6話
閉じられたカーテンの隙間から太陽の光が細く差し込んでいる薄暗い部屋で一花は目を覚ました。
ぼんやりしたまま顔を動かし辺りを見回したが知らない部屋だった。
広いベッドに落ち着いた色の家具が置いてある。
(ここは…… )
昨日の記憶を必死に思い出す。
(レイさんにガイディングをしてて、目の前が真っ暗になって……)
そこから先が思い出せなかった。
一花は起き上がりベッドを降りると寝具を軽く整える。
少し不安になりながら寝室のドアへ手をかけゆっくり開けた。
「おはよう」
落ち着いた聞き慣れた声がした方へ顔を向けると、キッチンで珈琲を淹れていたアランと目が合う。
黒いTシャツ姿だった。
シャワーを浴びた後なのか、少しだけ濡れた髪から水滴が首筋を伝っていて色気を放っていた。
一花は慌てて頭を下げた。
「おはようございます」
「気分はどうだ」
「なんともありません」
「それはよかった」
アランはそう言いながらカップへ珈琲を注ぐ。
「一花ちゃん、珈琲にお砂糖ミルク入れる?」
「ブラックで大丈夫です」
その返事を聞き、アランはカップを二つ手にしてダイニングテーブルへ置いた。
「座って」
「はい」
一花は戸惑いながらも言われた通り向かい側へ座る。
部屋に珈琲の香りが静かに広がり、リビングにあるテレビではニュースが流れていた。
「昨日の事覚えてるか?」
「……あっ、レイさんにガイディングをしてて……途中から記憶がなくて。すみません……」
「そうか……」
アランは少し考えるように黙り込み、そしてゆっくり一花を見る。
「今後、粘膜ガイディングはしなくていい」
「……」
「昨日は俺が帰ってきたから止められたが、間に合わなかったらレイに襲われたか、最悪死んでたかもしれない」
その言葉に一花の顔色が変わる。
「そこで提案なんだが、俺が一花ちゃんのパートナーになるのはどうだ?」
「えっ……」
一花は戸惑いを隠せなかった。
パートナーは実質的には親密な関係になることも多いと聞いていたからだった。
アランは落ち着いた声で続けた。
「本当のパートナーになるつもりはないし、ガイディングも俺から求めることはない。ギルド内の統制をとる為だと思ってくれていい。ギルドマスターのパートナーと公言すれば、あいつらも無下に手出しはできないだろ」
一花は少し俯き考えた。
怖くないと言えば嘘になる。
だがアランの言葉には妙な安心感もあった。
少なくともこの人は最初から無理強いはしなかった。
「分かりました…… よろしくお願いします」
「ああ」
アランは柔らかく笑った。
それから立ち上がり、一花の頭をぽんと軽く叩くとそのままキッチンへ戻った。
数分後、皿を持って戻ってくる。
サラダ。
ハム。
チーズ。
小さく切られたパン。
簡単な朝食だった。
それを一花の前へ置いた。
「こんな物しかなくて悪いな。普段朝は食べないから酒のつまみしかなかった」
「いえ、充分です。ありがとうございます」
一花は少し驚いていた。
誰かが自分のために食事を用意してくれる。
そんな当たり前のことがいつぶりか分からなかった。
「いただきます……」
小さく手を合わせてからパンを口へ運ぶ。
温かかった。
胸の奥が少しだけ緩み、気づけば一花はふっと微笑んでいた。
アランはその表情を珈琲を飲みながら眺めていた。
朝食を終えると一花は皿とカップを洗い始める。
「今日は連絡事項があるから下行くけど、一花ちゃん来れそう?」
「一度部屋に戻って着替えてからでもいいですか?」
「なら一時間後くらいにおいで。女の子は支度もあるだろ」
「ありがとうございます」
一緒に部屋を出て、隣の一花の部屋の前で別れた。
部屋へ戻ると急いでシャワーを浴び、髪を乾かし、服を着替え、軽く化粧をする。
支度を終え、時計を見て部屋を出た。
一花は深呼吸してから事務所の扉を開けると、すでに皆集まっていた。
「おはようございます。遅くなってすみません……」
一花が慌てて頭を下げるとレイが席を立ち一花の前まで歩いてきた。
昨日より顔色はかなり良かった。
「昨日は悪かった。ごめんな」
一花は驚きを隠せなかった。
ガイディングで何かあっても謝られたことなんてなかった。
「いえ。体調はどうですか?」
「おかげで傷もほとんど塞がったよ」
「一日でですか?」
「……あー、俺傷治るの早いんだよね」
レイは軽く笑って誤魔化した。
本来、Cランクエスパーでそんな回復速度はあり得ない。
だが誰もそこへ触れなかった。
「仲直りもしたことだし、改めて仕事の話するぞ」
アランの声に、皆の視線が向く。
「今回のゲートはCランク」
事務所の空気が変わる。
「ヒロとレイはいつものやつを頼む。俺と湊は魔物を、サーシャは一花を守ってくれ。出発は夜の二十二時だ」
「はい」
全員が返事をする。
それぞれ慣れた様子で打ち合わせが終わると各自部屋へ戻っていく。
一花だけが少し緊張した顔でその背中を見つめていた。




