんは、私が黒川さんのパートナーになったらどうしますか?」
アランは少し考えるような素振りを見せてから、優しく答えた。
「うーん……。黒川に取られるのは腹立つが、一花ちゃんが幸せならいいんじゃないか?」
一花はその言葉の重みを理解していた。
黒川さんのパートナーになれば、アランさんとのガイディングは接触だけになり、きっと粘膜ガイディングを拒むだろう。
そうなれば、他のメンバーより毒性の強い身体を持つアランさんは誰が助けるのだろう。
一花はアランの首元にぎゅっと抱きついた。
アランも一花を優しく抱きしめる。
「アランさん……」
「ん?」
「キスしてもいいですか?」
「どうした、急に。酔ってるんだな」
アランは一花の問いに軽く笑って答えた。
一花は抱きついていた身体を離し、アランの目を見つめる。
「今日はアランさんといたいです」
一花は恥ずかしそうにアランへ伝えた。
するとアランは一花の頬に手を添え、優しく口づけた。
初めは優しく唇が触れるだけのキスだった。
次第にアランの舌が一花の唇の間へ入り、舌を絡める。
一花はだんだんと気持ちよくなり声が漏れ始めた。
「……ん……んっ……」
アランがゆっくり唇を離そうとすると一花の唇が追ってきた。
「こらっ」
アランは唇を離す。
「止められなくなるぞ。今日はここまで」
「……やめなくて……いいです」
その言葉を聞いたアランは金色の目に力を込めた。
「その言葉の意味、分かってるのか?」
一花は小さく頷いた。




