67話
アランが伊織を引き付けてくれている隙に一花は黒川の元へ走った。
「黒川さん!」
駆け寄り、首に巻き付いた糸を外そうとしたがナイフを使っても切ることはできなかった。
黒川は苦しそうに顔を歪めながらも一花を見ていた。
(この子は、なんでこんなに必死なんだ……)
黒川はそんなことを考えていた。
すると一花は突然黒川に口づけをし、粘膜ガイディングをした。
黒川の中に溜まっていた毒素が一気に一花へ流れ込んでくる。
一花はその膨大な量に意識を失いそうになりながらも急いで浄化し、黒川へ戻していく。
すると黒川の首に巻き付いていた糸が灰になり、消えた。
一花が唇を離す。
「ありがとう。助かった」
黒川はすぐに他の仲間の元へ駆け寄り、首に巻き付いた糸を次々と灰に変えていく。
その後、一花、オルネア、玲央の三人で急いでガイディングをし、皆の毒素を浄化していった。
ガイディングを終えたオルネアが涙目で一花に抱きつく。
「一花ちゃん、無事だったんだね」
「はい。アランさんに会えたので無事でした」
「よかった……」
二人は顔を見合せて微笑んだ。
するとサーシャが二人の肩に手を置き声をかけた。
「あぶないのでこちらに」
二人はサーシャに連れられ端に逃げた。
その時、伊織の放った水がアランの足元を捕らえる。
バリバリと音を立てて水が一気に凍りつく。
「……っ、くそっ」
クロのかけてくれた膜の効力が消えていく。
伊織はアランの心臓めがけ、鋭く尖った氷を放った。
その瞬間、二人の間に炎の壁が現れる。
「アランさん、お待たせしました」
レイがアランの前に立ち、炎で氷を防いでいた。
「よくもやってくれたな」
神崎が怒りを露わにし、伊織に向かって雷を落とす。
その間にレイはアランの足を固めていた氷を溶かした。
「助かった」
「いいえ。それは俺たちの方ですよ」
レイがアランに笑いかける。
ヒロはアランとレイを瞬間移動で端へ避難させるとそこへ一花が駆け寄り、急いでガイディングをする。
「悪いな」
「無理しないでください」
一花は心配そうな顔でアランの手を握った。
神崎の雷を受け、伊織の足がふらつき荒い息を吐いている。
黒川が伊織に近づく。
黒川は片手で伊織の首を掴むと、さらに力を流し込んだ。
「グアアアー!」
凄まじい叫び声とともに、伊織の身体から黒い巨大な魔物が姿を現した。
それは犬のような身体をしており、顔はバクを思わせる異様な姿をしていた。
「やっと本命がお出ましだな」
黒川は伊織を床に手放し、魔物に手をかざすと力を流し込む。
すると魔物は叫び声を上げながら灰へと消えていった。
ようやく神殿内に静寂が戻った。
皆の顔にようやく安堵の色が見える。
一花は黒川に近づき、Tシャツの裾を少しだけ引っ張った。
「黒川さん……」
黒川が振り向き、一花へ目を向ける。
しかし、その瞳には以前のような愛する人を見る目はなかった。
「君か。先程は助かった。ありがとう」
一花は掴んでいた服の裾からゆっくりと手を離し目を伏せた。
黒川もアランの時のようにガイディングをすれば元に戻ると思っていたが、実際はそうではなかった。
「いいえ。全てを浄化できたわけではないので、お身体に気をつけてください」
一花は力なくニコッと微笑み、頭を下げると仲間の元へ戻っていった。
黒川は遠ざかっていく一花の後ろ姿を眺めていた。
なぜか、今すぐ抱き寄せて安心させてやりたい。
そんな思いが胸の奥から湧き上がってくる。
(でも……それがなぜ彼女なんだ? 分からない……)
黒川は自分自身の心と葛藤していた。
一花が仲間の元へ戻るとレイが近づいてきた。
「一花ちゃん」
一花はレイを見上げる。
するとレイは一花を強く抱きしめた。
「ごめん……本当にごめん」
「レイさん……」
「いつも泣かせてばかりだよな……」
一花は首を横に振った。
「思い出してもらえただけでいいです」
レイは身体を少し離し、一花の額に口づけた。
「そんな簡単に許しちゃだめだよ」
レイは苦笑いする。
「一花」
ヒロも申し訳なさそうに近づいてきた。
「ごめんな……」
一花はヒロに目を向け、ニコリと微笑む。
ヒロは一花の笑顔を見るとそっと頭を撫でた。
「湊も言うことあるでしょ」
オルネアが湊を引っ張ってくる。
湊は一花と目を合わせた。
「悪かったよ。傷つけて」
それだけ言うと、ぷいっと顔を背けて離れていった。
「もう、湊! 一花ちゃん、本当にごめんね」
「気にしないでください」
サーシャはほっとしたように見守っていた。
一花は皆に笑顔を向ける。
アランが近くに寄ってきたのに気づき、一花が声をかける。
「アランさん、あの……黒川さんのことなんですが……」
「どうした?」
アランは心配そうに聞く。
「アランさんの時みたいにガイディングしたんですが、解けないみたいで……」
アランは黒川へ目を向けた。
(なぜだ…… )
黒川は橘と気を失っている伊織の横に立ち、話し合いをしていた。
その時、愛菜が目を覚ました。
ゆっくりと目を開け、その視線の先に黒川を見つける。
「誠一……。誠一……」
力なく名前を呼びながら、台座を下りて黒川へ近づいていく。
黒川は愛菜に気づいたが黙ったまま様子を見ていた。
愛菜は黒川にすがりついた。
「私は悪くないの! 信じて! 操られてて、気づいたらここにいて……ずっと、ずっと誠一に会いたかった」
その二人の姿を一花は見つめていた。
自分も今、黒川に泣きついたら愛菜と同じように見えるのだろう。
そう思うと胸が締めつけられた。
「ねぇ、どうして抱きしめてくれないの……? 一度でいいから抱きしめてよ……」
愛菜の目から涙が流れた。
黒川から手を離すと、その場に崩れ落ちる。
「自分のしたことが理解できないのか。勘違いして思い込んだのは君だ。いい加減にしてくれ」
黒川は冷たく言い放った。
神殿内が静まり返る。
愛菜は静かに立ち上がった。
「ごめんなさい……一花ちゃんにも謝らないと……」
愛菜が一花に近づいてくるとアランたちが警戒した。
「謝りたいだけです……」
愛菜はぼそっと伝えた。
一花は愛菜の様子を見るとアランにそっと手を添え、大丈夫だと目で伝えた。
アランが一歩下がる。
愛菜は静かに一花を抱きしめ、耳元で小さく囁いた。
「××××××××××」
一花の目が大きく見開いた。
その瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。
ゆっくりと視線を下ろすとナイフが突き刺さっていた。
「……っ!、お前なにしてんだ」
「……くそっ」
愛菜はヒロとアランに取り押さえられた。
「私は……フフフ……アハハハハ……」
何かを叫びながら笑い声を上げている。
一花は膝から崩れ落ちる。
倒れた身体をレイが咄嗟に支えた。
「一花ちゃん!」
一花には全てがスローモーションのように見えていた。
「出口のゲートはどこだ」
アランが愛菜に問い詰める。
「教えるわけないでしょ。バーカ!アハハハハ!」
黒川は一花が刺された瞬間、咄嗟に身体が動いていた。
レイに抱えられている一花の側へ駆け寄り、両手でその頬を包む。
「一花……」
一花の目が黒川を見る。
「くろ…かわ……さん……」
「喋るな!」
一花は黒川の手に自分の手をそっと重ね、力なく微笑んだ。
「誠…一…さん……」
愛しい人の名を呼んだ。
一花は意識が薄れ目を閉じると手から力が抜けた。
「一花……」
黒川の声が震える。
「おい、一花……目を開けろ!」
なぜなのか分からない。
それでも黒川は本能のまま一花の名前を呼び続けていた。
「黒川、離れろ!」
アランが黒川を羽交い締めにし、後ろへ引っ張った。
レイは一花を床に寝かせると、ナイフが刺さっている腹部を圧迫して押さえた。
サーシャがすぐに駆け寄る。
一花の呼吸を確認し、脈を確かめる。
「呼吸も心音もありません」
サーシャは一花の胸を強く押し始めた。
アランが口から息を吹き込み人口呼吸をする。
何度か試すが反応がない。
「神崎さん!」
サーシャが神崎を呼ぶ。
「心臓を中心にして電流を流してください」
「やったことないですけど……やってみます」
神崎は一花の右胸上部と左胸下側に手を当てた。
「離れてください!」
神崎の声を聞き、レイが手を離す。
ドンッ!
一花の身体が大きく跳ねる。
サーシャが一花の胸に耳を当てるが何も聞こえない。
首を横に振る。
神崎がすぐに動く。
「もう一度いきます!離れてください!」
ドンッ!
再び一花の身体が大きく跳ねる。
しかし、心音も呼吸も戻らなかった。
アランたちは諦めず懸命に一花を助けようとしていた。




