54話
一花が目を覚ますと、珍しく黒川がまだ眠っていることに気づいた。
一花は起こさないようにそっと身体を起こし、窓の外へ目を向ける。
よく眠れたおかげで、身体の疲れはほとんど取れていた。
「おはよう。一花ちゃん、眠れた?」
声を掛けられて振り返ると、オルネアも身体を起こしていた。
「おはようございます。眠れました」
「よかった」
オルネアが周囲を見渡した。
「それにしても、図体の大きい男ばっかりで狭いね。ちょっと外に出ない?」
「はい」
二人は立ち上がり、寝ている人を踏まないように移動し、山小屋の扉を開けて外へ出た。
外へ出るとオルネアは大きく伸びをした。
「んー……寝れたけど床が固くて身体痛くなる……」
「狭かったですしね」
一花も笑う。
二人は山小屋の横へ移動すると、ペットボトルの水を使って顔を洗った。
一花がオルネアの手に水を注ぎ入れ、次はオルネアが一花の手へ水を注ぐ。
洗い終えると、互いにタオルを渡した。
「あー、さっぱりするね。お風呂入りたい」
「暑くはないですけど、湿気がすごいですしね」
「最近こんなのばっかりだよね……」
オルネアがため息を吐く。
それでも一花を見るとすぐに表情を明るくした。
「あっ、そういえばよかったね。黒川さんにぎゅっとしてもらえてたね」
オルネアがニヤニヤしながら言う。
一花は恥ずかしそうに笑った。
「……はい」
「そうだよ。一花ちゃんからもどんどんいきな」
「頑張ります!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「お腹すいたね~」
「そうですね」
そんな他愛のない話をしながら、二人は山小屋へ戻る。
扉を開けると突然名を呼ばれる。
「オルン!」
湊が駆け寄り、オルネアの腕を掴む。
「湊!? どうしたの?」
そのまま自分の方へ引き寄せられ、一花とオルネアは呆然とする。
「お前、勝手にオルンを連れてくな。外に出たいなら一人で行けよ」
湊が一花を睨みつける。
「ちょっ!? 湊!」
オルネアが止めようとしたところで、ようやく周囲の様子がおかしいことに気づいた。
「オルン、大丈夫だったか?」
ヒロが心配そうにオルネアへ声を掛ける。
「勝手に外に出たら危ねーだろ」
レイも険しい顔で続けた。
「はぁ……また君か」
アランが怪訝そうな顔で立ち上がる。
そして一花の前まで歩いてくると、そのまま一花を見下ろした。
一花はアランを見上げると息を呑み固まった。
そこにあったのは、これまで向けられたことのないような嫌悪だった。
アランの威圧感で身体が強張り手が小さく震えた。
「ちょっと、みんなどうしちゃったの?」
オルネアが慌てて一花の隣へ行こうとするとアランがそれを制した。
「君はDランクだろ」
冷たい声だった。
「オルンを危ない目に合わせたら、すぐに切り捨てるからな」
「っ……」
「返事は」
「……はい」
一花は小さな声で答えることしかできなかった。
オルネアは唇を噛む。
一花を庇いたいけれど、庇うほど周囲から向けられる視線が冷たくなっていく。
ヒロも、レイも、湊も。
皆が一花を見る目には明らかな敵意があった。
「一花ちゃん……」
オルネアが一花へ声を掛けようとした。
けれどその瞬間、周囲から向けられる視線が一層鋭くなった。
オルネアと目が合うと一花は小さく首を横に振った。
もういい。
そう伝えるように。
オルネアは言葉を失った。
一花を助けたいのに、何かを言えば一花がもっと責められてしまう。
オルネアは悔しそうに拳を握ると座っていた黒川へ視線を向け、助けを求めるように声を掛けた。
「黒川さん、アランを止めてください」
黒川はゆっくりと顔を上げる。
「なぜ私が?」
淡々とした声だった。
「君たちルーフェスの問題だろう。私には関係ない」
その言葉にオルネアは愕然とする。
「一花ちゃんが責められてるんですよ! 何とも思わないんですか?」
「はぁ……。私には関係ないだろ。巻き込まないでくれ」
オルネアは言葉を失った。
ほんの数分間、外へ出て戻ってきただけで皆の一花を見る目が変わってしまった。
その様子をクロは静かに座りながら眺めていた。
オルネアはふと玲央へ目を向ける。
玲央もまた、信じられないものを見ているように固まっていた。
「玲央くんは……覚えてる?」
玲央はオルネアと目が合うとゆっくり頷いた。
「……なんで一花さんだけ……」
その呟きにオルネアも答えられなかった。
ガイドである自分たちは昨日までの記憶が残っているのに、エスパーたちだけが一花へ冷たい視線を向けている。
「皆、起きたんだ。そろそろ出発するぞ」
黒川が何事もなかったように声を掛けた。
一花はその声に、ようやく皆から向けられていた威圧感から解放された。
何かがおかしいと分かってはいるが、あの威圧感を向けられると怖くて何も聞けなかった。
一花は急いで震える手で寝袋を畳み、出発した皆の後をついて歩き始めた。
クロは心配そうに一花を見上げ、気にしながら側を歩いた。
昨日と変わらず先頭を進むのは黒川、アラン、ヒロ、レイ、神崎だった。
その後ろをオルネアと湊が並んで歩き、さらに橘と玲央が続いている。
一花はサーシャの少し後ろを黙ったままついて行った。
今、何を言ってもきっと誰にも聞いてもらえない。
そう思うと、何も言わずにおとなしくしているしかなかった。
周囲にはどこまでも森林が続いている。
慣れているのか、皆の歩く速度は速かった。
一花も必死について行くが病み上がりの身体には少しずつ疲労が溜まっていく。
それでも遅れないようにと足を動かし続ける。
「っ!」
足元にあった大きめの石を踏み、身体のバランスを崩した一花はそのまま地面へ倒れ込む。
物音に気づいたオルネアが振り返る。
「一花ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
玲央も足を止め、二人が駆け寄ろうとした時、橘の冷たい声が飛んできた。
「どんくさいですね。先を急いでるんです。足手まといになるのは迷惑です」
一花の身体がびくりと震える。
「……すみません」
咄嗟に謝り、急いで立ち上がる。
その瞬間、右足首に鋭い痛みが走り、一花は思わず顔を歪めた。
けれど一花は何事もなかったように足を動かした。
痛いなんてとても言える状況じゃなかった。
一花はなるべく怒られないよう必死に皆の後を追った。




