5話
気付けば一ヵ月が過ぎていた。
潮風の匂いも、このマンションにも一花は少しずつ慣れ始めていた。
オルンギルドでの生活は不思議だった。
誰も過度に踏み込んではこない。
けれど完全に放置されるわけでもなく、自然と一花もこの空気に馴染み始めていた。
そしてこの一ヵ月で分かったことがある。
実際にゲートへ向かうことが多いのは、ヒロ、レイ、湊の三人でいつも疲れて帰ってくる。
一方でアランとサーシャは管理局対応が多かった。
今日も夕方頃、事務所の扉が開き三人が戻ってきた。
「あー、疲れたー」
湊がそう言いながら、一花へ後ろから軽く抱きつく。
ほんのり汗と血の匂いがした。
一花は慣れた様子でそのままガイディングを行う。
淡い光が湊の身体を包み込んだ。
「ありがと。楽になった」
湊は満足そうに笑い、そのままソファーへ倒れ込んだ。
次に、一花はレイへ目を向けるとソファーに浅く腰掛け背もたれにもたれ掛かるようにして座っていた。
腹部からはじわりと血が滲んでいる。
「レイさん、すぐに手当てしますね」
一花は急いで救急箱を持ってきた。
消毒をしてから薬を塗り、ガーゼを当てて包帯を巻いた。
手慣れた手つきだった。
レイはぼんやりと一花を見下ろしていた。
「悪いな。ガイディングできるのはどこまでだ?」
「ハグまでです……」
そう答えたものの、レイの状態は良くなかった。
額には汗が滲み呼吸も浅かった。
腹部の怪我のせいで汚染の速度がかなり進んでいる。
一花は少し迷ったあと声をかけた。
「粘膜接触の方がいいですか……?」
レイがゆっくり目を開ける。
「その方が効率がいいから頼めるか」
「……分かりました」
一花は緊張しながら頷き立ち上がった。
するとレイが一花の手首を掴み、軽く引き寄せ向かい合うように膝の上へ乗せられた。
「っ……」
近い距離に熱い体温を感じ、香水の甘い匂いがした。
一花は戸惑いながらもレイの肩に手を置くと、そっと唇を重ねガイディングを始めた。
触れた瞬間、身体の奥から力が抜けていく感覚が走る。
レイの手が一花の頬へ触れ、ゆっくりと深く口づけられる。
一花は粘膜ガイディングは初めてだった。
頭がぼんやりして息が苦しくなり、身体の奥から何かが削られていく感覚に陥る。
一花は本能的に危険を感じた。
(離れなきゃ……)
そう思い身体を引こうとするとレイの手が一花の後頭部へ回った。
逃がさないと言うように力が込められる。
「……んっ……やっ……」
小さな声が漏れる。
レイ自身もあまりにも心地よくて止められなかった。
渇いていた身体に水が流れ込んでくるようだった。
その時、事務所の扉が開いたあと一花の身体が強く引き離された。
「……っ!」
気づけばアランに抱き上げられていた。
同時にレイはソファーの背へ押し戻される。
アランの足がレイの胸を押さえつけていた。
金色の瞳が冷たく見下ろしていた。
「うちのガイド殺す気か」
殺気に満ちた低い声だった。
レイは息を荒げたまま目を伏せる。
「……っ、すみません……」
数秒の沈黙が流れた。
やがてアランはゆっくり足を離した。
「少し反省しろ」
それだけ言うと、一花を抱えたまま事務所を出る。
一花の視界はぼやけていた。
身体が熱く息が苦しい。
毒素を処理しきれず、瞳まで濁っていた。
「もう少しだ。我慢しろ」
アランの低い声だけが耳に届いていた。
エレベーターへ乗り込み、そのまま最上階へ向かう。
連れて行かれたのはアランの部屋だった。
一花はそのままベッドへ寝かされ靴を脱がされた。
ぼんやりとした視界の中、アランが戻ってきた。
アランは一花の頬に手を添えると唇を重ねた。
すぐに深く口づけられる。
舌が触れ合った瞬間、一花の身体を蝕んでいた熱が少しずつ抜けていく。
「……んっ……アラ…ン……さん……」
一花は震える手でアランのシャツを掴んだ
「大丈夫だ。今楽にしてやる」
アランはできる限り優しく声をかけた。
アランは特殊体質だった。
他者の汚染を引き受けることができる、“逆ガイディング”ができたのだ。
しかし、逆ガイディングをすれば自身に毒素が溜まりガイドにガイディングで整えてもらう必要がある。
ガイドに逆ガイディングをすれば浄化機能を吸い取りすぎて危険な状態にしてしまうこともあるので危険な行為だった。
アランは状況を理解していながらも、一花の毒素を自身へ取り込んでゆく。
しばらくして、ゆっくり唇が離れた。
一花は目を閉じ小さな寝息を立てていた。
完全に眠ってしまったらしい。
一方でアランはベッド脇へ腰を下ろし、荒く息を吐いた。
額に汗が滲み、喉の奥が焼けるように熱かった。
だがその金色の瞳は安堵を浮かべ、一花を見つめていた。




