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波の音が消える前に  作者: 音香(Otoca )


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56話

しばらく進むと、湿地帯の先に木々が生い茂る場所が見えてきた。


黒川が周囲を見渡し、木々に囲まれた場所を指差す。


「あそこなら休めそうだ」


「そうだな」


アランも頷いた。


森の中へ入ると地面は硬くなっていた。


ぬかるんだ場所もなく、水辺からも離れている。


ようやく湿地を抜けたことに皆が安堵する。


「やっと湿地を抜けたね」


玲央がほっとしたように呟いた。


「そうだな。疲れたか?」


橘が優しく答える。


「大丈夫だよ。緊張疲れかな」


玲央が橘に笑いかける。


「ここら辺で休憩しよう。身体が辛い者は今のうちにガイディングも受けておくように」


黒川の声に皆は各々木陰に座り込んだ。


サーシャはゆっくりと一花を下ろす。


「ありがとうございます……」


一花が小さい声で礼を言うとサーシャは一花へ軽く微笑み、すぐに表情を消した。


そして何事もなかったかのように立ち上がり、アランたちのもとへ向かう。


玲央は手を繋ぎ、橘と神崎のガイディングをした。


オルネアもレイとヒロのガイディングをしていた。


オルネアと玲央はガイディングが終わると持ってきた食料を取り出して、簡単な食事の準備を始めていた。


一花は何も出来ていない事に焦り、慌てて立ち上がって二人のもとへ向かう。


「私も手伝います」


するとオルネアが一花を気にかける。


「一花ちゃん足痛いでしょ。無理しなくていいから今のうちに休んでて」


「そうですよ。作るって言っても、パンに具を挟むだけなんで。ちゃんと休んでください」


玲央も優しく声を掛ける。


「すみません……」


一花は申し訳なさそうに頭を下げると、近くにあった丸太へ腰を下ろした。


少し離れた場所では黒川、アラン、橘、サーシャが座りながら話し合いをしている。


その様子を一花がぼんやりと眺めていると、湊がこちらへ歩いてきた。


「一人だけ何もしないの?」


「え……」


「オルンも玲央もガイディングしながら食事の支度までしてるのに。お前、なんで座ってんだよ」


一花は俯いた。


「……すみません」


その時、湊が一花を責めていることにオルネアが気づいた。


「ちょっと、湊! うちらが休んでてって言ったんだよ」


「だからって、本当に座ってるやつなんていないだろ」


「だからそれは……」


オルネアが言いかけた言葉を遮るように一花が立ち上がった。


「ご迷惑ばかりすみません。もう平気なので……働きます」


「一花ちゃん……」


オルネアが心配そうに名前を呼ぶ。


一花は笑顔を作ると二人が用意していたサンドイッチを指差した。


「これ……配ってもいいですか?」


「あっ……はい」


玲央は何か言いたそうにしながらも、一花を見つめることしかできなかった。


一花は紙に包まれたサンドイッチを両手に抱え、まず黒川たちのもとへ向かった。


「サンドイッチです。どうぞ」


一花が差し出すと黒川、アラン、橘の視線が一斉に一花へ向いた。


その視線はとても冷たかった。


「君が作ったのか?」


怪訝そうな声が返ってくる。


一花は胸が締めつけられる。


それでも精一杯笑顔を作った。


「いいえ。作ったのはオルンさんと玲央さんなので……大丈夫です」


それでも誰も手を伸ばそうとはしなかった。


見かねたサーシャが口を開く。


「こっちにください」


一花はほっとしたようにサーシャへサンドイッチを渡した。


深く頭を下げ、その場を離れる。


続いてヒロ、レイ、神崎のもとへ向かう。


「どうぞ……」


一人ずつ手渡していくが、誰も一花へ笑いかけることはなかった。


「オルンと玲央もこっちで食べな」


オルネアと玲央がヒロたちに呼ばれる。


「っえ、でも……」


玲央が一花に目を向けた。


オルネアも心配そうに一花に目をやる。


すると一花は二人に微笑み返し、皆から少し離れた場所

に座った。


膝の上でサンドイッチを両手で握り、フゥーと息を吐く。


(どうして私だけ…… )


そんな疑問が頭の中を何度も巡る。


とても食事を取る気にはなれなかった。


サンドイッチを空間ポーチに仕舞い、ぼーっと俯いた。


その時、足元に何かが触れた。


「ニャー」


クロだった。


ずっと黙って皆の様子を見ていたクロが一花の足元へすり寄ってくる。


一花は手を伸ばしクロの背中を撫でた。


「クロ……」


「ニャッ」


クロはもう一度小さく鳴いた。


まるで一花を励ますように。


一花はクロを抱き上げると胸に抱きしめた。


「ありがとう……」


クロの温もりに顔を埋める。


クロは尻尾をゆっくり揺らしていた。


一花はクロを抱きしめたまま、静かに目を閉じた。


皆が食事を終え、しばらく身体を休めたところで黒川が立ち上がった。


「先を急ごう」


その声を合図に皆が立ち上がる。


一行は再び森の中を歩き始めた。


「今日の寝床も探さないとですね」


ヒロが前を歩くアランへ声を掛ける。


「そうだな。まだ終わりが見えないしな」


二人がそんな話をしている一方で、一花は少しずつ皆から遅れ始めていた。


少し前を歩いていたサーシャが歩調を緩め、一花の隣へ並んだ。


「背中、乗りますか?」


周囲には聞こえないよう小さな声で尋ねる。


一花は首を横に振った。


「大丈夫です。痛み止めが効いてきたみたいで、さっきより痛くないので」


そう言って笑顔を見せる。


サーシャは一花の顔をじっと見つめた。


「すみません。ずっと一緒にいてあげられなくて」


サーシャは申し訳なさそうに謝る。


一花は慌てて首を横に振った。


「いえっ。怪我した自分が悪いですし……それに、本当に大丈夫そうなので」


笑おうとする一花。


けれど、その笑顔の奥に隠された寂しさをサーシャは感じ取っていた。


テレパシーによって伝わってくる一花の感情。


怖い。


寂しい。


それでも迷惑をかけたくない。


サーシャにはそれが痛いほど伝わってきた。


けれど今はあえて何も言わなかった。


「……そうですか」


ただ一花の歩く速度に合わせるように少しだけ歩調を落とした。


その時、黒川が突然上空を見上げた。


「上だ!」


全員が一斉に顔を上げる。


木々の間から巨大な影が三つ現れた。


ドォンッ!


巨大なクモの魔物が三体、地面へ降り立った。


一体は一行の正面。


残る二体は左右へ回り込み、逃げ道を塞ぐように立ちはだかる。


三体が同時に身体を起こし、口元から白い糸を吐き出した。


「散れ!」


黒川の声が響くと全員が一斉に動いた。


「俺は正面をやる」


黒川が前へ出る。


「俺たちはこっちだな」


アランとヒロが左側のクモへ向かって駆け出す。


「神崎さん、援護を頼みます」


「分かりました」


湊も短剣を構え神崎が援護につき、右側のクモへ向かった。


「後ろからも来ます!」


サーシャが叫んだ。


振り返ると、木々の間から狼の魔物が五匹、こちらへ向かって走ってくる。


一花は咄嗟にクロを抱上げた。


レイがすぐにガイド三人の前へ立つ。


「オルンたちは俺から離れるなよ!」


三人がレイの後ろへ付いた。


橘が手をかざすと地面を這うように水が広がり、三匹狼の魔物の足元を包み込み凍らす。


「今です!」


サーシャが手を突き出し精神干渉し狼の動きが鈍ると泡を吹いて苦しそうに倒れた。


残った二体は横から飛び出してきた。


「お前たちはこっちだ!」


レイが炎を放つと魔物の身体を包み込み、そのまま地面へ叩き落とした。


すると橘が様子を見て、手から水を出し魔物にかけた。


「森の中で炎は気をつけください。火災になったら逃げ場なくなりますよ」


「悪かったって」


橘がレイを注意した。


その頃前方では、クモの巨大な脚が黒川へ振り下ろされる。


黒川の姿が一瞬で消え、クモの背後に現れると手をかざした。


するとクモの身体が一瞬にして灰へと変わった。


その時黒川が動きを止めた。


身体の奥から力を引き抜かれるような感覚に黒川が叫んだ。


「気をつけろ!力を吸い取られてる!」


「なら、早くこっちも終わらせるぞ!」


アランが叫ぶとクモが大量の糸を吐き出してくる。


ヒロが瞬間移動で糸をかわし、クモの懐へ入り込む。


「脚を止める!ヒロ、頭を狙え」


アランの影が地面を走り、クモの脚へ絡みつく。


動きを封じられたクモにヒロがナイフを突き立てる。


アランが影を引き絞りクモの巨体が地面へ叩きつけられた。


一方、湊がクモの攻撃をかわしながら短剣を振るっていた。


「こいつ、硬すぎる!」


「なら動きを止めます!離れてください」


神崎が叫ぶと稲妻がクモの上に落ちる。


シューと音をたてて煙が立ち上る。


「今です。湊さん頭を!」


動きが止まったクモへ、湊が短剣を突き刺すとクモが大きく身体を揺らし倒れた。


ようやく辺りが静まり返る。


黒川は微かに残った別の異能力の力を感じ取っていた。


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