71話
ゲートを抜けると待機していた管理局員たちが心配そうに一行へ駆け寄ってきた。
「怪我人二名。管理局へ急ぎたい」
「分かりました」
アランが声をかけると管理局員がすぐに医務室へ連絡を入れる。
「搬送転移は私がする。あと彼を拘束してくれ」
黒川は伊織を捕らえるよう局員へ指示した。
伊織は何も言わず、黙って局員に従った。
「ヒロ、お前たちは事務所へ戻って休め。いいな」
「分かりました……」
アランがヒロたちに告げる。
黒川、アラン、一花、神崎、愛菜、橘、玲央とともに管理局医務室の搬送エリアへ転移した。
「お待ちしていました」
待機していた医療スタッフがすぐに対応する。
一花と愛菜はそれぞれストレッチャーへ寝かされ、そのまま処置室へ運ばれていった。
身体には次々と検査用のコードが取り付けられていく。
「血中酸素が低い。急いで酸素マスク! 輸血も用意!」
医師が次々と的確な指示を出していく。
その様子を見ていたアランと黒川へ医療スタッフが声をかけた。
「すみません。申し訳ありませんが、お二人は外へ出てください。服が濡れていますし、彼女たちはこちらでお預かりしますので少し休んでください」
「すまない……よろしく頼む」
二人は医療スタッフへ一礼すると処置室を後にした。
廊下には橘と玲央が待っていた。
「橘、帰ってなかったのか。玲央も。今日はもう帰宅していい」
「心配でしたので。神崎は帰らせました。俺たちも帰ります。あとこれ、黒川さんの服ですがお二人分入ってます」
橘は執務室に置いてある着替えを用意して手渡した。
「悪いな。助かる」
「ありがとな」
アランも黒川の後ろから二人にお礼を言う。
「明日は有給にしておく。ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
橘と玲央は二人に頭を下げ、その場を後にした。
二人の姿を見送るとアランが黒川へ声をかける。
「とりあえず、シャワー室行くか」
「そうだな」
二人は管理局内のシャワー室へ向かった。
シャワーを浴び終えると二人はラフな服装に着替え、黒川の執務室で休んでいた。
アランは応接用のソファーに横になり、黒川は向かいに座っている。
二人の間には、しばらく沈黙が続いた。
「お前はいつ帰るんだ?」
黒川がソファーに横になっているアランへ声をかける。
「一花ちゃんが心配だから、目が覚めるまではここにいる」
「ここはホテルではないぞ」
呆れたように言いながらも黒川は棚から毛布を取り出すとアランへ渡した。
「かけろ。風邪ひく」
「ありがと」
アランは毛布を受け取る。
「そういえば……一花ちゃんのこと少しは思い出したか?」
アランが聞くと黒川の表情が僅かに曇り、ゆっくりとソファーへ身体を預けた。
「少しだけだな……。大切だったんだろうとは感じるんだが彼女に対する気持ちだけが切り離されたみたいに他人事のようなんだ……。深く思い出そうとすると頭痛がする」
「魔物が消えたのに術が消えないなんてことがあるのか?」
アランが尋ねる。
「どうなんだろうな」
黒川は眉間に手を当てた。
「時間が解決するのか……それとも、別の何かがあるのか……」
黒川はソファーにもたれたまま目を瞑った。
「こんなに疲れるゲートは久しぶりだな……」
「いろいろあったしな」
アランも静かに答える。
「伊織のことも、愛菜のことも……処理しなきゃいけないことばかりだ」
黒川が小さく息を吐いた。
愛菜によって仲間が傷つけられ、一花の命を奪われかけた。
ガイドだった愛菜を止められなかった責任は自分にある。
そして一花のことすら思い出せないでいる。
考えれば考えるほど、頭の中に重いものが積み重なっていく。
「俺は……、何をしてるんだろうな」
ぽつりと漏れた言葉。
アランは黒川に目を向けた。
長い付き合いになるが、黒川がこんなふうに弱音を吐くのは珍しかった。
アランは身体を起こしソファーから立ち上がると、黒川の前のテーブルに腰かけた。
「黒川から愚痴を聞くなんていつぶりだ? お前は背負ってるものも、守らないといけないものも多すぎるんだよ」
アランはソファーの横に畳んであった毛布を黒川の膝にかけた。
「今は頭空っぽにして寝ろ」
「いや、そういうわけには……」
「いいから。横になれ。少し休めば思考もしっかりするだろ」
ソファーに横になった黒川の腹を毛布越しにアランがポン、ポンと軽く叩いた。
まるで子どもを寝かしつけるような仕草だった。
黒川は素直に目を閉じる。
「……ごめん」
「謝るな」
アランは短く答えた。
黒川は張り詰めていた糸が切れたように、そのまま眠りに落ちていった。
アランは黒川が眠ったことを確認すると、自分もソファーへ戻った。
毛布をかけて横になる。
黒川が弱音を吐いたのは、長年付き合ってきたアランでさえ、片手で数えられるほどしかなかった。
だからこそ今夜だけは静かに黒川を見守り、ただ傍にいることにした。




