63話
「他に道がないから潜ってみるか……」
アランが地底湖を見ながら呟いた。
「えっ、ここ潜るんですか?」
「他に道はないしな。一花ちゃん泳げる?」
「泳げます……」
「なら問題ないな。ちょっと中を見てくるから、一花ちゃんはここで待ってろ」
「はい」
アランはそう言うと湖へ飛び込んだ。
一花は湖の縁に座り、アランが戻ってくるのをじっと待っていた。
三分……。
五分……。
十分……。
時間だけがどんどん過ぎていく。
エスパーとはいえ、人間がボンベもなしに、これほど長く水中に潜っていられるのだろうか。
一花は次第に不安になっていった。
「ねぇ、クロ。アランさん、遅すぎじゃない?」
クロも心配そうに湖を見つめている。
「アランさん!」
一花は湖へ向かって呼びかけた。
しかし上がってくる気配はない。
水面は静かなままだった。
(置いていかれた……?)
ふと、そんな不安が頭をよぎる。
(でも……アランさんは待ってろって言ったし……)
一花は自分を落ち着かせるように両手を強く握りしめた。
その時、水面が大きく揺れた。
「……!」
次の瞬間、水の中からアランが姿を現した。
アランは両腕を湖の縁にかけ、そのまま上半身を水面から引き上げる。
「はぁ……はぁ……」
濡れた髪から水滴を滴らせながら、アランは荒い息を整えた。
「アランさん!」
一花が側に寄る。
アランが一花へ顔を向けると、そこには明らかに不安そうな表情が浮かんでいた。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ……戻りが遅かったので不安になって……」
「ごめんな。この湖、最初は下に伸びてるんだが途中から横穴になってて。息継ぎできる場所を探してた」
「私そんなに長く潜ったことないです……」
「パニックにならずについて来れれば大丈夫だ」
「頑張ります……」
その会話を聞いていたクロが一花の空間ポーチに片手を置いた。
「ニャー」
一花がクロへ目を向ける。
「どうしたの?」
クロはポーチを前足でポンポンと叩いた。
「……?」
一花が空間ポーチの蓋を開けると、クロは迷うことなく中へ飛び込んだ。
「えっ、クロ!?」
その様子を見て、アランが笑った。
「神獣といえど、猫だから水が苦手なんだな」
「空間ポーチは水に濡れても大丈夫なんですか? 中に水が入ったりは……」
「ちゃんと蓋を閉じておけば、水が入ったりはしない。魔道具だからな」
「そうなんですね……」
一花は感心したようにポーチを見つめた。
「さぁ、行くぞ」
「はい」
一花も勇気を出して湖へ入った。
水温は少し冷たい程度だった。
「水の透明度は高い。俺のライトを追ってくるんだぞ」
「分かりました」
二人は大きく息を吸い込むと地底湖へ潜っていく。
真っ直ぐ下へ潜っていくと、やがて道は横へ伸びる穴へと続いていた。
アランが先を進み、一花もその後を必死についていく。
しかし、横穴へ入ったところで一花は次第に息苦しさを感じ始めた。
それに気づいたアランが一花の手を取り、そのまま上へ向かって泳ぐ。
アランは一花の身体を支えながら水面から顔を出させる。
「ぷはっ……!」
一花は水面から顔を出すと、アランに抱えられながら必死に息を吸い込んだ。
「はぁ……はぁ……」
そこは水面に顔を出せば天井に頭がつくくらい小さな空間だった。
「次の息継ぎポイントまで行けば、あとは楽になる。頑張れ」
「はい……」
「行けそうか?」
一花は苦しそうにしながらも頷いた。
「よし。もう一度息を吸え」
一花は大きく息を吸い込む。
そして再びアランとともに水中へ潜った。
一花は懸命にアランについていく。
しかし、すぐに息が苦しくなってくる。
(苦しい……)
次第に泳ぐ速度が落ちていく。
息苦しさのせいで意識までぼんやりとしてきた。
その様子に気づいたアランがすぐに引き返してくる。
一花の腕を掴むとそのまま引き寄せた。
そして息継ぎができる場所まで一花を引っ張り上げる。
アランは水面から一花の顔を出させ、軽く頬を叩いた。
「一花! 一花!」
すると一花は苦しそうに咳き込みながら、飲み込んだ水を吐き出した。
「ゲホ……ゲホ……」
やがて一花の目がゆっくりと開く。
「よく頑張ったな」
アランはそう言うと、水中に足を掛けて休めそうな場所を探した。
そこへ足を引っかけると、一花の身体を自身の足の上に座らせて抱きしめた。
一花は荒い息を繰り返しながら、力の抜けた身体をアランに預ける。
「すみません……」
「今は少し休め」
少し冷たい水の中で一花はアランの温もりにほっとした。
ゆっくりと目を閉じる。
アランは一花が落ち着くように優しく背中を撫で続けた。
少し休むと一花はゆっくりとアランから身体を離した。
「ありがとうございます。もう少し頑張れます」
「この先は長く潜ることはないから。行けるか?」
「はい」
アランは先に水の中へ潜っていく。
一花も大きく息を吸い込み、その後を追った。
その後も何度か息継ぎを繰り返しながら、二人は水中を進んでいく。
そして、ようやく出口へと辿り着いた。
アランが水面から顔を出し、そのまま湖から這い上がる。
一花も続いて水から上がった。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐いた。
濡れた身体を起こしたところでアランが手をかざすと周囲に風が巻き起こった。
二人の身体を包み込み、濡れていた服や髪がふわっと乾いていく。
「ありがとうございます」
アランが優しく微笑んだ。
一花は空間ポーチへ手を伸ばした。
「クロも出してあげないと……」
蓋を開けると、クロが中からひょこっと顔を出す。
「クロ、大丈夫だった?」
『案外、居心地が良かったぞ』
クロは満足そうに尻尾を揺らした。
「それならよかった」
一花は安心したように笑う。
そんな一花を見て、アランが声をかけた。
「一花ちゃん、昨日から寝てないが平気か?」
「眠くはないので大丈夫です」
「そうか」
二人が話していると、突然地面が大きく揺れた。
「……っ!」
一花がよろめく。
アランは咄嗟に一花を抱き寄せると、腕で頭を覆うようにして守った。
地面の揺れは少しずつ収まっていく。
その直後、アランが何かを感じ取った。
「……ん?」
意識を集中させる。
微かだが、覚えのある気配が近くにある。
アランは顔を上げた。
「黒川たちだ。近いな……」
そして、安堵したように息を吐く。
「やっと合流できるぞ」
「本当ですか?」
一花の表情が明るくなる。
「ああ」
アランは頷くと、先へ続く道へ視線を向けた。
「行こう」
二人は仲間たちの気配を頼りに、先へ向かって歩き始めた。




