4話
薄いカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
網戸にしている窓からは風がふわっと吹き込み、聞こえてくるのは微かな波の音。
一花は新しい部屋で目を覚ます。
まだ慣れない部屋を見つめながら一花はゆっくり起き上がった。
昨日のうちに引っ越しは無事終わっていた。
荷物が少なかったこともあり、思ったより早く片付いた。
支度を終えると一花は部屋を出てエレベーターに乗り、三階のオルンギルドの事務所へ向かった。
入り口の前で立ち止まり、教えてもらった暗証番号を押すと電子音のあとロックが外れる。
「おはようございます……」
中へ入ると一花は辺りを見回すが事務所には誰もいなかった。
ここに越してきてからまだ誰とも会っていない。
「本当に住んでるのかな……」
声も物音も聞こえず少しだけ不安になり、ぼそっと呟いた。
だが何もしないで立っているのも落ち着かない。
一花はとりあえず掃除を始めることにした。
窓を開け、机を拭き、散らかった書類を整える。
床に掃除機をかけ終わった頃、ガチャッと扉が開いた。
「あれ? この間の子じゃん」
明るい声が響いた。
「そういえば今日からでしたね」
ぞろぞろと男たちが入ってくる。
一花は慌てて皆の前に出た。
「桜田一花と申します。本日からよろしくお願いします」
深く頭を下げる。
扉から最後にアランが入ってきた。
黒いシャツの袖を軽く捲りながらアランが一花を見た。
「おはよ。とりあえず自己紹介するか」
すると青みがかった髪の若い男が真っ先に声を上げた。
「俺は戸瀬湊。湊でいいよ! よろしくねー」
人懐っこい笑顔だがどこか掴めない雰囲気がある。
次に眼鏡をかけた男が静かに頭を下げた。
「私はサーシャ・メルディアスと申します。よろしくお願いします」
真面目そうな人だった。
最後に茶髪の男が短く口を開く。
「俺は荻園大輝。ヒロでいい」
ぶっきらぼうだが、不思議と威圧感は感じなかった。
一花はぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします……」
「さぁ、自己紹介も済んだし、仕事だ」
アランの一言で空気が切り替わる。
一花はサーシャに呼ばれ、隣へ座り書類整理の方法を教わっていた。
「この報告書は年代別で分けます」
「はい」
「こちらは管理局提出用なので、内容確認後にコピーしてください」
サーシャは丁寧で説明も分かりやすかった。
一花は必死にメモを取っていた。
その時だった。
── ドンッ!!
事務所の扉から大きな音が響くと一花の肩がびくりと跳ねた。
「レイさん帰ってきたんじゃないですか? 俺見てきます」
湊が立ち上がり扉へ向かう。
数分後。
「うわ、重……」
そんな声と共に、長身の男を連れて戻ってきた。
赤髪に紅い瞳。
がっしりした体格はどこか色気のある男だった。
男は湊の肩を借りながらソファーへ腰を下ろすと一花と目が合った。
「ガイドか」
「はい。桜田一花と申し……」
「自己紹介はいい」
レイ・クロセントは気怠そうに目を伏せる。
「ガイディング頼めるか。身体が限界なんだ」
その声は辛そうで、よく見ると彼の瞳は赤黒く濁っていて纏っている空気まで重かった。
一花は緊張しながらソファーへ近づき隣へ座ると、そっとレイの手を掴み目を閉じた。
すると淡い光のような空気が、ふわりとレイの身体を包み込み部屋の空気が静かに揺れていた。
レイの険しかった呼吸が少しずつ落ち着いていき、ゆっくり目を開け一花を見た。
「お前、Dランクだったよな」
「はい……。あまり改善されてなかったらすみません……」
「いや……」
レイは自分の手を見下ろした。
先ほどまで焼けるように痛んでいた身体が不自然なほど穏やかだった。
頭の奥を掻き乱されるような不快感もない。
あまりにも綺麗に消えている。
レイはゆっくり一花へ視線を戻した。
オルンギルドは表向きこそCランクギルドだが、実際は全員がSランクエスパーだった。
Sランクエスパーの精神汚染は重く、並のガイドでは抑えきれない。
相性が悪ければ接触しただけで拒絶反応が出るか、最悪ガイドが死ぬこともある。
だが一花のガイディングには違和感がなかった。
むしろ不自然なほど馴染んでいた。
「本当にDランクか?」
「……えっ」
一花はその言葉に戸惑った。
レイの一言で部屋の空気が変わった。
アランは何も言わず様子を見ている。
ただ一花を見るその視線だけが妙に鋭かった。




