57話
魔物を倒した直後、突然辺り一帯が白い煙に包まれた。
「……っ!」
視界が一瞬で奪われる。
「何これっ!」
オルネアが声を上げる。
アランがすぐに手をかざし、強い風を巻き起こした。
煙が一気に押し流され、少しずつ周囲の景色が見えてくる。
アランが周囲を見渡す。
その瞬間、黒川が異変に気づいた。
「ガイドたちはどうした?」
「オルン!」
湊が慌てて辺りを見回す。
「玲央!」
橘も声を張り上げる。
「一花ちゃん!」
サーシャも大声で呼んだ。
返事はなく、そこにいるはずだった三人の姿だけが忽然と消えていた。
アランが険しい表情で周囲を見渡す。
「まるで、神隠しだな」
黒川も辺りを見回す。
先ほどから感じていた微かな気配。
「やはり、微かに感じる」
「何をです?」
ヒロが黒川を見る。
「我々とは別の力を感じるんだ」
その言葉に皆の表情が変わる。
「ガイドたちの気配を探してみます」
そう言うと、サーシャは目を閉じ、意識を集中させる。
皆が固唾を呑んで見守る。
しばらくすると、サーシャの表情が苦しそうに歪んだ。
「……っ」
そのまま膝から崩れ落ちる。
「大丈夫ですか!」
橘がすぐに支える。
サーシャは苦しそうに息を吐いた。
「すみません……力が……」
それでもサーシャは顔を上げる。
「途中までは追えたので、進みましょう」
そう言って立ち上がると、先へ向かって歩き始めた。
ーーーー
一方、ガイドたちは煙に包まれた瞬間、反射的に目を閉じていた。
「……あれ?」
オルネアがゆっくりと目を開ける。
そして目の前の光景に息を呑んだ。
「ここ、どこ?」
さっきまで森の中にいたはずなのに、辺りは岩盤に覆われた洞窟へと変わっていた。
天井も壁も岩で囲まれ、先は暗い道が続いている。
「黒川さんたちは……」
玲央も周囲を見渡す。
「湊! アラン!」
オルネアが大声で呼ぶ。
「悠!」
玲央も声を張り上げた。
しかし、返事はどこからも返ってこない。
「うちら二人だけ?どうなってるのよ……」
オルネアが不安そうに呟く。
玲央も困惑したように周囲を見渡した。
「一花さんは……皆さんと一緒ですかね?」
「そうだといいんだけど」
今の一花を一人にするのは危険だとオルネアは一花のことを思い浮かべる。
「とりあえず、進んでみる?」
玲央が洞窟の奥へ視線を向ける。
「そうですね。ここにいてもしょうがないですし、先に進んでみましょう」
オルネアも頷いた。
二人は顔を見合わせると、皆との再会を目指して洞窟の奥へと歩き始めた。
ーーーー
その頃、一花もまた洞窟の中に佇んでいた。
「……ここは……」
辺りを見回してみるが、人の気配はどこにもない。
「オルンさん! 玲央さん!」
とりあえず声を上げてみる。
しかし、返事は返ってこなかった。
「ニャー」
腕の中に抱いていたクロが鳴き、一花はクロへ視線を落とした。
「また二人になっちゃったね……どうしよう」
洞窟の中は薄暗く、先がどこまで続いているのかも分からない。
静まり返った空気も相まって、ひどく不気味だった。
一花はその場に立ち尽くしたまま、動くことができなかった。
やがて壁際に座り込み膝を抱える。
「このまま……また出られなかったらどうしよう」
頭の中には悪いことばかりが浮かんでくる。
みんなとはぐれてしまった。
誰も自分を探してくれないだろう。
このまま出られなかったらどうしよう。
そんな不安に押し潰されそうになっていた時だった。
『いつまでそうしているつもりだ』
突然、一花の頭の中に声が響いた。
「……っ!」
咄嗟に顔を上げる。
目の前でクロが一花を真っ直ぐ見上げていた。
「クロ……?」
『しっかりせんか。我がついている。心配するな』
「でも……」
一花の目に涙が滲む。
「みんなとはぐれたし……私がいなくても、誰も心配しないよ……」
『お前、それ本気で言っているのか』
その言葉に一花の胸が詰まった。
堪えていたものが一気に溢れ出す。
「だって……みんな……ひどいよ……」
涙が頬を伝って落ちていく。
「大事だって言ってくれたのに……忘れちゃった。黒川さんも……アランさんも……」
声が震える。
「ガイドとしても、オルンさんや玲央さんたちに敵わないし……私がここにいる意味ない……」
涙を拭っても、次から次へと溢れてくる。
「もう……全部どうしたらいいか分からないよ……」
一花は泣きながら胸の内を必死に吐き出した。
クロは何も言わず、ただ一花の言葉を受け止めていた。
しばらくして、一花はようやく涙を拭う。
胸の中に溜め込んでいたものをすべて吐き出したことで、少しだけ気持ちが軽くなった。
『気が済んだか?』
「……うん」
一花は小さく頷いた。
『我から言えることは、やつらはお前を嫌ってはいない。ただ精神を操られているに過ぎない』
「操る……?」
一花は顔を上げる。
「でも、みんな高ランクなのに……そんなことあるの?」
『人間は誰でも弱い部分がある。その隙間に入り込んだのだろう』
「戻せないの?」
『術をかけている者を倒すか……』
クロは少し考えてから続けた。
『お前がガイディングしてみたらどうだ? 何か変わるかもしれんぞ』
「私の……ガイディング……」
一花は呟く。
上手くできるかは分からない。
けれど、まだ試していない。
今はそれに賭けてみるしかなかった。
「クロ……いつもありがとう」
一花は涙を拭い、笑顔を向けた。
「元気出た。先に進んでみよう」
そう言い、ゆっくりと立ち上がろうとした瞬間。
「っ……」
足首に鋭い痛みが走った。
一花はその場に座り、靴を脱いで足首を確認する。
痛めた右足首は赤く腫れていた。
『しょうがないな』
呆れたような声とともに、クロが一花の足首に前足を置いた。
するとクロの金色の瞳の輪郭が淡く光り、すーっと足首の痛みが引いていく。
『どうだ?』
「痛くない!」
一花は嬉しそうに足首を動かす。
「でも、なんでもっと早く治してくれないの?」
『我も力を使うのに神力を消耗する。それにお前が怪我をする度に治していたら、いつまで経っても学ばないだろう』
「確かに……」
もっともな意見だった。
「クロ、ありがとう」
一花が笑うとクロが嬉しそうに鳴いた。
「ニャー!」
一花は立ち上がり、薄暗い洞窟の奥へと視線を向けた。
まだ不安はある。
「行こう、クロ」
「ニャー」
一花とクロは、洞窟の奥へ向かって歩き始めた。




