52話
ゲートの前には大規模な規制線が張られていた。
森の中にぽっかりと開けた場所があり、その中央にゲートが物々しい雰囲気を漂わせながら佇んでいる。
「お疲れ様です。皆さん、お待ちしていました」
周囲では管理局の職員たちが対応に追われていた。
「お疲れ。変わりはないか?」
黒川が職員へ声を掛ける。
「はい。今のところ変わった様子はありません。それと……例のエスパーたちもまだ戻ってきていません」
「そうか……」
黒川は一度ゲートへ視線を向けると、後ろにいる一花たちへ振り返った。
「ガイドは何があってもエスパーから離れないように」
「「はい」」
オルネア、一花、玲央が揃って返事をする。
「行くぞ」
黒川の声を合図に全員がゲートの中へ足を踏み入れた。
先頭を進むのは黒川、アラン、ヒロ、レイ。
主に戦闘を担当するメンバーだ。
その後ろに、補佐役の湊と神崎が続く。
さらに後方には、オルネア、一花、玲央の三人のガイドとその左右を守るように橘とサーシャが付き添っていた。
クロは一花の足元を歩いている。
ゲートを抜けた瞬間、視界が一気に暗くなった。
「暗いな」
全員が手首に装着していた腕時計型のライトを点ける。
薄暗い森の中は湿気を含んだ重たい空気が漂っていた。
足元には濡れた草が生い茂り、歩くたびに靴底が滑るような嫌な感触が伝わってくる。
「足元に気をつけてください」
橘がガイドたちへ声を掛ける。
「滑りますから焦らないように」
サーシャも周囲を警戒しながら続けた。
「……何もいなくないですか?」
ヒロが前方を見渡す。
ここまで進んでも魔物の姿は一体もない。
「この間入ったゲートに似てるな」
アランが答えた、次の瞬間。
「来るぞ」
前方の暗闇から無数の影が飛び出してきた。
コウモリ型の魔物と狼型の魔物が群れを成し、一斉にこちらへ襲い掛かってくる。
「暗いから見えづらいな」
アランが呟く。
「少しの間、明るくします」
レイが手をかざす。
炎が勢いよく広がり、周囲を明るく照らした。
照らし出された魔物の群れへ、黒川とアランが飛び込む。
魔物たちの身体が次々と宙へ舞い、地面へ叩き落とされていく。
黒川が腕を振るうと目の前の魔物が一瞬にして灰へと変わった。
その横ではアランの影が地面を走り、逃げようとする魔物の身体へ絡みつく。
そこへ鋭い衝撃が走り、魔物が次々と吹き飛ばされていった。
ガイドたちは戦闘の邪魔にならないよう、少し離れた場所で様子を見守っている。
その時だった。
「後ろ!」
サーシャが叫んだ。
振り返ると、いつの間にかオークの群れが後方から迫っていた。
「任せてください」
橘が手をかざす。
地面を這うように水が広がり、オークたちの足元を絡め取る。
水が一気に凍りつき、オークの動きを封じた。
サーシャも精神へ干渉し、動きを鈍らせていく。
そこへ湊が短剣を手に飛び込んだ。
短剣が閃き、オークの残党が次々と倒れていく。
戦闘を終えると、湊はすぐにオルネアへ駆け寄った。
「オルン、大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
オルネアは湊へ優しく微笑んだ。
一方、前方では倒した魔物を見ながらヒロが首を傾げていた。
「魔物の量は確かに多いですけど……高ランクエスパーが帰って来られなくなるほどには見えませんよね」
「確かにな」
黒川も周囲を見渡す。
「何か原因があるはずだ。先へ進んでみよう」
一行は再び歩き始めた。
しばらく進むと、目の前に大きな川が現れた。
川幅は広く、対岸までかなりの距離がある。
「何だ、これ……」
川の水は黒く淀んでいた。
水面には不気味な植物が浮かび、大量の白い花を咲かせている。
「気味が悪いな」
アランが目を細める。
全員で川を渡るため、管理局側とルーフェス側に分かれることになった。
黒川とヒロがそれぞれ能力を使い、対岸へ転移させた。
渡り終えたところで一花と玲央がふと振り返った。
二人の視線が黒く淀んだ川へ向く。
「……あれ?」
一花が呟いた。
なぜか、あの花に触れなければならない。
そんな気がした。
玲央も同じように川へ近づいていく。
二人は無意識のまま川へ近づき、手を伸ばした。
「ニャー!」
突然、クロが鋭く鳴いた。
その声にサーシャが振り返る。
「一花ちゃん!」
橘も異変に気づいた。
「玲央!」
橘とサーシャは駆け寄ると一花と玲央の目を咄嗟に塞いだ。
「どうした!」
叫び声を聞いた黒川たちが駆け寄ろうとする。
「来ないでください!」
橘が叫んだ。
「植物催眠です!川から離れて、こちらを見ないでください」
黒川たちは足を止める。
橘とサーシャに助けられた一花と玲央が、川から離れた場所まで連れて来られるとゆっくりと瞬きをした。
「……あれ?」
玲央が不思議そうに周囲を見る。
「一瞬……意識が飛んだような……」
一花もぼんやりとサーシャを見つめる。
そして目の前にいるサーシャの異変に気づいた。
「サーシャさん……?」
サーシャは苦しそうに息をしていた。
「一花ちゃん……大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。それよりサーシャさんすぐにガイディングを」
その言葉にオルネアもすぐに動いた。
「一花ちゃん、ガイディングは任せて」
オルネアがサーシャの手を握り、ガイディングを始める。
隣では玲央も橘の手を取った。
「悠、ごめんね。すぐに楽になるから」
「気にするな。俺は大丈夫だ」
橘は優しく微笑み、玲央の頭をそっと撫でる。
二人がガイディングを続ける中、黒川とアランが近づいてきた。
「何があったんだ?」
黒川が尋ねる。
橘が川へ視線を向けながら答えた。
「おそらく、川に浮かんでいた植物の花に魅せられたんだと思います。二人とも、川へ引き寄せられるように近づいていました」
「二人はもう平気なのか?」
「大丈夫です」「はい」
一花と玲央がそれぞれ答える。
だが、アランの視線は二人を助けたサーシャと橘へ向いた。
「助けた二人の方が状態が悪そうだな」
サーシャは苦しそうに息を吐いた。
「いつもなら催眠くらいではここまでにはならないんですが……急に……力を吸い取られるような感覚になりました」
アランの表情が険しくなる。
「黒川の時と同じ現象だな」
アランの言葉に黒川もサーシャと橘へ目を向ける。
「催眠にかからないよう能力で防いだんですけど……その瞬間、急に力を吸われました」
サーシャが苦しそうに息を吐く。
「まるで……こちらの力を狙っているみたいでした」
その言葉に黒川とアランの表情が険しくなる。
「狙いはエスパーの力か?」
「でも、さっきの戦闘では吸い取られる感じはしなかったですよね」
レイも不思議そうにアランへ視線を向ける。
「一度休息を取ろう。二人の回復が先だ」
黒川の指示を受け、ヒロ、レイ、神崎、湊の四人が休めそうな場所を探し始めた。




