68話
伊織は周囲の騒がしい声で目を覚ました。
「……ん……」
ぼんやりと目を開け、目の前の光景を眺める。
腹部にナイフが刺さり、大量の血を流している女性。
その周囲では彼女を助けようと必死に動いている男たち。
そして傍らには、二人の男に取り押さえられている女の姿があった。
伊織は一瞬で状況を理解した。
痛む身体を起こし、すぐさま一花のもとへ駆け寄る。
「お前!」
レイが怒りの目を向ける。
伊織はそれを気にする様子もなく、一花へ視線を向けた。
「それではだめだ。俺が替わる」
「は? お前を信じられるわけねーだろ!」
レイが睨みつける。
「信じてください!絶対に助けます!」
伊織の声が響いた。
その切迫した声にアランが伊織に聞いた。
「どうする気だ」
伊織は周囲を見回す。
そして、クロの姿を見つけるとその前にしゃがみ込んだ。
「今だけ力を借りるぞ」
伊織がそっとクロに手を添える。
クロは静かに目を閉じた。
するとクロの身体が淡い光に包まれ、伊織の手に力が吸い込まれる。
みるみるうちにクロの身体が小さくなり、子猫ほどの大きさになった。
「ありがとな」
「ニャー」
伊織は小さくなったクロの頭を優しく撫でると、一花のもとへ戻った。
サーシャはその間も心臓マッサージを続けていた。
「今から治癒の力を流します。それと同時にナイフを抜いてください」
「……分かった」
レイが覚悟を決めるように頷いた。
伊織は一花を見つめたあと、黒川とアランへ視線を向けた。
「黒川さん!」
呼ばれた黒川の反応は鈍かった。
「黒川さん! しっかりしてください! 今、彼女を助けられるのはあなたなんですよ!」
その言葉に黒川の目が見開かれた。
黒川は、はっと我に返り立ち上がると一花のもとへ駆け寄った。
「何をすればいい」
「黒川さんと、金髪の人」
「俺か?」
アランが自分を指す。
伊織は頷いた。
「二人で逆ガイディングをしてください。彼女が整えてくれた力を戻すんです。それが生命力になります」
黒川とアランは顔を見合わせる。
今は伊織を信じるしかなかった。
「分かった」
アランと黒川が頷いた。
「代わります」
伊織に言われ、サーシャが一花の身体から離れる。
皆が固唾を飲んで見守る中、伊織は一花の胸元へ手を当て静かに目を閉じた。
次の瞬間、一花の身体が白い光に包まれる。
「抜いてください」
レイが一花の腹部に刺さったナイフをしっかりと握る。
一瞬だけ躊躇したが、意を決してゆっくりと引き抜いた。
ナイフが抜かれた瞬間、傷口から血が溢れる。
しかし、伊織が治癒の力を強めると流れ出ていた血が徐々に止まっていく。
「……もう少し……」
伊織は額に汗を浮かべながら、さらに力を注ぎ込む。
「今です!」
アランは一花の頭に手を置き黒川は両足に手を添えた。
二人は同時に力を流し込む。
一花が整えてくれた、柔らかく澄んだ力だけを選び取るようにしてゆっくりと引き出していく。
黒川とアランは一花の力を慎重に戻した。
伊織もまた、一花の生命を繋ぎ止めるように治癒の力を注ぎ続けた。
その時、一花の胸が大きく上下した。
「…………はぁっ……!」
息を吸い込んだ。
「一花ちゃん!」
レイが声を上げる。
「一花ちゃん! 聞こえますか!」
サーシャも必死に呼びかける。
「一花ちゃん!」
何度も呼びかけると、一花の指先がぴくりと動いた。
「……!」
伊織、黒川、アランは同時に力を止めると神殿内に静寂が落ちた。
そして、一花の瞼がゆっくりと開く。
「一花ちゃん!」
レイが声を上げる。
「「一花!」」
アランと黒川も同時に呼んだ。
一花はぼんやりと二人を見つめる。
「……アラ……ンさん……」
掠れた声でもう一人へ視線を向ける。
「……黒……川さん……」
「よかった……」
黒川は一花をそっと抱きしめた。
「……よかった」
伊織も安堵したように胸を撫で下ろす。
その時、突然地面が大きく揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴ――
「……っ!」
橘は咄嗟に玲央を抱き寄せ、湊もオルネアを庇うように引き寄せる。
黒川も一花を抱いたまま周囲を警戒した。
台座がガタガタと激しく揺れる。
「何……?」
オルネアと玲央が不安そうに見回していた。
バキ……バキバキバキッ!
神座の両脇に鎮座していた龍の銅像に亀裂が走った。
亀裂が全身へ広がっていく。
ドンッ!
凄まじい音とともに、二体の龍がゆっくりと身体を起こした。
銅でできた巨大な身体が軋み、鋭い爪が床を削る。
「まだ終わりじゃないのかよ……」
レイが呟く。
皆が一斉に身構えた。
二体の龍はゆっくりと首をもたげ、赤く光る瞳を皆へ向けた。




